ちょっと世界救ってきた
『1週間前から来日しているプリン王女は現在全国を巡り今日の午前9時には--』
……戦いの前はいつも体が熱い。
朝起きて、目覚めの青汁を口にした時、目の覚めるような苦さに気持ちが引き締められる。今日の青汁は一段と苦かった。
それは青汁の元を2杯分入れたからでは無い……いやそれもある。
なぜなら今日、俺は高校一の剣士になるから……
……果たしてなれるのだろうか。今年は強豪が多数……
いや、なれる。
俺の前に敗れた人達の分も…あの男の分も、俺は駆け上がらなくてはならないんだ……
彼岸三途、高校1年夏。
剣道インターハイ--今日がその、決戦の日……
俺は夏休みでありながら、その運命の会場へ向かう為学校に向かっていた。
気分を落ち着ける為にイヤホンで聞くラジオ、車窓の向こうで流れていく風景、ゆりかごのような電車の揺れ……
穏やかな真夏の朝、普段なら欠伸が出そうな程気が緩む電車内の光景も、今の俺には全て神経を過剰に刺激する要素でしかない。離れた座席で喋る会社員の声、子供の賑やかな騒ぎ声……
全てに過剰に反応する。
それほど俺は今研ぎ澄まされてた……
中学の全国大会で無惨にも敗れてはや1年……
あの男--佐伯達也を打ち倒し、ようやくここまで来たのだよ、俺は……
勝てる…いや、勝つっ!!
決意新たに闘志を練り上げる俺の体から湯気が出始め、あと少しで学校に着くという頃……
慌ただしく開かれる車両の連結部の扉から、純白のカーテンのようなドレスの裾を勢いよく広げた純白のベタのような少女が飛び込んできた。
ひまわり畑が似合いそうな真っ白なドレス。
純白の衣が包む肢体は細く柔らかで、指先の1本の流線ですら目を奪われる。
頭を包む髪の毛は頂上は黒く、毛先にいくに従って明るい茶髪に…美しいグラデーションはジャングルの奥地に潜む神秘的な獣を思わせる…
いや、違う……この既視感。
プリンだ。ソースとプリンのあの色合いだ。
プリン頭の下に飾られる整った顔。
作り物のような白い肌と高い鼻、長いまつ毛に彩られた不思議なグラデーションの瞳。
日本人離れしたアースアイの少女は豪華な首飾りやティアラを身につけ、一般人のひしめく電車には不釣り合いなその容姿で逃げ込むように俺の前に姿を現した。
突然転がり込むようにこの車両に飛び込んできた、絶世の美女に俺の練り上げられた闘志は一瞬緩んでしまったでは無いか……
「タ、タスケテッ!!」
皆の視線を集める少女はその場に倒れ込みながらカタコトな日本語で声を張り上げた。
「タスケテ…ッ!!追ワレテイマスッ!!タスケテクダサイッ!!」
……はた迷惑なコスプレイヤーだろうか?
無視しようかとも思ったが、彼女の尋常ではない勢いと、奥の車両からこちらに向かってくる明らかに怪しい黒スーツの男の姿を見て俺の直感が危険を報せる。
俺は反射的に立ち上がっていた。
それと同時に、黒スーツにサングラスの、真夏の熱射線を集中させるような装いの男が車両に入ってきた。
「……ッ!!」
「…手間を取らせるな。逃げられんぞ」
--俺は何をしているのだろう?
