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09:夜空の下で

 白天山は天に近く、そこに建つ魔女の城のバルコニーから見る景色は荘厳だ。

 今は吹雪も止んでいる為、空には数多の星が煌めき、月明かりに照らされた万年雪も、星と競うように輝いている。その遠い下には人々の営みの明かりもあるはずだが、遠すぎてここからまで届いては来なかった。


 ジーンは城のある方向へ視線をやり、見えなくとも鮮明に思い浮かべられるその姿に思いを馳せる。

 結局、見当を付けた場所に春は無かった。となれば最後の手掛かりは王都周辺のみで、ならばやはり王城と協力した方が良いだろう。しかし、ジーンはそれについての話を、まだ魔女とできずにいた。


 ケネスの泉を確認した後、一旦城へ戻って来ると魔女は休むと言って自室へ行き、籠ったまままだ。残されたジーンは何か他に情報は無いか図書室へ行って本を漁ったり、自分の記憶を探ってみたりもした。しかし結局、既に調べた以上の物は無く、気分転換にバルコニーへ来ていた。


「やはり信用出来ないのだろうか……」


 ジーンは人で、人の世で育ってきたし、王太子の護衛として国の中枢の人々と関わってもいた。

 権謀術数を行う者がいないとは言えないし、全ての人が善人だと断じる事も出来ないが、少なくとも自分の仕える王太子・サミュエル殿下は信頼に値する御方だと信じている。けれども魔女にその気持ちを押し付ける事は出来ない。


「だが言葉を尽くすしか——」

「こんな所にいたのね」


 一人ごちていたジーンは、ふいに現れた魔女に肩を跳ねさせた。


「ま、魔女! 驚かすなよ!」


 ジーンの抗議に魔女は口を尖らせる。


「そっちが勝手に驚いたのよ。私にはどうしようもないわ」


 驚かす気は全く無かっただろうし、気配も隠してもおらず、考え込んでいたジーンが気付かなかっただけだ。なので、全くもってその通りなのだが素直に認めるのは癪で、ジーンは話を逸らす。


「それより、何だ、その薄着は!」


 ビシッと指差して指摘する。

 きっちり着込んでいるジーンと違い、魔女はドレス一枚で出てきている。外気に触れる場所で夜だというのに、いささか軽装すぎるだろう。


「城には気温調節の魔法が掛かっているから、別に寒くないもの。問題ないでしょう」

「確かにそうだが……」


 外が吹雪いていても、城の中では暖炉を使わなくて良いほどに暖かい。しかし、ここはバルコニーで、風は肌に触れるのだ。

 ジーンは口を引き結ぶと自分の上着を脱ぎ、魔女の肩に掛けた。


「見ているだけで、寒い。着ていろ」


 ぶっきらぼうにそう言えば、魔女はきょとんとした後、顔を綻ばせる。


「ありがとう。優しいのね」

「騎士たる者、人に優しくするのは当然だ」

「でも私は人ではないわ」


 魔女は何でも無い事のように、寂しい現実を口にする。


「人と似ている姿をしていても、同じような言動をしていても、別のものなの。だから、やっぱりあなたは優しいのよ」


 そっと諭すような言葉に何と返して良いかわからず、ジーンは口ごもる。何だか見えない線を引かれたような、何とも言えない苦みがあった。


「それでね、今後の話をしようと思って、あなたを捜していたの」

「ああ、そうだな。だったら部屋の中で話そう」


 入るよう促すジーンに、魔女はゆっくりと首を横に振る。そしてそのまま押し黙り、じっと立ったまま動こうとはしなかった。

 何かを言いたげなのに口に出すのが難しいのか、じっと下から見詰められ、いつもの飄々とした態度はなりを潜めている。まるで普通の女性のような振る舞いだ。


「ど、どうした……?」


 ジーンがこの表情に出くわす時は、大抵の場合が色恋沙汰だった。頬を染め、気恥ずかしそうに俯きながらもそっと見上げてくる令嬢は、心を乞い願う言葉を口にするのだ。自慢では無いがジーンは見てくれも良く、近衛隊という王族の覚えもめでたい部隊に所属していたためモテているので、こういう表情に出くわす回数は多かった。


