生きて帰るんだ
--向こうから銃声が聞こえてくる……
乾いた砂の地面を踏みしめると砂埃が立ち、ハリボテのような壁だけの小屋の影から顔を覗かせると、すかさず弾が顔面目掛けて飛んでくる。
「向こうの壁に敵がいるよっ!!」
「気をつけろ!!阿部さんっ!!」
「凪さん、私が先に出るよ……」
傍で固まる仲間達……迷彩柄の戦闘服に身を包んだ女性のチームメンバーがアサルトライフルを構えつつゆっくり様子を伺う。
慎重に障害物から出る女性の体が突然弾けたっ!!
乾いた発砲音と共に女性が慌てて壁に張り付き「ヒットしたっ!!」と言ってその場に倒れ込んだ。
目の前で倒れ込む仲間に戦慄する私達…
戦場の只中、私は生き残る為に銃を握る…初めての緊張感は昨日まで平和だったはずの日常を塗りつぶし、互いを潰し合う極限の戦いの渦は、私を大きく巻き込んで回っていく……
--阿部凪、ただいま戦争中。
*******************
右腕をやられた女性メンバーが後退する中、ハンドガンを抜いた2人の男性メンバーが先陣を切る。
激しく撃ち合う仲間達の銃声に私は思わず足がすくんでしまう。
雨あられと降り注ぐ弾丸の中、ほんの少し前進するだけで想像を絶する恐怖がまとわりつく……
「阿部さん」
「…っ、びっくりした……長谷部さん」
隣にサブマシンガンを引っ提げだ黒髪のサイドテールの少女--長谷部さんが滑り込んできた。華奢な体躯に重そうな戦闘服と装備、砂埃に汚れた髪や肌は少女にはあまりにも似つかわしくない。
この人とは先日SNSを通して知り合った。
--そして、この戦場に私を引き込んだ張本人。
「良かったよ……まだ生きてたね」
「うん……あの、さっき助けてくれたお兄さんは……?」
「あの人は……さっき……」
「……っ!」
1人……また1人と散っていく。
なんの縁かここに集った仲間達…今もその1人ひとりが銃弾飛び交う戦場を命懸けで駆け回っている。
奴らを殲滅するまで…この戦いは終わらない。
「阿部さん…何人やった?」
マガジンを交換する長谷部さんが物騒なことを尋ねてくる。彼女の緊張感に締まった覚悟の表情を見れば、既に彼女もその手で何人か葬ったことが分かる……
「……まだ」
「しっかりしなよ……やらなきゃ私達がやられるんだ。数はこっちのが不利なんだから……」
「うん……」
生き残る為にはやらなきゃならない。分かっているけれど非情で過酷な現実にどうしても尻込みしてしまう……
けど、いつまでもここで固まってても仕方ない。
「行こう……」
「そうこなくちゃ……気をつけて行くよ」
私達は先陣を切った仲間達の後を追う。
後ろに続くさっき右腕を撃たれた女性が「出ますか?」と一緒に来てくれる。右腕をやられたからか、アサルトライフルを手放しゴツいハンドガンを左手で構えてる。
「……向こうで待ち構えてる。敵もこっちに進んできたいみたい」
「先に出た人達は倒しきれなかったか……私が先行くよ……」
果敢にも女性が片手で前に進んでいく。さらに続く男性メンバーに後ろを守られながらも私達は女性に続く。
「……っ!4番!!2人っ!!」
片手の女性が叫び近くのドラム缶の後ろにしゃがむ。同時にカンカンッとドラム缶に撃ちつけられる弾丸が辺りに飛び散り、私達は壁から出ようとした体を慌てて引っ込める。
相手は2人だ。4番と書かれたハリボテ小屋の壁に隠れてる。
片手の女性を狙っている。女性はドラム缶から身動きが取れない。
私はサブマシンガンを握る。
長谷部さんと目を合わせて頷き合い、ダッシュで対岸の壁に向かう。4番の小屋の隣の壁だ。
すぐに気づかれたっ!!
敵が気づいて銃口を向けてくる。その隙に片手の女性がドラム缶から頭を出す。
ドラム缶の後ろから放たれる銃弾。私達を狙って体を出した1人の頭が弾けた。
「ヒットっ!」「くそっ!!」
慌てて1人が隠れる。でも、その間に4番の隣に移動した私達には壁に張り付いた敵が丸見えだった。
お互い正面で目が合う。私達の銃口が向き合ったっ!!
