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05:竜の記憶

 暗闇の中に光がちらつく。

 意識を凝らしてみれば、それが誰かの髪だとわかる。

 陽の光の様な、輝く髪。その持ち主がくるりと振り返り、若草の瞳と目が合えば、笑みを向けられた。見知らぬはずのその顔に、何故か胸いっぱいに郷愁が広がる。


 この人が『春告げの騎士』だ。

 何の根拠も無く、ジーンは理解する。そして名前も知らないその人に呼びかけようとしたところで、ふいに騎士の表情が真剣な面持ちへと変わった。


 視界は塗り替えられ、暗闇から灰色の曇天と荒野へと移り変わる。唐突な変化に戸惑っていると、耳をつんざくような咆哮が轟いた。

 岩と同じ翠の鱗を持ち、皮膜でできた翼を広げ、大岩すらも噛み砕けそうな牙と鋭い爪。春を飲み込んだ竜が空を横切っていく。


 竜は縦長の瞳孔をした眼に怒りをたぎらせ、一点を睨み付ける。そこにいるのは白く輝く剣を持った騎士だ。

 騎士の姿を捉えた竜は大きく旋回して宙に停止すると、再び咆哮を上げる。その瞬間、光と轟音を伴う(いかずち)がいくつも地面へ降り注いだ。

 騎士は次々に襲ってくる雷を駆け抜けて避け、地を蹴って跳躍し、同時に剣を横に薙ぐ。その一閃は衝撃破となって竜へと届いた。


「ぐぎゃおぉおおおう!!」


 痛痒など感じないはずの斬撃は竜に流血をもたらし、体が(かし)ぐ。その隙を見逃さず、二回、三回と騎士は追撃を繰り返し、その全てが命中していく。

 強大な相手であっても怯むことなく果敢に立ち向かう強靭な精神と、それに裏打ちされた技量。まさに騎士の理想である姿にジーンは羨望を感じ、まるで舞踏のように繰り広げられる応酬に心が躍るのを止められない。


 ついに最終局面となり、翼は裂かれ、穴が開き、満身創痍の竜は地へと墜ちる。それでも敵意は衰えないらしく気炎を吐き、起き上がろうとしていた。その正面に立った騎士は両手で剣を掲げ、剣から天へと真っ直ぐに伸びた光は刃となり、竜へと振り降ろされる。断末魔を上げた竜は地に伏せ、沈黙した。


 完全に動かなくなった竜の元へ騎士は降り立ち、剣に埋め込まれた宝石を掲げると、竜の体から淡い彩りをした光が揺らめいて騎士の手の中へと集まっていく。種子の形となったそれを、騎士は大事そうに握り締めた。


 やはり『春告げの騎士』は春を取り戻していた。

 伝承通りの出来事にジーンが歓喜しようとした時、どす黒い何かが蠢いた。



 それは己のモノだ。



 地に響く様な低く重い思念がこだまする。



 死なない。

 渡さない。

 許さない。



 連なる怨念は弱まることなくとぐろを巻き、原動力となる。閉じたはずの視界が戻り、激しい怒りに染まりながらも怨敵である矮小な存在を映し続けている。


 竜は憎悪に任せるまま歯を鳴らしたかと思うと、その口から咆哮と共に光線を放ち、それは真っ直ぐに騎士へ向かっていく。騎士はとっさに剣を構えて受け止めたが、衝撃に耐え切れず吹き飛ばされた。その手から零れ落ちた種子が砕けていずこかへと飛んで行く。



 憎い

 憎い、憎い

 憎い、憎い、憎————!!



