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ブリブリッ!!ビチッ!!

 やぁみんな。楠畑香菜や。


 沖縄へ『ザン』漁に行って帰ってきた翌日…奴が店に現れた。

 美玲はまだショックを引きずっとる様子でバイトを休みがちや。今日もシフトを入れとらんかった。


 あの日以降ウチの全てがぐちゃぐちゃや。恨みも込めて席で1人オムライスをつつくウ〇コタレ男を観察する。

 じっと見つめとっても別に胸もときめかんしなにも感じん…

 やはりあのお馬鹿共や花子の言うことは根拠のないデタラメなんや。


 それはそれとして…


 あの時のウチの爆弾発言と「うん」という返答…問題はそっちなんや。

 もし奴の「うん」がホントのホントに「お前のことが異性として好き」の「うん」だとしたら、こない平然としてられるんか?

 ウチはあれからなんの返事もしてないんやぞ?


 まさかっ!?その返事を聞きに……!?

 いやない。アイツはただオムライスを食いに来ただけや……


 美玲との件にケジメをつける為にもウチはこのウ〇コタレ男との戦いに決着をつけなアカンねん……


 深く深呼吸してからウチはさり気なーく、店の風景に同化しつつ奴のテーブルに近寄った。


「……おう」

「ん?脱糞女?」


 なんやその顔はっ!!気の抜けた炭酸水みたいな顔しやがって!!てか少しも意識しとらんやんけっ!!それはそれでどういうことなん!?

 確信した……やはりこいつの「うん」は友達とかおもちゃとかあるいはもっと酷い意味合いでの「うん」や…間違いない。


 そうやろ?そうなんやろ!?


「脱糞女お前明日暇?」

「そういうことなんや--…え?」

「明日どっか出かけようぜ?」


 …………え?

 …………………………え?


 *******************


 --お父さん、お母さん、兄貴。

 ウチは元気です。

 元気やけど…同級生の男と電車に乗ってます。

 ウチはどないしたらええんですか…?


 市内から大きく離れて、行先も告げられないままガタゴトと電車に揺られる…隣にはウ〇コタレ男…

 これなんなん?

 これなんなん!?


 --これから夏休みなんだから、2人で出かけよう。

 --ウ〇コタレ男さんと遊びにでも出かけて、気持ちを確かめましょう。


 そういうことなん?そういう状況なん?

 まさか…こいつウチをデートに誘って告白の返事を聞き出そうと……

 考えてみれば1人で店まで来るのが不自然やしやっぱりそういうことなんか!?

 だとしたらウチはどないしたら……

 いやっ!!断ればええやんっ!?どうしたら?ってなに!?


「今日は悪かったな…急に呼び出して…」

「ん!?いや!?別に構わへんよ!!」


 構うやろっ!!


「話があるんだよ…」

「……っ!!」

「まぁゆっくり遊んで、それからな?」

「……っ!?」


 まずい…この流れ凄くまずい……まずいぞ。このまま行ったらアカン気がする……


「……今からどこ行くん?」

「世界の激臭展」

「……っ!?」



 市内を出て隣県で開催されている『世界の激臭展』。博物館の展示スペースには堂々と『世界中のくさ〜い臭い、集めましたっ!!』とポップな字で書かれた看板が立っとった。

 ウチらを出迎えるその看板を見て確信する…


 やはりない……

 好きな女…しかも初めて2人で出かけるのにこのチョイスはないやろ?どこの宇宙人のチョイスやねん。


 全く心踊らん展示会。しかも入場料3000円。高…


「自分の分は自分で払ってな?」

「なんでやねんっ!?」


 やはり確信した。絶対にない。話っちゅうんはきっと「金欠だから偽札作りでもしない?」みたいな話や。



 --てか臭いんやけど!?


