沖縄やっ!海やっ!!
--夏や!!海や!!夏休みやっ!!
夏と言ったら海やろ?なぁ?そうやろ?海楽しいもんな?なぁ?
ちゅうわけでウチらは海に来とった。
しかも沖縄や。
列車の車窓から開けたビーチと宮殿みたいな立派なホテルが見えてきた。ウチに長篠、田畑は透き通る海と晴れ渡る空に興奮を隠せず窓に張り付いとった。
「おぉぉ…やっぱ沖縄の海はめっちゃキレイやなぁ」「レン……この海の下にどれだけの生命がいるんだろう…」「今日はマリアナ海溝を丸裸にするまで帰れません」
--せっかく夏休みやからとウチらは沖縄まで旅行に来とった。
ホンマは速水も連れてこ思たんやけどインターハイが目前ということで今回はやめとくらしい。
なんせ昨日思い立って今日来たからな…
まぁそんなわけで今回はウチ、楠畑香菜と長篠風香と田畑レン、この3人でお送りするわ。
…さて、ウチらが今回やって来たんは沖縄本島のとあるビーチ。
どこまでも広がる紺碧の海を望める真っ白なリゾートホテルが今回の宿泊先……
僅か一日でこのホテルをとった長篠と田畑は何もんなんやろか……
「よっしゃっ!チェックインも終わったし泳ごう!!まず泳ごう!!風香、楠畑、はよ!!遅い!!なにしてんのモタモタすんなっ!!」
…田畑は相変わらずうっさいわ。ちょっと落ち着け。
部屋に着くのと同時に服を脱ぎ捨てた田畑をほっといてウチと長篠は豪華なホテルの部屋を見回す。
デカすぎるベットにやたら豪華なバスルームにトイレ…バルコニーから目の前の海を一望できる。
SNSとかでセレブが写真撮ってそうな場所や。
「……なぁ、ここいくらしたん?」
「ん?2泊3日で○○万円くらい」
「きゅんっ」
「うわぁっ!風香!楠畑が沖縄の日差しにやられたっ!!」
車が買えそうな値段やった…これ全部長篠と田畑持ちってもうウチがいじめとるみたいやんけ…
「……なぁ、お前ら何者なん?もしかしてすごい金持ちなん?え…?お金貸してって言ったらアタッシュケース持ってくるタイプの人なん?」
「レンのパパは内閣総理大臣」「風香のお父さんは国連事務総長」
うわぁぁぁっ!!
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--海やーーーっ!!!!
部屋に荷物置いて服を脱ぎ捨てて、南国リゾートへ飛び出したっ!!
透き通る海と真っ白な砂浜、眩しい太陽の光る真っ青な空!!
遠くにヤシの木が生えとるし、少し先の歩道を水着姿の観光客が歩いとる。ここはほんとに日本…?
かく言うウチらもバッチリ水着姿やねんっ!!ビキニとデニムでバッチリキメとんねんっ!!長篠はワンピースタイプ、田畑もビキニやねんっ!田畑のビキニにはヘラクレスオオカブトがプリントされとる!!ダサいっ!!
「「「海だぁぁっ!!!!」」」
海水浴客に混じって砂浜から海にダッシュ。友達と海に行くなんて中学時代は考えれへん事や。柄にもなくテンションが爆上げ。
飛び込むように浅瀬に突っ込むと冷たい海水が跳ねた。美少女3人の肌に弾ける海水の雫…
みずみずしい肢体が浅瀬の水を蹴りあげて飛び回る。濡れる体…弾けるウチのEカップ。
思春期の男子が見たら生唾ゴックン--
「2人ともっ!!お遊びはここまでよっ!!」
と、上がっていくテンションに待ったをかけたんは田畑。ウチと長篠は「また馬鹿がなにか始める気だぞ?」って顔で田畑を見る。
「今回沖縄に来たのはただの海水浴ではないっ!!」
「いやただの海水浴でええやん……」「そうだったね…楠畑、実は私達、目的があって沖縄に来たんだよ…」
なんやねん目的て…
「今回私達はキジムナーを探しに来たのだ。」
……は?
--キジムナーとはっ!
古くから沖縄に伝わる妖精の一種。ガジュマルの木に住み着くと言われていて、子供ほどの背丈をしている。
性別があり大人になると結婚して家族を作ったり、人間に嫁いだりもする、人との関わりの深い神秘の存在なのであるっ!!
「……いや、ええやん探さんでも…居らんてそんなん。探してどないするん?」
こいつらは…普通に泳いで遊んで帰ればいいものをなぜただの旅行を珍道中にしようとするんや…?
