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スーパーッファイトォッ!!

「そういえば、空閑君の苗字が変わって小比類巻になります」


 --私は可愛い。

 朝のホームルームで眠気と戦いながら担任の話を聞く姿すら深窓の令嬢…教室に私が居るだけでもう誰も壇上を見ていない。

 教室?いいえ、世界中の視線が今私に集まっている。


 そんな世界の中心にいる私だけど、今衝撃の事実を耳にして世界一美しい驚き顔を披露してしまった!!


「そういえばってなんスか、先生」

「彼、両親が離婚したらしいから、みんなよろしく」

「お見舞いお待ちしております」


 --離婚っ!!


 むっちゃんの家庭環境については、以前泊まった時に聞いた……

 お父さんが別居中。原因はお母様との不仲。

 あの時、並んで狭い部屋で寝ながらむっちゃんは父さんと喧嘩して家を飛び出した私に言ってくれたんだ。

 喧嘩くらい誰だってする。仲直り出来ればいいんだと……


 ……そっか、むっちゃんのお父さんとお母さん、仲直りできなかったんだ……


 あの時のむっちゃんの声が印象的でずっと覚えてた。それだけに、担任と一緒に前に立つ気だるげなむっちゃんの姿が気になった…


「……日比谷さん、聞いた?空閑君…じゃなかった。小比類巻君大変みたいだね」

「……うん」

「この前日比谷さんが見たっていう疑惑のカノジョについては、後日確認した方がいいと思うな……」

「なんで?」

「えっ!?だって今は流石に…小比類巻も色恋の話してる場合じゃない--」

「というか、誰あんた」

「あぁっ!?(怒)凪だけど!?」


 *******************


 --今日はノーブラなのだっ!!

 恋愛マスター滝川の教え--男はエロでおとせ。

 前回歓迎遠足の時はノーパンで仕掛けたけど全く成果が出なかった。それどころかおまけのメガネくんにスカートの中を見せる羽目になった。

 まぁそれはファンサービスだと思えばいいんだけど……


 前回の反省を踏まえて今回はノーブラ、乳で攻める作戦だっ!


 ノーパンとノーブラの大きな違いは、目につきやすいということ。

 ノーパンはスカートの中を見せて初めて効果を発揮するけど、難易度が高い。それに比べておっぱいは自然と目に入る位置についてる。シャツの胸元を大きく広げるだけでアピールもしやすいっ!!

 何より乳首っ!!乳首が浮き上がるっ!!


 ……これにはむっちゃんも秒でおちる。勝った。

 ただ、告白から襲われる流れの前に確認せねばならないこともある…


 ……それに、凪の言う通り、むっちゃんの家庭環境についても…


「小比類巻君、ほんとに小比類巻君になったんだね…冗談かと思ってたよ」

「橋本よ…小比類巻って長いからなんか呼びやすい愛称考えてくれ」

「……マッキー」

「ふざけんな」

「なんで?」


 --ターゲットは今橋本君と廊下で談笑中。メガネくんは邪魔だな……排除しなければ……


「……凪」

「なんで私?」

「凪、今日メガネくんと日直じゃん」

「……日比谷さん、この前は自分から確かめるのあんなに恥ずかしがってたのに……しかも結局私を使うんだね……」

「今日の私はノーブラだから、むっちゃんは今日おちるから。カノジョがいようがいまいがもう関係ない」

「日比谷さん…乳首出せばみんな日比谷さんを好きになると思ってる?」

「いや?出そうが出すまいが全世界の全生命体は私が好きだけど?」

「……」


 凪……そんなことも分からないから凪はいつも赤点ギリギリなんだよ……終わってる。地球人としての自覚が足りない。

 乳首を出すのはきっかけに過ぎないのだ。


「橋本君、職員室にプリント持っていくの手伝っ「俺が手伝ってやろう」


 なーーーっ!


 凪か橋本君を分離させようとしたら何故かむっちゃんが食いついたっ!?


