こじれとんねんっ!!
「……今月の同好会活動についてなんだが……」
俺達部活動、同好会に所属している生徒は月1回の部活動、同好会会議で活動レポートを提出しなければならない。
つまり俺達オカルト同好会は毎月新たなオカルトを探求する必要があるのだ。
旧校舎に活動拠点を構える我ら『オカルト同好会』……その使命は日常に潜む非日常を探求しその謎を追求することになる。
同同好会代表、宮島松林、2年生。今日も同好会メンバーと共に未知への探求に邁進する。
「例によって阿久津君から報告がある。阿久津君」
「はい」
彼女は1年の阿久津、この同好会の情報収集担当。彼女の入手してきた情報を元に俺達は活動を行っている。頭の上で結ったお団子の中には精密機械のような頭脳が詰まっている。メガネは有能の証。
「今回入手してきた情報は本校舎3階女子トイレの怪異です」
「ふむ…学校七不思議だな」
「はい。本校舎3階女子トイレの1番奥の個室に幽霊が出るらしいです」
ありきたりな怪談だ。
しかし、阿久津君はくだらない根も葉もない噂は持ってこない。彼女の情報収集能力はCIAにも匹敵するのだ。確たる根拠があるからこそ、今回の活動としてこれを据えたのだろう……
「ふむ……どうだろう。武」
「……良き」
この小太りの天パー男は仏の武。喜怒哀楽を滅多に表に出すことはない。その開いてるのか閉じているのか全く判別できない糸目が彼の心が凪の海のように穏やかであることを物語ってる。
「武から『良き』が出たので、今回は3階女子トイレの幽霊について調査する」
「了解」
「……良き」
*******************
お団子分他人より頭が大きい阿久津と坐禅を組んだまま移動できる特殊能力持ちの武、そしてオールバックが完璧にキマッている俺。
今回は女子トイレの幽霊を調査するとのことで、俺達は意気揚々と同好会室を飛び出した。
「調査の結果、3階女子トイレの1番奥の個室のみ、用を足した生徒のお尻を自動で洗浄する怪奇現象が多発しているとか」
「なんだそれは……幽霊がケツを洗ってやっているというのか?」
「どうやら生暖かい感触と共にお尻が濡れるらしいです」
?
「どう思う?武」
「……良き」
「良いそうだ。それで阿久津君、怪奇現象とはケツが濡れるだけなのか?ウォシュレットでは無いのか?」
「違和感を感じて確認したところ、多くの生徒が自分の排泄物の隙間から目がこちらを覗いているのを目撃したとか……」
「なるほど…武よ」
「……良き」
「そうか……分かった」
人がトイレを覗く時、トイレもまた人を覗く……か。
トイレの中から目がこちらを覗いているとはまさに怪奇現象……調べる価値はありそうだ……
「昔から我が校には女子トイレの怪奇伝説が伝わっています……」
「説明してくれ」
阿久津君がファイルを取り出した。このファイルには様々な怪奇現象、超常現象のデータが収集されてある。勉強する間も惜しんで阿久津君が集めた秘蔵ファイルなのだ。
「3階女子トイレ1番奥の個室のみ、使用済みナプキンのゴミが紛失する……常に誰かに見られている気がする……時々個室の扉が開かなくなる……ウ〇コが流れない……」
「恐ろしい話だ…皆が安心して使えるように一刻も早く解明せねば……なぁ?武」
「……良き」
「そのトイレなんですが……調査の結果数十年前に死亡事故が起きています」
「ほう」
この学校でそんなことが…間違いなく関係があるはずだ。
「問題の個室の便器の中で女子生徒が窒息死する事故が発生しています……」
「なんだと?便器の中で……?いじめられていたのかその生徒は?」
「さぁ…なぜ便器の中で死んでいたのかは全く不明です。事件性はないとして事故として処理されていますね」
便器の中で死んで事件性なし……?