 世界の激臭展。入口の時点でもう臭い!?まだなんも置いてないのに奥に控えた世界中から集めたであろう臭いが漂ってきとんねん。玄関からトイレの臭いする友達ん家レベル99って感じや。

 最悪や……服に臭いとか移らんやろな…お気に入りの服で来るんやなかったわ……


 世界の激臭展は奥に進む事に臭いレベルが上がってくるらしい…しかし奥の臭いが強烈すぎて段階分けが意味をなしてない。さっきまで意識しとったんが馬鹿らしくなるレベルの異臭。ウチの青春の1ページがウ〇コ色に染まっていく……


 まず最初は厳重に封をされた納豆。ウ〇コタレ男がカバーの蓋を開けて臭いを嗅いどる。

 え…何が楽しんこれ?


「おい脱糞女、お前も嗅いでいけよ」

「いや……ここでだけはその呼び方やめてくれる?てか、話あるんやろ?さっさと…」


 ……いや、どんな話であれこんな臭いの場所で集中して出来るはずないわ。


 嬉々として納豆の臭いを嗅いでおきながら大した反応を見せないウ〇コタレ男。ウチを連れて奥に進みパパの枕の臭いを嗅ぎながら一言。


「……美玲ちゃん店出てきた?」


 ……っ!?


「……急になんでアイツの名前が出てくるん?」

「最近見ないからなぁ…何かあったのかなぁって……」


 何かあったのかなぁってお前がフッたんやろがい。

 とそこでっ!鼻腔を突き抜ける臭いに乗ってウチの頭に電撃走る!


 こいつ…美玲のこと気にしとる?店に出てこんことも気になっとるみたいやし……

 まさか…やっぱり今まで美玲目当てで店に…?いやでもフッとるからなぁ…

 いや、この男の思考回路だけは分からん…もしかしたら1度フッて再度アタックする…巷に言う『つんでれ』っちゅうやつなんか?


 ……いや、ちょっと自分で何言っとんのか分からへんわ。

 臭いのせいで正常な思考ができてへんな。ただ単に自分がフッた後から店に来んくなったけ心配しとるだけか…

 え?それやとこのウ〇コタレ男が美玲を気にかけとることになる。

 初対面かつ同じ銀行で人質に取られた女を脱糞させる男が?

 女の子と遊びに出かけてこんな鼻のひん曲がりそうな場所に連れてくる男が?

 デートで女にハンバーガー奢らせて、この臭い展示会の入場料も出さん男が?


「……脱糞女よ」


 乙女の端くれのウチを『脱糞女』呼ばわりする男がっ!?


「パパの枕とパパの頭はつまり同じことだよな?分けて展示する意味ある?」

「……この男にそんな良識が?」

「なぁ」

「いやない」

「……」


 なんや?一体何を企んどるんや?全て揺さぶりか?ウチを試しとんのか?この男は…

 もしかして今までの一連の出来事全てウチに恥をかかせる為の作戦か?「え?何勘違いしてんの受ける(笑)」ってするつもりなんか?

 こうなってくると全てが怪しい。

 やっぱりこいつに人並みの恋愛なんて出来るわけが無いんや。歓迎遠足でも嵌められたやんけ。


 罠や……


「……なぁ、睦月」

「レベル3でくさやってどういうことだ…臭っ!?」

「ちょい。聞けよ」

「脱糞女お前も嗅げ。さっきからなぜ俺ばかりこんなに鼻にダメージを負う必要があるんだ?」

「知るか。連れてきたん自分やろ。なんでこんなとこ来たん」

「……お前の為だよ」


 ……っ!?!?


 な…なんやそれ……女の子をこの激臭の只中に放り込むことになんの意味が…?

 こんなシチュエーションじゃなかったらちょっとかっこいい響きの台詞吐きやがって…臭いで台無しやけど。その顔やめーや。ムカつくねん。

 やはり罠か……こうやってウチをときめかして恥をかかせる舞台を整え--


「木を隠すなら森の中だからな」

「え?」

「ここなら脱糞しても分からんから安心だろ?」


 振り向き様、奴は殺意を覚える清々しさ満点の笑顔でウチに吐き散らかしやがった。無駄にカッコつけたポーズと、覗く白い歯がウチの神経をカステラのあの膜剥がす時くらい丁寧に逆撫でしていきおる。


 …………やはり確実に確信した。

 この男にウチへの好意はない。

 こいつはウチのことをおもちゃとしか思っとらんのや……ここまで来るともはや女とかどうとか言う扱いやない。


 ……こいつ、脱糞させたろか?




