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緑と水の森 アクアウッズ ①

 ・パラム 宿屋の滞在先にて


「あぁっ!? 私じゃんこれぇ!」

「ひぃっ!」


 室内といわず外に漏れんばかりに響き渡る声。身支度を整えようと大き目なポシェットの中身を確認していたエリーは、その音量にびくりと身体を震わせた。そんなエリーのすぐ脇、姿見に映る自分の姿に驚いていたのは何を隠そうサクラである。


「すっかり忘れてた。そういえば、あばたー? で遊んでたらフィリスちゃんにすっ飛ばされたんだっけ……うわぁ、どうしよ」


 眼前に映る自身の姿を少々慌て気味に覗き込む。そこに居るのは身長165㎝程の、快活そうなイメージを連想させる女の子だった。

 肩甲骨付近まで伸びる黒髪を後頭部に一つに束ね、前髪は真ん中辺りで左右に分けている。すっきりとした鼻立ちに大きな瞳、血色の良い肌によって唇はナチュラルな艶を発していた。決して体格の良い方ではないが、無駄な肉のない引き締まった身体付き。胸はない。


「ぬおぉぉっ! ()()まで一緒にしなくてもぉ!」


 自分の胸に両手を当て、たまらず項垂れてしまうサクラだった。


「通りで動きやすいと……せめて、せめてゲームの中でくらい夢を見させて欲しかった……」

「ひ、悲観するところはそこですか……」


 先に支度を整えたエリーに苦笑されると、サクラは軋みでも上げんばかりの緩慢さで首を彼女へ向けた。


「……いいよね。エリーはおっぱい大きいから」


 エリーの姿をまじまじと見ながら、最終的な視点を双丘の位置で止める。

 身長はサクラと同じくらいかやや低め。肩が浸かる程度に伸びた金色の髪、その髪色と同じ色合いの透き通った瞳と長い睫毛。整った顔立ちは人形のように精巧な造りをしていて、色白の肌が各パーツの映えをより良く魅せている。体型はサクラより華奢であるにも関わらず、Dはあろうかという巨乳っぷり。


「細くて可愛いのに胸まで大きいなんてこの卑怯ものぉ!」

「私に言われても困りますよぉ!」


 もはや八つ当たり以外の何でもない罵声にエリーは腕を振って抗議する。


「サクラさんだって可愛いですよぅ。スタイルが良くて綺麗だし……」

「胸はないけどね。ハハ」

「あぁもう話が進まないっ!」


 サクラにとって女の子として存在する唯一のコンプレックス。またしてもゲームの中で現実を突き付けられた彼女が立ち直るまで、しばしの時間を要する羽目となった。


「……そんなに嫌でしたら、作り直してきても良いんですよ?」


 ふと思い付いたようなエリーの言葉に、サクラは迷う素振りもなく首を振り、彼女の瞳を真っ直ぐに捉えた。


「せっかく現実と変わらない姿でエリーと友達になれたんだし、それは嫌だなぁ」


 先日と同様それが当然だと言わんばかりの物言いに、図らずもエリーの頬が少し染まる。


「さ、サクラさんだって卑怯じゃないですかぁ……」

「何をぅ!?」


 あくまでも人として接してくれるサクラに対し、またしても様々な感情が込み上げてくるエリーだった。



◇◇◇◇


 ・第一ステージ 【緑と水の森 アクアウッズ】Lv1~


 宿屋での一幕から小一時間ほど経った後。


 サクラ:Lv1

 右手:

 左手:ショートソード

 胴体:ライトレザーアーマー

 足:レザーブーツ

 アクセサリ:レザーグローブ


 エリー:Lv3

 右手:ウッドステッキ

 左手:

 胴体:シルクローブ

 足:レザーブーツ

 アクセサリ:シルクグローブ/ラージポシェット


『装備もそれっぽくなったゾ!』

『私が支払いましたっ』


 準備を整えた二人が訪れたのは、パラムの街から始まりの草原を北西に抜けた位置にある森林地帯だった。始まりの草原で遭遇するモンスターや、奥の方には初心者達にとってやや手強い相手が存在する。

 このダンジョンは新緑豊かな草木と、合間合間を流れる細めな川の比率が半々程度になっているのが特徴的だ。森を抜けた先には山間部が連なっているが、生い茂る木々に遮られているため中々視認し辛い。山の麓付近には森の最終地点があり、そこに居るボスを倒すことで、このダンジョンはクリアという形になっている。

 彼女たちの目標はそんなこの森の探索。あわよくばボスを倒してしまおうというもの。


「えええぇっ!? ボスの討伐なんて私聞いてませんよぅ!?」

「いけるいける! ここに来るまで楽勝だったしっ!」


 出入り口にて、何の脈絡も無く後者を提案されたエリーの心境や如何なるものだっただろうか。サクラは自分に向かってまだ早いと訴えるエリーに即答しつつ、意気揚々と森の中へ入っていく。


「うぅ……この人は不安という言葉を知らないんでしょうか……?」

「エリーっ早く来ないと置いてっちゃうよー」

「あっ、待ってくださいよぅ!」


 こちら側の不安を他所にどんどんと先へ進んでいく彼女の背を、エリーは慌てて追いかけて行った。

 ちなみに。道中の戦闘でエリーのレベルが上がっているのに対し、サクラは未だレベル1のままであった。これに二人が気付くのは、もう少し後になってから。そしてそれまでの合間、サクラの奔放さにエリーは頭を抱えることになる。