「その女子生徒の幽霊が地縛霊として住み着いている可能性が高い訳だ……なぁ武」
「……良き」
そうと決まればその事件について詳しく調べる必要があるが…何せ大昔の事件だ。阿久津君がこれだけの情報しか入手していないということは、情報自体それほど残っては居ないのかもしれない。
「よし……我が同好会ではその事故で死んだ女生徒が幽霊の正体だと仮定する」
「はい」
「……良き」
「では今から問題のトイレに向かう。現地調達だ」
「はい」
「……良き」
--というわけで、放課後生徒の喧騒が遠のいた校舎3階、女子トイレの前まで俺達はやってきた。
女子トイレの前に立つ俺と武に阿久津君がやたら冷たい視線を向けてくる…
「どうした?」
「……まさか入る気ですか?」
「じゃなきゃ調査できない」
「男ですよね?」
「無論タマはついている」
「……」
「……良き」
そう、良きだ。何せこれは調査、れっきとした同好会活動なのだから。
俺達が女子トイレに進撃しようとしたら、阿久津君が襟を掴んで強引に引き止めた。
「流石にまずいでしょう。私が行きます」
「何を言う。こんな危険な場所に女子1人で行かせるわけにはいかない」
「今の先輩達の方が危険なので…」
「心配するな。俺には対幽霊戦闘の108の心得がある。何があっても君を守ろう。なぁ?武」
「……良き」
「良いそうだ」
「ダメです」
「くっ……離せっ!!俺は行かねばならないっ!!」
「ダメです」
「いいんだっ!!この幽霊の正体、この宮島松林が暴かずして誰がっ!」
「私が暴いてきますから先輩達は外で待っていて下さい。ね?武先輩」
「……良き」
「良いそうです」
「何を言うっ!俺が行くっ!!な?武?」
「……良き」
「武先輩出会ってから良きしか言わないじゃないですか。ナメてるんですか?」
俺には分かる…阿久津君は俺の身を案じてくれているんだろう。
ありがとう阿久津君…俺は良い後輩を持った。しかし、この同好会を立ち上げた時から、覚悟はできている。怪異、超常現象を前にこの俺が退くことは無い。
「俺が行くっ!!」
「ダメですっ!!変態ですか!?」
「誰も俺の探究心を止めることは出来ないっ!!」
「止まってくださいっ!!」
「このオールバックに誓ってっ!!」
「……良き」
「--そこで何をしているっ!!」
埒の明かない攻防が続いていたら、突然廊下の空気を割いて腹に響く声が飛んできた。
俺達の視線が声の先に向かうと、そこには腕章を着けた数人の男子生徒が立っていた。
「……何者だね、君達は」
「それはこちらが訊いている」
俺の質問に彼らは質問で返した。先頭に立つリーダーらしき男が腕章を見せる。
「我々は校内保守警備同好会だ。放課後パトロール中に不審な動きをする君達を見つけた。そこで何をしている」
また面倒な奴らが出てきた…渋面を浮かべる俺の隣で阿久津君がとんでもない裏切りを…
「この人、女子トイレに入ろうとするんです」
「阿久津君!?」
「……ほう。それは見過ごせん事態だ、詳しく説明してもらおう」
「馬鹿なっ!これは同好会の活動だっ!!」
「同好会の活動だと…?同好会の活動でなぜ女子トイレに男が入る必要がある」
「このトイレの個室で怪奇現象が発生している。その調査だ」
俺がこんなに説明しているというのに奴ら怪訝そうな顔をして引き下がらない。
その上俺達を連れていこうとまでするじゃないか。
「そんなこと言って女子トイレに忍び込んで盗撮でもしようというんだろ。変態が」
「失礼なっ!!俺達は学校の謎を解き明かす義務があるんだっ!トイレで怪奇現象が起こっていては誰も安心してトイレが使えないではないかっ!!」
「……ふむ」
俺の主張にリーダーは思案顔で頷いた。ようやく分かってくれたか。俺にはこのトイレを調査する義務がある。ここは譲れないのだ。
「……分かった、だがそれは我ら校内保守警備同好会の仕事だ」
何を言い出すんだっ!?
