下っ端の天使と一人の少年が神にたてつく話
―アイスの話
死に戻り、というものがある。
自分が死んだ時、過去に戻れるというものだ。そこで未来を変えることが出来る。
そんなラノベの主人公が持っているような力を、君は持っていると言った。
あの子が死んでしまう未来を変えるのだと、君はそう言った。
そんな突拍子もないこと信じられるか、と言えば、でも、信じてくれるんだろ?と君は笑った。
いつも君は信じてくれるから、と。
僕は、そんな話を今日初めて聞いたのに。
明日、三人で帰りに寄り道をしようと君は言った。
新しくできたアイス屋に行きたいとあの子は笑っていた。
笑っていたあの子はその日の夜自殺した。あっけなく。
そして次の日、君は死を選んだ。あっけなく。
今度こそ、あの子を救うのだと。
今度こそ、三人でアイスを食べに行くのだと。
親友と大事な友人を失った僕は、一人夏に遺されて。
まだ残暑が厳しい中、一人でアイスを食べた。
君は、きっと一生、一人で食べるアイスの味など知らないのだろう。
知らなくていいのだ。君も。あの子も。
ぼたり、とアイスが焦げたアスファルトに落ちた。
―世界とあの子の話
たった一つの命で世界が救われるなら、そっちの方がいいでしょ?って、なんてことないように笑うあの子のことが、実は心底嫌いだった。
神様は気まぐれで。どうやら退屈していたらしい。ささやかな娯楽に、と神様はとある遊びを始めた。
一人の人間を選ぶ。その人間にある日突然天使をつかわしてこう告げる。
あなたは選ばれた。神が望んだ日、あなたが自死を選べば世界は滅ばない。自死を選ばなければ世界が滅ぶ。
神様の意地が悪いところは「神が望んだ日に自死を選ぶかどうか選択しろ」というところだ。天使から話を聞いたその日に選択しろということではない。天使がきた後も普通に生きて、生活して、ある日突然、神が選択を迫るのだ。
あぁ、なんて意地が悪い、と思いながらとある下っ端の天使はそれを口には出さず、神に命じられるまま、とある少女のもとへ行った。
貴方は幸運にも、不幸にも、神の気まぐれに選ばれた贄なのだと告げるために。
その少女は、大いに驚いた。当たり前だ。しかし、意外にも泣き崩れるようなことはなかった。きっと理解できていないのだろうと思った。
そうでないと知ったのは、神が彼女に選択を迫った日だ。
彼女は、すこし悩んで、そして、
自らの死を選んだ。
それがあまりに、あまりに「そうあるべきだ」というかのように行ったから。神が望んだような絶望や動揺が無かったものだから。
不幸にも、神は彼女に興味をもった。
どのような状況になれば彼女の意思が崩せるのかと思った神は、幾重の世界の彼女に天使をつかわした。それでも、すべての彼女が世界を選んだものだから神はますます面白くなって彼女に記憶を残すようになった。
自らが死ぬ記憶。あまりに冷たく残酷な記憶。結婚式の前日、子供の誕生日、友達とアイスを食べにいく約束した前日、幾重の世界の彼女の記憶を全て残すようになった。
それでも、彼女は最期にいつも世界を選んだ。
天使はそれをずっとそばで、ただ見ていた。
自分の命と世界を天秤にかけて、あっさり世界を選んでしまえるあの子のことが、いつも最期まで心底わからなかった。
当たり前に明日の話をしながら、自身の明日をなんてことないみたいに捨てる。
大切な家族も友人もいるのに。自分が周りから愛されているとわかった上で、自分が死ねば大切な人々が悲しむとわかった上で、あの子はいつも世界を選んだ。
みんなが笑ってる世界の方が大事だから、と彼女はいつも最期に笑った。
貴方が死んだら彼も死ぬみたいだよ。
半ば気まぐれで伝えた真実に、あの子は少し驚いて、悲しい顔をして。
それでも、彼はきっと大丈夫、と言った。
側にしっかり者がいるからと。
そして、あの子はこの世界でも、世界を選ぶ。
なんてことないように笑いながら。
天使はまた、この世界でも冷たくなっていく彼女の亡骸をただ眺めることしか出来なかった。
―君のヒーローになりたかった話
別に特別なことを望んだわけじゃない。
ただ、君の笑ってる顔が見たかった。それだけだった。
最初に死に戻りの能力に気づいたのは偶然だった。
君が土砂降りの中、川に飛び込むのを偶然目にしてしまったあの日。君を助けたくて無我夢中でそのまま続いて川に飛び込んだあの日。
気が付いたら過去に戻っていた。
君が笑っている世界に戻っていた。
直感的に、これは君を救うための能力だと思った。
最初は君が死ぬのに、なにか理由があるんだと思った。だからその理由が分かれば君を助けられると思った。いじめか、家庭環境か、他のなにかか。
とにかく君の自殺の理由が知りたかった。
でも、どんなに探してもそれらしいものは出てこないし、思い切って君に直接聞いても、君は笑うだけだった。
君の結婚式の前日、君に子供が生まれた日、アイスを食べに行きたいって君が笑った日。
君が幸せに見えた日も、君は自殺を選んだ。
だから、あるときから理由を考えることは辞めた。
理由がなんであれ、君の自殺を止めたいのは変わらないから。
たとえ何回、君が自殺を選んだとしても。その理由がわからなくても。
君が、自ら死を選んでいるとは、どうしても思えなかったから。
いつからか、君の笑顔に嘘が混じっていることに気づいてしまったから。
君が何回自殺を選んだとしても。僕は何回でも君を止めることに決めたんだ。
君を救うことに決めたんだ。
こうして、僕は今日も死を選ぶんだ。
―??????
