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03:魔女との対話

 腰を落ち着けて話をするため、場が整えられる。

テーブルセットの上にお茶と軽食が準備され、ジーンと魔女は向かい合って座る。ウーは器用にお茶を汲み終えると、脇に控えている仲間の元に合流した。


「さぁどうぞ」


 魔女に促されたジーンはカップを手に取り、軽く口を付ける。お茶は程好い温度で飲みやすく、芳しい香りが口に広がって、気分が安らぐのを感じた。


「……何か?」


 カップを置いたジーンは魔女がこちらを眺め続けているのに気付き、渋い顔になる。


「あっさり口にしたと思って」

「別に警戒していないわけでは無い」


 もし何か入れて害そうとするのなら気を失っている間にしているだろうが、今のところジーンの体に異変は感じない。ましてや対話を望む相手にするのは悪手だろう。

 そうジーンが告げれば魔女は口元を緩める。


「信用して頂けて嬉しいわ」


 そのまま魔女もお茶を飲んだ。


「それよりも、さっさと本題に入って欲しい」

「せっかちね」


 口を尖らせつつ、魔女はカップをテーブルに戻す。


「まずは剣についてだけど、あなた達が『春を呼ぶもの』として信じている剣は、私が竜を倒そうとしている騎士へ貸し出したものよ」

「違う。授けたのは『聖なる乙女』で、魔女では無い」


 間髪入れず訂正すれば、魔女はこてんと首を倒した。


「あら。聖なるかは知らないけれど、乙女よ、私」

「は? ……んなっ!? 何をいきなり……!?」


 発言の意味を理解したジーンは顔を真っ赤にして叫ぶ。


「そんな事、平然と口にするな!」

「だって否定するのだもの」

「魔女では無いと言っただけだろう!」


 コホンと咳払いをして気を取り直す。


「とにかく! 剣は騎士に授けられたんだ!」

「いいえ、貸したの。ちゃんと返してくれるって約束したもの」

「だから儀式の最中に取り返したというのか?」


 ジーンは思わず睨みつけてしまう。念願の晴れ場を邪魔されたのは記憶に新しく、つい私情が滲み出た。


「それは別の理由」


 魔女は淡々と告げる。


「あなたが冬を吸い取ろうとしていたからよ」

「何を言っている?」


 自分が行っていたのは春を呼ぶ儀式で、そんな不穏な行いでは無い。ジーンが訝しげに目を眇めれば、魔女はゆっくりと口を開いた。


「事実よ。本来なら自然と去っていくはずの冬を吸い取ろうとしていた。そんな事をされたら次の時期に冬が来なくなる。だから儀式を止めさせたの」

「だが儀式は毎年行われているし、その次に冬も来ている」

「時期を見て、吸い取った冬を開放しているのでしょう」


 その言葉にふいに脳裏に過るものがある。

 厳しい冬の始まりにも大がかりでは無いものの儀式はある。厳しい冬を耐え、春を待つために宝剣に力を溜める儀式と言われており、城の祭壇に祀られるのだ。それが行われると一気に空気が冷え込み、冬が来る。


「どうやら思い当たる節があるようね」


 黙ってしまったジーンを見て、魔女は指摘する。


「人の手で季節を変えるのは理を乱す行為よ。今まで何の影響も起きなかったのが不思議なくらい」

「まさか……」


 歪められた理が正しくあろうとして、世界が崩壊に向かってもおかしくない。そんな事を言われてしまえば、背筋に冷たい物が走る。


「だから止めさせるためにも、話をしようと思ったの。自然と春が来ると知らせたかったの。でも――」


 魔女は言葉を切り、苦しげな色を浮かべる。


「春は来ない」


 静かに言葉が落ちる。


「どういう事だ? 儀式の意味は無く、剣も春を呼べないと言ったのはそちらだろう?」

「ええ、それは真実よ。だから儀式を止めさせた。でも春は来ない。失われたままなのよ」


 魔女は額に手を当て、目を伏せて深く息を吐く。


「だから、それが事実か確認するためにも、ここ二百年の気象の記録を調べさせたわ」


 魔女が目配せをするとサーが前へ進み出て、誇らしげに胸を張る。


「正確には百八十九年であります、お(ひい)さま」


 サーは訂正するとジーンをキッと睨み付ける。


「良く聞くが良い、人間。この長い間、とある日を境に急に冬が始まり、一定の期間を経て、また唐突に無くなっている。その期間は多少前後するものの、大きく離れる事は無い。そしてその期間はお前達が行っている儀式の日付と一致したのである。そして、その後に春が訪れたことは一度も無い」

