重荷
私は12年営んでいたニュー オリンズの田舎料理を提供する食堂を閉店した。それは、妻と二人で細々とやっていたささやかな食堂だったが子どものいない私達夫婦にとって掛替えのない思い出が詰まった過去と今とを繋いできた希望に満ち溢れた食堂だった。そんなに多くないにしろ私が作った料理を食べに来てくれる常連客。私と妻にとって店はそんなに繁盛してはいなかったが毎日が充実した日々だった。そんな中、昨今の不景気。大手飲食店の進出。店は競合し生き残りを賭けたサヴァイヴァルだった。私達の店はその競合に敗れ借金という重荷を背負って廃業に追い込まれた。妻のルシールは言った。「何もあなた一人でこの重荷を背負う事はないわ。私もパートに出て一緒に返していけばいいじゃないの。あなたの重荷は私の重荷。だから、私にも半分背負わせてちょうだい」ルシールは笑いながら私に言ってくれた。私は皮肉にも私達夫婦を廃業に追いやった大手飲食チェーン店の厨房で働き、ルシールは昼はクリーニング工場、夜は皿洗いと寝る間を削って私を献身的に支えてくれた。私達は食堂を営んでいた頃は24時間ほぼ一緒といったような生活だったが互いに外に出て仕事をし一緒にいる時間は減ったものの少しずつ借金を返済していき、互いが互いを思いやり貧しいながらも幸せな日々を送っていた。しかし、そんな私達夫婦に更なる悲運は訪れ、神は更なる試練をお与えになられた。ルシールに乳癌が見つかった。ルシールは仕事を退職し治療に専念するようにした。それは、私の望みでもあった。乳房を温存するか全摘出するかルシールは悩み温存する方向で治療を選択した。抗癌剤で美しかった亜麻色の毛髪は抜け落ち痩せ衰えていくルシール。「あなた、髪の毛が抜けて窶れちゃった私になんてもう魅力を感じなくなっちゃったでしょ」わざと明るく振る舞う彼女が私には返って痛々しかった。私を悲しませまいとする彼女のその心遣いが…「髪が抜けようがどうなろうが君は君じゃないか。僕にとっていつまで経っても君は美しい君のままだよ」ルシールの瞳が潤んだ。私の肩には生活費、ルシールの治療費、借金という重荷が幾十にもなってのし掛かったが朝も晩も働き身を粉にして頑張った。今度は私がルシールの重荷を半分ではなく全て背負って生きていく覚悟だった。ルシールは懸命に辛い治療に立ち向かい、一度は癌が消え去ったかのように思われた。私の嬉しい気持ちも束の間だった。癌は再発し、ルシールの身体の至る所に転移していった。彼女は入院生活を送る事を余儀なくされた。それでも明るく振る舞おうと努めていたルシールだったが肉体的苦痛と私が抱えている重荷に責任を感じてその悲痛を吐露した。「あなた、私もう耐えられそうにないわ。身体が思うように言う事を聞かなくなっってきたし、あなたは頑張っても頑張っても稼いだお給料は私の治療費に消えていく。私、あなたの重荷になっているのももう耐えられないの。後生だから私と別れて誰か良い人を見つけてちょうだい」ルシールは号泣しながら私に哀願した。「何、馬鹿な事を言っているんだい。君と僕は一蓮托生じゃないか。君の喜びは僕の喜び。君の苦しみは僕の苦しみ。君が背負っている重荷を取り除けはしれないかもしれないが、僕がその重荷の大半を担ぐ事によって君の負担は減らせるというものじゃないかい。それが夫婦ってものだろう」「ごめんなさい、あなた。馬鹿な事言っちゃって」「また明日来るからね。ゆっくり身体を休めるんだよ」それが私と彼女が交わした最期の言葉だった。翌朝、彼女は屋上から飛び降り自ら命を絶った。それは、彼女が背負っていた病と薬剤の副作用から来る肉体的苦痛と言う重荷、私の背負っていた重荷への責め苦から解き放たれた瞬間だった。私は不甲斐ない己を恥じ入り責任を感じ慚愧の念に襲われたがルシールの意思を尊重した。2月22日。それは彼女の誕生日。そして、私達の結婚記念日。彼女は結婚式の日に言っていた。「あなた、誕生日と結婚記念日が一緒の日だからプレゼントは一つで済むわね。安上がりな奥さんで記念日に疎いあなたの負担も減って良かったでしょ」最期に彼女が手首に嵌めていたブルーターコイズのブレスレット。彼女の35歳の誕生日、結婚して節目の10回目の記念日に彼女に送ったプレゼント。最期は痩せ衰えた彼女の手首からすり抜けそうになっていた。彼女が旅立って3ヶ月。私達の20回目の記念日が訪れた。ルシールと何度も行ったケープコッド国立海浜公園に来ている。私は彼女にあげたブレスレットを握りしめて海を眺めていた。私も肩の荷を下ろす時が来たようだ。ルシールのいないこの世に何の未練があるというのか。私は海水に一歩足を踏み入れた。冷たかった。沖に向かって歩を進めた。身体は震えるほど寒いのにルシールの温もりを私は感じながらゆっくりと進んだ。もう肩はすっかり軽くなりルシールが語りかけてきた。「あなた、光の射す方へ来て。そこに私はいるわ。愛してる、あなた。いつまでも」その瞬間、ルシールが私を解き放ってくれた。