分かりやすく面倒くさそうな顔をしてるにも関わらず田畑も長篠もあんなに海ではしゃいでいたのを忘れたかのようにキジムナーに夢中やった。
「ペットにしようと思って」
「祟られるぞ?」
「楠畑…この前ツチノコが発見されたじゃん。だからキジムナーも居るって……ね?レン」「然り」
然りやない。ツチノコが居ったらキジムナーが居る理屈になるんか?その理屈で言うたら『うわん』も『おどろおどろ』も『お歯黒べったり』も居るんか?あ?
「せやったら2人で探したらええやん…ウチ、ここで泳いどくけ」
「はぁ!?楠畑!!なんのために3人で来たと思ってるの!?」「3人で探そうよ。思い出になるよ!!」
「要らんわそんな思い出…アホくさい」
分かる…ウチには分かる。
このクソ暑い中で永遠歩かされるのが目に見えとるもん…嫌やねん。
「私達で見つけよう?」「歴史の証人になるチャンスだってばよ?」「やろう楠畑」「それゆけ楠畑」
毎度の事やけどもうどっちが喋っとんのか字面じゃ分からんのよ…
もう何言うても聞かんこの灼熱の太陽のような熱意に炙られ、せっかくの香菜ちゃんビキニタイム、まさかの終了…
目の前に海があるのに浅瀬でちゃぴちゃぴして終了。どゆこと?
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あんなに海海騒いどったのは誰やったんやろか……
内閣総理大臣と国連事務総長の娘を連れてやって来たんは都市公園…
理由はキジムナーはガジュマルの古木に住み着く妖精やから。ネットで『沖縄 ガジュマルの木』って検索したらここが出てきた。それだけの理由……
ガジュマルて言うんは亜熱帯から熱帯地域に分布するクワ科の植物や。
『ガジュマル』言うんは『絞まる』が訛ったのが由来という説があって、ガジュマルの木は気根を地面に垂らして成長していくんやけどその過程で大きくなった気根が幹に絡みついて複雑な外見になっていくそうや。
ちなみにガジュマルの木は長い年月を経て次々気根を垂らし続けると、気根を支柱にさらに木が成長していってその姿が歩いとるように感じるらしい。
……まぁそんなうんちくはどーでもええ。
ホテルからバスでしばらく行った所にある都市公園。かなりの広さで遊歩道やらテニスコートやら多目的広場やら色々ある。公園施設内にレストランもあった。
そんで…そこら辺にでっかいガジュマルの木が生えとる。立派に育ったガジュマルの特徴的なシルエットが青空とその下に茂る新緑の芝生とよく映える。沖縄の解放的な自然を全身で感じれる場所や。
……まぁ、別にここに来ること自体はええんよ。観光やから…しかしや。
「レン、キジムナー居た?」「居ねぇ」
ガジュマルの木によじ登るこの2人を連れて来るのがすごく嫌。周りの人の視線が痛い…
「…ほら、もう諦め。居らんてキジムナー。キジムナーはな、あんたらみたいな心の濁った奴の前には現れへんのよ」
「楠畑も探してよ…レン、もう少し上を見てよ」「登りずらいなこの木…くそっ!」
何しとんねんコイツら……
今回は海できゃきゃうふふがあるんちゃうん?なんでキジムナー探しとん?は?
「ぎゃあっ!?鳥にクソかけられたっ!!」「レン!!落ちないでよ!?下に私居るからね!?」「この…この鳥は楠畑香菜と名付けよう…この脱糞鳥め……」
「田畑殺すぞー?」
「焼き鳥にしてくれるっ!!あっ!?」「え?」
下から生暖かい視線で見守るウチの見つめる先でレンのお尻が急降下してくる。そのまま長篠の顔面に大質量の爆弾が投下されて押しつぶされる形で2人が落下した。
「ぎゃぁぁぁぁっ!!」「ぎゃぁぁぁぁっ!!楠畑に目ん玉つつかれたぁぁっ!!」
「…………」
「お母さん、あの人達なにー?」「見ちゃダメよ!」
「楠畑…首が折れた…助けて…」
「このクソ樹木がぁっ!!切り倒したろかっ!?舐めんな…あたしのパパは内閣総理大臣だぞぉぉっ!?」
怒り狂ってガジュマルに蹴りを叩き込む田畑と、地面を這いつくばる長篠…
これが内閣総理大臣と国連事務総長の娘らしい…世も末やな。
「お馬鹿共が…そんな簡単に見つかる訳ないやろ?(そもそも居るか)簡単に見つからんけん神秘なんやぞ?もう諦めて海で泳ご?」
「このガジュマルはダメだ…風香、ネットで調べて」「なんて調べるのよ…」「キジムナー、住所」
出るか。
「なぁ今からでも遅くないで?思い出せや、最初に海見たときの興奮を……あの情熱はどこいってしもたん?こんな不毛なことやめて今すぐ戻ってマリアナ海溝の神秘について調べよ--」
「この先バスで2駅位のとこにキジムナーの嫁いだ家があるっぽいよ」「なんだとぉぉっ!?」
…………………………
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キジムナー探しに都心公園行くまではまだええんよ。
…しかし、民家にまで足を運ぶっちゅうんはどういうことなん?