先に放った私のサブマシンガンの連射が敵の銃を弾いた。
武器を破壊された敵が「くそっ!!武器に当たったっ!!」と狼狽える隙に、長谷部さんが敵の胸を正確に撃ち抜いていた。
「ぐはっ!!ヒット……っ!」
敵を倒して私達は4番の小屋に進む。遅れて片手お姉さんと男性も着いてくる。
最奥の敵陣に近づくにつれ敵の数が多くなる。
先に前に出てた仲間達が中央の櫓で激しい銃撃戦を繰り広げている。
「…みんなが危ない」
「落ち着け阿部さん。櫓の周りには障害物がない。敵は櫓の中に完全に閉じこもってる。安全な室内から外を殲滅するつもりだよ…今飛び出したら蜂の巣さ……」
櫓に向かっていくメンバーが目の前で次々撃たれていく。
敵は櫓の中を占拠してそこから無数の弾を浴びせてきている…確かにこのまま出てもやられるだけ……
「……よし、俺が先に出ましょう。入口の2人抑えるんで…3人で櫓を制圧してください」
「KKさん…」
この男--戦闘のプロフェッショナル、KKさんがそう提案してくる。
KKさんが入口で固まってる2人を倒して私達を櫓の中に送り混むというんだ。
「分かりました」
長谷部さんが了承して私達はKKさんに続く。味方の殲滅された凄惨たる櫓周辺を、ドラム缶の影を利用して慎重に進んでいく。
櫓から数メートルは障害物がない。近寄る時に撃たれたら終わる。
KKさんはギリギリまでドラム缶に隠れて近寄り機会を伺っていた。
「ハンドガンの方がいいですね。櫓の中狭いんで……先出ますか?」
と片手のお姉さん。それに私達はサブウェポンのハンドガンを抜きながら「じゃあお先に」と片手のお姉さんの前に……
そうこうしてる間に戦闘が始まる。
櫓に向かって走るKKさんっ!入口の敵が銃を乱射するのを巧みに避けながら1人を撃破する。私達は「出ますっ!!」とKKさんの背中を追うように櫓に突っ込む。
「ちっ!ヒットっ!!」「やられたっ!」
KKさんと敵の声が重なった。入口の2人を倒したKKさんは目の前で奥の敵に撃たれてしまったっ!!
私の視界からフェードアウトしていくKKさんの背中……
そんな……また仲間がっ。
KKさんと入れ替わりでがら空きになった入口から櫓に突っ込む。
私の後ろから長谷部さんがハンドガンを撃ってKKさんを仕留めた敵を片付ける。
頭を撃たれた敵の横をすり抜けて階段前へ踊り出る。櫓は二階建て…後は二階の敵だけ。
「阿部さんっ!!」
「っ!!」
不用意に出る私に長谷部さんの声が飛ぶ。私は咄嗟に階段前に撃ち込まれる弾を転がりながら回避。
私達に続いて櫓に入った片手お姉さんが階段前の敵を素早く撃ち抜いた。
すかさず階段を低姿勢で駆け登るっ!!
狭い二階には中央にテーブルがひとつ。テーブルを挟んだ向かい側で最後の敵が私に銃口を向けていた。
咄嗟に屈んでテーブルを倒す。即席の盾が弾を弾いてくれた。
テーブルの向こうにしゃがんだまま脚目掛けてハンドガンを連射する。
しかし流石に相手も速い。
テーブルの影から覗く私の銃口を読み切りサイドステップで弾を躱しながらテーブルの反対に回り込む。私は無防備な背中を取られた。
背中に向けられる銃口の気配……私は立てたテーブルの反対側へ素早く飛んでいた。
「えっ!?マジで!?」
まさか回避するとは思わなかったんだろうな。私を狙った弾は虚しく木の床で弾けて、空中でテーブルを飛び越え飛ぶ私の銃が敵の無防備な体に向けて火を吹いてた。
「ぐあっ!?ヒットしたっ!!」
テーブルの反対側へ落ちると同時に向こうから断末魔が聞こえる。
……初めてこの手で敵を葬った。
手に残る重い引き金の感触……申し訳なさと極限の緊張感からの解放に私は重たいため息を吐き出していた……
やらなきゃやられる……それが戦場のルールなんだ。
私は…絶対生き残ってみせる……
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櫓を占拠して戦場の中心に陣取った私達はここを起点に侵攻を再開する。
私は長谷部さんと片手のお姉さんの3人で敵の殲滅に向かう。
櫓での戦闘で互いに人数は互角……ただこちらはベテランのKKさんを失った。
「……相手、警戒して奥で固まってるみたいですね」
「好都合ですよ。まとめて倒しちゃいましょう」
長谷部さんと片手のお姉さんが対岸の様子を伺う。反対側では激しい銃撃戦が繰り広げられてる。
……戦いもいよいよ佳境だ。
「何人居ます?」
「うーん……4人」
「阿部さん、どうしようか?」
「……私、生きて帰れたら焼肉屋開くんだ……」
「落ち着け」
銃声と対岸のプレッシャーが神経を圧迫する……
大丈夫……生きて帰るんだ……
3人で小屋の影から様子を伺ってたら、均衡を破ったのは敵だった。
身を乗り出した敵の1人が何かをポンッと放ってきた。その放たれた巨体な塊に戦慄する。
「グレネードっ!!」
足下に転がるように飛んできたそれに私達は咄嗟に三方向に散る。でも、弾けたグレネードの弾が片手のお姉さんを巻き込んだっ。
「「お姉さんっ!!」」
全身をやられたお姉さんがそのまま私達の視界から消えていくのを境に、敵が攻撃を仕掛けるっ!
