あなたの悩み、受け止めます
--南先生の人生相談室。
私、南清子がこのボランティア活動を始めたのは2年前になる。当時、1人でも多くの心を救いたいとカウンセラーを志した私は夢に破れて挫折したんだ。
本気の夢ほど挫折は辛い…
そんな私はある時悟る。
それはヤケ酒しに呑み屋に行った時、キャストのお姉さんが1人でやさぐれてた私に優しくしてくれた時…
…あ、別にカウンセラーにならなくてもいいじゃん。
そうして市内のひっそりとした田舎町でこうして無償で及ばずながら心に悩みや後悔を抱えた人達を救う為にこのガウンリング教室を開いた。
カウンセリング教室と言っても、やることはただ相談者の話を聞いてアドバイスをするだけ。
でも、人に吐き出すことで楽になることもあるだろうし、カウンセラーを志した時に学んだ知識も活かして、少しでも誰かの支えになれれば……
そんな思いで始めた。
さて、そんな訳で今日も悩みを抱えた人々がこの小さな相談室の戸を叩くのだ。
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1人目。
「……先生、俺の罪を聞いてください」
おやおやまた随分声音の沈んだ相談人がやって来たわね。
声からして歳は10代…まだ学生かも。
この相談室の造りは告解室みたいなもので、小部屋がふたつに分かれててお互いの顔が見えないようになってる。
相談に来た人が安心して心の泥を吐き出せるようにする為。私から相手の詮索をすることも無い。
「どうぞ、お話ください」
いつも通り、心が落ち着くと評判の私の声に促されて、若い男の子と思われる相談人は話し始める。その内容は話し始めに口にした台詞と違わず、罪の告白。
「俺、三越みつこしって言います…高校2年生です」
あれ?自分で名乗ったよこの人。なんの為にお互い顔を見えないようにしてるのか分かってない?
……まぁいいや。本人が隠す気がないなら…
「俺、野球部でもうすぐ大会とかも控えてて…大事な時期なんですけど、どうしても身が入らなくて……原因考えたら過去の過ちなのかなって……それで相談に来ました」
……よっぽどの事をしでかしたんですね。受け止めてあげましょう。
「……俺、好きな人が居るんです。日比谷って言うんですけど……」
恋愛関係?
「どれくらい好きかと言うとですね…もう、履いたあとのシューズを舐め回してそれを器に緑茶飲めるくらいです」
やべぇやつが来たな。
いや…あくまで『それくらい好き』ってだけだから…好きな人のおしっこなら飲めますって人居るでしょ?それと同じ。それくらい本気で好きなんだね……
「で、去年の体育祭の時なんですけど、ついついその日比谷のシューズ舐め回してしまって……」
わぁお。
「それで…文化祭の時、俺と日比谷クラス違うんですけど、日比谷のクラスは劇をやるってことになって……」
「はい」
「俺、どうしても日比谷のケツを叩く役がやりたくて本番、日比谷と同じクラスの人とこっそりすり変わってもらって……」
ケツを叩く役がある劇?