「魔女……?」


 まさかとは思いつつ、今までの経験がぐるぐると脳裏を駆け巡る。振り払うようにウサギ達の顔を思い返そうとするが、言い辛そうに口に手を当てた魔女の姿に、ジーンの心臓は早鐘を打っていた。


「ジーン。私、あなたに——」

「俺に?」

「謝りたいの!」

「——……は?」


 飛び出た言葉にジーンの目が点になる。


「だって、結局あなたの言う通りになったでしょう? 私の我儘で遠回りをさせたわ。だから、どうしても謝りたかったの」


 魔女は一度言葉にすれば躊躇いは無くなったのか、すらすらと説明してくれる。どこか落胆する自分に気付かないふりをして、ジーンはそれを聞いていた。


「本当にごめんなさい」

「謝罪は必要ない」


 ジーンは努めて平静を装いながら告げる。


「話し合いの時にも言ったが、それは慎重さ故だろう? 事が事だし、そうなるのも仕方がな——」

「違うわ」


 言葉を遮った魔女は眉間に皺を寄せ、痛みを堪えるかの様な顔でかぶりを振る。


「私、自分の都合で遠回りをさせたの」

「どういう事だ?」


 ふざけているでもない様子に、ジーンは怪訝そうに目を眇める。


「……王城で、あの人の情報を得るのが怖かったのよ」


 魔女はぽつりと漏らす。


「あの人は竜を倒したら剣を返すと約束したわ。でも来なかった。何か理由があったのかもしれない。けれど本当は約束を守る気なんて、最初から無かったのかもしれない」

「そんな事は——」

「無いとは言い切れないでしょう?」


 現に剣は魔女に返されていないまま、長い時が経過している 。

 ジーンは言葉に詰まってしまう。


「真実を知るのが怖かったの。王城に行けば、おそらく本当の事がわかる。でも、そしたら私は裏切られていたという事に気付いてしまうかもしれない。それが怖くて、少しでも後にしたくて、城に行くのを断ったのよ」


 魔女は肩を落とし、視線も足元に向け、心情を吐露していく。その姿は弱々しく、摩訶不思議な力を操る存在には見えなかった。


「約束は守られる」


 ジーンの発した言葉に、魔女はゆっくりと顔を持ち上げた。


「お前も言った通り、きっと何か事情があったんだ。『芽吹きの種』は呪われていたし、そのせいかもしれない。悪い方に考えるな。あの人はお前との約束を守る。今もきっと守ろうとしている」


 竜の記憶の中で見ただけで、『春告げの騎士』の人となりをきちんと知り得たわけでは無い。それでも、魔女の事は知っている。魔女が向けた想いを感じている。それに報える人であると、信じている。


「ジーン……」


 魔女は瞳を揺らしながら迷っている。だからもう一度、背中を押してやる。


「お前の想う人を信じ続けろ」


 記憶の中の騎士が魔女へ向けた笑みもまた、想いの詰まっているものだった。だからきっと、騎士は魔女の元へ戻って来るだろう。例え、何年経っていたとしても。


「そう、ね……。そうよね。信じなければいけないわ」


 騎士を信じて剣を貸したのは魔女本人で、その気持ちを確かめるように、魔女は胸元に両の手を当てる。ふわりと温かく感じるのは気のせいではないだろう。


「ありがとう、ジーン」


 顔を上げ微笑む魔女の顔からは迷いは消えていた。


「これで憂いは無くなったか? 王城へ協力を要請しても構わないか?」

「ええ。あなたにその橋渡しを頼むことになるわね」

「任せろ」


 自分以外に適任はおらず、ジーンは胸を張って請け合う。


「必ずや王国からの協力を取り付けると約束しよう」

「いいえ。その約束はしなくて良いわ」


 あっさりと拒否されてしまい、眉根が寄る。


「俺ではお前の信用に値しないか?」


 本当に短い期間だが、共に行動し、互いの性質はそれなりに知れたと思う。もちろん全てでは無いだろうが、それでもジーンは魔女を信頼出来る者だと認識していた。同じ様に魔女も思ってくれていると思っていた。