「お(ひい)さま!」


 果てる事の無い恨みに飲み込まれそうになった時、ウサギ達の慌てた声が届いてジーンは我を取り戻した。そして反射で魔女を抱き留める。


「おい! 大丈夫か!?」


 魔女はジーンに支えられて立ちながら、元々白い顔を更に白くしていた。


「ええ、大丈夫。少しあてられてしまっただけ……」


 魔女は自分で両肩を抱き締め、身を震わせる。


「あなたは大丈夫?」

「問題無い」


 とは言え、心身共に鍛えているはずのジーンでさえ、肝は冷えたままだった。しかし、それよりも大事な事がある。


「騎士の手にあった種。あれが春で間違いないか?」

「そう。あれは『芽吹きの種』ね。春そのものよ」


 手のひらに収まる程の小さい存在。それが人々に待ち望まれ、喜びをもたらす存在とは驚きだ。


「でも、まさかこんな事になっていたなんて……」


 魔女は自分の肩を抱きながら、深く重い息を吐いた。


「春は壊れてしまったのか?」

「いいえ。そう簡単に失われるものでは無いもの。でも砕けて散ってしまった。どこへ行ってしまったのか、探さなくては……」

「そうか……」


 ジーンは安堵する。

 探すのは骨が折れそうだが、失われていないのならどうにでもなる。最悪の事態は避けられた事を喜ぶべきだろう。


「飛んで行った方角は確認している。地図で確認を——おい!?」


 ふいに魔女がふらつき、ジーンへともたれかかる。顔色は益々悪く、額には汗も滲んでいた。


「お姫さま! しっかりして~!」


 今にも気を失いそうな魔女を見て、ウサギ達が慌てふためく。


「やはりまだ本調子では無かったでござる!」

「お姫さまに何かあれば、吾輩達はどうすれば……!?」

「落ち着け!」


 ジーンが一括すると、ウサギ達はピシッと背筋を伸ばして停止した。静かなうちにジーンは本人の了承を取ることなく、魔女を横抱きに抱える。


「あら……。本当に、お姫様みたい、ね……」

「下らないことを言うな。じっとしていろ」


 ジーンが言うと魔女は苦笑しながらも目を閉じた。素直に応じるところを見ると、本当に調子が悪いのだろう


「どこかで休ませないと。宿を——」

「だったらお城に戻った方が良いのよ~!」


 ウーが提言し、他二人も同意する。


「そうなのである! 戻るのである!」

「それが良かろう」

「しかし……」


 ここへは魔女の転移で来た。城に戻ろうにも、この状態の魔女に魔法を使わせるには忍びなく、吹雪く山頂へ自力で戻るのは現実的では無い。


「吾輩達とてお姫さまの眷属! 転移くらい使えるのである!」


 サーが言い放ち、ジーンの悩みを一刀両断する。


「ならば異論はない。まずは人目の無い所へ」

「はい~」


 ただ事で無い様子に、周囲もこちらを気にし始めている。ジーンは魔女を抱えたまま、なるべく負担が無いように気を付けつつも、急いで人混みから離れる。魔女の呼吸は細く、浅いものになっており、尋常じゃない様子に困惑してしまう。


 広場を抜け、路地裏に入ったと同時にサーが転移を行い、一瞬でジーン達は城へ戻った。到着するなりウーに先導されるまま向かったのは広間で、ガラスの天井は高く、空が見えている。


「こっちに寝かせて欲しいのよ~」

「これは……?」


 目の前にあるのは白く大きな箱のような寝台で、棺のように見えて降ろすのをためらう。


「これはお姫さまに力を集めるためのものなのである。良いから早く寝かせるのである!」

「わかった」


 急かされたジーンは戸惑いながらもそっと、魔女の体を横たえさせる。すぐにウーが繊細なレースをあしらった紗の布を掛ければ、魔女はそのまま寝入ってしまった。


 白い寝台の中に眠る魔女は生気が無く、整った容貌も相まって、まるで人形のようだ。胸がかすかに上下しているので呼吸をしているのだろうが、不安になってしまう。

 渦巻く気持ちを誤魔化そうとジーンが魔女から視線を離すと、視界にあるもの飛び込んでくる。

 寝台の奥には『春告げの剣』が飾られていた。


「今なら持ち出せるでござるよ」


 ジーンはギクリと体を強張らす。


「拙者達はお姫さまのお側を離れるわけにはいかぬ。追いかけたりしないでござる」


 魔女から目を離さずに、ギーは淡々と告げた。


「そうしても、お姫さまはきっと怒ったりしないのよ~」


 ウーも魔女の髪を撫でながら言う。


「さぁ行け、人間。ここにもう用は無いであろう」


 不満げではあるが、サーも止めはしない。

 ジーンは魔女を、ウサギ達を見詰め、ぐっと拳を握る。


「確かに、そう思った事は否定しない。だが俺は協力すると言った。自分の発言を翻すつもりは無い」

「でも、どうにもならなくなったら剣を持って行くのでござろう? こうなった以上、お姫さまがいつ目覚めるかわからぬのでござる。十分に協力を破棄する理由にはなるのではござらんか?」


 まるで推奨するような物言いに、自然と眉間に皺が寄る。


「行かないと言ってるだろう。どうしてそんなに持ち出させようとするんだ?」

「お姫さまのためなのである」


 サーはさも当然とばかりに答える。


「もしこのまま何も手を打てず、春が来ないままになれば、多くの人間が死ぬ。すれば、お姫さまは悲しまれるのである」

「そうね~。泣いちゃうかもしれないわ~」


 しきりにウサギ達は頷き、ジーンも否定する術を持たなかった。

 魔女は儀式の邪魔をし、宝剣を奪った。けれどもこうして事情を説明し、異変を解決しようとしてくれている。人を喰ったようなところはあるが、善人であるのは間違いないだろう。


「魔女がまだ本調子じゃないと、いつ目覚めるかわからないと言ったな? 魔女が倒れたのには何かあるのか? 竜の記憶にあてられただけじゃないのか?」


 確かに具合が悪くなってもおかしくないくらいの怨念だったが、それにしてはウサギ達の対応も、今魔女が横たわっている白い寝台についても疑問が残る。


「もし事情があるのなら、知っておきたい。協力する上で、知っておいた方が援助出来る事もあるだろう」


 ジーンの言葉にウサギ達は互いに顔を見合わせ、様子を窺い合う。少しの間を空けて、ウーが口を開いた。


「お姫さまは今、力が足りない状態なのよ~」

「ウー! 何を勝手に——」

「良いじゃないのよ~」


 止めに入ろうとするサーに、ウーはかぶりを振る。


「この人は信用できると思うのよ~。ちゃんと話した方が良いわ~」

「そうでござるな。拙者も同意いたす」

「ギーまで!」


 二対一の構図になり、サーはわなわなと震えるが、他二体が譲る気が無いのを見て取ると、しぶしぶと言った様子でジーンを睨み付けた。


「良いか、耳の穴かっぽじって良く聞くのである。お姫さまは百八十九年前、竜を倒したいと望む騎士に力を貸した。それが、あの剣である!」


 ビシッと指を差したのは宝剣で、とっくに知っている情報にジーンは目をしばたかせる。


「あの剣はお姫さまの力そのものでござる。力を結集し、剣として具現化したのでござる」

「そしてお姫さまは、力を失って長い、長い眠りについたのよ」


 ウーの声が静かに広間に響いた。

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