「量が多いからな…橋本では持てまい」

「確かに……プリントが天井まで届いてるね。てか、すごいな阿部さん、よく持てるねそれ……」


 ああああっ!!古典の西澤っ!!課題多すぎなんじゃっ!!ドン引きだよ!!課題の量もだけど真面目にやって来た自分含めクラスのみんなにドン引き!!


「じゃあこっひーお願い」

「橋本、まさかこれからこっひー呼びするつもりか?」


 凪からプリントを半分受け持ったむっちゃんが職員室の方へ--

 ああああっ!!橋本てめーが持っていけやっ!!日直だろっ!!待ってっ!むっちゃんーーーっ!!


「……あ、私トイレ。日比谷さんこれお願いね?」

「え?」


 え?え?

 凪……あんたってやつは……なんて気の回る……むっちゃんが行ったなら私が持っていけばいいじゃないっ!!

 流石凪、あなたをベスト・オブ・フレンドに--


 --ズシッ!!


「重っ!?」


 エコーズの重さ攻撃かと思った。量もそうだけどなんか重たいっ!むっちゃんが半分持って行ってこの重さっ!?

 なんでこんなに重たいの……っ!?


「日比谷さん!?大丈夫!?」

「……言葉は重みを持つからな。古典のプリントは重たいんだ」「そうなのかい?小比類巻君」

「日比谷さん大丈夫?持とうか?」

「……あっ、むっちゃん……」


 きゃーーっ!!むっちゃんが私を助けてくれた!?課題のプリントの重さに潰れたカエルのように押しつぶされた私の手からプリントを引き受けてくれる……


 もしかして、ここが楽園…?


「知らなかった…ここがかのアダムとイブが追放された楽園…そして私がイブでむっちゃんが--」

「早く行きなよ日比谷さん。小比類巻君もう行ったよ?」


 *******************


「むっちゃんありがとう。重くない?」

「うん…ところでむっちゃんってなに?」


 職員室まで向かうまでの道…むっちゃんと2人の道中、ただむっちゃんと歩くだけでこんなに嬉しい。

 あぁ……早くお尻叩かれたい……


「……むっちゃん、この前私のバイト先来てくれたね…」

「あぁ…今度タダで食わせて」

「急に来たからびっくりしちゃったよ」


 ジリジリと距離を詰める。すれ違う生徒達の視線が集まってくる。むっちゃん、この日比谷真紀奈と並んで歩くことの意味を噛み締めた方がいい。あなたは今世界で一番恵まれた存在……

 そして、君の幸せはまだ終わらない。


「今日暑いねー」

「今日は冷蔵庫から出した途端牛肉が焼肉になる温度らしい。今度タダで食わせて」

「あー、暑い、ネクタイ取っちゃお」


 わざとらしく胸元をはだけさせるっ!ネクタイも外しちゃうっ!ちょっと覗いたら私の柔らかく白い汗ばんだ胸が見えるんだよ!?

 見てっ!!気づいてっ!!


 肩が触れるくらい近くまでにじり寄る。あー、近い…おっぱい当たっちゃうかもよ…あーーー。


「そういえば…一緒に女の子居たよね…まぁ、そこそこ…38点くらいの女…」

「うわびっくりした…38点て…タダで食わせて?」

「あの子は……“トモダチ”なんだよね?」


 少し前に体を傾けてわざと視界に映り込む。日比谷真紀奈の上目遣いに胸チラっ!!今日の私の最も美味しい角度だよっ!?むっちゃんっ!!

 いいよっ!!今でもいいよむっちゃん!!告白待ちですよ!?


「……ああ、行きつけの店の子でね…」

「……行きつけの?」

「なんか出かけようって誘われて告られた。タダで食わせて下さい」


 --っ。


 ……………………………………こ、コクラレタ?

 馬鹿な……この日比谷真紀奈が想いを寄せる男子に告白?そんな傲慢が許されるの?日比谷真紀奈だよ?