 ・アクアウッズ/序盤エリア


「何これ美味しそう!」

「あぁっ待ってくださいサクラさんそれ毒が……!」

「おっ、おぉ、ぉおおぉっかか体がっ、しびっ痺れりゅっ」


 ある時は迂闊に手を伸ばした木の実に当たってしまった。すぐさまエリーはポシェットから丸薬を取り出し、髪の毛先からつま先までバイブレーションさせているサクラに飲み込ませて治癒させる。


「んー? あっエリー見てほらっ狼だよかわいー」

「ちょっサクラさん、そんな真正面から近付いたら」

「グルル……アオォォーン!!!」

「おぉ、遠吠えするとこ初めて見た……うん? 地響き?」

「狼さん達が群がってきてますよぅ!?」

「「「「ア゛ォオオ゛ォンッ」」」」


 ある時は獣の群れに逃げ惑う。しかしこちらはサクラの奮闘によって群れの八割をも削り込むことに成功。まさかの劣勢に狼達は本能的に危機を察し、散らばる様に逃げ去って行った。


「ふぅ……っ、何とかなったねぇ」

「死ぬかと思いましたぁ」

「あっ! ねぇ見てエリー! あそこに宝箱がある!」

「えっ? ……あぁっサクラさんダメですぅ! そのポイントにある宝箱はトラップだと聞きっ」

「中身は何だろなああぁぁぁぁ──」

「サクラさぁぁぁん!!」


 直後に発見したトラップに引っかかったサクラはエリーの制止も虚しく、宝箱付近に設置されていた落とし穴の中へと姿を消し去ってしまう。


「ひぃっ、ひぃ、念の為と思って持ってきていたロープが役に立つとは……」

「助かったぁ。エリーありがとー」


 事前に用意していたロープでサクラを引っ張り上げるという、ある意味では想定内な事態にエリーは肩を落としていた。


「何でそんなに無鉄砲なんですかぁ……っ!」


 森に入ってからこっち、ずっと動きっぱなしである。おかげさまでエリーの身体は、早くも筋肉が振動を伴って悲鳴を上げていた。力仕事は苦手、というよりそもそも携わった事がないのだ。早々に疲労が溜まるのも仕方ない。


「んー、どうしても考えるより先に動いちゃうんだよねぇ」


 申し訳なさそうに頭を掻くサクラを仏頂面で見やったエリーは、ポシェットの中をまさぐり始める。間もなく指先に掴まれて出てきたのは、色合いの異なる複数の小瓶だった。


「なにそれ」

「回復用に調合していたポーションです。コンソールから呼び出す手間を考えれば、こっちの方が早いかなと思いまして」


 いずれも着色をされた、透明感のある液体の入った瓶だった。水色はHP、赤色はMP、黄色はスタミナといった具合に色分けしてあるとエリー談。

 その中から黄色の物を選び取ったエリーは、コルク製の蓋を外して一気に飲み干した。ともすればエリーの身体から黄色の淡い光が発せられ、それまでの疲労感からか、顔色の悪かった彼女の表情が見る見るうちに明るいものになっていく。


「……ふぅ、思ってたより効きますね。作り方を聞いておいて良かったですぅ」

「すごーい! エリーってば器用なんだねっ」

「えへへ。サクラさんがログアウトしてた間、自分は何が出来るのかをずっと考えてましたから」


 現状、自身は物理的な戦闘において戦力にはなれそうにない。だったらせめて、何かしらの形でサクラをサポート出来ないものか。そう彼女なりに考え抜いた結論が、支援型の立ち位置であった。

 元来案内役としての役割を担う彼女は、あらゆる職業のプレイヤーとの交流がある。その顔の広さから様々なスキル分野において人一倍の知識だけはあった。ただそれを活用する機会や、技術が今まで無かっただけである。ならば後は、仕上がった骨組みに肉付けをしていくのみ。

 サービス開始当初から現在に至るまで、膨大な時間を有して多様なプレイヤー達と親交を深めていたエリーは、場合によってサクラをも凌ぐ才能さえ既に持ち備えていた。


「今はポーション作りしか出来ませんが、アイテムが嵩張るのは嫌ですし、いずれは回復や支援魔法も使えるようになりたいですね」

「ちゃんと考えてるんだねぇ。でもでも、攻撃はしないの?」

「武器を使った攻撃手段は、今の私ではサクラさんの足を引っ張るだけだと思いますから。あぁ、でも攻撃系の魔法ならスキルの習得さえ出来れば可能かと」


 どうやらちゃんとした方向性を持っているようで、サクラの素朴な疑問に対し、エリーは別段迷う様子も無くそれに答えた。


「ともかく、私もなるべくお役に立てるよう頑張りますので!」

「うん! 一緒にがんばろー!」


 サクラの猪突猛進っぷりに苦言を呈していたのがいつの間にか二人で頑張る、という結論に収まっている。そんな会話の流れに疑問を抱いていない彼女達は揃って拳を上げ、奮起の声を発したのだった。


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