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06:魔女の事情

 自分の力全てを貸し、自身はいつ覚めるかもわからない眠りにつく。

 それを勇気と言わずに何と言おう。

 ジーンは言葉を失い、眠ったままの魔女を見詰めた。


「この寝台は少しでもお姫さまに力が戻るよう、周囲の力を集め、蓄えるものなのである。そして百八十九年の時を経て、ようやくお姫さまが動けるだけの力が戻ったのである」

「でも、やっぱり足りなかったのよ~」


 目覚めた魔女は騎士が約束を果たさず、自分の力も戻って無い事を知り、剣を探しに国に降りたという。


「では何故、力を取り戻していない? 剣はもう見付かっているのに」

「取り込んでしまえば、剣は失われてしまう。もし王国側に何か事情があったのなら、また剣を使わなくてはならない故、そのままにしているのでござる」


 全ては人のため。

 誰にも事実を話さず、何もかもを背負い込んで、魔女は一人奮闘している。


「どうしてそこまで——」


 呟いてから思い出したのは、竜の記憶を見た時の事だ。

 最初に現れた騎士の姿を見た時、浮かんだ感情は愛慕。その後に飲み込まれそうになった竜の感情とは全く正反対のものだ。


「……魔女と騎士は恋仲だったのか?」

「さぁ~? 人の色恋は私達にはわからないのよ~」


 ウーは頬に手を当て、息を吐く。


「でも大事に想っていたとは思うのよ~」

「そうでござるな。とても仲良く見えたでござる」

「人間ふぜいが図々しいのである!」


 同調するギーの横で、サーは憤りを隠さず地団駄を踏んでいた。


「騎士の守った国だから、悪いようにはしたくないと思っているはずなのよ~。だから世界の崩壊を招きかねない儀式は止めたし、春も探しているの~」

「お姫さまは誠に素晴らしいお方なのである!」


 そこからはウサギ達の魔女賛美が続く。

 それを聞き流しながら、ジーンはそっと魔女に歩み寄り、いくらか楽そうになった顔に手を触れかけて止めた。


「三日」

「何でござる?」


 ウサギ達は会話を切り、ジーンに注目した。


「三日、待つ」


 端的にジーンは告げる。

 このまま起きるまで待っていては手遅れになる事もあり得るが、ここまでしてくれる魔女を蔑ろにするのもためらわれる。


「三日待って魔女が目覚めなければ、剣を借り受け、王国の冬を吸い取る。その後、剣を持って戻り、魔女が起きるのを待とう」

「あらまぁ~?」


 ウーはつぶらな瞳を瞬かせ、両手を口に当てた。


「良いのでござるか? 急いだ方が良いのでござろう?」


 ギーも気遣ってくれるが、ジーンは首を横に振る。

 王国を守るべき騎士ならば、今すぐにでも剣を持ち出すのが正解なのだろう。けれどもそれは魔女の誠意に背を向ける行為に思えて、ジーンには実行する事が出来なかった。


「多少の食糧不足なら、国がしっかりと対策を取って備蓄してあるし、何とかなるだろう。とは言え完全に大丈夫とは言えないから、待てるのは少しだけだ」


 一介の騎士が判断していい事では無いし、独断専行が過ぎる事は十二分に承知している。全てが解決した後の処罰も覚悟しておかなくてはならないだろうが、ジーンはそれでもこの選択を選んだ。


「かたじけないでござる」


 ギーが深々と頭を下げた。


「ありがとうなのよ~」


 ウーもにこにこと笑いながら礼を言い、両手を頬に当てた。


「やっぱりステキなのよ~。旦那サマにしたいわ~」

「は?」


 とんでもない申し出にジーンは瞠目する。


「止めるのである! 人間と家族になど、ぞっとするのである!」

「え~でも~」


 とことこと近付いてくるウーに、ジーンは思わず後ずさりをする。


「とっても美味しそうなのよ~」

「……そ、その美味しそうっていうのはまさか、食料的な意味では無かったのか?」


 聞きたくないのに尋ねてしまえば、ウーはこくりと頷いた。


「旦那様的な意味よ~」

「止めるのである!」


 ウーはサーの制止も意に介する様子は無い。

 まさかウサギにそういう意味で狙われているとは驚愕のあまり、現実逃避したくなる。


「わ、悪いがウサギはちょっと……」

「人の姿でも良いのよ~?」


 ポンッと弾ける音と共にウーは少女の姿に変わる。先程まで見ていた姿だが、どう見ても十歳前後。結婚適齢期より、かなり前である。


「いや、人の姿になられても、子供というのは問題で——」

「見た目より大人なのよ~」

「そこまでにするでござる」


 見かねたギーがやっと介入してくれる。


「五百十二の子供と千七十八の孫、その先はいくらいるのかわからんが、家族は充分いるのでござる。それに、これ以上兄弟を増やすのは止めてくれと、息子達も言っていたであろう?」