--坂道に沿うように立ち並ぶ民家はどれも大きくて立派な石垣で囲まれた佇まいは風景だけで沖縄って分からせるくらいの趣がある。
そんな沖縄感溢れる景観に溶け込んだとある古民家…家をそのままソーキそば屋にしたお店の戸をウチらは叩いてた。
……いや、ウチらはじゃない。長篠と田畑だけや。一緒にすな。
「いらっしゃいま「キジムナーに会わせて頂きたいっ!!」
朗らかに客を出迎えるお店の人に向かって開放された玄関先から田畑のとち狂った大声が店内を駆け巡る。
ウチの学校は大概頭おかしいやつばっかやけど、もしかしたらコイツが1番おかしいんかもしれへん…
ぽかんとするお店のおばさん。気の良さそうな丸顔のおばさんが不意を突かれて固まっとる。
「この家にキジムナーが嫁いでることは知っている」「会わせて頂きたい」
お前らなんやねん。さながら刑事がやって来たみたいな雰囲気醸しとるけど口から出てくる言葉何一つ意味分かるもんないし…
気の狂ったお客さんに店の奥から店主らしきおじさんと若い赤髪のお姉さんも顔を出す。幸い開店直後なのか他の客が居らん店内で、痛すぎる視線を一身に浴びながら…
「キジムナーに会わせて頂きたい」
最後の希望にかけて一歩も退こうとしない馬鹿2人。
「……おい、もうええやろ。警察呼ばれるて、キジムナーは居らんかったんよ。お前らもそろそろ夢から醒めて現実見る時間やで!!」
「……居ますが」
「ほら、はよ帰え……え?」
…え?
とち狂ったお馬鹿共に頭おかしい返答が返ってきた。奥から出てきた赤髪のお姉さんが自分を指さして……
「キジムナーです」
「………………?????」
「うぉぉぉぉぉっ!!」「まじかっ!!居たぞおいっ!!風香、楠畑っ!!」
…??????????
つむじからつま先まで人間にしか見えへんけど?「は?」って顔で目を剥くウチとお姉さんの目が合った。
「……キジムナーです」
頑なにキジムナーらしい……
--インターネットって凄いなぁ。
なんでも調べたら出てくるんやけ…
沖縄ってすごいなぁ。
妖精がそば屋やっとんのやけ…
ソーキそばって豚のあばら肉の乗った沖縄そばのことらしい。ソーキっちゅうんはあばら肉のことで梳が訛ってソーキになったんやと。豚の肋骨が櫛に見えるかららしい。
…ソーキそば、美味。豚の油がスープに溶けとるやん。
「……私は旦那と4年前に結婚して、都心公園のガジュマルから引っ越して来ました。写真撮るのやめてください」
寛容な姿勢でウチらをおもてなしして、この家に居る経緯を説明してくれとるキジムナーさんの話をガン無視する3人。1人はそばに夢中で、残り2人は写真撮るのに夢中。
流し聞いたところによるとあの公園のガジュマルの木で旦那と出会ってこの家に嫁いで来たのだとか。つまり両脇のおじさんとおばさんは義父と義母。
そんで旦那とは離婚調停中らしい。まさかの破局。離婚の話が進んどる息子の嫁と両親が同居中というカオスな状況。
「どうして離婚するんです?」
キジムナーに用があったはずの2人があまりにも話に興味無さすぎて失礼やけ、ウチが尋ねとった。
「屁です」
「へ?」
「あの人、私に向かって屁をこいたんです」
聞かんかったら良かったわ。人と妖精のラブロマンスの結末がオナラで離婚とかこれからどんな顔してディズニー映画観たらええんか分からんくなるわ。
「元々…一族のしきたりで結婚しただけなので、未練はありません」
「そないなこと息子の両親の前で言うてやるなや……ところで、離婚するのになんで嫁いだ先の家にまだ住んどるん?気まずない?」
「キジムナーは妖精だから…店の看板娘になってもらってるんだよ」「宣伝になるからね…」
ご両親からなんだか下卑た答えが返ってきた。キジムナーさんも「魚の目玉くれるのでそれで手を打ってます」と言っとる。
キジムナーのつくるソーキそばって大々的に売り出しとるけんネットに情報あったんかい……
「……で、旦那さんは?」
「知りたいですか?」
「あっ、やっぱええです」
