乳粥
「大丈夫か、リュウノスケ?」
地面に倒れたまま辺りを見回す。
どうやら考え込んでいる間に村の中心へいつの間にか下り終えていたようだ。
少し離れた場所では片手で持つには無理がある程ある大きな鍋が3個、石を簡易的に組んだだけのかまどに置かれ香ばしい匂いを漂わせている。
「ああ、大丈夫……かな。少し考え事をしていて足元が疎かになってたよ」
擦りむいてヒリヒリと痛む頬を軽く押さえながら立ち上がる。
「早く消毒した方が良いのだが……私の家は燃えてしまってしまったしな、後でリークの家で水でも貰おうか?」
「いやそこまでしなくても大丈夫だよ、これより酷い怪我を負った人の為に使われる方が有益だからね。それよりも早くご飯を食べよう、いつものレティシアじゃないけどそろそろお腹の虫が不満を呟きそうだ」
そう言いうとレティシアはさぞ心外そうに
「そんないつもいつも腹を鳴らしているわけじゃないぞ」
と言ったが自分も空腹を思い出したのだろう。
そそくさと鍋の方へ向かっていく。
そんな相変わらずの姿にどこか安心しながら俺も後に続く。
40歩も行かない内に絶えず腹を刺激し続けていた匂いの根源にたどり着いた。
並んだ鍋の前には3人ずつ列を作っており
その更に後ろの方の大きく開けた場所には10人ほどが輪を描いて座り提供されたスープのような食べ物を食べている。
さて自分も順番待ちの列に並ぼうと1番手前の鍋に出来ている列の最後尾につく。
一方前を進んでいたレティシアはそのまま真っ直ぐ進んでいくと1番奥の方で鍋の中身をかき混ぜていた女性に声を掛けているようだ。
レティシアに気づいた女性は1つ頷くとレティシアに2つの椀を渡した。
流石の量だな、わざわざ2杯分もらうなんて余程腹でも減ってるのか……こっちもお願いしてみるか。
と思っているとレティシアがこちらへ来た。
「何かあった?あ、もしかしてそれぞれの鍋で料理が違うの?それなら俺も回るかな」
「いや特に問題はない。こっちはリュウノスケの分だ、あっちで鍋を混ぜている人が私がよくお世話になってる人の奥さんでな、少し融通してもらったんだ」
ほら、と指された方を向くとその奥さんが手を振っている。妙齢、肝っ玉母ちゃんと言うのが似合いそうな人で太いおさげがその印象を強めている。
「おそらくあの人の旦那さんにはリュウノスケもお世話になるだろうな。それよりもほらこっちは君のだ私の分のついでに、な」
しっぽを誇らしげに揺らしながらレティシアは左手に持っていた木製の器と匙を差し出す。
中身はシチューに麦のような粒が大量に入っている。
乳粥とでも言うのだろうか、胡椒のような匂いも同居し疲れた頭に食欲をわかせてくれている。
「ありがt……」
礼を言いながら両手で包むように受け取った乳粥がクレーンゲームのアームから落ちる商品のように自分の手からスルッと落ちる。
あ、と声を上げた時には時すでにお寿司。
しばらくの後に俺の腹を満たすはずだった乳粥は地面へのプレゼントになってしまった。
「……食べるか」
「こら、不作でもないのにそんな事はしなくて良い、別のを貰うと良い」
本に折り目がついてしまったときのような虚無感に苛まれおもむろに地面に落ちた乳粥を食べようと手を伸ばした俺をレティシアは制止した。
「そ、そうだね。早く食べたいし落ち込んでられないね。俺が貰ってくるから先に食べてて」
地面の乳粥に伸ばしていた手を引っ込めハッと我に返った俺はすぐさま回れ右をする。
ちょうど良く俺が並んでいた列は全て無くなっていた。
恥ずかしさで顔が赤くならないように心を落ち着かせ鍋をかき混ぜている女性に声をかける。
20代半ばほど、ネズミのようなクリっとした耳をした溌剌とした雰囲気の若い女性は顔を上げると傍らに置いていた器を差し出す。
よく見るとその器はレティシアに渡された器より1、2回り大きく中には乳粥も並々と注がれている。
何事かと再度女性を見ると女性はニコッとイタズラっぽく健康的な褐色の顔を歪め人差し指を添える。
途端後ろであぐらをかいて座っていた人達がどっと笑いだした。中には地面を転がりだす人がいるほどである。
どうやら事の一部始終はここに居る全ての人に見られていたようだ。
ああ!今すぐにでもXM84とM18発煙弾(赤)のハッピーセットで雲隠れしたいぐらい恥ずかしい!
大爆発の渦の中顔を真っ赤にしそんな事を考えていた。しかし殺伐とした空気が和らげばと割り切り今度こそ器を落とさないように気をつけながら受け取る。
M18はともかくXM84をここで使えば俺以外全滅してしまうしな……
特にキョロキョロレティシアを探すこと無く見つけた。
すでに食べ始めていたレティシアの正面に座る。
なにか話しかけようかとも思ったが集中して乳粥を食べるレティシアに負け、匙を手に取り乳粥を口の中に放り込む。
グツグツと煮込まれてトロトロになった麦のような穀物の食感に乗って一緒に煮られていたミルク本来の甘みが口の中で弾ける。
次いでこれまで腹の虫を散々鳴かせ続けていた香辛料のピリッとした辛さが鼻から抜けていく。
生死を賭けた戦闘の後にも関わらずホッとため息をついてしまいたくなるいやついてしまっている。
香辛料の香ばしい辛さもあの吐き気がしてしまうほどの血の匂いをかき消し、僅かに燃える火にナパームをぶち込んだように激しく食欲をかき立てる。
ジーンと奥歯が沁みる美味さに浸り続けていたつもりだったが、匙が器を叩く音でいつの間にやら乳粥が無くなっていることに気づいた。