 --順調に進んで行った先にはこんな臭いの中で何か飲む気になれるわけないんやけど、存在意義を疑う自販機があった。


「なんか飲むやろ?」

「えー…要らん」

「奢るで?」

「ブラックコーヒー」


 …接すれば接する程こいつには男として必要な要素が欠落しとるような気がする。別に男やからなんでもかんでも金出せとは言わんけど…いや、それ以前の話や。


 ところでウチは下剤を常備しとる。

 奴から脱糞させられること実に2回…ウチは借りを返さないかんのよ…

 ペットボトルのコーヒーを2つ買って、右手のボトルに下剤を投入。今回のは粉タイプや。


 奴は……シュールストレミングに集中しとる。気づいてない。

 まさかこんな思いかげないタイミングでチャンスが降って湧いてくるとは思わんかったわ…

 口元に溢れる笑みを押し殺し、コーヒー2本手に脱糞男(確定)に歩み寄っ--


 た次の瞬間!

 なんかウチの鼻先にべちって粘着質なもんが……

 同時に鼻腔を破壊するものすごい悪臭!?両手の塞がったウチはそれを振り払うように必死に頭を振る。

 なにこの靴下と生魚混ぜたような臭い!?


「臭っ!?え!?臭いっ!?臭すぎて一周まわって意識がはっきりしてきた!?」

「ぷっ…くくっ!どうだ?腐った魚の破片と自分のクソ、どっちが臭い?」

「おどれ……こっ…殺す……!」

「コーヒーありがとう」

「おいっ!!取れこれ!!めっっちゃ臭いねん!!鼻が壊れる…っ!なんやのんホンマに!?ウチになんか恨みでもあるん!?」

「あはははははっ!!」

「なにわろとんねんっ!!」

「早く取れよ」


 くそがっ!!

 鼻先に着いた腐った魚の破片を左手で払い飛ばす。ウチから奪い取ったコーヒーをニヤニヤしながら飲むこの男には天罰覿面や。この世の地獄を見せてやらないかん。


「くそ、覚えとれよ…?」


 ホンマに覚えとれよ?後悔させてやる。脱糞はな…想像以上に苦しいんやで?

 憎たらしくヘラヘラ笑う脱糞(確定)男を睨みながら右手でコーヒーを飲む……


 ……?


 あれ?これどっち?

 あれ?確か右手のボトルに下剤を……

 あれ?アイツどっち持っていって……


 ……っ!?


 *******************


「ぬぅぅあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

「脱糞女うるさい」

「くそがぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 ブリブリブリブリッ!!


 なんでやねん!!なんでいつもこうなるねんっ!!こいつに盛られるの2回目なんやけど!?なんや?特別な力で守られとんのかこいつはっ!!


 激臭展のトイレで怒りに任せてクソを便器に叩きつけるウチに扉の向こうから脱糞(未遂)男が笑ってくる。


「脱糞女、お前ほんとに性格悪いよね」

「やかましいっ!!くそっ!!やっぱりやめとけば良かった!!お前と居るとロクなことないわっ!!」

「流石の俺でもそれはちょっと傷つく。折角お前の為に今日のお出かけを企画したって言うのに……」


 ブブプッ!!ブチブチブチブチッ!!


「うるせーぞ」

「くそ…入れすぎた……ホンマになんやったん今日は?おい、一体何が目的やねん…これか?これなんか?2度も漏らさせておいてまだ足らんの?」

「それはお前から仕掛けたんだろ…」


 はぁとため息を吐く脱糞(回避)男が個室の扉にもたれかかるような気配。こちらに背中を向けた脱糞(失敗)男の口からウチの予想外の言葉が個室の中に投げかけられた。


「美玲ちゃんがな?お前がなんか悩んでると……」

「は?美玲?ちょい待て。お前あれから美玲と会ったんか!?」

「…あれから?あれからって……俺とあの子が会ったの知ってるのか」

「いや知らん。断じて」

「……」

「……なんやねんこの間は?」

「まぁ色々あってね…様子を見に会いに行ったら美玲ちゃんから--」


 ビチビチビチビチッ!!ブリブリブリッ!!ブチップッ!!