試合に向けて高められた気持ちか、この男から発せられる普通ではない闘気にあてられてか俺は自然と少女と男の間に割って入っていた。
「……なんだお前は?」
「…君、この男がどうしたの?」
年中ガラガラ乾燥喉から不健康な声で少女に問いかける。
「……ッ、コノオジサン、変ナンデスッ!!」
「なんだ君は?」
「……退け」
俺の本能がかつてない危険信号を発した。
この流れでお約束の「そうです、私が変なおじさんです」を返さない時点で、この男が相当ヤバいことは理解出来た。
あまりの事態に乗客も逃げるように別車両に移っていく。
電車の走行音を残すのみとなった車両に、俺と少女とヤバい男だけが残された。
「……邪魔をするな」
「……」
どうするべきか…本能と理性がせめぎ合う最中に男の方が動いた。
岩のようなゴツイ拳が真っ直ぐ弾丸のように俺に迫るっ。
「危ナッ--」
--少女の悲鳴と重なるように、パァンッと肉を打つ激しい音…
俺の目の前で止まった拳は力が抜けて緩りと落ちていき、俺の拳に撃ち抜かれて顔面にクレーターを作った男が西部劇の決闘で撃たれたガンマンみたいに崩れ落ちていた。
練り上げられた今日の俺は迫ってくるものに反射的にカウンターを取ってしまうのだ。
「……がはっ!化け……ものか……っ」
*******************
トラブルは御免だ。俺は大事な試合を控えている。
学校の最寄り駅ではないけれど俺達は電車から飛び降りていた。
俺“達”だ。
勝手に着いてきた少女はスカートの裾を地面に擦りながら逃げるように駆け足でその場を離れる俺に「待ッテ!!」とか「助ケテッ!!」とか言って追いかけてくる。
「……俺は急ぐので、困り事なら交番にでも……」
「追ワレテルンデスッ!!」
「いや、お巡りさんに言ってください」
「実ハ……」
人の話を聞かないのか耳が飾りなのか俺の言葉を完璧無視しながら少女は勝手に事情を話し始めた。
でも急ぐので申し訳ないが俺は先を急ぐ。腰にしがみついてくる少女が俺に引きずられながら話し続ける。逞しい女の子だった。
「実ハ私…カメノコ公国ノ王女ナンデス」
カメノコ公国--今公族が来日しているヨーロッパの小国だ。
引きずられる少女、プリン王女の膝が擦りむけてきた。
「オ父様ト日本ニ来テタンデスケド、泊マッテタホテルガ襲ワレタンデス」
「警察に行きましょう」
「オ願イシマス、助ケテクダサイ。オ父様ノ所ニ連レテ行ッテクダサイ…アノ、チョット痛イデス。膝ガ削レテ無クナッテキテマス。アノ……」
仕方ない…このまま交番まで行こう。駅の下に交番があった。
「コノドレス高インデス。ヤメテクダサイ。アッ!血ガ出テマスッ!!」
駅下の交番にたどり着いた。中にはお巡りさんが居る。迷うことなくこの王女を叩きつけようとそこへ向かう。
「歩ケナクナッタラ責任取ッテクレルンデスカ?ネェ」「すみません」「聞イテマス?」
人1人腰にぶら下げた変人を前にお巡りさんは顔色1つ変えずに「どうしました?」とまるで迷子にでも対応するみたいに迎え入れてくれた。
その対応にか…あるいは針のように研ぎ澄まされた俺の第六感か。
拳銃を抜くより先に俺の拳が動いていた。
「ふげっ!?」
「ッ!?」
警官から撃たれかけるという予想外の事態に勝手に反応する体。
腰にまとわりついたプリン王女をそのまま引きずって交番から走り去る。ぽかんとしたプリン王女が不意に走り出す俺についていけず激しく顔面を削られたようだ。ガリガリとアスファルトに肉が削れる音がした。
「イタタタタタタタタッ!!!?」
「どうなってるんだ……一体どうすれば……」
「顔ガッ!!ノッペラボウニナルッ!!痛イ痛イ痛イッ!!」
「…まずいぞ、早く行かないと試合に間に合わない……」
「見捨テナイデッ!!アト痛イッ!!イタタタタタタタタッ!!」
--一体何が起こってるんだ。
訳が分からないけれどこの子が殺されそうになっているのは分かった。しかし試合がある。
バス停に到着したバスに乗り込んで学校に向かう頃にはプリン王女の鼻は無くなっていた。
「…一体何があったんですか?なぜ命を狙われてるんですか?」
「ソンナノ知ラナイデス」
知らないらしい…みんなが試合会場に出発するまであと30分しかない…
「私ノオ父様ハ市内ノ大使館ニ居ルハズデス。ソコマデ連レテ言ッテクダサイ…アト鼻弁償シテクダサイ」
「このバスで学校近くまで行って…ギリギリだ」
「マサカ私ヲ見捨テテ自分ノ用事優先シヨウトシテマス!?」
隣で騒がしい王女を無視していると前方からとてつもない殺気がっ!!
