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02:冬の魔女

 顔に息を感じて、ジーンの意識が浮上していく。


「……いわ。ステキなのよ。食べても良いかしら~?」


 ピスピスという音ともにぽそりと呟かれた言葉が耳に届く。けれど、まだ完全に覚醒していないのか、体は動かず、視界も暗いままだ。


「やめるのである! 趣味が悪いのである!」

「そうだぞ。悪食でござる」


 どちらも変わった口調だが、高めの音からして少年らしき二人が制止する。


「でも、変わったものの方が強くなれるかもしれないわ~。……ちょっとだけパクッといっても良いかしら~?」

「うわぁあっ!」


 顔に荒い息が拭きかけられ、「美味しそう」という言葉が自分に掛けられていると理解した途端、ジーンは飛び起きた。その拍子に上半身に乗っていたらしき物体がコロコロと転がっていき、ベッドから落ちた。


「……痛いのよ~」


 落ちた物体が恨みがましい声を共に、ぴょこんとベッドの端から顔を上げた。

 その(なり)には見覚えがある。あるのだが、ジーンが知っているものとは随分と違う。


「鼻をぶつけてしまったわ~」

「自業自得なのである」

「同意」


 更に二体、同じようなものが現れ、鼻を押さえる一体に近づいて行く。

 並んでいるのは幼児くらいの大きさの生き物で、長い耳をピンと立て、ふわふわとした毛を持っていて、その姿はウサギによく似ていた。どれも白い毛をしている様に見えたが、並ばれるとそれぞれに微かに色がついている事に気付く。そして、服装も様々だ。


 薄紅のウサギはレースの襟と袖のドレスを着ていて、ヘッドドレスにはフリルとリボンも付いていて、侍女かメイドといった服装だ。口調からしても、おそらくメスなのだろう。


 薄黄色のウサギはモノクルを付け、ジュストコールとウェストコート、クラヴァットをきっちりと着込んでおり、貴族然としている。


 薄青のウサギは羽根つきの帽子を被り、長いコートとウェストコート、斜め掛けした剣帯にはちゃんと剣も収められていて、騎士のような出で立ちだ。


「ウサギ、なのか……?」

「我々をその辺のウサギと一緒にするとは失敬なのである!」



 困惑し、思わず漏れた言葉に薄黄色のウサギが過剰な反応を返してくる。


「このような下等な人間は、今すぐ外に放り出してかまくらの中に詰めてやるのである! せいぜい狭い穴の中で丸まって吹雪が収まるのを待てば良いのである!」

「そこは裸にひん剥いて外に放り出して、吹雪の中で凍死させるんじゃないのね~」

「お前! なんと恐ろしいことを!」


 薄紅のウサギの指摘に、薄黄色のウサギは驚愕し、口元を押さえてぶるぶると震えだす。

 目の前で繰り広げられる寸劇に戸惑っていると、薄青のウサギがトコトコと寄って来た。


「体調はどうでござるか、ご客人?」

「え? あ……ああ、問題ない」


 言われて初めて、自分の体が楽になっていることに気付く。しかも自分がいるのは天蓋の付いたベッドの上で、どうやら介抱して貰ったらしい。


「それは良かったわ。お(ひい)さまの薬は良く効くのよ」


 ピンクのウサギはにこにこと笑いながらベッドの上に飛び乗ってくる。そして小さい手をジーンの額と首元に当てる。


「熱もないし、脈も正常。健康そのものなのよ~。体を鍛えているのが良かったのね~」

「うむ。騎士たるもの、常に心身を鍛えねばならぬのだ。是非拙者と手合わせ願いたい」

「あら。その前に私、ちょっとパクッとしたいのよ~」

「だから、止めるのである!」


 バッと薄黄色のウサギが間に割って入り、薄紅のウサギはまたコロリと転がった。


「ウー! 良いからお(ひい)さまを呼んで来るのである! 下等な人間が目覚めたとな!」

「あら~、頼まれたのはサーなのよ~」

「お前を残すと、ろくなことにならん気がするのである」


 そのままウサギ達は人の上で睨み合う。あまり重さは感じないが、地団駄を踏まれたり、すぐそばで大声を出されるのは遠慮したい。しかし、二体の言い合い——というより薄黄色のウサギの一方的なまくしたては凄まじく、留め立てする隙が無い。

 いい加減、声を上げようと息を吸ったところで、別の声が割って入った。


「お止めなさい」


 決して大きくないがよく通る声に、ピタリと二体は動きを止める。


「お姫さま!」


 ウサギ達が一斉に扉の方へ向き、ジーンもそちらへ顔を向け、息を呑んだ。


 透き通るような白い肌に艶やかな白金の髪をなびかせ、澄んだ空を映したような瞳をした麗しいかんばせ。装いも先程までの地味なローブから変わり、濃紺のドレスに身を包んでいる。所々に縫い付けられたビジュは白く煌めき、まるで夜空に舞う雪の様で、彼女によく似合っている。

 冬の魔女の思わぬ素顔に、ジーンは言葉を失って見入ってしまった。


「起きたら呼びに来てと言ってあったでしょう」


 魔女が咎める声を出すと、すぐさま薄紅のウサギが主張する。


「サーがわがまま言ったのよ〜」

「んなっ! 冤罪なのである!」


 薄黄色のウサギは慌てふためき、ベッドから飛び降りると現れた主人の元へ駆け寄る。


「吾輩が呼びに行くよう言ったのに、ウーが行こうとしなかったのであります! お姫さま、吾輩は決してわがままなど——」

「言ってたのよ〜」

「言ってない!」


 再び言い合いを始める二体に、薄青のウサギがオロオロとしながら割って入って行く。


「こら! 止めるでござる! 御前でござ——」

「ギーは引っ込んでるのである!」

「うぎゃん!」


 騎士のような出で立ちをしながら、あっさりと突き飛ばされた薄青のうさぎはこてんと仰向けに転がる。その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「はいはい、そこまで」