「なっ……!?」


 ジーンは目を見開く。


「しかし、雪は止むし、気候も暖かくなっている!」

「冬でなくなれば、雪も止むでしょう。暖かく感じるのは春の次、夏の影響でしょうね。でも遠いから少しずつ影響を受けていくせいで、疑似的に春に感じられたのでしょう」

「そんな話……」


 荒唐無稽だと叫んでやりたいが、魔女たちは決して冗談を言っている様には見えない。けれども、幼い頃から憧れ信じてきたものが間違っているとも認められない。ただ困惑し、膝の上で震える拳を握りしめる。


「剣を使って冬を操り、季節を巡っているように思わせている。でも、本来はそんな事をする必要は無いはずなの」


 魔女の言葉にジーンは顔を上げる。


「そうだ! あの伝承……。騎士は竜を倒し、春を取り戻していた。儀式はそれになぞらえている」

「ええ。もし伝承の通り、春を取り戻せているのなら、春が来ないのはおかしい」


 儀式をしようがしまいが自然と春はやって来るはずなのに、サーの記録では訪れていないと言う。そこに違和感がある。


「そちらの記録が間違っているという可能性は?」


 ジーンは一応、問うてみる。

 どうやって観測したのかはこちらにはわからず確認も出来ないのだから、魔女側の情報を鵜呑みにするわけにはいかない。


「絶対というものが無い以上、間違っている可能性は捨てきれないけれど、信用性はあると思って頂きたいわ」

「では騎士が竜を倒していないと思っているのか?」


 思った以上に尖った声が出てしまう。

 子供心に憧れた英雄。その武勇伝すら否定されては、平静でいられないだろう。


「いいえ」


 ジーンの瞳に映るのは迷いのない魔女の顔。あまりにも堂々とした様に嬉しくもあるが、戸惑いも感じざるを得ない。

 そんなジーンの気持ちを気にも留めず、魔女はまっすぐなまなざしを向けてくる。


「あの人は必ず竜を倒すと約束した。だから倒している。そうでしょう?」

「ああ」


 思わず頬を緩めて、ジーンは同意する。


「王国には騎士が倒した竜の亡骸だと言われる岩がある」


 ジーンもせがんで連れて行って貰った事がある。幼かったジーンでは見上げても天辺が見えず、その大きさに驚き、そしてそれを倒した騎士に益々憧れを募らせたのだ。


「そう……」


 魔女も朗らかに笑み、すぐに表情を引き締めた。


「このままにはしておけない。私は春がどうなってしまったのか調べるつもりよ」

「ならば俺にも手伝わせてほしい」

「え?」


 魔女は目をしばたかせた。


「春が来るか来ないかは王国にとって大事だ。だからそれについて調べるのであれば、協力するべきだろう。それに、そちらの話を全て信用したわけでは無い」


 話は通じたし、どうやら魔女は王国に害意があるわけでは無いと感じる。しかし、まだ嘘の可能性は否定しきれないし、国に混乱をもたらした賊であるという事には変わりない。


「もし嘘をついていたとわかったり、変なそぶりを少しでも見せたら、お前を殺してでも剣を取り戻す」


 そう、協力もするが監視でもある。私情も含んでいる事は自覚しているが、国のために出来る最善を取らなくてはならない。


「お姫さまに何と不敬な!」


 サーは怒りのあまりぶるぶると震え始める。


「……良いでしょう」

「お姫さま!」


 微笑み、了承した魔女にウサギ達は驚きの顔を向ける。


「疑うのは仕方が無い事よ。むしろ、すんなりと信じられた方が困ってしまうわ。それに人の協力者は助かるでしょう。私達では人の世の事に詳しくないもの」

「ですが……」

「良いでは無いか、サー」


 承諾し切れないサーの肩をギーがぽんっと叩く。


「いざとなれば拙者が全力でお守りする。それだけだ」

「その通りだわ~」


 ウーはにこにことしながら賛同を示す。


「裏切ったら八つ裂きにして子供達のごはんにすれば良いのよ~」

「お前! 何と残虐な!?」


 サーは耳を押えてぷるぷると震えた。


「それじゃあ、よろしくね、騎士様」


 魔女が微笑みながら白い手を差し出してくる。


「慣れ合うつもりは無い。が、出来る限りの協力は惜しまないつもりだ」

「ええ、それで構わないわ」

「時間も無い。埒が明かないと思えば、協力は破棄する」

「そうね。仕方ないもの」


 ジーンの挙げていく前提に、魔女は了承していく。


「よろしく頼む」

「頼りにしているわ」


 ジーンが手を握り返すと、魔女はにっこりと微笑んだ。

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