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「もっと傷つけて、私を刻みつけて」  作者: 司弐紘
第三章 ラスト・ベル
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危機と好機は裏表

 いぶきは無茶をするけど、その無茶を隠そうとはしないと思う。キャラ的に。となると……

「いぶきさん。朋葉の変化に気付いてるよね?」

 僕の考えがまとまる前に、母さんがいぶきに尋ねる。僕の変化?

「あ~……はい。こちらに来て確信しました」

「ほとんど毎日、テレビ電話で話してたんでしょ? それじゃ気付かないかもね」

「ちょっと待って。僕が何だって?」

 たまらず割り込んで尋ねてみると、

「痩せたの」

 と、間髪入れずに母さんから返されてしまった。

 痩せた? 前もそんなこと言われた気もするけど……当たり前に僕にその自覚はない。

「本当、そんなところが直樹さんにそっくり。ご飯も含めて、他の事に目がいかなくなっちゃうところ。どうしてバレないとか思うのかしら」

 そう言って母さんは、ケラケラと笑う。

 これは改めて考えるまでもなく、母さんは僕がネームにかかり切りになってる事を、ずっと前からお見通しだって事か。

 何とか態勢を立て直そうと目の前の醤油ラーメンに縋ってみるが――それで何がどうなるというのか。

「わたしも『五輪堂』で、こんな事になるとは思って無くて。のびちゃうから、ちゃんといただきましょう」

 そんな母さんの仕切りに、僕に抗う術は無かった。いや、そもそも抗う必要があるのかどうか……


 


 つまり母さんは、僕が気を遣っていたことはとっくに気付いていて。というか僕が、気を遣われていた事が判明した。言われてみれば確かにそうなんだけど、父さんの事を避けたいなら、僕は漫画に触れてはいけなかったはずなんだ。

 父さんが死んでしまった直後は、事後処理もあって漫画に触れないわけにはいかなかったけど、母さんの茫然自失状態を忌避するのなら、僕は漫画に携わることも止めるべきだった。

 でも、あの時の僕は自分でも気付かないウチにそうやって父さんとの関わりを欲してしまっていたのだろう。

 これを指摘してくれていたのが――

「……小谷さんか」

 まずます母子(おやこ)揃って頭が上がらない。僕たち母子の間に立って色々と骨を砕いてくれていたに違いないのだから。

 母さんはさすがに大人と言うことで、ずっと前に自分でも大丈夫だと感じていたし、それを僕に知らせるためにパートに出たりもしてくれたようなんだけど、僕が相変わらず腫れ物扱いするものだから、逆に母さんに気を遣わせてしまっていたようだ。

 それで母さんは母さんで小谷さんに相談して、大体今の状況が出来上がるということになる。

 それを理解していく内に、心が軽くなるのと同時に、自分でもわかる程に、恥ずかしさで頭に血が上ってきた。

 そんな僕を見ながら、にたにたと笑い続ける女性陣。

 いや、僕が生贄になることで皆が幸せになるなら……そんな大袈裟な話ではないけれど。

 それでも、いぶきには確認しておきたいことはある。

「君は小谷さんから大体の事を聞いていたのか?」

「聞いてはいた。でも関係ないから。私は私の野望のために『海と風の王国』の続きを要求したの」

 完全に開き直った状態で、いぶきは自白……というか何というか。

「ああ、そういうことをやっていたのね。道理で、見た名前が朋葉の部屋にあるわけだわ」

 そこに、母さんが被せてきた。

 いや、これは……まずい……

「朋葉さん! 私に内緒にしておくように言っておきながら、完全にバレてるじゃ無い! どういうことなの!?」

「母親の目を盗めると思ってる辺りが、まだまだ子供なのよ」

 安原朋葉。二十五才です。でも無職です。……やっぱり“子供”なんだろうなこれは。

 僕も母さんには敵わないってわかっていたはずなのに。やっぱり僕はかなり“ズレて”いたんだろうな。

「それで、いぶきさんがウチに来たのはその打ち合わせのため?」

「そうですよ。朋葉さんは隠すつもりだったみたいだけど、私ががっつりとそのつもりです」

 そうだろうね。

 観光しようって感じの荷物じゃ無かったし。

 ところで、そろそろ食べ終わりそうなんだけど。幸い、店に来た時間が遅くなったせいか、そこまで混み合ってはいない感じだ。年の瀬という要素も大きいだろう。

 ただ「五輪堂」は、この時間――八時半あたり――でも、いきなりどかどかと客がやって来るパターンもある。それでも、とりあえずはテーブル席をもう少し使わせて貰っても大丈夫だろう。カウンターには、まだ三人ほどいるけれどテーブル席は二席空いている。

