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夢に見るくらい愛してる

 ……ものすごい疲れたんやけど。


 世界の激臭展からの帰り道、すっかり夕焼け色になった空を電車から眺めながら、隣でウトウトしとるクソ脱糞男と並んで座席にもたれる。ウチは全身激臭の脱糞女……


 なんか知らんけどウチ1人だけ色々身構えて力入れとった分、隣で目を半開きにしとる馬鹿を見たら余計な疲れが……


 しかも服が臭い……

 無人宇宙探査機『田之助』で保管されとった熟成チーズは強烈やった。

 まぁいいわ。鼻に魚の破片つけられた報復にチーズを奴の服に擦り付けたから……


 ……いや臭いわ。


 電車の他の乗客が引いとる……この2人、臭すぎる。臭すぎてハエすら寄り付かへん。

 行って来ただけでこんなに臭くなるなんてなんて恐ろしい展示会……


「……脱糞女。俺眠いから着いたら起こして……」

「起きとけや、面倒い。もうすぐ着くって…てかこの臭いの中でよう寝れるな……」

「あんまり気にするな…次からはオムツを持ってきてやるからな……」

「ねぇシバいていい?肛門と尿道にタバスコ1本ずつぶち込んでいい?」

「……うん…いーよ………………」


 ……完全に寝かけとるし。


 ……ホンマになんやったんやろ今日は。

 コイツは周りに頼まれてウチの悩み聞いてやるつもりやっただけみたいにやけど…

 ようそんな面倒臭いこと引き受けるな。ウチらなんでもないのに…

 ……まぁ、自分がフッた美玲からのお願いやし、断りきらんかったんかな?


 ……なんにせよ、ウチの為に時間作ってこうして場を作ってくれたわけか。


「……くかーーー」


 背もたれに後頭部を乗せて呑気な寝息を立てるウ〇コタレ男。寝顔は案外可愛らしいものやった。まぁ、元来寝顔っちゅうのは大抵可愛いもんやけどな……


「……ふがっ…漏らすな…くせー……すぴー……」


 いや、やっぱり可愛くないわ。臭いわコイツ。

 ホンマ、美玲達に振り回されただけやったわこの臭いどないしてくれるんやろか…


 ………………

 それで、コイツはホンマにウチのことをどう思っとんのやろか。

 マジの真面目な話…「ウチのこと好きなんやろ?」なんて言われてなんも意識せんものんなん?

「うん」って答えてそれっきりで、コイツはなんとも思っとらんの?


 ……この男、何考えとんのかホンマに分からんわぁ。


「……なぁ、お前がこの前言っとった、「好きな人居る」って話は、結局それウチのことって事でええんよな?」


 とっくに夢の世界に旅立った隣のお馬鹿の耳元でウチは囁く。

 眠っとるから言えたんやろか?

 あの時は、トイレの扉越しやから言えたんやろか?

 面と向かってウチに真意を確かめる度胸はあるんやろか?


 ……そもそもなんでウチの中でこんなこんがらがっとんのやろか?


 分かっとるよ……こじつけて、結論出すの遠ざけて、突きつけられた現実から目を逸らそうとしとるのは……


 なんでかって……?


「……そーだよ」

「それは………………?あ?」


 …………………………っ!?

 --Σ(゜д゜;)!!!!( °o°)( 。∀ ° )!?!?


「なっ!!」


 なにぃぃぃぃっ!?

 いっ……今っ!今確かにさっきの独り言の返事と取れる決定的な言質が--


「そうですよ?」


 後頭部を背もたれに預けて、電車の天井を仰いだまま目を閉じた睦月がそんなふうに繰り返した。


 コイツ……まさか起きて……っ!!