「あら~」


 ウーはにじり寄るのを止め、耳を折り曲げてしょぼくれる。


「子供達が言うんじゃ仕方ないのよ~」


 ジーンはこの隙に距離を取って、胸を撫でおろした。


「助かった……」

「すまぬな」


 ギーはピスピスと鼻を鳴らした。


「どうしてギーの言う事は聞くのである!? 不公平なのである! 同じ家族なのに!」


 成り行きに憤慨するサーはウーに詰め寄っているが、しょぼくれているウーの耳には届いていない様だ。

 一先ず身の安全を確保できたジーンは安堵し、さっさと話題を変える事にする。


「そういえば、ここに書庫はあるか? 地図を見せて欲しいんだが」

「地図? 地図なぞどうするのである?」


 言い合いを止めてサーが訝しげに睨んでくる。


「春——『芽吹きの種』だったか? それは砕けて国のどこかへ散った。方角は覚えているから、地図と照らし合わせて、候補地を絞る」

「それは名案なのでござる!」


 ギーが両手を挙げて称賛してくれ、ジーンは上手くいった話題転換に心の中で快哉を叫んだ。とはいえ提案したのも決して誤魔化しと言う訳ではない。


「全て魔女頼みというのも情けないからな。こちらで出来る事はしておこう」

「うむ。良き心がけである。お前、人間にしては見所があるのである」


 サーがふんぞり返ってフンッと鼻息を吐く。

 随分と上から目線ではあるが、多少は認められたらしい。ジーンは笑みを浮かべた。


「ありがとう。では早速案内してくれるか?」

「仕方ないのである。ついでに手伝ってやろう」

「良いのか?」


 ジーンは面食らう。


「魔女の側を離れたく無いんじゃないか?」

「それはそうであるが……」


 指摘してやれば後ろ髪を引かれてしまったのか、サーは魔女と床に交互に視線を動かす。


「お姫さまは私が見てるのよ~。サーとギーは手伝ってあげて欲しいのよ~」


 逡巡するサーに決断を下したのはウーだ。


「その方がお姫さまも喜ぶのよ~」

「ウー……」


 まだ煮え切らずにうだうだするサーの肩をギーがぽんっと叩く。


「ここはウーの言う通りにするでござる」

「ギー……」

「お姫さまの気持ちに添う事が、拙者達のすべき事であろう?」


 ギーの諭されてサーは腹が決まったのか、ぐっと顔を上げてしっかりとした眼差しでジーンを見やった。


「付いて来るのである。吾輩の足を引っ張らないようにするのである!」

「ああ、心がけよう」

「あ、待つのよ~」


 ジーンは頷き、進み始めたサーの後を追おうとしたが、引き留められる。


「一つお願いがあるのよ~」

「な、何だ……?」


 身構えたジーンが恐る恐る確認すると、ウーはそっと魔女の方へ目線を送った。


「お姫さまの名前を呼んであげて欲しいのよ~」

「名前を?」


 唐突な要望に、ジーンは瞬きを繰り返す。


「お姫さまの名前を呼ぶ人はもう誰もいないのよ~。それではきっと寂しいわ~。お姫さまは寂しがり屋だもの~」


 ジーンもつられて視線を移せば、静かに横たわる魔女の姿が見える。

 荘厳な城の、大きな広間で一人眠る姿は名画の様に美しい。しかし、二百年近くも独りで、約束が果たされる日を待ち続けていたのは辛かっただろう。ウサギ達も居たし、眠っていたとはいえ、怖くなかったはずが無い。そして目覚めた時、約束は果たされていなかった。


「お前達は呼んでやらないのか?」


 ジーンはぽつりと問いかける。


「拙者達は従者でござる」

「うむ。お姫さまのご尊名を口にするのはおこがましいのである!」


 心許し、側にいても彼らは従者としての分を弁えているのか、一線を引いているようだ。


「呼んであげて欲しいのよ~」


 もう一度ウーがお願いしてくる。

 おそらく『春告げの騎士』は魔女の名を呼んでいたのだろう。自分とは違い、あっさりと呼んだに違いない。

 少しだけ胸がもやつき、ジーンは顔をしかめた。


「駄目かしら~?」

「——善処する」


 たっぷりと間を空けた後、ジーンは明言を避けた。

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