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プロローグ

よろしくお付き合い下さい。

「はい、お待ちどうさま!」


 女店主は愛想の良い笑顔で客へ焼けた肉串を差し出す。

 受け取ったのはフードを目深にかぶった女性で、わずかに見える肌は透き通りそうなほどに白い。そんな肌をしているのはお貴族様だし、身に付けているローブも仕立ては良く、おそらくお忍びなのだと推察できた。お付きや護衛が見えないが、もしかしたらはぐれたのかもしれない。


「そこの木箱に座って食べな」


 貴族のお嬢様なら歩き食べなんて出来ないかもしれず、屋台のすぐ横に置いてある箱を指差して勧める。先程まで材料の入っていた箱だが、今日の客足は良く、既に空になっているので乗られても問題はなかった。


「ありがとう」


 女性は素直に礼を言うと、そっと木箱の上に腰を下ろして、肉串を口に運んだ。


「美味しい」

「だろう! なんたって自慢のタレだからね!」


 零れ出た感想に女店主は満足げに笑い、胸を張る。


「そこらの店には負けないよ!」


 その自信を裏付ける様に次から次へと客はやって来て、対応に追われてしまう。在庫も残り少なく、夕方を待たずにして店じまいになりそうだった。


「もう一本頂ける?」

「あいよ!」


 いつの間にか食べ終えた女性は余程気に入ってくれたのか、追加を頼んでくれる。


「これが最後の一本だ」

「まぁ! 幸運ね」


 閉店の札を立て、焼き上がった串を差し出せば、女性は口元を綻ばせて受け取った。


「すごい人気なのね、あなたの屋台」

「まぁね。ちょいと名は知られてるよ。それに今日は人も多いしね。なんたって今日は春来祭の目玉があるんだから」

「目玉?」

「あんた、知らないのかい!?」


 きょとんと首を傾げる姿に、目をむいてしまう。


「ってことは、異国の人かい?」


 この国の者なら誰でも知っている事な上、有名なこの祭りは近隣諸国にも知られていると思っていたが、どうやら母国自慢が過ぎたらしい。


「そんなようなものよ。ねぇ、教えて下さる?」

「もちろんだとも」


 春来祭は国民全員が待ち望む、重大な祭りである。何故なら、この祭りを行わないと春が来ないからだ。その祭りで最も大事なのが本日の目玉である『春告げの儀』だった。


 昔、この国に現れた竜が、春を食べてしまった。

 山に囲まれたこの国で、少しでも多く作物を育てるには春が来なくては困るのに、春は竜の腹の中。誰もが困り果て、終わる事のない冬の寒さに凍えた。


 そこに立ち上がったのが一人の騎士である。

 騎士は皆を救うため『聖なる乙女』に助けを請い、『聖なる乙女』より宝剣を授けられ、その剣を以って竜を倒した。


「そして国は春を取り戻したってわけだ。その伝承にちなんだ儀式が、祭りの最終日に行われるんだよ」

「へぇ……」


 女店主が得意げに語り終えると、女性は思案顔で簡素な相槌を打つ。

 思ったような反応でなく、肩透かしを食らった気分になってしまう。


「時間があるなら観に行ってみたらどうだい? 今年は若い娘に一番人気の騎士様が『春告げの騎士』をやるって話だよ」

「あら、観に行けるの?」


 聞き流されると思っていたが女性は食いついてきて、やはり良い男の話は大事らしい。


「儀式は王宮広場で一般公開されてるよ。アタシも片付けが間に合ったら久々に観に行ってみようかねぇ」


 今からなら急いで片付ければ間に合うかもしれない。行ったとしても一番後ろになるだろうが、それでも騎士が剣を掲げ、空に光を放ち、雲を切る姿は見られるだろう。


「そう。それなら行ってみようかしら」


 女性はすっと立ち上がる。


「ああ、そうすると良いよ!」


 どうやら興味を持ってくれたらしく、女店主は嬉しくなる。

 あの光景を見て感動しない人はいないし、見ればこの国の素晴らしさも実感できるだろう。


「色々ありがとう」

「はい、毎度どうも!」


 女店主の快活な礼に女性は軽く頭を下げると足を踏み出し、人ごみに紛れていく。

 溶ける様に消えたその姿を、片付けを始めた女店主は気付かなかった。

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