「……っ、そ……それは……っ」

「楽しいからね……お前と居ると……」

「……っ」


 口がパクパク動く。けど喉は声を発さない。

 これは……ウチは今、告白を受けとる!?これは、どう考えても他の解釈はしようがない--

 か、顔が熱い……この初々しい反応…ああ、いくら高校デビューしてもウチの根っこはシャイで人見知りでキャピキャピしとるイケイケ連中を憧れの視線で見つめる日陰の住人のまま--


「返事はいらないよ…」


 ……っ。


「……え?」


 続く呟きのようなそんな言葉はウチの不意をついた。それは、今日までのなにも変わらん睦月のウチへの接し方の答えを表しとった。


 返事はいらない……なんやねんそれ。それは一体どういう……


「返事は……向こうで……聞くぜぇ……」

「……は?」

「先に……逝ってな……ベイビィ……」

「…………」

「バキュンっ!!」


 うわぁうるさっ!?

 やっぱりコイツ寝とんのか!?今夢の中で誰か撃ち殺したぞ!?


「……」

「……?」

「……あれ?」


 自分のバキュンに驚いたのか、いつの間にかキリッと目を開けたウ〇コタレ男がウチをじっと見つめとった。

 目をひん剥いたウチに不思議そうな顔をしながら「……どうした?」と首を傾げよる。


「……いや、え?寝とった?起きとった?」

「なにが?」

「いや……今ウチと話したやん?覚えとる?」

「……うん」

「……っ!やっぱり起きとった--」

「……うん?」


 うん?どっち?はぁ?


「……今撃ち殺してきたの誰やねん」

「お前」

「え?」

「だって臭いんだもん」


 ………………


 ウチが奴の片腕をへし折ったのは名誉を守るための正当防衛っちゅうことで、どやろか?




「--何すんだばかやろぉぉっ!?夢に見るくらい愛してるって意味ですけどぉぉ!?」

「黙ァァれェェェやぁっ!!!!」


 *******************


「……お前いけよ。翔平しょうへい」「そうだぜ、勇気を出せ」


 僕は翔平。仲間達の無茶ぶりに震え上がる小学5年生。


「えぇ…やだよ…そんなに確かめたいなら、君らが行けばいいじゃないか…」

「俺らはダメだ。顔を覚えられちまった」「翔平なら大丈夫だ」

「やだよ……僕、怖いよ……」

「男だろ?」「そんなんじゃ、かおりちゃんに馬鹿にされるぞ?」


 十字路手前の角から顔だけ出して4つの道の交差地点を覗き込む。

 その先に佇む白のトレンチコートを着込んだ髪の長い女性の姿に、僕は心底震え上がったんだ。



 --マスク女。

 この街の都市伝説的存在で、みんなから恐れられてる謎の女。

 年がら年中白のトレンチコートとマスクを身につけた長身の女が小学校前の十字路に出没するという。

 その女は何をするでもなくただ十字路に立っているだけだけど、そのマスクを外そうとする人は何人たりとも許さないんだとか。

 噂によれば、この十字路で起きた事故の被害者の亡霊らしいんだけど……



「ぱっと取ってくるだけだっ!」「行くんだ翔平!!」


 仲間達からドンッと背中を押されて人気のない夕暮れの十字路に押し出された僕は、密かに恋心を抱いてるかおりちゃんの名前を出されて渋々歩いていく。


 僕ら3人は夏休みの自由研究で街の噂や怪異について調べることになったんだ。

 理由はやることが他にないからと、そういう恐ろしいことを調べることで自分達の勇気を証明する為……

 僕はどうでもいいんだけど…僕なんかカッコつけたって坊ちゃんヘアーに丸メガネ…こんなんで今どきモテるもんか…


 そんなこんなで、都合よく利用されがちなリアルのび太こと翔平は、『十字路のマスク女のマスクを奪う』というミッションを敢行する為に震える足を前に出してぼーっと立っているマスク女の方へ向かっていく。


 --マスク女……

 こうして実物を目にすると噂になるのも納得な異様な雰囲気を纏ってるな。

 こんな真夏にトレンチコートなんておかしいし、真っ白な装いに真っ黒な長髪は不気味な組み合わせだ。顔が見えないのが尚更……


 怖い……ママ……どうして僕がこんな……


 こういう時は違うことを考えるんだ。のび太という名詞が悪口として使われることに対するのび太に対する名誉毀損の問題とか……


 緊張する時は周りの人を野菜だと思うんだよ。翔平。


 はっ!そうだっ!兄さんがそう言ってた!!

