悪い笑み
ボルトハンドルを操作しボルトを前進させ内蔵式マガジンの中にあらかじめ入っていた実包を薬室に送り込み近くの岩に狙いを定めるがもちろんトリガーに指もかけておらず撃つつもりは微塵もない。
「大体こんな感じ……あれ、レティシア?何処に行った?」
のだが振り返るとレティシアがいない。
辺りを見渡すと少し離れた所で全力で耳を頭に押し付けてしゃがみこんでいるレティシアを発見した。しかもまたレティシアのフサフサの尻尾は足の間に入ってしまっている。ケモ耳や尻尾が付いているからって仕草とかが犬や猫に似るわけではないと思うが今回の仕草は十中八九、怯えている。
「レティシア、今回は撃たないから。紛らわしいことしてごめん、だから戻ってきて……」
カヌレを撃ったときの破裂音が完全にトラウマになってしまったのだろう俺の声が聞こえないほど強く耳を塞いでいる。背後だったのでマズルフラッシュは見えないはずなのに目も閉じている。
「帰ったら絶対にサプレッサーを付ける……今レティシアに嫌われたら間違いなく死んでしまう……餓死することはないけど、精神的に死ぬ……サプレッサーもとびっきり減音出きるように設計しなければ……」
レティシアに嫌われない為、怖がらせない為ならいくらでも長いサプレッサーを付けてやる。取り回しなんぞはくそ食らえだ。今後の俺の未来のためにもサプレッサーを付けようと固く心に誓うのであった。
「レティシア、次の罠に向かうよ……ってまだ聞いてない」
レティシアは未だにそのモフモフの耳を押さえ尻尾も股の間に挟み小さく震えながらうずくまっている。こうさせてしまったのは完全に俺のせいである。諦めてレティシアの隣に座りしばらく待つことにした。
体感時間で約10分。実際には1分でようやく立ち上がったレティシアと共に確認していない罠を見に行った。途中でレティシアに「もう紛らわしいことはしないでくれ」と尻尾を不機嫌そうにユラユラさせながら言われ首が千切れんばかりに振ったのはもはや当たり前のことである。
最終的な今回の成果は俺が仕留めたものも含めて合計4頭のカヌレを捕まえることができた。
1頭は罠にかかったものではなく木の下で寝ているところをレティシアが仕留めた。
銃はレティシアが当然のように怖がってしまうので最初の1頭以外の罠にかかったカヌレのトドメは全てレティシアにさしてもらい俺はただ後ろからトボトボついていくだけのお荷物になってしまったわけだがこれはレティシアのことを考えずに銃を撃ってしまった俺への天罰だと思う。
「思ったより大量だったな……やはり人の気配がしないと無警戒で入ってくるのか?とりあえず解体しまするか」
川辺まで4頭のカヌレを苦労しながら運んできた俺達は解体を始めた。とはいってもやることは血抜きをして頭を落とし皮を剥いで内臓を取り出して大まかな部位ごとに切り分けるだけだが……
経験の差があるということでレティシアが3頭、俺が1頭のカヌレの解体を担当することになった。それでもお荷物になった分の名誉挽回を図り逆にしようと提案したのだがレティシアに「私のほうが恐らく上手いだろうから任せてくれ」とバッサリ、言われてしまえば素人の俺は引き下がるしかない。黙々と解体に集中する俺の手には今回も89式銃剣が握られている。近接時の奥の手を解体に使っているのを自衛隊の方々が見たら即倒するかもな、こっちの世界に自衛隊はいないけど。
「もう血抜きは終わったのか、手際が良いな。リュウノスケ、少し代わってくれないか?」
俺が担当していたカヌレが後は内臓を取り出すだけになったときレティシアが話しかけてきた。
「良いけどどうしたの?」
銃剣に付いた血をそのばにあった草で拭き取りながら立ち上がる。
「まぁ、ちょっとな」
俺が銃を説明もなしに使ったことに対する仕返しかレティシアはニヤっと悪そうな笑みを浮かべ曖昧にはぐらかすだけでくわしく教えてくれない。
「まぁ良いけど……」
少なくとも尻尾とかは普通だしレティシアが理由もなしに危害を加えないことなど百も承知。
いや発砲したときの恨みも十分に危害を加える理由になるのか?
そうならないと信じよう。
俺はレティシアに場所を譲ると邪魔にならないようにレティシアの左斜め後ろに立ち黙って見ていることにした。