「その劇をめちゃくちゃにしちまったんです……」
内容はめちゃくちゃだけど彼の声は震えだして、壁の向こうですすり泣いているのが目に浮かぶ。彼は真剣だ。
私も真剣に受け止めてあげなければ……
「本番中盛大に漏らしちまったんです。緩い方……」
こいつ相当やべぇな……
軽くドン引き。愛が変態的に偏りすぎてるし高校生にもなって大衆の面前で漏らすとか……
これにはイエス・キリストもお手上げでしょ。救いようがないわ。
がしかし、神ですら見捨てた者の後悔を拾い上げるのが私の使命…
「……俺、どうしたらいいんでしょうか?」
「よくぞ話してくれました」
お決まりの台詞を返しながら今までの29年の私の経験を総動員させ彼を救う言葉を考える。彼に必要なのがカウンセリングなのかは分からないけど、ここに来た以上重たい胸のまま帰す訳にはいかないの。
「まず、あなたが過ちを後悔しているというのがなにより大切なことですよ。好きな子のシューズを舐めたり、勝手に劇に忍び込んだり…やってしまったことを振り返り自分を責めることが出来るのは、正しい心を持っている証です」
「正しいでしょうか?よくよく考えたらいくら好きでもシューズ舐めたりケツ叩いたり…とても健全な精神を持っているとは思えないッス」
よく考えなくてもそうだよ。
「あなたのその謙虚かつ誠実な姿勢、自分への向き合い方がなにより大切なのですよ…あなたは正しく物事を見つめることができる人です。だからこそ過去の自分を強く責めてしまう。でも、自分を許すのも強さです」
「……先生」
「もういいんではないんでしょうか?自分を責めすぎないで?許すことで前に進めることもあるでしょう」
「……先生っ!」
「それと、あなたの好きな日比谷さん、想いを伝えてみましょう。好きというその大きな気持ちをぶつけるのです。あなたは恋愛で奥手であるが故に大きすぎる気持ちを持て余して奇行に及んでしまっています」
「ぶつける……」
「自分の気持ちに決着をつけるのです」
どう考えても玉砕しかないけど……
特攻せよと優しく諭す私のアドバイスに彼は消極的な姿勢を見せる。
「……俺、団子っ鼻で……」
なるほど、容姿に自信が無いと。その手の相談は腐るほど聞いてきた。
「容姿は人の数だけ違って当たり前…そしてどう捉えられるかも人それぞれです。あなたは自分の鼻に自信がないかもしれませんが、日比谷さんがあなたをどう捉えるかは分かりません」
「……先生」
「それに、人間は容姿より中身です」
「……人前で漏らす男でも、好きになってくれますかね!?相手は学校一の美少女なんですけど……」
「……やってみましょう」
まぁ野球部ならチャンスはあるんじゃない?という私の偏見。
恋愛相談に関しては結局自分次第。最終的には「頑張れ」としか言えない。
「……そうだよな。人前でウ〇コ漏らす女がメイド喫茶で働けるんだから…1回や2回脱糞したくらい、なんでもないっスよね!?」
「……出来れば脱糞はこれっきりにする努力をしましょう」
分かりましたっ!と、三越少年は壁の向こうで元気よく立ち上がった。少なくとも彼の中では悩みが解消された様子。
「俺、アタックしてみますっ!ぶつかっていきます!!」
「物理的にアタックしてはいけませんよ?頑張ってください」
「南先生、ありがとうございましたっ!!」
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2人目。
「……よろしくお願いします」
「はいお願いします」
壁の向こうに座ったのは落ち着いた声音の女性。声からしてまだ若い。
ただ、なんだろ…壁の向こうからとてつもないオーラを感じる。何故か鳥肌が…
「……私、好きな人が居るんです」
また恋愛絡みか。若者の頭にはそれくらいしか悩みがない。羨ましいことだ。
しかしこの女性の場合少し特殊みたい。
「別の学校の男子なんですけど…なんか…アイドルのオーディションを今度受けるらしくて…私、そいつがオーディション受かったら告白しようって決めて……」
「はい」
「相談したんです。舎て……女友達に」
「はい」
「そしたらその女が私の事好きだったって……」
なるほど。
彼女は意図せずその女友達をフッてしまったわけだ……
「泣かれてしまって……あれからどうやって接したらいいか分かんなくて……」
「よく話してくれました」
うーん難しいな。
この場合、彼女はその女友達との関係を修復したいんだろうけど、女友達の方は純粋な友情で彼女と付き合っていたのかどうか…
「まず、あなたは悪くはありません。自分を責めてはいけませんよ?」
「はい」