 そもそも人の好きな人に横から告白かますのは窃盗罪では?どう思う?岸田総理。


「…………へー、コクハクサレタンダ。スゴイネェ……デモムッチャントアノオンナデハチョットツリアワナイカナー」

「……断ったけどね?」


 -----っ!!


 天使のラッパが聞こえてくるぅっ!

 分かる……今私達がキューピットの矢に射抜かれたっ!!あぁっ!ビバっ!!世界っ!!ビバっ!!日比谷真紀奈っ!!!!

 そうだよねーっ!だって世界中の人は日比谷真紀奈に恋をするところから生が始まるんだもんねーっ!私が手に入らないから他の人と妥協で恋するんだもんっ!でもむっちゃんには妥協の必要ないもんねっ!!だってこの日比谷真紀奈と結ばれることが出来るんだもんっ!!

 日比谷真紀奈のお尻を叩く権利を持っているんだよっ!?


 なーーんだっ、やっぱりカノジョじゃなかった♡

 分かってたけどね?むっちゃんのタイプじゃないもんね?むっちゃんのタイプは日比谷真紀奈だもんね?


 しかし断ったということは--

 これはいよいよむっちゃん、私の好意に気づいているな?だからこそ、他の女への妥協に走らなかったんだね?

 分かってるよむっちゃん……いいんだよ?私のお尻は準備OKですよっ!?

 あとは勇気を出すだけだよっ!?


「今は大変だからね……だからタダで食わせて?」

「え?大変?何が〜♡」

「家の事とか……バイトも始めたし……」


 ----っ!!!!


 むっちゃん……そうだ。むっちゃんはご両親が離婚して……

 今はそれどころじゃないってこと?そういうことなんだ……

 馬鹿馬鹿っ!私の馬鹿っ!!むっちゃんの気持ちも察せずに1人で浮かれてっ!!

 そうだよっ!!むっちゃんは今……


「……そうだね。むっちゃん、辛いね」

「いや、それほどでもないけど…さっきから無視されてる方が辛い」

「仲直りできなかったんだね……」

「そうなの。だからタダで食わせて下さいお願いします」


 ……てことはむっちゃん、あの家で夜はずっと1人なんだ。お母さん、夜の仕事してるみたいだし。

 生活も苦しくて、帰っても1人で……


「……寂しいね、むっちゃん」

「お腹が空いたよ」


 隣を伺うとむっちゃんは真っ直ぐ遠くを見つめて悲しそうな顔をしてた。むっちゃんって感情読めないけど、ちゃんと人としての情緒があるんだね……


 私は何をしてるの?何がノーパンノーブラよ、馬鹿か?

 あんたが今すべきことはおっぱいを見せることじゃないでしょ?日比谷真紀奈っ!


「むっちゃんっ!」

「とうとうタダで食わせてくれるんですか?」

「……私、いつでも遊びに行くよ」

「バーガー持って?」

「むっちゃんが寂しかったら私いつでも飛んでいくから…だから、一緒に居させて?」


 むっちゃんが寂しくないように…孤独な夜を過ごさなくていいように……

 何より大切なことは、むっちゃんが安らぎの中で笑ってくれることだから……

 その為に、この日比谷真紀奈が役に立つなら…

 好きな人が笑ってくれることが嬉しい。好きな人に寂しい思いをして欲しくない。

 こんなに強く思う…これが恋なんだ。


 私は今恋をしてる。全力でっ!!

 真っ直ぐむっちゃんを見つめてそれを伝えます。

 むっちゃんはキョトンとした顔をしてからしばらくして表情を柔らかく綻ばせて笑った。


 ……っ。

 むっちゃん、私にこんなに優しく笑ってくれて--


「じゃあ今日来て?」


 …………えっ!?


 *******************


 --今晩、ひとつになろう。


 そういうことだよね?そうなんだよね!?真紀奈、感激っ!!

