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「もっと傷つけて、私を刻みつけて」  作者: 司弐紘
第一章 アンファン・テリブル
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対面

 小谷さんへの連絡手段――

 もちろん色々あるわけだが、僕は電話を選択した。どういう風に未来を予想しても、途中でキーボード入力が面倒になることがはっきりしているからだ。

 自室に引っ込んだ僕は、母さんがパートに行ったのを見計らって小谷さんに電話を掛ける。すると、案の定と言うべきか小谷さんはすぐに応じた。僕が直接文句を付けるであろう事を予想していたのだろう。

「で、どういうつもりなんです?」

 僕はそんな小谷さんの覚悟に甘えて、いきなりそう切り出す。そうすると小谷さんもすぐさま応じた。

『綱渡りなんだよ。こっちはこっちでね。僕はいぶきにどうしても甘くなるから』

 自覚しているなら、そちらで然るべき努力をして欲しい。

『それでも頑張ったんだよ。いぶきは奥さんにそのまま詰め寄ろうとしてたんだから』

「それは……」

『それに“朋葉君がダメなら、角度を変えて攻める”――これって常套手段だよね。いぶきに限らず。手段を選ばなければ』

「選ぶように言った結果が“ラーメン店”ですか」

『さすがに、その辺りは察してくれたようで助かるよ。あとはいぶきと直接交渉してくれ』

 十分に無責任な話だとは思うけど、忙しいであろう小谷さんにまかせきりになってしまうのも危険だ。何しろ豊中駅付近では、いぶきさんは単独行動していたわけだしな。それに小谷さんの“甘さ”が加われば自宅までバレる……いやこれはもう、バレていると考えた方が良いんだろう。

 ラーメン店の指定基準が、かなり怪しい。

 だとすれば、この連絡を有意義な物とするには――

「わかりました。いぶきさんと直接交渉します。ですから小谷さんは、そこでフリーズです。これ以上どんな話になっているのかを探り合いするのも面倒でしょう?」

 ――こうやって釘を刺すことだな。他にやりようが無いとも言えるけど。

『助かるよ。とにかく、いぶきを納得させて欲しい』

 ……納得、か。

 小谷さん自身がどうなって欲しいのかは見えなかった。いや、もしかしたら小谷さんは、この騒動がどう収まるのか見えているのかも知れない。

 と言うのも、どこか諦めに似た感情が声の端々から匂ってくるからだ。少なくとも連絡手段に“電話”を選んだことは正解だったらしい。

 事務的になりがちな小谷さんとの文字(キーボード)でのやり取りでは、さすがに感情までは窺えない。




 そこから先は、やたらに事務的に話が進んだ。

 交渉の相手がLINE越しの、いぶきさんになったせいだろう。


「明日。お昼ご飯、と言うことで。桃山台に午前十一時でどうですか?」

「わかりました。僕は店を見繕っておけば良いんですね」

「それだけじゃ困ります」

「僕はもう困ってる」


 そこでLINEでのやり取りは終わりだ。僕はある種の覚悟を決めて、母さんに「明日、案内することにした」と簡単に報告して翌日――

 そろそろ日本は季節区分変更を考えた方が良いな、と思いながら今回もやっぱりバスに乗って、桃山台駅へ向かった。そこから何処まで迎えに行くべきか、と考えた結果、改札前まで行く事にする。

「一番後ろに乗って、降りてすぐ側にある階段を登ってください。その先に改札があるので、そこで待っています」

 現在、桃山台駅は色々ややこしい事になっているが、恐らくこの手順がフレキシブルで簡単、ということになるだろう。問題は連絡タイミングが遅くなったことだが、別にホームに降りてからでも十分修正が効くはずだ。

 あの乗ってる間に危機感を覚えてしまうような長いエスカレーターに乗らなければ……こっちでも修正は出来るか。

 あまりバタバタしても仕方がない。券売機の前で待つ事にする。

 ほどなく「千里中央」行きが到着。この時間なので、降りる人も少ない。三々五々、という言葉を使うまでも無く、いぶきさんが現れた。

 今日は豊中駅前で見たときとあまり変わらない格好だ。こっちには“観光”で来ているわけだから、着回し(ローテーション)でそんな具合にもなるのだろう。

「話はラーメン屋で? それとも、何処かの喫茶店?」

 僕の姿を確認したと同時に、改札を通り抜けたいぶきさんは、こう切り出した。

「……ラーメン店は口実だと思ってましたが」

 他人に礼儀云々を要求できるような身の上ではないから、僕はそのまま対応することにする。それに対していぶきさんは――

「先生は……」

「先生は止めてくれ。それで僕が何だって?」

「それです。敬語やめてください。それなら先生と呼ぶことも止めましょう!」

 何だか随分えらそうに宣言されてしまった。

 大きな瞳。そらを向いた眉毛。

 ……やはり、諦めが必要になるだろうな。




 その予感は正鵠を射ていたようで、完全な同意見になったのは目的のラーメン店「幸運丸」へバスで向かうという方針だけだった。あの店は桃山台駅から歩いて行けなくもない。その過程が延々と坂道なんだけど。