「っ!?」
「痛ッ!!肘ガ当タッタッ!!」
前方から誰か向かってくるっ!しかも…空気が揺らぐ程の闘気じゃないか。
反射的に身構える俺を見てその男はピタリと歩みを止めた。揺れる車内でも一切ブレない動き……やはり只者じゃない。
あの男--地区大会での佐伯達也にも匹敵する。
「…なるほど」
男が呟いた。俺達の雰囲気に他の乗客も何事かとこちらを見ている。
「…この国での任務が尽く失敗する訳だ。楠畑香菜に加えこんな化け物が居るとは…お前が王女の護衛か……」
ちょび髭に赤いサングラスの、アロハシャツをキメた男は漫画とかで出てきそうな強者みたいな台詞を呟いた。
「違います」「エェッ!?ココマデ来テソレハナイデスッ!!」
断固否定してもグラサンは引き下がってはくれなかった。大人気なく懐からカランビットナイフを抜き放ち、一層鋭い殺気を放ってくる。
その様子に乗客がパニックになる中、男は俺にその切先を向けたのだ。
「…公安の機密文書、我々を妨害した楠畑香奈…そして万象の記録奪取……悪いが00ナンバーの威信にかけてこれ以上任務の失敗は許さ--」
--パキンッ
「…あれ?」
ナイフを向けてベラベラ喋ってたのでとりあえずナイフを折っておいた。
ぽかんとするグラサンの横っ面が隙だらけだったので一発ぶん殴る。
死なれては敵わない。歓迎遠足でゴリラを殴り飛ばしたくらい手加減して殴ってみた。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
情けない悲鳴と共に顔が歪んだ雰囲気だけだったグラサンは、グラサンだけ残してバスの窓を突き破り吹っ飛んで行ったのだった……
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「アナタ、私専属ノボディガードニナリマセンカ?」
トラブルによりバスがとまり、全力ダッシュ(王女引きずり式)で学校まで向かう俺の腰で引きずられる脚を高速回転させながらプリン王女がそんなことを言っていた。
まずい……あと25分で会場行きのバスが学校から出てしまうっ!!
「アナタトテモ強イデスネ…私、アナタヲ頼ッテ間違イハナカッタト確信シマシタ」
腰のお荷物がなければもっとスピードが出るのにっ!!くそっ!!
「大使館ハ逆ダト思ウノデスガ……アナタサッキカラ人ノ話聞イテマス?」
「あなたこそ人の都合無視しないでくれます?」
「--待てぇぇぇぇっ!!!!」
雲を追い越し、車を追い越し、飛行機を追い越し走る俺の後方に食らいつく絶叫。何事かと思ったら全力ダッシュで俺に追いすがるあのグラサンが居た。バスに残していたはずの赤いグラサンまで復活している。
「モヤシノ人ッ!!サッキノ男ガッ!!追イカケテ来マスッ!!」
……もやしの人?俺?
「王女を逃がすわけにはいかないんだっ!!死ねぇっ!!」
なんと、奴は往来の只中で拳銃を抜いてきたでは無いか。しかも俺の傍にはおばあちゃんが……っ!
タイムロスだが仕方ない……
急停止した俺は発砲音と共に放たれた弾丸をデコピンで受けた。
爪の先で熱い鉄の感触が弾け、そのまま弾かれた弾丸は真っ直ぐ後ろへ……
「うがぁぁぁぁぁっ!!!!」
音に驚いた通行人達の真ん中で時代劇のやられ役みたいな声をあげたグラサンのグラサンが跳ね返った弾丸によって破壊されていた。
「--…アナタ本当ニ人間デスカ?」
体感速度時速1234.8キロで走ってたら学校が遠くに見えてきた。
そこの頃には引きずられたプリン王女の下半身は削れて無くなってテケテケ状態だったが、何とか間に合いそうだっ!!
しかし…運命は常に試練を与えてくるもの。
「待てぇぇぇぇっ!!」
聞き慣れたその声にいやいや立ち止まり振り返った先には、頭から血を噴いたあのグラサンが立っていた。
さっき弾丸で砕けたはずの赤いグラサンをまたかけたその姿に戦慄する。あのグラサン…不死身なのか?