私と長谷部さんはバラバラに小屋の影に飛び込む。逃げる私達を追うように球がベニヤの壁をバシバシ叩きつける。
「くそぅ……阿部さんどうする!?」
「攻撃を止めないと……きゃっ!?」
再び放たれるグレネード弾。幸い遠くで炸裂してこちらに被害はなかったけど、弾幕と相まって牽制としての威力は充分だった。
敵の距離がジリジリ詰まっていく……
相手はお互いをカバーしつつこちらに弾幕を張りながら迫ってくる。3人でアサルトライフルを乱射して、奥にグレネード野郎が控えてる……
「阿部さんっ!!あれだけ奥に引っ込んでたらグレネードは届かないっ!!ビビるなっ!!」
「長谷部さん……っ!」
「突っ込むよっ!!マシンガン盾にしてっ!!」
長谷部さんは特攻した。
メインウェポンのサブマシンガンを盾に弾幕の雨に突っ込む。私も慌てて続く。
まさか直線的に突っ込んでくるとは思わなかったようで敵はあたふたした様子。
私達はバラバラにジグザグに走り敵の陣形の左右から攻める。
3人固まり長物を構えてた彼らは至近距離の方向転換でお互いの銃口が絡まった。
「「武器ヒットっ!」」
私達は被弾したサブマシンガンを放り投げハンドガンを抜く。至近距離に接近してゼロ距離から3人をそれぞれ仕留めていく。
「うわぁっ!当たった!!」「マジかよっ!」「くそっ!やられたっ!!」
敵の虚を突くことに成功した。そしてグレネード野郎は3人の味方が邪魔でこちらに爆発物を撃ち込めないようだ。
「--くたばれっ!!」
「ぎゃっ!?」
長谷部さんが吠えながらハンドガンを正確な照準で撃ち込む。グレネード以外持ってなかったお馬鹿さんは頭に一撃もらってフェードアウト。
「……よっしゃっ!阿部さんやるねっ!!」
「……うん。でもマシンガン使えなくなっちゃった…それに…他の人も居ないよ?」
「……残りは私達だけみたいだね。向こうは相打ちになったみたい……さっきのお姉さんも…くそっ!」
奥の戦場の様子を伺いながら長谷部さんは言う。敵の姿も全然見えない。もうすぐ敵陣だ…
私達は2人……武器はハンドガンだけ。でも敵もそう多く残ってないはず。
「……はぁ…はぁ……行こう長谷部さん、勝ってここから出よう」
「……阿部さんごめんね…巻き込んでしまって……こんなことになるなんて……」
「……今更何言ってるの?長谷部さんに会えて良かったよ」
「……阿部さん」
共に戦場を駆けた私達の中には確かな絆が生まれてたはずだ。
最後まで走り抜ける……あと少しなんだ。私の背中を任せられるのは長谷部さんしか居ない。
--小屋から小屋へ移動して私達はとうとうフィールド最奥へ辿り着いた。
敵の姿は見られない。一網打尽にされるのを防ぐため2人バラバラに敵陣へ踏み入る。
敵陣前の最後の小屋を抜けるとだだっ広い空間に廃バスが遺棄されていた。不気味なほど静かな空間……自然ハンドガンを握り込む手に汗が滲む。
「……油断するな阿部さ」
「……うん」
バスの中か…?2人別々に前後の乗車口に張り付く。
アイコンタクトでタイミングを合わせて私達は同時に車内を挟み込むようにバスに踏み込んだっ!