こうして、たくさんの世界でとある少女が死んで、
それに続いてたくさんの世界でとある少年が死んで、
たくさんの世界で天使が少女の亡骸の側で佇んで、
たくさんの世界で一人、少年だけが取り残された。
呆れるほどたくさんの時間が巻き戻り、呆れるほどたくさんの世界が繰り返されて、
一つ、イレギュラーが生まれた。
その日も変わらず、下っ端の天使は神に選ばれた少女の側にいた。
いつ神が望む日が来てもいいように。
最後まで彼女の側にいられるように。
それがどんな感情故なのか、天使は考えようともしなかった。知る必要がないとも思えた。
ただ、少女がいつも通り、学校で仲の良い友人たちと話している姿を眺めていた。
当たり前だが、天使の姿は選ばれた少女にしか見えない。声も聞こえない。
だから、はじめは気が付かなった。
友人の一人、彼女のために何度も死に戻りを繰り返している少年、ではないほうの少年がこちらを見ていたことを。
最初はただの偶然だと思った。
二回目に目があったときに理解した。
これは一種のバグだと。
途方もないほど世界が生み出され、繰り返された結果のバグ。またはイレギュラー。
ただの一介の少年に、天使の姿がみえるようになっていた。
きっとこれに大した意味はないのだ。
だって、この少年はなんの力も持っていないのだから。
あぁ、せめてもう一人の少年だったら、と天使は思った。
「はじめまして」
そう天使が少年に声を掛けられたのは、ある日の放課後だった。
ゲームセンターに行こうと死に戻りができる少年が行って一行はゲームセンターに来ていた。死に戻りができる少年と神に選ばれた少女は先ほどからずっとクレーンゲームに夢中だ。それを少し離れたところで見ていたら声を掛けられた。
無視しようと思ったが彼が引き下がるようには見えなかったので返事をした。
「何」
「いえ、誰なんだろうと思いまして」
「天使」
返事を聞いた少年は少し驚いたように息をのんで、なるほど、と小さくつぶやいた。
「意外。驚かないんだ」
「まぁ、この前、とあるやつから死に戻りができるって話を聞いたばかりなので」
「それも信じるんだ」
「そういう冗談をいうやつでもないので」
淡々と話す少年に少し興味が出て、そういえば、あの子がいつか言っていた「しっかり者」は彼のことだと気づいた。
まだ二人はクレーンゲームに夢中だったから、天使は、この悪趣味な神の退屈しのぎの話を少年にすることにした。
ただ一人、どの世界でも取り残される少年がかわいそうだとも思ったから。
話を聞いた少年はぽつりと言った。
「腹が立ちますね」
「それは、誰に」
「何も言ってくれないあの子に。あほみたいに死に戻りを繰り返すあいつに」
なにより、こんな茶番を始めた神とやらに。
そこではじめて少年は感情を声ににじませた。
「腹がたって、それでどうするの」
「どうしましょうか。可能なら、その神とやらに一泡吹かせたいところですね」
すこし考える素振りをして少年は続けた。
「そこで、貴方も協力していただけると嬉しいんですが」
「え」
思わず少年の方を見た。
そして、まっすぐこちらを見る少年と目が合った。
彼と目が合うのはこれで3回目だ。
「協力、って」
「そのままの意味です」
「なんで」
「純粋に人間一人で神と対峙するよりは天使もいた方が心強いかと。あと、貴方もこの状況に腹が立ってそうだから」
違いますか?
まっすぐ見つめられたまま少年にそう問われて、
なぜか目の前で冷たくなっていくあの子の姿が浮かんだ。
絶望もせず、わめきもせず、ただ少し悲しそうに笑いながら冷たくなっていく姿を思いだして。
腹が、立っていないといえば噓だ。
悪趣味な神にも。なにも出来ない自分にも。
「具体的に、どうするかの案はあるの」
「流石にまだありません。でも、多分手段はあるでしょう。今回は、なにかしらのイレギュラーが起きているみたいですし」
「……よく、わかったね」
「あ、カマだったんですけど合ってました?」
「カマだったんだ」
「僕の提案、貴方が聞くのはじめてみたいだったので。僕が貴方と話せる、っていうこの状況がイレギュラーなのかなって」
「そう、正解。でも、それが何の関係があるの」
「イレギュラーがこれだけとは限らないでしょ」
別の何かがこれから起きるかもしれない。それが神にたてつく一助になるかもしれない。
何もかも不確定な未来を、少年は力強く語った。
それはとてもアンバランスで。とても魅力的に聞こえた。
「協力していただけますか?」
だから、その日、天使ははじめて賭けをした。
神に選ばれた訳でもない、死に戻りの力があるわけでもない、ただ一人取り残される運命の少年に、賭けたのだ。
世界とか、あの子の運命だとかを。
これは、下っ端の天使と一人の少年が神を殺そうとする話。
―彼らが揃ってアイスを食べるまでのお話
終
お久しぶりです。はちと申します。
随分前にTwitterにあげたSSから話を繋げたらこうなりました。
今回もジャンルは迷子です。
お楽しみいただければ幸いです。
読んでくださったすべての方に、最大級の感謝を込めて。
はち