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13:魔女、来たる

 雪を思わせるような白い肌を夜色のドレスに隠し、煌めく白金の髪をなびかせた姿は神々しい。そして、何よりも印象的な澄んだ空の色をした瞳が開かれると光は薄れていき、魔女はすとんと床へ足を付けた。


「——ユースタス王国・国王、並びに国を率いる皆々様方、お初にお目にかかります。私は古より白天山に住まう者。あなた方が冬の魔女と呼ぶ者です」


 誰もが息を呑み、動けずにいる中で、魔女は優雅に礼を取る。その後ろには薄紅と薄青の従者が控えていた。


「何故——?」


 最初に我を取り戻したのは彼女に耐性のあるジーンで、皆の心を代弁する様に問いかけてしまう。


「どういう事だ? サーが呼んだのか?」

「いいえ。私が自分の意志で来たの」


 魔女は近付いて来るジーンに朗らかに微笑み、告げる。


「サーを通じて話は聞いていたわ。大事な手がかりも得られる様だし、私が直接赴いた方が良いと思ったから来たのよ」


 ジーンの顔を覗き込んで、魔女は小首をかしげる。


「一緒に春を取り戻してくれるのでしょう?」

「もちろんだ」


 ジーンは間髪入れずに答える。誓いを破る気は毛頭ない。


「なら、共に行動しなくては駄目よ」

「しかし——」

「あー、んー、ゴホン。イチャつくのは後にしてくれるかな?」


 尚も言い募ろうした言葉が今度はサミュエルによって遮られる。ぎこちなく振り返れば、何とも生暖かいまなざしがこちらに集中していた。


「いっ! イチャついてなど、いません!」

「いや、かなり良い雰囲気だったと思う」


 王にまで言われ、更に狼狽してしまう。


「違っ……! 今のはただ、約束について確認をしていただけで!」

「陛下、純情な若者を揶揄ってはいけません」

「そうだのう」


 宰相と王は頷き合っており、騎士達は遠い目をして壁に徹していた。


「そこまで否定しなくても良いのに。失礼ね」

「違うのよ、お姫さま。男は照れ屋さんなのよ~」


 こんな状況でも魔女と従者はいつもと変わらず、飄々としている。どこにも味方のいない状況でこれ以上異議を申し立てても望んだ方向へ行くとは思わず、ジーンは口を引き結んだ。

 ひとしきり茶番が済んだ魔女は肩を竦めると、ソファーから腰を上げている国王達へ向き直る。


「聡明なる国王陛下。あなたのお言葉、嬉しく思います。けれどこれは私の役目を果たしているだけであり、どうぞお気になさらないで」

「そう言われても、こちらも引き下がれん。どうか、謝意は受け取って頂きたい」

「ええ、そのお言葉だけで良いの」


 無欲な魔女の様子にサミュエルは感嘆の息を吐く。


「なるほど。まさしくあなたは聖なる乙女だ。しかも美しい。ジーンが魅了されるのも納得できる」

「あら。さすがは王子様。お上手なのね」

「いえいえ、本心ですよ」


 サミュエルは和やかに答えると魔女の元に来て、その手を取る。まるで有名な絵画のごとく様になる二人に、ジーンは何となく居心地の悪いものを感じた。


「お会いできて光栄です。どうぞ魔女殿。こちらにお掛け下さい」

「ありがとう」


 そのまま魔女は空いたソファーへとエスコートされ、三匹の従者達もジーンと一緒に脇に控える。エスコートを終えたサミュエルが元の場所へと戻り、王と宰相も腰を落とせば、場は仕切り直しとなった。


「先程の続きから話しましょう。そちらには二百年前の記録があるとか。それを見せて頂けるのかしら?」

「構わない、と言いたいところだが、原本は劣化が激しく、読むのは難しくなっている」


 王は思い返す様に一点を見詰める。


「儀式が春を呼ぶものでは無いというのは、王位継承者にのみ口伝で伝えられている。数代前の王がそれを疑問に思い、理由を調べたという記述があったのは覚えている。まずはそちらを確認して頂き、その後他の王の記録も閲覧して頂こうと思っていたのだが……」

「それでは、まどろっこしいわ」


 魔女はゆっくりとかぶりを振る。


「問題無いから、二百年前の記録を見せて頂ける?」


 強い意志で願い出る魔女の様子に、王はサミュエルへ目配せをする。心得たサミュエルは一度席を外し、戻って来た時には一冊の古びた本を手にしていた。


「こちらが当時の王の手記です」


 テーブルの上に置かれた本の表紙は千切れており、中のページも波打ち、黄ばんでいる。かなり状態が悪く、サミュエルが試しにページをめくってみれば、インクも薄れて解読できない部分が多々ありそうだった。


「どうです? これでは読めないでしょう?」

「そうね。読むのは難しいわ」


 魔女は同意すると、少しだけ体を捻り、ジーンを振り返る。


「無理はしないから、止めないでね」


 先手を打ち、ジーンの返事を待たずに前へ向き直ると、本を手に取る。少しだけ持ち上げられた本にふぅっと軽く息を吹きかければ、銀の粒子が本を包み込んだ。

 宙に浮かんだ本は漂白されていき、歪みも直っていく。粒子が破れた部分に集まれば失われた部分を補填し、インクも濃く戻っていく。永い時を巻き戻した本は、ゆっくりと魔女の手の中へと収まった。