「これは不幸なすれ違いです…こういう形になってしまったというのが不幸な事なのであって、気持ちのすれ違い事態は仕方ないことだし、お互いの気持ちは尊重されるべきです」
「先生、私はどうしたらいいんですかね?」
「あなたはどうしたいんですか?これからも、そのお友達と仲良くしたい?」
「…………そう、だと思います」
「ならばその旨を伝えましょう。伝えたいことはしっかり言葉にして伝えなければ伝わりません。そのお友達はそれからあなたを避けているんですか?」
「いや……どっちかというと私の方が避けてて……」
「良くありませんね。関係を元通りにしたいのならばあなたから歩み寄らなくてはいけません。どちらも悪くないのですから、怖がらくてもいいんです。あなたはその友達の気持ちを受け止める勇気が足りないのです」
「……今まで通りになれるでしょうか?」
「あなた達が本当の友人なら…」
私は思う。言葉で励ますだけの私の行為はとんでもなく無責任な事だと。
一方の意見だけ聞いてアドバイスして、失敗するかもしれない…しても私は悪くないのですというスタンスだ。
結局のところ、最終的には突き放してる。『あなた次第ですよ』と……
だから私はこうして相手と壁を作って、顔を合わせず金も取らないのかもしれないな…
言葉は無力だ。それでも私がそれにしがみつくのはそれを私自身が理解して、認めたくないからだ。
この2人が元通りになれるかは結局、相手の友達次第だと思う。しかし、それをきっぱり言う訳にはいかない…
「具体的にはどうしたらいいですか?」
「具体的には……変に意識しすぎるのも良くないでしょうから…例えば遊びに誘うとか…2人の思い出の場所とかで…」
「思い出の場所…河川敷がいいな。2人で水切りしたんです」
「いいですね」
「あいつよく飛んで…あいつを投げるとよく切れたんです。よし、また誘おう」
“あいつを投げると”?水切りですよね?あいつ“が”の間違いだよね?“を”だとお友達を投げてるけど…
「お友達は水切りが得意なんですね」
「石役がね…あいつ軽いからピョンピョン水の上跳ねるんです」
……え?
人って水の上跳ねるんですか?友達って人ですよね?ハムスターとかじゃないよね?
急に背筋が寒くなってきたタイミングで「分かりました」とこっちは全然分かってないけど壁の向こうで彼女は言った。
「私から勇気出して歩み寄ってみます。水切りで……」
「……水切りで?」
「水切りで」
……水切りで。
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3人目。
「なんやものっそい興味をそそられる看板見つけたんやけど…ここはホンマに金取らんの?」
「取りませんよ。非営利目的です。ご安心下さい」
「そか…今のウチにめっちゃ必要な気がして入ってもうたわ」
3人目の相談人は関西弁の女性。また若そうだな。
壁越しに感じるノリの良さそうな声と口調から悩みとは無縁にも感じるけど、人の内面は外見では分からない。
その証拠に壁の向こうで女性は悩ましげな声をこぼし始めた。
「実はこの前知り合いに告白されたんやけどな……」
今日は恋愛相談が多いな。
「そいつがウチの友達の想い人でな?ウチはどないしたらええんやろか?」
またこんな感じか…
「よく話してくれました。難しいですね。あなたはその方の事をどう思っているんですか?」
「……」
「?どうされました?」
「いや、それ今必要?」
「重要な点だと思われますが…?」
「………………そんでその友達がそいつにフラれてんねん。そのせいでそいつウチにも八つ当たってな、どないして関係修復したらええねん」
無視!?
「そいつな?フラれた友達、そいつはウチがその……ウ〇コタレ男としとくわ。ウ〇コタレ男に好かれとんの知っとんねん。やけ尚更ウチのことが今気に食わんのやろ思うんやけど…」
「なるほど。そのご友人とはよく話されましたか?失恋した相手が自分の友人に恋してるという状況は当人にとってはとっても辛いものだと思います。こういう時はなにより、誠実に接することをご友人は望まれると思いますよ」
「誠実……」
「あなたはその……ウ〇コタレ男さんにはどう返事を?」
「………………今それ重要?」
なんで頑なに話そうとしないの?
…相手のことを詮索するのは私のポリシーに反するが、ここは重要…
「あなたとウ〇コタレ男さんとの関係は?」
「……学校の、同級生…以上」
「ではあなたはご友人のことを考えてウ〇コタレ男さんとの交際に踏み切れていない?」
「踏み切るもなにも!!べつに付き合う気ないけど!?」
びっくりしたぁ、そんな大声出さなくても…
では告白は蹴ったということか?
