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10:王城への帰還

 そうして明くる日、ジーンが初めてこの城に降り立った場所で、魔女達の見送りを受けていた。王都へは転移が使えるので、ここから送って貰うのだ。

 外套を羽織ってはいるものの、来た時と同じ騎士の正装をしてこの場に立つと、感慨深いものあがる。わずかな日数しかここで過ごしていないのに、随分と長居をした気分になる程、濃密なひとときだった。


「あれ、サーは?」


 見送りに来ていた一同の中に不遜なウサギの姿が無く、ジーンは見渡してしまう。


「彼はちょっと用事があるの」

「とっても大事な用事なのよ~」


 魔女が言い、ウーが付け足す。


「そうか……」


 何だかんだと言って一番一緒に居て、中も深まったと思っていたのに残念だと思う。だが、これで二度と会えない訳では無いので、気を取り直す事にする。


「ジーン、これを」


 魔女が差し出したのは封書で、銀色の紋様が刻まれていた。


「これは?」

「私からの親書よ。どれくらい効果があるかはわからないけれど、説得力は増すでしょう?」

「有り難い。必ず届けよう」


 ジーンは素直に受け取り、すぐに懐へ仕舞い込む。


「いってらっしゃいなのよ~」

「気を付けるでござるよ」

「ありがとう、二人共」


 ウーとギーの激励に頷き、ジーンは魔女へと向き直る。


「では、お願いできるか?」

「ええ、いってらっしゃい」


 魔女は微笑むと手のひらをふわりと揺らめかせる。


「吉報を期待していろ」

「ええ、信じているわ」


 二人の視線が交差したかと思うと、視界がぐにゃりと歪曲する。酩酊したような世界の揺れを感じた後、景色は一瞬で切り替わった。


「——王都の端か……」


 随分と慣れたもので、体勢を崩さず転移したジーンはすぐさま周囲を確認し、居場所を把握する。

 王都を囲む外壁の中、大通りからも外れた人通りの少ない場所に転移させてくれたらしい。


「これじゃあ警備も形無しだな」


 便利ではあるが、有能すぎる力に苦笑いしてしまう。それから両頬を叩いて気を引き締め、歩き出す。

 兎にも角にも城へ行かねばならず、とりあえず本通りへ出れば既に活動を始めた住民達の姿が見える。しかし、儀式の中断はやはり大きな衝撃を与えたのか、どことなく街の雰囲気はピリピリしているように感じた。巡回をする兵士の数も多く、その影響もあるのだろうが、春が来ないという恐怖もあるのだろう。

 全てを解決する為にも、しくじるわけにはいかない。


 ジーンは拳を握ると更に足を速め、城門へと向かう。

 跳ね橋の先にある門の両端には警備が立っており、行き交う人を確認している。そこへ真っ直ぐに向かってくるジーンの姿に警備の者達は最初視界に入れつつも平然としていたが、次第に姿がはっきりすると驚愕して目を見開いた。


「あ、あなたは!?」

「私は王立騎士団・近衛隊所属、ユージーン・ベルファイス。只今戻りました」


 名と帰還を告げれば、すぐさま城は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。







 意外にもジーンは城の一室で待機となった。

部屋の中や外に監視役の騎士がいるが拘束されている訳でもなく、それどころか正装では窮屈だろうと予備の騎士の制服まで用意して貰えて、過分な配慮をして貰えている。おそらくサミュエルの指示なのだろう。


 儀式の最中に不審者や剣と共に消え、その後行方不明という、どう考えても重要参考人であり、下手すれば共犯の可能性もある者に対する扱いにしては、随分と過分な配慮を頂いている。おそらくサミュエルの指示なのだろう。


 ジーンが着慣れた騎士の制服に着替え、やっと一息つく。と、同時ににわかに扉の外が騒がしくなって、荒々しく扉は開かれた。


「ユージーン・ベルファイス!」


 雪崩れ込むように駆け込んできたのは恰幅の良い初老の男で、国の祭礼を担う神祇部門の長官だ。儀式を担う際に何度も顔を合わせたが、彼がここまで激しく動いているのを見るのは初めてだった。


「剣は!? 剣はどうした!?」


 ようやく追いついて来た供の者もそっちのけで、長官はジーンに掴みかかり激しく揺さぶった。


「つ、剣はここにはありません!」

「ならば、どこにある!? あれは国宝だぞ!」


 長官の胸倉を掴む手の力が強くなり、呼吸がし辛くなってくる。けれども、長官は追及を弱めるつもりはないらしく、唾を飛ばしながら喚いている。


「あの賊もどうしたのだ!? 神聖なる儀式を邪魔し、剣を奪おうとするなどと、万死に値する! ユージーン・ベルファイス! もちろん賊は捕らえたのだろうな!?」

「落ち着いて下さい、神祇長官殿!」


 説明しようにも次から次へと質問は飛んでくるし、憤怒の勢いもすご過ぎる。だが、宥めの言葉は火に油を注ぐだけだった。


「これが落ち着いていられるか! このような事態は前代未聞だ! 何故、私の代でこのような事件が起きるのだ!? これでは私の立場が……! お前にも責任は取って貰うぞ!」