「うるせぇ」

「誰のせいやと思てるん?」

「自業自得だろ?長すぎ、いつまで出るんだよ……」

「ホンマいつまで出るんやろか…えげつないでこの量は…」

「……そんなもん俺に食らわせる気だったのかよ。人が心配して誘ってやったってのに……」

「なんの心配やねん」

「だから…美玲ちゃんがな?お前がなんか悩みがあるらしいから話を聞いてやってくれと、俺に頼んできたんだってばよ」


 ………………ほぅ。

 つまりこの男のこの一連の奇行は、美玲の仕業やと…?失恋のショックでウチをビンタする程怒り狂ってた奴が?


「それとー…アイツらも、ほら。昔生徒会だったいっつも動物連れてきてる奴ら……」

「っ!?長篠と田畑かっ!?なんやとっ!?」

「アイツらが俺に接触してきて美玲ちゃんと同じことを--」


 ブリブリブリブリブリブリッ!!ビチビチビチビチビチビチッ!!ブッッ!!(怒)


「噴射音で怒るな」


 あの……アイツら……勝手に面白がるだけならまだしも…こんな馬鹿げた行動に……

 つまりこの状況はアイツらのせいやと……


 ケツから吹き出すほぼ水のクソと躍動する怒気。勝手に盛り上がった外野のせいで臭い展示会のトイレでクソしとると思ったら怒りが収まらんくらい込み上げてきた。


「……いい友達だなぁ」


 そんな怒気にそっと蓋をしたのが、脱糞(予定)男。

 なんやトイレの向こうでしみじみしたような口調でそんなことを呟いとった。


「みんなお前のこと心配してたぞ?」


 ちゃうねん。面白がっとるだけやねん。


「高校デビューでそれまで友達の1人も居なかったお前が……」


 見てきたみたいに言うな。くそ兄貴が余計なことを……ウチの中学時代を口伝とはいえ知っとるこの男はやはり脱糞で始末せねば……


「お前ちゃんと友達居るんだな。俺安心したよ」

「だから!!誰目線やねんお前っ!!やかましいねんっ!!」

「で?何を悩んでるんだ?」


 こいつ……っ!


 ブリブリ……ブプッ……プスプス……


「……そんな相談受けただけでわざわざウチを誘ったん?」

「うん。悩んでるみたいなんて言われたら心配するだろ?俺はずっとお前が心配だった」


 ……プッ


 なんやねんそれ。

 コロコロ手のひら返したように良い奴演じたり人をトイレに追いやったり…あぁちょっと治まってきたわ。

 確かめるなら今しかないやろな……ただ一つ確信して言えるんはここでするような話ではないっちゅうことや。間違いない。


「……なぁ、ウ〇コタレ男」

「え?それ俺?今便所で下痢してるお前が俺にそれを…………あっ」


 もう宙ぶらりんはアカン。きっちり確かめるんや。自分に言い訳せんようになっ!


 ブリブリ……プスプスッ--「いや違--」ブリブリッ!!


 --ブリリッ!!


「この間変なこと訊いたやろ?あれの意味ちゃんと確認しとらんかったわ。アンタの「ウチのこと好き」って…それどう言う意味で肯定……」


 ……?

 あれ?

 なんか…気配が消えた?


 遠のく気配とそれに合わせて響く喧騒……

 出すもん完全に出し切ったウチがケツを拭きながら扉の向こうの様子に聞き耳を立てる。

 複数人の足音や声がする……でもだいぶ遠くからや……

 アイツっ!人の話の途中でどこに……


「--警備員さんこの人ですっ!!トイレの使用中個室の前で待ち伏せしてましたっ!!」「いや違う。待ち伏せじゃない。話してたんだ。あの中に居るのは俺の連れなんだ」


 ……………………


「君、ちょっとこっちで話を聞かせてもらおうか?」「おいおい勘弁してくださいよ。ねぇ、ほんとに……あの……」


 ………………………………


「誰か助けてーっ!!」


 ……ああそうか。そうやろなぁ…

 ここ、女子トイレやもんなぁ……

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