「いいえ。あなたの事は信じている。でも人の世はしがらみも多いもの。協力が出来ない場合もあるでしょう。だから別の約束をして欲しいの」

「別の約束?」

「ええ、そうよ」


 魔女は頷き、ジーンをじっと見据える。


「あなたは私に付き合って色々助けてくれたわ。元々は私が巻き込んだのに。それであなたに不都合が起きて欲しくないの。だから、城に戻って私との事で何かあなたに咎があるようなら、自分を優先にして、私の事は忘れてちょうだい」

「断る」


 今度はジーンがきっぱりと拒否する。


「ジーン、あなたは王国の騎士でしょう? 国に属さない魔女に、そこまで肩入れしなくて良いのよ」

「騎士とは国と、国に住まう人の為にある。お前はそれを守る為に行動している。ならば俺が魔女に協力するのは、この国を守ろうとする者に対して出来る、誠意の示し方だ。お前はただ信じていれば良い。『春告げの騎士』にしたように」


 偉大な人と同列に語るのは大それた事とも思えるが、かの人に負けたくないとも思う。

 儚く、美しく、清廉で、真摯なこの女性に、報える者でありたいと思う。


「騎士って、頑固なのね」

「信念を曲げないと言って欲しいな」

「いいえ、頑固よ」


 ふんっと鼻を鳴らしたジーンに、魔女は困ったように微笑んだ。


「なら、この約束はして貰えるかしら?」

「何だ?」


 ジーンは片眉を上げる。


「必ず春を取り戻すの、一緒に」


 魔女は笑みを浮かべながらも強い意志を宿した瞳をジーンへ向けてくる。


「あの人には力を貸すだけで、私は待つしか無かった。でも今度は違う道を選びたい」


 手助けをするだけでなく、ただ待つだけでは無く、隣に立ち、共に行動し、目的を果たしたい。

 今度は一緒に行きたい。


「約束、してくれるかしら?」


 二百年前とは違う想いを告げながら、魔女はそっと手を差し出してくる。


「当たり前だ」


 ジーンはその白く、柔らかな手を取って握り締め、もう片方の手で胸元に手を当て、騎士の礼を取る。


「騎士ユージーン・ベルファイスは魔女アイネスと約束する。共に進み、春を取り戻そう!」


 まっすぐに快晴の空のような魔女の瞳を見据えて、高らかに宣言する。星空の下、二人だけしかおらず、見届け人も居ないが、決して破るまいと自分に誓う。


「誠実たる騎士ユージーン・ベルファイスに、魔女アイネスより、心からの感謝を」


 魔女もまた、ジーンの瞳を見詰めながら応え、そして屈むように手で示した。

 疑問に思いつつもジーンが膝を付き、魔女を見上げようと顔を上げた途端、額に柔らかなものが触れる。


 触れた場所は暖かく、その温もりは全身に広まり、活力が湧いてくるようだった。不思議な感覚に包まれながら硬直していると、やがて唇は離れて行った。

 ジーンは目の前ではにかみながら髪を風になびかせている魔女を、まじまじと見つめた。


「あなたに祝福を」

「祝、福……?」


 額に触れようとして、寸前で手を止め、覆うだけにしながらとりあえず立ち上がる。


「お守りのようなものと思ってくれて良いわ。気休めかもしれないけれど、あなたの力になれますようにって、願いを込めて。あ! でも私は魔女だから、おまじないって言った方が良いのかしら?」

「いや」


 ジーンはかぶりを振る。


「確かに祝福を頂いた」


 そして魔女へ向けて破顔した。

 体に残る余韻も心地良く、今なら何でも出来そうな気さえする。これは間違いなく“祝福”だった。

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