 宝剣も儀式も彼らの管轄で、その役目と責任から乗り込んで来たのかと思いきや、どうやら自分の経歴に傷がつく事の方を恐れているらしい。ジーンの中で彼の評価が少しだけ下がってしまったが、それでもできるだけ丁寧な対応に努める。


「落ち着いて下さい、長官殿。それについては、きちんと報告をするつもりです」

「では言え! 剣は、賊は、どうなった!?」

「剣は正式な所有者の元にあります」


 ジーンの言葉に、長官は目を眇めた。


「王へお返ししたと?」

「正しき所有者が持っています」


 もう一度繰り返す。

 『春告げの剣』は魔女の手元にある。あれは借り受けていたもので、彼女のものだ。だから持ち帰っては来なかった。しかし、それを正直に告げれば彼の激昂は益々烈しくなると予想でき、あえて回りくどい言葉を使った。思惑通り勘違いしてくれて、長官は少しだけ勢いを弱めた。


「ならば賊はどうした? 捕らえたのか? それともその場で切り伏せたのか?」

「それはまず上司に報告致します。詳しい話は後程、そちらから伝わるでしょう」

「そんなもの待てるか!」


 長官は吐き捨てる。


「今言っても問題はなかろう! さぁ、賊はどうした!?」

「そこまでにして貰おうか」


 詰め寄ろうする長官を、涼やかな声が制止する。


「彼は私の騎士であり、私に一番に報告する義務がある」

「サミュエル殿下……!」


 颯爽と部屋へ入って来たサミュエルに、長官は狼狽えつつも礼を取った。


「しかし殿下。事は私の監督する儀式の最中に起きました。私にも知る権利はありましょう」

「確かに」


 サミュエルは鷹揚に頷く。


「故に報告の内容はそなたにもきちんと伝えよう。それで問題は無いな?」


 確認の体を取った命令には是以外の返答は許されない。苦々しい面持ちで長官は頭を垂れた。


「では、この場は私が預かる」


 サミュエルはてきぱきと話を進めていき、長官や監視の騎士達にも退室を促す、騎士達はすんなりと指示に従っていったが、長官は口惜しいのか、ジーンを睨んでいくのを忘れなかった。

 扉が閉まれば部屋にはジーン、サミュエル、デレクのみになり、ジーンはサミュエルの前に膝を付き、頭を下げた。


「サミュエル殿下。ユージーン・ベルファイス、戻りました。ご迷惑をお掛けした事、大変申し訳ございません」

「構わん、顔を上げよ。無事で何よりだ」


 指示に従い顔を上げれば、輝かしいサミュエルの笑顔が見える。デレクも頬を緩ませていて、二人共、ジーンの帰還を本当に喜んでくれている事がわかる。


「どこも怪我は無いか?」

「はい。問題ありません」


 ジーンが頷くと、二人は安心したようだった。


「心配して下さり、ありがとうございます。そして殿下。急ぎ、お話ししたい事がございます」


 ジーンが口火を切ろうとすると、サミュエルは手で制した。


「私もお前の話を聞きたい。この数日、どうしていたか、をな。まずはしっかり腰を据えようじゃないか」


 逸る気持ちもあるが、これからする話は長くなる。その間、王太子であるサミュエルを立たせている訳にもいかず、ジーンは堪えて同意した。

 サミュエルはテーブルに付くと、向かいの席にジーンも座るように促す。しかし身分違いも甚だしく、普段は護衛対象である上司と同席するのは畏れ多く、辞退しようとして押し問答になりかけた。それを解決したのはデレクだ。


「ほら、ジーン。とっとと座れ。話が進まん」


 そう言って椅子を引いたデレクはジーンを無理矢理椅子へ座らせ、自分はさっさとサミュエルの後ろへ戻って行く。ジーンが思わず恨めし気な視線を送ってしまったが、デレクはどこ吹く風で護衛に徹していた。


「ふむ。これでようやく話ができるな」


 サミュエルは満足げに笑むと、長い足を組み、膝の上に組んだ両の手を置いた


「初めに、行方知れずになってからの事を聞こうか?」

「はい」


 ジーンは居住まいを正し、腹に力を込めた。

 ここからが正念場だ。

 魔女と国が協力すれば、春を取り戻すのに効果を生むはずで、その橋渡しをするのがジーンの役目だ。

 幸い拘束される事も無く、王太子で実権もあるサミュエル自身が話を聞いてくれる。彼なら聞く耳を持ってくれ、ジーンの話を荒唐無稽だと一方的に切り捨てたりはしないはずだ。王へも話を上げてくれるだろう。

 これも魔女の祝福がもたらした幸運だと思え、胸にほんのりと温かい光が灯る。


「これから話す事は信じがたいでしょうが、全て事実です」


 ジーンはおもむろに口を開き、今日までの事を語り始めた。

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