「これで読めるでしょう?」

「素晴らしい……!」


 興奮を隠せず、サミュエルが声を上げる。


「まさに奇跡の力だ!」

「そんな大それたものでは無いわ」


 苦笑しながら魔女は本をサーへと渡す。


「サー、必要な部分だけを抜粋してちょうだい」

「お任せなのである!」


 サーは本を両手で持つと表紙を開く。すると勝手にページが次々とめくられていき、あっという間に背表紙が閉じられた。


「終わったのである」

「は?」


 気の抜けた声を出したのは誰なのかわからないが、ジーンにはその気持ちが良く理解できる。魔女もその従者も規格外過ぎて、初見では思考が追いつかないのだ。


「六十五ページに竜の討伐が為されたとの記述があるのである。その次のページには竜の討伐後、騎士が行方不明になったと報告があったようなのである」


 王国側の人々が置いていかれているのも気にせず、サーはつらつらと語っていく。ジーンもフォローは後回しにし、それに聞き入った。


 騎士はしばらく姿をくらましていたが、ある日王都へ戻って来た。ようやく戻って来た騎士に事情を聞こうと王は召喚したがそれには応じず、騎士は王家の森へと踏み入っていった。すぐに王太子と他の騎士が後を追いかけ、彼らが見たのは剣を掲げ、雪雲を断ち切る『春告げの騎士』の姿だった。


 灰色の空から雪が掻き消え、寒さの和らぎに皆が歓声を上げる中、ふいに騎士の体が傾ぎ、慌てて王太子が駆け寄ると騎士は「春は戻ってきていない」「剣を彼女へ返してくれ」と言い残し、森の奥へ飲み込まれた。

 語り終えたサーはパチリと瞬きをし、意識を切り替えて魔女を見上げた。


「この記録は、今出て来た王太子が王になってから書かれたものようです」


 この報告を元に儀式が作られ、連綿と続けられてきた。もちろん騎士の残した言葉は気になったが、『聖なる乙女』が誰かもわからない為、剣を返せず、また国民を不安の中に居させ続ける訳にも行かず、全ては瞑目されてきた。


「以上が概要になります、お姫さま」

「ありがとう、サー」


 魔女が微笑みながら撫でると、サーは嬉しそうに鼻をひくつかせた。


「事情が少しだけ、明らかになったわね。それで、王家の森とはどこなのかしら?」

「その名の通り、王家所有の森だ。王城より北、白天山のふもとまで続く深い森で、時折王家主催の狩りや騎士団の演習が行われる他は、ほとんど出入りされていない」


 ジーンが答えると魔女は頷いた。


「それなら、あなたの予想した欠片の落ちた場所とも合致するわね」

「だが、疑問が残る」


 二つの欠片を回収した騎士は、最後の欠片を回収する為、王都へ戻って来て森へと踏み入った。そこまでは納得できるが、何故冬を吸い取るような事をしたのかわからない。欠片を回収できたのか、騎士はどこへ消えたのか、それも謎のままだ。


「疑問が解けずとも、春が戻ればそれで良いわ」


 魔女は王達へ視線を戻す。


「王家の森に入る許可を頂けるかしら? 私達と、騎士ユージーン・ベルファイスに」

「無論、許可する」

「お待ち下さい」


 すぐに王は認可したが、サミュエルが手を挙げ制止を掛ける。


「ジーンは私の騎士です。彼の貸し出しには私が許可を出すべきでしょう」

「そうだな。ではサミュエル。許可を——」

「出すには条件があります」


 尤もな言い分に王が譲れば、サミュエルはしたり顔で告げる。


「私も同行させて貰う」

「はぁっ!?」


 驚きの声を上げたのはジーンだけで、王も宰相も、壁際のデレクも「やっぱりな」という顔をしている。


「殿下! 何を考えているのですか!?」


 サミュエルは王太子で、次期王だ。勝手に外出するのも危険だし、護衛の身としては受け入れられない。


「私は至極真面目に言っているよ、ジーン。魔女殿は我々の理解を得られずとも、この国の為に動いてくれていた。しかし、こうして手を結んだ今、私は王族の一員として、彼女に協力する義務があると思う」

「その心は?」

「私も冒険してみたい。ジーンだけズルい」


 さっと入れられた王の合いの手に、あっさりと本音が漏らされる。もうあっけに取られてしまい、開いた口が塞がらない。


「……そう、ね。どうしようかしら……?」


 さしもの魔女もこの展開には戸惑う様で、困り顔でジーンへ助けを求めてくる。だがジーンもどうにもできない。


「あー、魔女殿。大変申し訳ないが、こいつは言い出したら中々聞かない。おそらく邪魔はしないだろうから連れて行ってくれないだろうか? そこにいる護衛も一緒に」


 王は疲れた様子でこめかみに指をあて、もう片方の手でデレクを指差す。


「いざとなったら肉壁にでもしてくれ。もう私は知らん」


 匙を投げた王の横でサミュエルは満面の笑みを輝かせている。


「それでは、楽しい冒険にしようじゃないか!」


 こうして春の捜索に、やる気満々の同行者が増えた。

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