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ジュンたちの行く手を遮るのは、巨大な谷だった。どこの異界に存在するのか分からないが、これほどの規模の谷は、ジュンが住む異界だけでなく、ルイーザやウェンディの異界にもないという。
なにしろ、谷の向こう側が霧に包まれてまったく見えないのだ。
「これはまた大きな谷だな。全然向こうが見えないよ」
「地図によると、ここは『タキビノ谷』っていうらしいわ」
「タキビノ谷? いかにも暖かそうな名前だね」
ルイーザの軽い感想に、ジュンは思わず笑みを浮かべた。確かに、名前だけなら焚き火のぬくもりを連想させる。
「それにしても、本当に大きい谷だね。どうやって向こう側に行くんだろう?」
「谷を降りたところに街があるらしいわ。その街を通れば向こう側に行けるみたいよ」
「そういえば、ウェンディは谷の向こうから来たんだっけ?」
「ええ、そう。この先に『タキビノ街』があるのよ」
ジュンは地図を確認する。谷沿いを少し進んだところに、谷底へ降りる坂道があり、その先に『タキビノ街』が描かれていた。リフィリア王国の城下町に匹敵する規模の街のようだ。
「そういえば、サルサさんの話では、今は谷の向こうに行けないって言ってたよね。どうしてなんだろう?」
「まあ、その理由も街に行けば分かるんじゃない? とにかく、タキビノ街に向かいましょう」
ルイーザがワッフルを進めると、谷沿いに谷底へ続く坂道が見えてきた。その入り口には、見張りらしき男が立っている。男はルイーザたちを見つけ、手を挙げて呼び止めた。
「お前たち、この先に何か用があるのか?」
「特に用はないけど、谷の向こうに行きたいと思ってるよ」
「悪いが、この先にある街で足止めになるぞ」
「その話は聞いてるけど、どうして進めないの?」
「谷の下から上に登る唯一の道が、何者かに破壊されてしまったんだ。現在、新しい坂道を工事しているが、完成まで少なくともあと2、3日はかかるだろう」
「工事が終われば進めるんだよね? だったら、その街で待てばいいじゃない」
「まあ、それでいいなら構わんが……」
ジュンたちは顔を見合わせ、了承した。街で過ごしながら工事が終わるのを待つのも悪くないだろう。
「じゃあ、下の街に行ってもいい?」
「ああ、許可しよう」
その時、遠くから叫び声が聞こえた。
「た、大変だ!」
谷沿いを必死に走ってくる男がいる。見張りの男が駆け寄った。
「どうしたんだ?」
「『コンクリストーン』を仕入れているフーラン村がモンスターに襲われている!」
「なんだって!?」
ジュンたちも耳を疑った。
「コンクリストーン?」
ウェンディが尋ねると、見張りの男が説明を始めた。
「コンクリストーンは、石と石を接着するための接着剤を作る材料だ。この坂道の工事にも欠かせないものなんだ。それが村から届かないとなると……」
男は頭を抱え込む。
「参ったな……」