 そう思いましたよ、ええ。



「……ここが小比類巻君の家か」

「日比谷さん、1度泊まったんだよね?」


 ……私、泣きそう。

 むっちゃんからお家へお誘いがかかったと思ったら、メガネくんと凪まで来てるし……


「橋本先輩…あの人日比谷先輩ッスよね?先輩あんな人とトモダチなんスか?橋本先輩のくせに?」

「香曽我部さん…僕のくせにってのは心外だな。僕は近いうちに開花する男だよ?そんな口を叩けるのも今のうちだからね?」

「は?」


 しかもよく分からん女まで来てるし……



「やぁみんなよく来たネ、ゆっくりして行ってネ」


 音の鳴らないインターホン押したら開いたらそのまま倒れるドアの向こうからむっちゃんが歓迎してくれた。

 むっちゃん…どうしてみんな呼んだの?


「「「お邪魔しまーす」」」「私はここに来るの3回目だけどね?泊まったことあるからね」


 お母様はお留守らしい…もう仕事に行ったのかな?

 相変わらず狭苦しいアパートの一室に敷き詰めるように5人が入る。すごく狭い。

 むっちゃん……ほんとになんでこんなに呼んだの?


「…小比類巻君から家に呼ばれるなんて明日は槍でも降ってきそうだよ。香曽我部さん、なんでさっきから蹴ってくるの?」

「橋本パイセン近い。キモイ。無理。この部屋埃っぽい。無理。メガネ無理」

「なんだと!?」


「……あの2人、小比類巻君と同じ同好会みたいだね。ほら、例の楠畑さんのポスターの……なんとかって……」

「そんなことより凪、なんで来た?」

「呼ばれたからだよ!?」


 むっちゃんがコップの底に飲み残しレベルのお茶を入れて持ってきてくれた。この少なさにセンスを感じる。それより……


「むっちゃん!前来た時テレビなんてなかったよね!?」

「お、よく気づいたな」


 ものすごい古臭い型のテレビが壁際に設置されていた。これに気づけるのは小比類巻家3回目である私だからこそっ!そこらのビギナーと差をつける!!


「買ったんだこれ」

「……買った?拾ったでは無く?小比類巻君それいつのだい?地デジ対応してる?色ついてる?」

「黙れメガネ。今日はテレビとゲームを買ったからみんなでやってもらおうかと思ってな……」

「……テレビゲーム」


 おいメガネ、なんだその顔。この聖域に呼ばれておいてなんだその微妙な反応は。


「……実はゲームのモニターのバイトを初めてな。発売前にバグがないかプレイして調べるバイトなんだが…面倒くさくて」

「それ、あたしらにもバイト代出るん?先輩」

「麦茶いくらでもおかわりしていいからな」




『スーパーッファイトォッ!!』


 ……すごく年季を感じるタイトルコールと共に始まったのは対戦型の格闘ゲームみたい。すごく荒い画質のゲーム画面に時代錯誤感をビシビシ感じる。現代っ子がこの画質でゲームを遊べるとは思えない。


「あたしとメガネ先輩でやります」と香曽我部女史と橋本少年がプレイ。私達3人は後ろで見学する。

 狭いスペースでむっちゃんの隣を陣取る。むっちゃんはチェックシートみたいなものと画面を交互に見つめている。

 真剣に働いてるむっちゃん素敵だよ。みんなに隠れて乳首全力で抓ってくれないかな?


「……ふむ。ふむ」

「……むっちゃん、どんなことをチェックするの?」


 むっちゃん!油断しているねっ!私は今ノーブラなんだよっ!!

 わざとらしく胸元開けてチェックシートを覗き込む。胸元を見せつけるように--


「……いい」


 いい?いいって言った!?だよね?むっちゃんっ!!ついに私の色気に--


『フクロウナギでうな重作っちゃうぞ♡』

「……流石橋本だ。オタク男子は必ず女キャラを選ぶ…そしてえっちだ」

「なかなか過激な衣装だね。あんなに胸元開いてる服恥ずかしくて着れないよ」

「ゲームだからね城ヶ崎さん。あれこそ武闘家の正装だ」

「阿部だけどね?」


 そっちかよっ!!なんであんな荒い画質の女にエロを感じて目の前の生身に無反応!?