 制止の声に言い合いはピタリと止まる。魔女はそれを確認しながら転がっているウサギを助け起こして立たせ、そしてジーンへと向き直る。

 視線を受けたジーンはようやく我を取り戻し、ぐっと拳を握る。


「ご加減はいかがかしら?」


 魔女の問いにジーンが掛布を剥ぎ、ベッドから降りようとすると、ギーが耳をピンと突き立て、剣に手を伸ばす。

 しかしジーンは動じずに立ち上がり、魔女をまっすぐに見据えた。


「自分はユースタス王国・王立騎士団・近衛隊デレク小隊所属、ユージーン・ベルファイス。介抱して頂き、感謝する。体調は回復した」


 発せられたジーンの言葉に魔女は目を丸くする。


「……そう、それは良かったわ」


 魔女は微笑んだ。


「丁寧なのね」


 あんなに敵愾心を抱いていたのに、と滲ませた言葉に、眉間にしわが寄りそうになるが、努めて真顔を保ちつつジーンは返答する。


「受けた恩に礼をするのは、当然のことだ」


 恩は恩。誰に受けたかは関係ない。


「なるほど」


 得心がいった魔女は頷くと、スカート軽く広げて少しだけ膝を折った。


「名乗られたのだから、こちらも名乗りましょう。私はアイネス。白天山に古くから住まう者よ。今は冬の魔女と呼ばれているのだったかしら?」

「お姫さまを魔女だなどと!」

「良いから、あなた達も名乗りなさい」


 魔女はいきりたつ薄黄色のウサギを宥め指示を出せば、ウサギ達は魔女の前に整列した。


「私はウー。お姫さまの侍女なのよ〜」

「吾輩はサーである。お姫さまの執事である」

「拙者はギー。護衛でござる」


 誇らしげに名乗るウサギ達だが、ジーンは少々反応に困った。

 他者の名前にケチを付けるのは良くないが、あまりにも安直な名付けでは無いだろうか。


「うむ、感動して声も出ないようである」


 ジーンが黙っているのを良いように解釈したらしく、薄黄色のウサギ——サーは自慢げに鼻をひくつかせた。その後ろで魔女が得意げな顔をしており、誰が名付けたか一目瞭然だ。


「それで魔女殿」


 ジーンは名前に関しては突っ込まず、本題に入る。


「宝剣を返して頂きたい。あれは春を呼ぶ大事な物だ」


 休んだおかげか、頭は冷えている。

 儀式が中断された以上、国に春は来ていないだろう。という事は準備していた種や苗の植え付けもできず、そうなると収穫にも影響し、食糧問題に直結してしまう。憤りと焦りはあるが、今宝剣を取り戻せる可能性があるのは自分だけで、ここは冷静に対処しなくてはならない。


「残念だけど、応じられないわ。あれは私にとっても大事な物なの」

「王国を害する行為だとしてもか?」


 儀式の邪魔に、宝剣の強奪。既に国賊とするには充分な罪状がある。ここでジーンが処分しても称賛されこそすれ、咎められることは無いだろう。


「ええ、そうよ」


 少しも迷う事無く、魔女は肯定した。


「ならば騎士として、お前を捕縛する」

「務めに真摯なのは素晴らしいと思うけれど、そもそも私は国に害を及ぼしていないわ」

「何を馬鹿な!」


 ジーンはいきり立つ。


「お前は儀式の邪魔をした。あの儀式を行わなければ春は来ないし、たくさんの人が死ぬことになるかもしれないんだぞ!」


 この期に及んで全く悪びれない姿は許容しがたく、ジーンは今にも振り上げそうになる拳を必死で押さえつけた。


「そこがまず、間違っているの」


 そんなジーンには気にも留めず、魔女は淡々と指摘する。


「季節は自然に移り変わるもので、儀式で呼ぶものでは無いし、そもそもあの剣に春を呼ぶ力は無いわ」

「そんなはずは無い!」


 何代にも渡り行われてきた儀式の効果は歴史が証明しているし、ジーンも見てきている。根拠の無い主張は受け入れられない。


「信じられなくても仕方ないわ。でも私は真実しか口にしていない」


 魔女の瞳がまっすぐに向けられ、ジーンはたじろいでしまう。

 宝剣の強奪という行為は不届きだが、自分に敵意あるジーンを介抱してくれたり、こうして対話にて解決を試みようとしている。思うよりも不道徳な人物では無いのだろうが、信用できるだけのものが無かった。

 目まぐるしく思考を巡らせるジーンに、魔女はふっと柔らかな微笑みを向ける。


「まずは私の話を聞いて頂けるかしら? 少なくとも私に王国を害するつもりは無いし、春が来るのを妨害するつもりも無いの」


 魔女の申し出にジーンは逡巡する。

 ああ言ってはいるが、既に邪魔はされているし、害を及ばされているとも言える。しかし、ここで取るに足らないと切り捨てるべきだとは思えなかった。


「——応じよう」


 ジーンは短くない思案の後、了承を示す。


「ええ、ありがとう」


 謝辞と共に浮かべられた笑みに、見惚れそうになったジーンはそっと目を逸らした。

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