 それになにより僕には母さんといぶきの息の合いっぷりに割り込む勇気は無い。

「ね? それって、どんな風に煮詰まってるの?」

「え? でも……」

「話してみてよ。私だって、長い間直樹さんの話聞いてきたんだから」

 ……何だか話が変な方向に。いや変ではないのか? 考えてみれば「漫画家やすはらなおき」の相談相手だったのかも知れない可能性もあるし。

 惚気では、あんまり……いや、実際あれだけ仲が良いのに、漫画の話だけしないなんて事は――

「朋葉さん、整理してよ。得意でしょ、そういうの」

「あ、ああ」

 僕はいぶきの勢いに押されるようにして、母さんにどんな風にネームが止まっているかを説明した。ここのところずっと考え続けてることなので、改めて整理するまでもない。むしろ母さんが「海と風の王国」をどこまで把握しているのか確認するほうが僕には難しかった。

 母さんは、僕の緊張に構うことなく、ふむふむと頷いている。

 何だかわざとらしさが見えてくるけれど、それは僕へのアピールなんだろう。もう、大丈夫だと僕に伝えるために。

 だからこそ、僕もいぶきと確認しながら、母さんに大体のところを説明する。

「……なるほど。さすがは哲郎くん。そんな方法が」

 「哲郎くん」とは、言うまでも無く稲部さんのことだ。当たり前に、母さんも知っているし、一緒に昔の家でご飯食べたこともある。

 つまりは、その「一緒にご飯を食べる」という接触の仕方を、母さんは“さすが”と評価したのだろう。

「私も、それは良い手だと思うんですけど、そこからがどうにも。いくらマリオが大変だと訴えても――」

「あれ? その時何食べてるの?」

「え? ああと、何だっけ? 朋葉さん」

 僕には何だか二人のやり取りが、まったく地面に足が付いていないように感じられるけど、求められている事は理解出来てしまう。……何だか不条理さを感じる。

「……多分だけど、ラザニアとか味の濃い感じのイタリア料理。そこまで贅沢な物は無理だと思うけど、アンドレアがいるから、厄介払いで良い物を用意する可能性もある」

 僕は出来るだけ真摯に答える。母さんは、それを聞くと頷きながらこう返してきた。

「ああ、北イタリアなのね。食べる物が北と南で随分違うって直樹さんが言ってのを思い出したわ」

「母さんにそんな事を?」

「それはそうでしょ。再現してくれって、言われたこともあるのよ。まぁ、朋葉が生まれてからは、そこまで手間が掛かった物は出来なかったけど……でも簡単なレシピを教えて上げたこともあるのよ」

 僕は――この時一体、どんな感情に“なる”のが正解だったのだろう?

 自分の迂闊さを呪うべきか。それともあまりのタイミングの良さに快哉を叫ぶべきか。

 これで話がうまくいくはずが無いと、いつものように斜めに事態を観察するか。

「それは凄いですね! 『海と風の王国』の食事シーンも映里さんが?」

 そんな風に僕がもたもたしている間に、いぶきが母さんに切り込んでいった。

「昔ほど関わってはいないけどね。でも北イタリアと南イタリアの料理については話をした覚えが……」

 そこで母さんの言葉が止まった。

 僕といぶきは、その時同時に息を呑んだ。

 同じように予感したのだろう。もしかしたら――と。

 そして母さんは――


「参考になるかどうかわからないけど……すいません、餃子お願いします」


 ――えっと……どっちだ?

誤字報告ありがとうございます。


そんなわけでして、朋葉のいわゆる「信頼できない語り手」がバレてしまいました。

というか、一人称ってこういう状態に随時なってしまうのでは?

今回は意図的にそうしてましたけど「知ってるはずのないもの」を考えて行くと、一人称では自ずから限界があるとおもうんですよね。


ところで私は食べたらさっさと出るタイプなんで、今回は別の意味で胃が痛いw

しかし今回は、目を瞑っていこうじゃ無いですか。


それでは次回「視野」(仮)でお目にかかりましょう。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 妙なところに改行が入っています。  つまりは、その「一緒にご飯を食べる」という接触の仕方を、母さんは“さすが”と評価したのだろ  う。
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