 ……まぁ、むっちゃん仕事中だし?仕方ないか…真面目にバイトしてるんだもんね……


 --ファイトッ!!


 対戦が始まった。


 橋本君が『美脚バニー』香曽我部ちゃんが『ドン・キホーテ』。スピードタイプのうさぎちゃんと防御力重視の騎士だ。

 ゲームのシステムは普通の格ゲーと同じでコマンドとかを駆使して技をかけたり…ゲージが溜まるとスキルが発動するらしい。

 どちらかのHPがゼロになったら終わり。


 互いにキャラを操作して攻防を繰り広げる。なんというか…単調だな。2人の操作性もあるのかもしれないけど。

 攻撃を当てる事にスキルゲージが溜まっていく。


「……香曽我部さんのキャラ硬すぎません?ダメージ入らないんスけど?」「鎧着てるから強いんスよ」


 一方的に『美脚バニー』が攻めながらも決め手に欠ける。しかし、攻撃を当て続けた『美脚バニー』のスキルが溜まった。


「スキル発動っ!!」


 橋本君がコマンドを入力することでバニーちゃんが光った。光に包まれた画面上が次の瞬間にはステージごと変化してた。


 荒野のようなステージだったのが、満員電車のような背景に……


『--スキルッ!!痴漢冤罪ッ!!』


 スキルが発動すると同時にバニーちゃんがきゃーっと悲鳴をあげる。同時に背景かと思われた乗客が『ドン・キホーテ』に群がって抑え込む。『ドン・キホーテ』のHPがぐんぐん削されていく……


『…はいはい、話は駅員室で聞くから』


 --K・Oッ!!


「……」「……」「……ふむ。バクは無さそうだ」


 なにあのスキル。


「わーいっ!!勝ったっ!!」「待ってっ!!あんまりだっ!!あたしは触ってないっ!!向こうが一方的に触れてきてた!?」

「……でも触れてたのみんな見てるし」


 抗議する香曽我部女史の声も虚しく届かない。痴漢冤罪は無実を勝ち取るのが困難…そんな無情な現実をむっちゃんが突きつける。


 ……このスキル強すぎない?



 次、私と凪。

 何となく分かったのはこのゲーム、格ゲーの概念をぶち壊すスキルの理不尽さがあるみたい。とにかくさっさと攻撃を当ててスキルを貯めた方が勝つ。


「……せっかくだから勝った方に景品でも用意しようか」


 キャラ選択画面でむっちゃんがポツリとそんなことを--


「勝った方がむっちゃんを1日独占出来る権利を下さいっ!!」「……それは勝負関係なくあげるよ。私が小比類巻君独占してもどうしようもないし……」


 黙れ凪。どの道お前に勝ち目なんてない。


「……いいよ」

「いいの!?いいのかい小比類巻君!!」「先輩ダイターン」


 よしっ!!

 こういうのは私の方が強いんだよ凪。


 キャラ選択画面で選択可能のキャラの中に明らかに数値がずば抜けている奴がいた。


 --『お隣のタナカさんの奥さん』

 HP、攻撃力、防御力が高い。俊敏性以外のあらゆるスペックがぶち抜けてる。桁が違う。

 スキルは『また無駄遣いしてっ!!』。旦那の浪費に対して自分のことを棚に上げる主婦の傲慢さの発露。無駄遣いの代償として相手のHPを吸い上げる。家庭における主婦は無敵…とのこと。


 ……つ、強い。


 ただキャラデザインが気に食わない。ハート様ばりの肥満……腹の肉で脚が見えない。


 ……くっ、しかしこの勝負、確実に勝つ為にはこれが1番……


「決めたっ!!」

「お、日比谷さんいいキャラ選んだね」「強いのかい?小比類巻君」「スペックは最強だ」


 おーっほっほっほっ!!勝ったっ!!


