箱罠
家に着いたのはそれから10分もたっていなかっただろう。
「着替えたし、レティシアが来るまで魔法陣の暗記でもするか」
テーブルに置いていたたった1ページしかない無魔法の魔法書を開く。
「うわ、これは俺が思っていた魔法陣そのものだけどこれは……」
魔法陣はどんな模様してると思いますか?と質問されたら大抵の人が思い浮かべる複雑な模様が描かれていたが、数が圧倒的に多かった。中央にある大きな雪の結晶のような模様の魔法陣を辺どうしで結んだ多角形の一本一本から分岐してさらに複雑な模様が連結して描かれている。暗記するにはあまりにも難易度の高い図形だった。
「レティシアが言っていたのはこれか……レティシアは例えるものがないとは言っていたがそれでも例えるなら、難易度的には実力テストの答えを見せるから30秒で暗記して、全問正解しなさいって言われるレベルかな。まぁやったことないけど、そもそも先生がそんなふうに答え見せてくれるわけないし」
レティシアが苦笑いしたのも納得だ。むしろ良くトレース式を使っている人たちは覚えたものだ。
無魔法は1つしかないから暗記するのはこれだけで良いが、焔魔法とかはもっと多いはずだ。
レティシアも使える焔魔法はファイアトーチだけではないはずだからこのレベルを何個も覚えているのだろう。
だがそれならそれで良い。なによりこれを暗記さえすれば魔法が使えるのだなら
「やってやろうじゃないか、集中して覚えればこんなのどうってことない!こちとら今まで読んできたライトノベルは1000種類を超えて全て名前だけでなく設定まで暗記してるんだ。オタクなめんなよ」
キャラを覚えるのと図形を覚えるのではまた少し違うような気がするが、ここにはツッコミを入れる人もいない。とにかく暗記することだけなら簡単だ。俺は魔法陣を覚えることに没頭し時間はあっという間にすぎていった。
「ん?今鐘が鳴ったよな」
それからしばらくして思った以上に苦戦しながらもようやく一番大きかった中央の模様を覚えたころ、遠くから鐘の音が聞こえた。鐘が鳴った数は15回。これがレティシアが言っていたノームの鐘だろう。
「そろそろ来るかな」
魔法書を畳みテーブルに置きレティシアが来るのを漢方薬のような匂いがするお茶を飲みながら待つ。程なくして扉がノックされた。
「おーいリュウノスケ、そっちは準備出来たかー?」
玄関に行き扉を開けると案の定レティシアが立っていた。
「こっちはもう準備できてるよ、じゃあ行こうか」
森の方に向かって歩きだす。
「レティシア、ノームの鐘ぴったりに来たけどどうやったの?」
「獣人族の感だ、だいたいこのぐらいかなーで来た。朝もシグルドリーヴァの鐘が鳴るぐらいに起きるし、鐘がいつ鳴り始めるかも言えるぞ」
さらっと言っているがそれ凄すぎるよ、体内時計正確すぎるだろ!
いや不規則な生活をする現代人の俺の体内時計が狂いまくっているだけなのか?