私と長谷部さんの銃口が互いに向かい合う。
「居ないっ!?」
「警戒してっ!!近くに居るはず……っ!阿部さんっ!!」
どこにも居ない敵の姿に半分パニックになる私。対して長谷部さんは冷静だった。
--乾いた銃声が私達を襲う。
私に覆い被さるように飛びかかった長谷部さんに私はバスの外まで突き飛ばされていた。
「……っ、長谷部さ……ん……?」
バスの中で倒れる長谷部さん。苦々しい顔で頭を持ち上げる彼女は悔しそうに笑ってた。その笑顔が……直前の銃声が何が起きたかをこれ以上ないくらい物語る。
「やられた……ごめんね、ここ一番でヘマを……」
「長谷部さん……っ」
そんな……
「後は……頼む……」
「……っ、長谷部さんっ!!」
力尽きる長谷部さんに駆け寄ろうと立ち上がる私が、向けられる殺気に体を硬直させるっ。
「2人仕留めたと思ったけど……」
「……っ!」
長谷部さん……そんな、嘘だ……どうして私を庇って……
バスの前で固まる私にハンドガンの銃口を向けたのは敵チームの戦闘服を着込んだ中年の男。
こいつで最後だ……こいつが長谷部さんを……
「……あなたで最後ですね?」
「……っ!よくも……」
「動かないでください」
引き金に指をかけた中年男が迷いない目を向けて警告する。数多くの修羅場を潜った目だ。この人は撃つ。
「無駄な抵抗です……」
「……っ」
そんなことは分かってる…最後のひとりを倒すまでこの戦いは終わらないんだっ!!
「申し訳ないが--」
「私、そんなに諦めよくないんだっ!!」
「なに!?」
私は構わず銃口を向けた。
素人の私なんかと違う、洗練された猛者の前での無謀な反撃。当然銃を構える私の動きに彼は躊躇いなく引き金を引いた。
瞬く間に放たれる2発の銃弾。
でも私も無傷で勝とうなんて思ってない。
腹を括った私は構えると思わせた右手を自分の体を守るように突き出した。
弾丸は私のハンドガンと右腕に命中する。でも!腕と銃だっ!!
「ヒットっ!右腕、銃!!」
「ちっ!!」
声を上げながら転がる私に容赦なく追撃が放たれる。それを紙一重躱しながら私はバスに飛び込んだ。その時左足のつま先にも被弾した。
「ヒット!左足っ!!」
「終わりだっ!」
バスの中で屈んで車体を盾にする私の姿は彼には見えないけど、的確な位置を見抜いてる。
けど……私にはまだ武器がある。
私は長谷部さんが遺してくれたハンドガンを左手で拾い上げる。
足をやられてその場に止まった私を彼は仕留めに来る。
正面から撃ち合っても勝てないけど……私にもう武器がないと思い込んでかつ、どこから来るか分かってれば--
「勝ったっ!!」
勝利を確信してバスの乗車口から飛び込んでくる中年男が私の正面--向けられた銃口の前に躍り出る。
冷たい銃口の輝きを目にして彼の顔が引きつった。
飛び込んできた眉間目掛けて、私は正確に狙いを定め……
--パンッ!!
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「勝った勝った!いやー凄かったです最後!ほんとにサバゲー初めてですか?」
--ゲーム終了後、休憩スペースで別の試合を眺める私と片手のお姉さんと長谷部さん。ビール片手にチームの勝利を喜ぶ片手のお姉さんはしっかり両手で紙コップを持っていた。
チームの勝利を喜んでくれたのは片手のお姉さんだけではなく、私をSNSでサバゲーに誘った長谷部さんもだった。
「……いやー、装備もろくに持ってない初心者には厳しいルールだったかなーって思ったんだけど……でもすごいね阿部さん」
「私も楽しかった……また誘ってくれる?」
「もちもち!今度はハンドガン縛りのゲーム参加しよ!来月もさー……」
「あ、ごめんねちょっと電話……」
気持ちいい汗をかいた。勝利の疲労感は心地よく全身に広がり重たい体に反して心はとっても軽やか。
最高の気分で仲間との祝杯に水を差した友人の電話を取る。
「もしもし日比谷さん?」
『もしもし?凪今どこ?そろそろケーキバイキング行こうよ。家居る?』
「ごめんごめん…今出かけてて…すぐ戻るよ」
『なんか用事あったん?』
「うん、ちょっと戦ってた」
『は?』
……サバゲー…楽しいっ。