もうソーキそば食って帰ろう思たら田畑が突然興奮気味に立ち上がり叫ぶ。
「娘さんをくださいっ!!」
「……」「……」「……は?」
突拍子もなくそう要求する田畑の手には虫あみが握られとる。その時点でもう失礼。そういえばこいつ、キジムナーをペットにするとか言うとったな……
「必ず幸せにします……」
「……」「……」「……」
そば屋の視線が痛い。腰に縄紐まで提げて全く説得力ないんよ。
当然、密猟者みたいな田畑に対してキジムナーさんも不機嫌そうな顔を見せる。
「……嫌です。ここを気に入ってるんで」
「実は私達、国際キジムナー保護協会の者でして…キジムナーの生活と人権を守る為に保護して回っているんです」
「捕獲でしょ」
「レン……ここまで人間っぽいと流石にまずいよ…傍からみたら人身売買だよ。やめよう。一目見れたんだから良しとしよう。今日のところは帰ろ?」
田畑よりはいくらか常識人な長篠…いや今日のところはって言うてる。日を改めてまた来るつもりや。
が、しかし。この沖縄旅行でキジムナーにかける情熱は半端では無いようで、田畑は退かない。
「魚の目玉300個でどうですか?」
「嫌です」
「風香、目の前に珍獣が居るのに諦める手はない。風香もお願いするんだ」「……いや、予想以上に人っぽい見た目というかもうキジムナーって名前の人っぽい感じだから私的に期待外れというか……なんかもういいや。私は」
「祟るぞ?」
長篠はお気に召さんかったみたいや……しかし田畑は諦めが悪い。しまいには畳の上で「やーだやーだっ!!キジムナー捕まえるんだっ!!今年の文化祭で展示するんだっ!!」と最低な駄々をこねだす。
「……おい、田畑」
「なによっ!!楠畑はいいの!?キジムナーだよ!?欲しいでしょ!?」
「キジムナーさんにはキジムナーさんの人生がある思わんか?この人はあんたらの家の檻の中で目玉食うよりここでそば作っとる方が幸せなんよ」
「やだ」
「それにお前……キジムナーって妖精やぞ?ガジュマルの木に住むんぞ?あんたガジュマルの木なんてマンションに植えられへんやろ?」
「やだ。がんばる」
「おい。ええ加減にせえよ?」「レン」
「やだやだやだやだやだっ!!折角ここまで来たんだっ!!絶対キジムナー捕まえるんだっ!!買って買って買って!!」
……こいつには人の心がないんか?
ええ加減ひっぱたいたろか思ったらキジムナーさんがゆっくり立ち上がって寝転がって暴れる田畑の横に体を下ろした。
「やだやだやだっ!!」
「……そこまで言うなら仕方ないですね」
「やだやだやだ……え?」「「え!?」」
キジムナーさん、目玉300個で買われる気になっとる!?妖精の価値観って分からんわ!!
驚きに目を剥くウチと長篠、対称的に顔を輝かせて縄を手に取る鬼畜田畑。
「やったぁっ!!新しい家族--「その代わり……」
キジムナーさんが田畑の顔に素早く手を伸ばして頬を挟み込む。ふぐみたいに顔を潰された田畑が「へ?」と固まるのを超至近距離からキジムナーさんが睨めつとった。
まるで死んだ魚みたいな真っ黒で感情のない目ん玉で田畑をじっっっと見つめて…
「ご飯沢食べさせて頂けるなら……あなたの家族も友人も友人の友人もそのまた友人も--対価としてその全員の目をキジムナーの一族に支払って頂けるなら……私達、魚より人の目の方が好物で……あぁ、あなたとても綺麗な目をしてますね……」
「………………」
「私達ガジュマルの妖精なので、人智の及ばない不思議な力をたくさん持っているんですよ。例えば手も触れずに目玉をくり抜いたり、目玉だけ焼いたり、目玉から水晶体だけ抜き取ったり……」
……目玉に対する殺意が凄すぎるやろ。
怖いこと言いながら少しずつ顔が変形して、口からピラニアみたいな牙が覗き始めた時--
「……やっぱいいです。そば、ごちそーさんでした」
腑抜けの内閣総理大臣の娘はあっさりキジムナーを諦める事を宣言した。キジムナーさんの尖った舌がお目目に触れる寸前や。
……キジムナー、怖い。
「…うふふ。帰り道、お気をつけて」