そこでふとレティシアの腰の剣に目が止まった。
「ん?レティシア、剣折れたんじゃなかったっけ?」
レティシアは初めて出会ったときに佩いていた剣を腰に佩いていた。だがあの剣は俺がレティシアに初めて会ったときに真っ二つに折れてしまったはずだ。いつ何が起きるかわからない場所で折れた剣を持ってくることをするとは考えられないと思うから新しいものを持ってきたのだろうか、それにしては形が似すぎている。
「ああ、確かにドーラグリズリーと闘ったときに折れたぞ、だが村の鍛冶士に頼んで新しく打ってもらったんだ。ただ前の剣にはそこそこ愛着があったから柄は損傷が少なかったから前のをそのまま使って、ボロボロになった刀身も前のやつをインゴットに鍛え直して使って新しくって感じだな」
すらりと引き抜いた剣は、欠けなどで元通りにはならなかったのか前に見たときより僅かに細身になっていた。ハンドガードはそのまま使われたのだろう無数の傷、1.2ヶ所に欠けが遺り、潜り抜けてきた激戦の数々をもの語り、新しく打たれた刀身はまだ血の一滴も浴びておらず、曇りのない輝きを放っていたが長年使い込まれたような重厚な雰囲気を纏っていた。
「私が小さい頃、亡き父から譲り受けた業物で譲り受けて以来、いつも何処か狩りに出るときにはいつも持っていっていたのだ」
わざわざ一度融かしてインゴットに戻し鍛え直してもらうほど愛着があるのも納得だ。俺もまた、まだ両親が生きていた頃に買ってもらったゲーム機を基板が完全に寿命を迎えるまで、修理し、使い続けたものだ。言葉では表せない大切な何かがそこにあるような気がして。
「大切なものなんだな」
「あぁ大切だ、この剣には決して金に変えられることのない数々の思い出が詰まっているからな」
そう言うとレティシアは大事そうに剣を鞘に収める
「さて、龍之介、仕掛けた罠は何処にあるのだ?」
話をしているうちに相当な距離を歩いたようで既に周りは深い森に閉ざされていた。
「確か……この先をもう少し先に行ったあたりにある」
小高い丘を目印に仕掛けていったのですぐに見つかった。
「一つ目は何も入っていないか……」
意外とすぐになにか掛かっているかもと若干期待していたが残念ながら罠にはネズミ1匹もかかっていなかった。
「これがリュウノスケが言う罠か、とても変わった形をしているな、どんなものなのだ?」
今回、俺は比較的簡単に仕掛けれるくくり罠ではなく箱罠を仕掛けていた。もちろんロリ神からもらった軍事愛好家を応用して手早く作ったものだ。俺は実物の箱罠は見たことがなかったが、気まぐれでネットで調べていたときに基本的な構造は理解していたのでスキルの確認もかねてこっちにした。
そもそもの箱罠の構造としてはその多くが生け捕りを目的としており、中に取り付けられたふみ板を中に入った生き物が踏むことで扉が閉まるというのが、一般的で一部を除き、扉には中から開けることができないように返しがついている。地形や捕獲したい獲物対象、目的に応じて様々な形、作動装置に違いがあり、捕獲できる対象は、大きいものはクマなどの大型動物、小さいものはネズミなどの小型動物までと多岐にわたるのも特徴だ。そして今回俺が作った箱罠はカルバートトラップと呼ばれるクマ等を捕獲する大型の箱罠で、罠全体がが金属製になっている頑丈なもので軍事用の箱罠はなかったので、ドラム缶型爆雷の火薬などを抜いて箱罠として機能するよう加工して他の踏み板などのパーツもこれに合わせて調整して召喚、作ったものだ。そこそこ多く作ったため時間がかかったがイノシシぐらいまでなら掛かるように作り急造とはいえ満足できるものができた。今回のでスキルを使えば、銃器以外の複雑なものでも個別に召喚したパーツをしっかり組み立てれば問題なく作れることがわかった。正直結構応用がきいて助かった。しかし大型で複雑になるものほど出現するまでに時間がかかるのは既製品の銃器を丸々1つ召喚するのと同じようで、詳しく調べてはいないが、前世ですでにある既製品は召喚したほうが組み立てる時間分少なくてすむ分有利だろう。しかしこのスキルをうまく使えば村人との交流になにかしら有利になるかもしれない。
「これは箱罠っていって中に動物が入ると中に付けられた板が作動して扉が落ちるようになっている」
どこまで詳しく話そうか迷ったが、流石にここで細かいことを言ってもよくわからないだろうから動作するところだけ見せることにした。
そこらへんにあった木の枝で箱罠内にある板を押すと上に開いていた扉が音を立てて閉まった。
「これなら逃げられることも少ないし、反撃を食らう可能性も低くなる。ただし金属製で重いから持ち運びは少し大変だけどね」
俺はこれと同じものを計5個仕掛けている。なんせ時間は多少かかるがスキルのおかげでその場で作れる。普通なら5個も仕掛けようものなら帰りは苦労するだろうが、スキルで作られたものだから消すことで獲物だけ持ち帰ることができる。最悪そのまま仕掛けっぱなしでも大丈夫。