 怖い時だって同じだっ!そうさ、マスク女なんて……こんなもの……ただの……


「……ぼく。危ないよ」


 背筋を撫でるような声が頭上から降ってきたかと思ったら、僕の手がぐいっと引っ張られた。

 その直後にぼんやり歩いてて周りの見えてなかった僕の目の前をトラックが疾走していく。


 怖くなくなることを考えるばっかりに十字路の車道にフラフラ出ていってしまってた。

 ああ、危なかった……どなたか存じませんが……


 顔をあげるとそこには立派な大根が居た。こちらを見下ろす太った立派な大根がさっきと同じ声で僕を気遣う。


「……僕、大丈夫?気をつけるんだよ?」

「ありがとうございます、大根さん」

「……大根?」

「僕急ぐので……これで。大根さんも出荷されないように気をつけてください」

「……もしかして、私に言ってる?」

「ご立派な大根さん、どうもありがとう」

「…………ちょっと待って?大根?なんで大根?私……大根に見えるのかなぁ?なんだか不安になってきたよ」

「もう大丈夫ですから、離してください。マスクの人の所に行かないと……」

「それって私じゃなくて?」


 え?

 大根の声に気づいたら大根から手が生えて僕の手を掴んでた。おかしいな、大根って手が生えるっけ?足なら生えてるの見たことあるけど……

 不可解に思いながら顔をあげると、上から僕を見下ろして見つめる黒髪とマスクに縁取られた女性の顔が……


 …………うわぁ。大根じゃないじゃないか。

 考えてみたら大根が喋って歩いてる方が怖いよ兄さん……


「……キューーーッ」

「ほんとに大丈夫!?倒れかけてるよ!?」


 泡吹いて気絶しかける僕をマスク女が抱き留めて道の脇に座らせてくれた。

 まさか都市伝説の怪異に介抱されるなんて……世の中って何が起こるか分からないなぁ。


「熱中症?大丈夫?水いる?」


 しかも天然水までくれた。でもマスク女さんのコートの中でぬるくなってた。いらない。


「……もう大丈夫です」

「ほんとに?私が大根に見えるくらい意識が朦朧としてた様だけど?」

「違うんです…大根のように素敵な生脚ですねって意味でして……他意はないです」

「えぇ!?初対面の小学生からそんないやらし褒められ方されたの初めてだよお姉さん…てか褒めてるそれ?」

「お姉さんこそ暑くないですか?」

「もうどうフォロー入れても遅いよ少年……」


 こんなことをしてる場合じゃないんだ。僕はマスク女の素顔を確かめないといけないんだ。

 遠くから見てる時はあんなに恐ろしげだったのに、いざ隣に来てみたら案外怖くないや。

 唯一覗いた目元がコミカルにコロコロ表情を変えるからかもしれない…僕はなんだか自然に会話できていた。


「どうしてこんな真夏にコートとマスクなんて付けてるんですか?」

「……真夏…ああ、夏なんだね今は……」


 え?何を言ってるんですか?大根は冬が美味しいです。


 夕焼けの空の向こうを眩しそうに見つめるマスク女は「暑くないかって?暑いのか寒いのか分からないんだよ私は」となんだか寂しそうだった。


「……どうしていつも何もしないでここに立ってるんですか?」

「あらら…もしかして噂になってるのかな?君、私に用があったみたいだしねぇ」

「誰か待ってるんですか?ナンパ待ちですか?」

「……ナンパ待ちに見えたの?」

「他にやることないんですか?お仕事してないんですか?」

「…………お姉さんは働かなくていいの」

「いいですね……僕の家は兄がアイドルになるとか言い出してて橋本家の未来は暗礁に乗り上げてます……」

「……い、いいんじゃない?アイドル」


 …こんなにフランクな幽霊って居るのかな?