顔に弾丸を受けて血まみれのグラサンと、下半身がアスファルトに削られた王女。
俺以外満身創痍の状況下、グラサンはめげずにグッと固めた拳を構えた。
「……俺はその王女を殺さなければならないんだっ!!」
「……ッ!」
「世界情勢をかき乱す某国を、カメノコ公国の攻撃対象にする為に……戦争を引き起こす為にっ!!」
なんだか知らないがあっさり目的をくっちゃべってしまっている……
「俺は……俺達は…我が国は世界の支配者としての責務を果たすっ!!その為に俺は来たっ!!負ける訳にはいかないんだっ!!」
ちょっと何言ってるか分からないがこのグラサンの熱意だけは伝わった。
このグラサンには負けられない事情があるんだろう…空気を震わす咆哮に俺は肌でそれを感じ取った。
事情は全く知らないし知ったこっちゃないが…この決意を無下にすることは剣士の名に恥じる。
「……分かった」
ここで王女を無抵抗で引き渡すのはこのグラサンのプライドに唾を吐くような行為。固い意志を拳に握ったグラサンは大きく息を吐く。
「お前が本当にヤバい男だと言うことは分かった……もう今までのような油断はない。今までの俺とは思うな?」
……バスが出るまであと3分、急いで欲しい。
相変わらず決め台詞だけは忘れないグラサンが「いくぞっ!!」とわざわざ親切に教えてくれたので、それに合わせて身構えた。
が、そんな俺の意識の隙間を縫うように、グラサンの赤い光が尾を引いて懐に潜り込んできたっ!
--速いっ!!
カウンターに出した拳に被せるようにグラサンの一本拳が突き出してくる。辛うじてガードした俺の体が腰にまとわりついたテケテケごと吹っ飛ばされる。
「……っ!」
「どうした?そんなものか?悪いがさっさと決めさせて貰うっ!!」
グラサンはさらに踏み込みを速くし、閃光の如きスピードで迫ってきた。
ガードした腕がビリビリ痺れている。まともに食らったらヤバかった……
これは俺も大きく見直さなければならない。
グラサンは大きく間合いを殺して俺の懐に入る。勝利を確信した拳が俺の急所を狙い放たれた。
……が、その拳が俺を捉えることは無かった。
グラサンは一つ大きな計算違いをしていた。
グラサンは俺のスピードを、走っている時のスピードで計っていたのだろう。
しかし……俺のマックススピードはそんなグラサンの計算を飛び越えていた。
ギアを上げた俺……そしてテケテケになって下半身分減量、かつアスファルトとの摩擦の無くなったプリン王女。
俺のスピードは奴の認識を容易に追い越した。
「なっ……」
--それがグラサンの最後の言葉だった。
俺は横に回り込み、完全に俺を見失ったグラサンに向けて、全身全霊の一打を放つ。
光速を超えた俺の本気の一撃は落雷のような衝撃をグラサンに与えたことだろう……
--次の瞬間、グラサンの赤い破片が真夏の陽光に散っていた……
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--こんにちはっ!本田千夜ですっ!
剣道部マネージャーの私は本日、インターハイ出場する我が部の試合に同行するために登校してました。
しかし、大事な一大大会を目前に控えて……
「おい……彼岸はまだ来ないのか?本田」
「顧問……携帯も繋がらなくて……」
問題発生ですっ!
我が校最高戦力の彼岸三途君が出発5分前なのに来ません。
携帯も繋がらないし…何かあったんでしょうか?
弱り果てた剣道部一同……
そんな私達の鼓膜を破らんばかりの重たい爆音が鳴り響いたのはその直後でした。
--ドゴォォォッ!!!!
地響き、爆音……
まるで爆弾でも爆発したのかという衝撃が学校まで駆け抜けて、校舎のガラスを全部割りました。
「なんだぁぁっ!?」「雷かっ!?」「一体何がっ!?」
「……っ!」
あまりの衝撃に転がりながら何事かと音のした方を見たら、キノコ雲が……
呆然とする一同。
日本に産まれてこんなものを見る機会なんて……
恐怖心すら忘れてぽかんとしていた私達の目の前に、その音の正体がゆっくりと凱旋してきました。
その姿に誰しもが絶句したことでしょう……
--だってそれは、下半身のない女の子を腰に巻いた彼岸君だったから……
「……」「……」「……」
「……すみません、遅くなりました」
なんでもないようにそう口にする彼岸君。もはやどこから突っ込んだらいいか分かりません。
ツッコミ不在のカオスな状況に、私はなんとか声を振り絞りました。
「……彼岸君、何してたの?」
「ちょっと世界救ってきた」




