時計
「いやいやそう言うわけじゃなくて!あれ?いやそれがだな……ん?どうゆうわけだ!?私が話したいのは着替えの事でそこがこうなって……リュウノスケ!別にピーとかじゃない!決して違うぞ!」
あまりにも俺が微妙な反応をしたせいかあっち方面だと勘違いしたレティシアは顔を赤らめ両手をブンブン振った。
ここで俺も普通に対応すれば、すぐにレティシアも落ち着いてくれたのだろう。だがレティシアのその反応から特に意識していなかった俺もクソ童貞ながら気付き、あっち方面の事を想像してしまった。そして仲良く共鳴反応を起こした俺たちはもれなく2人そろってパニックに陥った。
「大丈夫大丈夫そう言うのじゃないぐらいわかってるよ勝負服に着替えるんだよね?……じゃなくって!ええっとどういうわけだ、俺が言いたいのはそういう事じゃなくてええっと。」
「そうそうそう言うやつじゃなくてだな。そもそも勝負服って?いやいや聞きたいのはそこじゃなくてええっとだからな、あれ?私が言いたいのは聞いたままの意味だと勝負服?戦闘用?なんの戦闘……リリリュウノスケほんとに勝負服ってなんだ!?」
この後も2人仲良くあんな事やこんな事を考え、パニックになっていたがやっと俺のほうの思考が健全な方に向き直った。
「あ、ああ、そう言う事か!ドードーレティシアー落ち着けー事の発端は俺だがとりあえず落ち着けーレティシアが言いたいのがあっち方面じゃないことは分かってるから落ち着けー頼むから落ち着いてくれ~!」
いまだパニックになっているレティシアを落ち着かせる。
もちろん無傷というわけにはいかなかった。どうにかなだめようともたもたしているうちに『まだそんなピーなことする心の準備がー!』と叫びながら完全に思考があっち方面で固定&ループしたレティシアが殴り掛かってきたりもした。さすが獣人というだけあってあっという間に押し倒された。まぁそのときにフワフワの尻尾に偶然、とてつもなく幸運なことに触れたのはせめてもの救いといってもいいだろう。
うん、死んでも良いと思った。いや死にたくはないせめて気絶でお願いいたします。
そして現在絶賛俺の体の上にはレティシアが鎮座している。綺麗な銀髪が赤く染まりそうなほど顔を真っ赤にして
「……」
「…………」
「……落ち着いた?」
沈黙に耐えかねて話しかける。
「っ!ああ、だ、だ大丈夫だ。落ち着いた。うん落ち着いたぞ」
びっくぅ!と尻尾と背筋を伸ばしたレティシアはやや、いや結構どもりながらも言葉を返す。
うん、まだ若干パニックが残ってる気がするけどまぁいっか
「えーと、レティシア服、着替えたいんだよね」
「ああ、流石にこれではな……」
レティシアは自分が今着ている服を見下ろし苦笑する。
「確かにその服装じゃ森の中は動きにくいかもね」
俺も言わんとすることを理解して苦笑
今日、レティシアが着ているのは長袖のワンピースととても動きやすいものではなかった。
村の中での移動なら支障はないのだが、どうしても激しい動きをする上で、フワリとしたものだと木などに引っ掛かり予期せぬところで転倒する可能性もある。
「じゃあ集合場所は俺の家で良い?俺ももっと動きやすい服装に着替えたいし」
まぁ俺が持っているのは転生する前、つまり死ぬ直前に部屋着にしていた、黒の長袖シャツにゆったりとして動きやすい長袖のジーンズと村長からもらった麻のような手触りの素材で、できたシャツとズボンだけだが……
もらった服は簡素ではあったが摩耗しやすい肘や膝の部分には追加で当て布がされておりとても頑丈で安定感のある作りになっていた。
見たところ新品のようなで汚すのがもったいから外行き用と決め今回はこれを着ているさっきのレティシアの暴走で土で汚れてしまってはいるがもう1つよりはマシかな。
一方、転生する前に着ていた服はドーラグリズリーとの戦闘でボロボロになってしまっていた。ジーンズはダメージということで割りきったが、シャツのほうはそういうわけにもいかずレティシアの血やらドーラグリズリーの血やら俺の血etcなんかがこびりついて取れなかったので外出用ではなく血が付きそうな狩りのときに着ようと思っていた、それに折角もらった服一式を簡単に汚すわけにもいかない。もう汚したけど。
今度どうにかしてもらったやつは洗いたいが井戸は使えない頼めば使わせてもらえるかもだが微妙なところなんせライフラインだかなあそこに毒でも入れられたら村全滅確実。
認めてもらってからしか使えなさそうだ。
「あぁそれで良い、ところでリュウノスケ、集合時間はノームの鐘が鳴るぐらいで良いか?」
「ノームの鐘って?」
耳慣れない単語が出てきた
「ノームの鐘とは時刻のことだ。そうだな……」
レティシアは近くに落ちていた手頃な大きさの木の枝を拾うと地面に円を描き12等分する。
「こんな感じで分けられていて1日に2周する。時間の区切れにはそれぞれに妖精の名がつけられている。妖精の名はサラマンダー、ウィンディーネ、ノーム、シルフ、シグルドリーヴァ、ダスタナの6人だ」
上から時計回りにサラマンダー、ウィンディーネ、ノーム、シルフ、シグルドリーヴァ、ダスタナの順に名前が書かれ6時でまたサラマンダーに戻る。
「なるほど前と名前以外は同じだな」
要するに12時間表記の地球の一般的な時計と同じわけだ。
「ん?何か言ったか?」
ボソッと呟いただけなのだが俺の独り言が聞こえたようだ。
「何でもないよ、続けてくれる?」
「そうか?コホン、では続きを話そう妖精の話しの途中からだったな?」
「それであってるよ」
「この6人の妖精はそれぞれが各魔法の根源になっていると言われている、焔のサラマンダー、水のウィンディーネ、地のノーム、風のシルフ、光のシグルドリーヴァ、闇のダスタナ」
ちなみに無魔法はないぞとレティシアは付け加える。
「無魔法は賢者が人工的に作り出したエレメイトだから妖精はいない」
なるほどだから時計には書かれていなかったのか。
「賢者が作り出した無魔法は適性がない人でも使える画期的なもので、当時様々な種類の魔法が存在していたらしいが扱いが難しく汎用性もなかったことさらに適性を持っていない人などほとんどいなかったこともあり徐々に減っていった、今残っているのは『インパクト』だけだ」
おいおい賢者、なんてピーキーなものを生み出しているんだ。だが作り出していなかったら俺は折角の異世界で魔法が使えない事態になっていた。
そういう事では感謝するよ、ただもう少し良いもの作って
「話が逸れてしまったな、私が言ったノームの鐘はここだ」
時計で言えば3時にあたるところに書かれたノームに円をつける。
「それぞれ鳴らされる回数が決まっていて、ノームのときは15回鳴らされる、さて説明も終わったし私は着替えに帰るとするか。じゃあな、リュウノスケノームの鐘のときに来る」
持っていた木の枝を森の方に投げると、村の中央に向かって歩いていった。
「ああ、わかったよ!……さて俺も帰るか、ノームの鐘か、知らないことがたくさんあるな、時間が出来たときにレティシアに他のことも教えてもらおう」
レティシアと別れた俺はそうつぶやきながら家に帰るのであった。