 やっぱり幽霊なんかじゃなくて、ニートのお姉さんだ。なんだ、ニートのお姉さんなら社会的に僕の方が強いぞ?だって僕は小学生、無限の可能性を秘めてるけど、ニートには明日がないからね。


「生きてて楽しいですか?」

「君は随分辛辣だなぁ!?」


 親戚のお姉ちゃんみたいなノリのマスク女は僕の一言に「……生きててか」とまた寂しそうな表情を見せた。


「……っ!?自殺?ダメです!!」

「君には私が余程社会不適合者に見えるみたいだけど…私は君の将来の方が心配だな。いや……その図太さがあれば大丈夫か」

「違うんですか?じゃあいつもここで何を?」


 僕が尋ねるとマスク女はふっと笑って十字路を見つめた。「人を待ってるんだよ」と夕方の涼しい空気に溶けるような呟き声と共にマスク女は話し出した。


「私はここでずっと人を待ってる…ここで会うはずだった人をね。どうして真夏にコートとマスクかって訊いたね?それは初めて会うその人が私だと分かるようにする為の目印だから」

「……へぇ」

「私はここで……ずっと待ってる。約束したからね……その人が来るのをずっと……」

「……初めて会う人なのに、そんなに大事な約束なんですか?」

「……うん。なんでかは分からないけど、そんな気がするんだ」

「マッチングアプリとかですか?」

「……っ!?」


 図星なんだ大根さん……しんみりした喋り方だったけど、別に深い事情でもなんでもないじゃないか。

 しかももうずっっとこの人ここに居るよ?


「それってすっぽかされてませんか?大丈夫ですか?」

「……っ、だ、大丈夫……だもん」

「お姉さん、きっと騙されてるんですよ」


 凄くバツが悪そうなマスク女は視線を泳がせながら「……いや、きっとそんなことないんじゃないかな」って言った。


「……むしろ、騙してしまったのは私なんだと思うの」

「……え?」

「約束、守れなかったのは私…だから私はここでこうしてるのかもね。ここでこうして待ってれば、いつか会える気がするから」

「約束に間に合わなかったんですか?」

「……そうだね」


 手塩にかけた盆栽が枯れた時のおじいちゃんみたいにマスク女の横顔は哀愁に漂ってた。

 凄く頼みずらいけど、僕は勇気を出してお姉さんにお願いすることにした。だってそろそろ帰らなきゃいけない時間だもの。


「……大根さん」

「その呼び方やめてもらっていい?」

「あの……マスク外してください」

「…………」


 --マスクを取ろうとする者は許さない。


 急にあの噂が頭に蘇り、僕は途端に怖くなった。とんでもないことをしてしまったんじゃないかって、不安な気持ちになった。

 こちらを見つめるマスク女が急に、この世のものじゃないみたいな--


 --マスク女の手が伸びる。ほっそりした指先が僕の方へ……


「……っ!」

「--知らない人に顔を見せちゃダメだぞ?ネットは怖いからな?少年」


 ぎゅっと固く瞑った目の向こうで、優しく柔らかい声が頭に触れる手の感触と共に僕に触れた。

 優しい声だった。

 まるで、親戚のお姉ちゃんみたいだった。


「……?」


 恐る恐る目を開けた先に広がってたのは、夕暮れに沈んだ誰も居ない十字路。

 僕の視線の先、寂しい十字路の角にひとつの花束だけがそっと置かれて、眩しい夕日に照らされて光ってた。


 *******************


「遅かったじゃない翔平。ご飯できてるよ?」

「……ママ」

「ん?」

「マスク女って見たことある?」

「あぁ……あの十字路の噂でしょ?あんなの噂よ噂…でもあそこで事故があったのは本当よ」

「……え?」

「冬の雪の日に待ち合わせで十字路に立ってた女の人に視界不良で車が突っ込んだのよ。噂じゃその人も、白いコートとマスクをしてたって話だけどね?」

「……ふぅん」

「さ、ご飯にするよ!お兄ちゃん呼んできて」

「……はーい」

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