 やはりこの暑さには、抗ってもムダ、という心境なんだろうな。

 で、桃山台のバスターミナルに向かうためには、やはりあの場所でいぶきさんを待ち受けていた方が便利だったわけだ。その点だけは上手くいったと自分を慰める事にする。

 何しろバスターミナルに向かう僅かな時間の間に、様々な感想と要求をいぶきさんに突きつけられてしまったのだから。やれ「漫画家ってやっぱりそういう格好になるんだ」「前に、あ、えっと、中学の時に会った時にも思ってたんだけど、目が小さいですね」「でも、太ったみたい……」と好き勝手。

 その上で「こんなところにコンビニ?」「何だか狭いところに色んなお店が入ってる」「あのお店のラーメンはどうなんですか?」と、口が止まらない。

 改札からいぶきさんが出てきた時に、彼女は何だか疲れているようにも見えたけど、このテンションで動き回っているなら、さもありなん、という奴だ。

 その間にも、何故そんなにラーメン屋に行くことにこだわるのか? 辺りを中心にして、何とかペースを崩そうとしたのだけど、いぶきさんはこっちの言うことを聞かない――予想通りではあるんだけど。

 それがマイペースすぎる性格、と言うなら何処かで諦めてしまえばそれで済むんだけど、いぶきさんの場合は、どうにもそこに作為的なものを感じてしまう。

 こちらの弱点を正確に把握した上で、自分の意を通すために“交渉”してきているのは彼女だ。小谷さん経由の情報があるとは言え、主導者はやはりこの女性な気がする。

 その上、バスを待つ僅かな時間の間に、お互い「朋葉さん」「いぶき」と呼び合うことでコンセンサスを確立させてしまった。それも「やむを得ない」という理屈をくっつけて。

 これは勢いに任せてしゃべっているのでは無く、ある程度のシミュレートを済ませている――そういう解釈が必要になるだろう。




「また、おかしなところにコンビニ……って言うほどじゃ無いですね」

 バス停に降りた瞬間、いぶきはまた叫びそうになっていた。僕はクーラーの冷気の名残を惜しみながら――何しろ、桃山台から僅か一区間――それに応じる。

「雑居ビルの一階だから、そうなるな。で、目当ての『幸運丸』はその隣」

 そのバス停が、あつらえたように「幸運丸」の前に設置されているんだよね。コンビニ前、と考える方が一般的かも知れないが。

「また、小さい、と言うか狭い店ですか?」

 確かに「幸運丸」の入り口は奥まったところにあって、そんな風に考えてしまうのも無理はない。立て看板が出ていなければ――昔はなかったから本気で見過ごした――入り口に気付かないレベルだ。

 とりあえず僕は説明を続ける。

「いや、見た目より狭くは無いよ。座敷もあったりする。ただ店内が複雑なだけだ」

「店内が……複雑?」

 おかしな表現かも知れないが、入ってみれば理解してくれるだろう。立ち止まったいぶきを残して、「幸運丸」に近付いて行くと、入り口前で二人ほど腰掛けている人がいる。昼時と言うことで、やはり並ぶことになりそうだが……もしかしたら時間切れを狙えるかな?


「――私がラーメン店にこだわる理由はですねぇ、朋葉さんがラーメン好きだと聞いているからですよ!」


 背中から突然、保留にされ続けた“答え”が襲いかかってきた。

 それはまったく明快では無くて、明快にしようとしてしまうと、どうにも受け入れがたい理由が脳裏に浮かび上がってしまう。

 思わず振り返った僕の瞳に映るのは、並木が落とす影のせいでまだらに見える――


 ――いぶきの笑みだった。

誤字報告ありがとうございます。

何か予告とタイトルが違うと思いますが、大体あってる、ということで。


ラーメン屋に行くといっておきながら、桃山台で終わってしまいました。

この駅は、元々バリアフリーなんて概念が無かったんですが、それを無理矢理導入した結果、まずエレベーターでフラットな上部に設置された陸上橋に連れて行かれ、そこから改札を抜けて、ホームに上空からエスカレーターで降りるという摩訶不思議な状態になってしまいました。割と怖いです。

でも、それを利用すると、ファミマだったり、中華料理店とか、すぐに入れ替わるブースとか、愉快な部分が味わえないという。

……何故こんなに桃山台の解説を(お前がやりだしたことだ)。


次回で第一章、終わりです。

それっぽいサブタイトルで。

では、またお会いしましょう。

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