 凪のキャラは『そんなこと言ったってしょうがないじゃないか』

 スピードに優れたタイプだがHPと攻撃力がカスだ。勝ったっ!!


 --ファイトッ!!


「覚悟しなさい凪っ!秒で墓場に送って--」


 --カチカチカチカチッ


「……あれ?」「えい。えい」


 --カチカチカチカチッ


 ……あれ?え?私のコントローラー、壊れた?

 ボタンが反応しないぞ?『お隣のタナカさんの奥さん』動かないんだけど?


『ちょっとっ!痛いじゃないっ!!』『そんなこと言ったってしょうがないじゃないか』『ちょっとっ!痛いじゃないっ!!』『そんなこと言ったってしょうがないじゃないか』


「ちょっと!?むっちゃん!?私のキャラ全然動かないんだけど!?これ!バグじゃないっ!?」

「……いや、仕様だね」

「仕様!?」

「『お隣のタナカさんの奥さん』は公式設定で体重が450キロなんだよ。そんな肥満体型、普通まともに動けないよね?」


 ………………っ!!!?


「……っ、くっ!クソゲーっ!!これクソゲーだっむっちゃんっ!!」


『スキルッ!!そんなこと言ったってしょうがないじゃないかッ!!』


 ただの的と化した私のキャラをタコ殴りにしたえな〇かずきが光り、光の中から包丁持った泉ピ〇子が……


 --K・Oッ!!


「………………」「やったぁ勝った」


 ……………………

 なんで格ゲーのキャラに全く身動き取れないデブが入ってんだよっ!!



「……ゲーム性に問題なし…バクも無し…と」


 *******************


「じゃあね小比類巻君、また明日」「先輩おつッス」「またね」


 ……私なにしに来たんだ?


 みんなと一緒にむっちゃんのアパートから出た頃には空が暗くなってた。日もすっかり長くなったけど、随分長居したみたい。

 結局、凪と4戦したけど4敗……


 というか、ただゲームして終わった…


 なんだか途方もない疲労感に襲われながらも、下まで見送りに降りてきてくれたむっちゃんに振り返って笑顔でお別れする。どんな時でも日比谷真紀奈は輝く太陽である必要がある。


「じゃあねむっちゃん。また明日…」

「……日比谷さん」


 お別れして終わり…かと思ったら背を向ける私にむっちゃんが声をかけた。

 なんだろう……


「ん?」

「……今日はありがとうね。日比谷さん」


 薄暗くなった空の下で小さく笑ったむっちゃんの口から飛び出したのはそんな一言で、私は思わず硬直してしまった。


 今、この日比谷真紀奈にありがとうと…?


「学校で日比谷さんが家の事心配してくれて嬉しかったよ。ありがとう」

「……………………っ」


 不覚。この日比谷真紀奈、咄嗟の事態に思わず間抜けな顔を……

 これは……

 別れ際に2人だけで会話……微笑むむっちゃん……

 これは今日泊まってけってこと--


「今日は楽しかった。ほんとありがとうね?」


 ………………


「……私も…むっちゃん、また遊ぼうね?」


 空気を読まない思考を押しのけて自然に漏れた笑顔は自分でも満点だったと思う。

 それを受けたむっちゃんも珍しく薄く微笑んでくれた。むっちゃんって無表情な人かと思ってた。でも、今日はいっぱい笑ってくれた……


 ありがとうむっちゃん。

 今日はとってもいい日--


「あと、下着は忘れずに着けた方がいいと思うよ」


 ……………………っ!


「じゃあね」


 夕暮れのアパート前、男女の別れ際、最高にいい雰囲気の中ぶち込んできた爆弾は背を向けたむっちゃんの後ろで私の顔を凍りつかせてた。


 …………気づいてたなら…触れてよ。

 今触れるくらいなら…触れないでよ。

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