「友人の想い人をフッたから申し訳ない気持ちになっているんですか?」
「……いや、フッてはない。別に、なんも返事しとらん……」
うわ、ややこしい。
「……この場合重要になってくるのはあなた自身の気持ちと行動です。あなたを好きになったウ〇コタレ男さん、ご友人、あなた。誰も悪くはありません。ただ、傷心のご友人の気持ちに寄り添ってあげることが今はなにより重要では?」
「……せやけんどないしたらええんやろかって相談しとんのやけど」
「ですから誠実に対応すべきです。あなたがウ〇コタレ男さんと今後どういう関係になっていきたいかを正直に話しては?」
「………………」
「あなたは告白の返事を保留しているけれど付き合う気はないのですか?」
「………………………………」
「答えを出さないことがお友達にもウ〇コタレ男さんにも不誠実な行いだと思います。勇気を出して、きちんと答えを出すべきかと……」
「……………………」
分かる……
彼女の相談の本質は友人との仲直りでは無い。
『告白されたけど自分が好きかどうか自分で分からない』だ。
気持ちがはっきりしてないから返事もできないし、友人とも気まずいまま。
そしてその答えは恐らく、彼女はウ〇コタレ男が好きだ。
嫌い、もしくは興味が無いならならそもそも悩まない。それに気づいてないか意地を張っている。それだけ……
彼女自身の気持ちに整理がつけば全てが前進する。私のアドバイスは背中を押してやること。
「……そもそもや」
「はい?」
「そもそも、アイツはホンマにウチのことが好きなんやろか?そこにまだ確証が持てへん」
は?
「告白を受けたのでしょう?」
「いや…まぁ、ウチのこと好き?って訊いたら好きって答えただけ…」
なんだそりゃ?どういう関係かは知らないがそんなこと自分から訊くのは相手に興味があるからでは無いのか?
この人凄く面倒くさそうだ。
「好きだけやったらどういう意味の好きか分からへんやん!?好きって色んな意味があるやん!?」
ほら面倒くさい。
「それに…果たして目の前でウ〇コ漏らす女に惚れる男が居るんやろか?ってずっと考えとんねん。なぁ、まだはっきり確定してないことに対して焦って結論出すんは早計よな?」
多分だけど…ウ〇コタレ男呼ばわりからも察するに喧嘩友達みたいな関係なんだろうなぁ。
「あの好きって友達としての好きだけど?とか言われたら恥ずかしいやんっ!意気揚々とフッたろ思て恥かきたくないやん!?」
相手の好意に確信が持てない、自分の気持ちに意地を張っている…だから踏み出せない。きっと友人が八つ当たるのもそんな態度故だろうなぁ……
きっかけがあれば進展するだろう…少なくともウ〇コタレ男の方は自分の気持ちに答えを出しているようだし…
「ご友人との関係修復は、あなたの気持ち次第ですね。まずはご自分の気持ちにケリをつけましょう」
「いや、ウチのことはどーでもええねんって」
「ウ〇コタレ男さんと遊びにでも出かけて、気持ちを確かめましょう。人を好きになるのも、好かれるのも、それを勘違いして受け取ることも、なにも恥ずかしいことではありません。勇気を出してください」
「いや……えぇ」
「大丈夫です。言葉にしてやり取りしなければなにも伝わりませんよ?頑張ってください。あと、自分の気持ちを1番大切にしてあげてください」
「…………えぇ」
「頑張ってください」
「…………………………みんな同じこと言うやん」
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……今日も3人の悩める人々を導いた。私の力がどこまで頼りになるかは分からないけど、少しでも彼ら彼女らの人生が悔いのない方に向かえればと思う。
人は体のメカニズムだけではなく、『心』というものを持って生きている…そして心とはとても危ういもの。
私のメンタルケアとアドバイスが1人でも多くの人生をささやかながら支えられればと、切に願う。
……それはそうと。
この街にはいい歳して漏らす人が多くない?