「なぜ君達が出てくるんだっ!!」
「校内の治安は我々が守る」
「馬鹿を言うな!!怪奇現象の調査は我々の仕事だっ!!」
「いや…不審な事件が発生しているのなら我々が調べる必要がある」
「幽霊が相手なんだぞ!?」
「幽霊など居るものか」
今のは聞き捨てならないぞ。その発言は我ら同好会の存在意義を全否定する一言では無いか。
「お前らが入りたいだけだろっ!!変態っ!!」
「なんだと!?校内の治安維持を請け負っている俺達に対してなんて言い草だ!」
「ちょっと待ってくださいっ!なんであなた達まで入るとか言い出すんです!?」
揉み合いになる俺と校内保守警備同好会の間に阿久津君が割って入る。三つ巴の争いになってきた。そしてそれを遠巻きに眺める仏の武。この流れはまずい気がする…
「……良き」
「ちょっともう…!男子が入らないで下さいっ!!」
「ダメだ!」「いや、ダメだ」「いや」「いや…」
「もう…あっ!莉子せんせーっ!!助けてくださいっ!!」
*******************
『きゃーっ!告られたってこと!?』
ウチの友人が住み着く3階女子トイレ最奥の個室にて--
ウチの頭爆発寸前の葛藤を受けた花子は黄色い声を上げて茶々を入れる。こっちは真剣なんや。
ウチ--楠畑香菜が勢いに任せてとんでもない爆弾発言をあのウ〇コタレこと小比類巻睦月にぶつけたのはまだ記憶に新しい昨日の話…
そしたらあの野郎「うん」なんてほざきやがったもんだから、ウチは今どないしたらええんか分からんで頭洗濯機状態やねん。
あの三馬鹿に相談しても結果は見えとるけんこうして便器の呪縛霊に相談しとるんやけど…こいつもアホっちゅうのを忘れとった。
『好きなんやろ!?の返事がうんってことはそういうことでしょ?何を難しく考えてるの?』
と、花子は言う。
しかしや……
あのウ〇コタレがそないなこと言うなんてウチの中で整合性が取れんのや…だっておかしいやろ?目の前でクソ漏らした女好きになるやつ居るん?
「居らんやろ?」
『目の前で脱糞してくれる女の子なんて最高だと思う』
アカン…こいつにだけは相談せんかったらよかった……
「しかしや…しかしっ!!」
『香菜…自分が酷いことしてるって気づいてる?』
「え?なんが?」
『香菜は今一世一代の告白の返事もろくにせず人からの好意をこじつけであれこれ曲解して…つまり逃げているんだよっ!!』
「ぐっ……」
待て。乗せられるな。
そもそも「好き」が異性としての好きかはまだ分からんやろ?
友達としてかもしれんし、遊び相手としてかもしれんやん?いや、友達でも遊び相手でもないけど…
「しかし…」
『てか、香菜はその人のこと別に好きじゃないんでしょ?』
「え?」
『え?って…そういう結論に至った結果そんな爆弾発言かましたんでしょうが…じゃあ断れば話は終わりだよ』
「いやだから…その好きがなんの好きなんかをやな?」
『ちゃんと確かめれば?』
「恥ずかしいやん…アホか」
股の間から覗くと便器の中で『ははーん』と花子がなんやいやらしい笑みを浮かべとる。ムカつくわウ〇コかますぞ?
『香菜は素直じゃないなぁ…好きなんだろ?その子のことがっ!』
「ない」
『じゃあ断れば?』
「しかし……」
『うわぁめんどくさっ!!ラブコメのヒロインにでもなったつもりかいっ!!』
やかましいねん。そんな自分が嫌やから相談しとんのやろホンマに役に立たんわこの便器女。
『今どきそんなの流行らないよ。最近の恋愛ものは好きなら好きでスパッと付き合うんだよ』
「好きやない言うとるやろがい」
『……自分で自分の気持ちが分からないんだ、なるほど……』
くそっ!!これも全部あのサソリのせいに違いないっ!!サソリの毒でおかしくなったんやウチはっ!!なんやねん「お前ウチのこと好きなんやろ?」って…頭おかしいんかい!?
『じゃあこうしよう』と花子がどーせろくでもないに決まっとる提案をする。
『これから夏休みなんだから、2人で出かけよう』
「嫌や」
『それで改めてお互いの気持ちを確かめるしかない。きゃーっ!青春』
「さよなら」
『私が肛門からサポー…あっ!ちょっと待ってっ!!』
さっさと水流して花子を黙らせて個室から出る。
……ウチがアイツのことを好きやと?
そんなことが有り得るんか?ない。なかったわ。頭の隅から隅まで調べ尽くしてもないわ。叩いても埃もなんも出ません。
……くそっ。
全部アイツと日比谷のせいや…余計なことで悩ませおってから…
そんなことより美玲との仲をどう回復するかを考えるべきや……
決意新たに女子トイレから出てきたらまた意味の分からん連中がトイレ前で揉めとった。
「俺達はこのトイレを調べる義務があるんですっ!!莉子先生っ!!」
「それは我々校内保守警備同好会の仕事だっ!!莉子先生!!」
「この人達、変態なんですっ!」
「……良き」
ホンマになんやねん、この学校は……




