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母の目論見/娘の笑顔

 ・現実世界 寧の部屋


「──……これは、どっちだぁ?」


 ぼんやり空いた瞼を徐々に拡大し、触り慣れた布の感触を確かめつつ意識を覚醒させていく。

 徐々に頭部への違和感を思い出してくれば、開けた視界が真っ暗なのは何故なのかも理解出来た。取り付けられたデバイスを外し、上半身を起こす。


「私の部屋だったーっ」


 あれから宿で一晩を明かした寧はエリーと話を済ませ、早朝のうちにログアウトを済ませていた。律儀にもプレイ時間に対する言い付けを守る辺り、よほど母親のお叱りが怖いらしい。

 外したデバイスを枕元に置いた寧は、時刻を確認しようと時計に目を配った。二つの針は未だ昼間である事を示しており、窓から覗く外を眺めてもまだまだ明るい。

 確かに母親が言っていた通り、ゲームにログインしてから一時間ちょっとしか経っていなかった。ゲーム内では一日ほど過ごしていただけに、こちらの世界との時間差に妙な違和感を覚えてしまう。


「んーっ、楽しかったなぁっ」


 不思議なほど、ゲーム内での出来事は鮮明に覚えていた。夢のように曖昧な記憶ではなく、つい先ほどまで()()()()()()()()()()()身体がそれを覚えている。

 そんな記憶をご機嫌な様子でもって噛みしめつつ、腕を上げて背伸びをした寧は、先日と同様にドア付近に立てかけられた竹刀を見付ける。ベッドから飛び降り、揚々とした面持ちで竹刀を手に取った。

 柄を軽く握り、感触を確かめるように手元を動かす。宙を遊ぶ剣先を眺めていると、黒スライムとの戦闘が早くも思い出となって彼女の思考を興奮させていった。


 あれほど身体を動かせられたのは本当に久しぶりだった。現実でも我慢が出来なくなった際、母親に無理言って、はたまた夜中にこっそりと抜け出し(こちらは気付かれた母親に酷く怒られたが)庭先で竹刀を振るった事もあるにはある。ただあれ程気兼ねなく息が切れるまで動けたのは、高校生活が始まって以来と言っても過言ではない。


 またあの世界で剣を振りたい。これでもかと言うほどに身体を動かしたい。

 天性の運動神経と無尽蔵の如きスタミナを備えている寧にとって、今の現実世界はあまりにも窮屈である。中学時の地獄のような合宿の方が、まだ楽しかったと思えるほどに。


 気付けば寧の姿勢は中段の構えを取っている。そして竹刀を振り被ろうと腕を上げたのと同時に、タイミング悪く部屋のドアが開いた。


「……寧。あんたはもう、ほんと……」

「お、オハヨウゴザイマース」


 瞬時に娘が何をしようとしていたのか理解した母親は、目頭を押さえて小さく項垂れる。それを見た寧は引き攣った笑みで応えながら、行き場の無くした腕の力を静かに抜く。


「まったく、起きたと思って顔を出してみれば。何のためにそのゲームを買ってあげたと思ってるの」

「いやぁ、思い出したらつい」


 母親の呆れた物言いにはにかんだ様子で竹刀を壁に掛け直した寧は、彼女に感想を求められる前に自ら語り始めた。


「聞いてよお母さんっ! あのゲーム凄いんだよ! ほんとに動けるのっ。剣を使って、黒ちゃんをこう、ズバーッって!」

「……黒ちゃん? とりあえず、落ち着きなさいな。下におやつと飲み物用意してあるから降りてらっしゃい」


 はしゃぎながらゲーム内で起こった出来事を語る彼女を見て表情を緩めた母親は、身振り手振りでもって言葉を続ける寧を引き連れ、一階へと向かったのだった。



◇◇◇◇



「そんな感じで、エリーとさよならして今日は戻ってきました!」


 リビング。寧の脈絡もなければ突拍子もない体験談に対して母親はコーヒーカップを片手に、冷静かつ、時には眉を上げながら聞いていた。テーブルの上にはクッキーが乗せられた皿も置かれていたが、会話の最中にこれへ手を付けたのは母親のみ。

 興奮冷めやらぬ様子でそれまで捲し立てていた寧はそこでようやく会話を区切り、目の前に置かれていたクッキーとジュースに手を付け始めた。


「なるほどねぇ。今時のゲームは随分とリアリティがあるのね……お母さんびっくり」


 寧によって次々と口に運ばれていくクッキーを眺めながら、母親は彼女の感想を整理し始めた。


「それにしてもエリーちゃんだっけ? NPCに自我のあるゲームねぇ……」


 最もな疑問を口にする。

 プログラムされたゲームの中で、自らの意思を持ち行動する人工知能。そんなものが開発されていれば、この世界の機械分野は、またはそれに属する産業はより高水準なものになっているはずだ。

 世に蔓延るデバイスに然り、各用途に応じたアルゴリズムを備えるAI自体は存在している。これは年々進化し続けているものである。ただ寧の話を聞く限りエリーと呼ばれたNPCのような、人間に対してそれほどまでに自然な対応が可能なAIはやはり耳にした事が無い。もちろん自身が知らないだけで実は既に開発されていた、という可能性もある訳だが。

 それに、エリーが自らNPCと謳うプレイヤーであるという可能性だって否定できない。


(……まぁ、考えても仕方のないことね)


 ゲームをプレイしてから、これほど娘が嬉々としているのだ。わざわざそんな彼女の気を削ぐような事をしたくは無いというのが母の本音である。


「ねぇお母さぁん。もうちょっと遊べる時間が欲しいなぁ? 課題はちゃんとするからぁ」

「あんたその猫撫で声やめなさい。気持ち悪いから」

「ひどっ!?」

「慣れないことするからよ」


 媚びる声をきっぱり一蹴した母親は、不服そうに口を尖らせる寧を他所にコーヒーを啜った。


(一応、調べてはみましょうか)



◇◇◇◇



 数日後。

 結局、プレイ時間は最大半日まで伸びた。ゲーム内で言えば一週間ほどである。これも足元に縋り付いてまで散々説得を試みた寧の努力の賜物──というよりは、母親の根負けによる譲歩だった。

 その代わり、その日ごとの課題を終わらせなければ即座にデバイス没収という条件を課せられた寧は、早くもそれを履修すべく自分の机に張り付いていた。目の前に餌をぶら下げられている彼女の集中力は凄まじいもので、二日の内に一週間分の課題を全て終わらせてしまう。


「……元からこうなら良いんだけどねぇ……はぁ」


 目の前でドヤ顔を浮かべた寧にそんな報告を受けた母親は、後頭部を掻きながら小さく溜息を吐く。


「だからって、テストで悪い点を取るようじゃ意味ないんだからね」


 早くも二階へと駆け上がって行く彼女の背に声を掛け、せめてもの釘を刺す。


「わぁかってるって! じゃ、やってくるねー!」


 手摺を掴み半身を向けた寧の表情は屈託のない笑顔そのもので、こちらの意図を汲んでくれているかどうかも正直怪しい。それでも何だかんだこちらの言う事をしっかり守ってくれるのが、寧の良い所でもあった。


「まぁ、本人が楽しそうで何よりだわね……」


 寧が部屋に入った音を確認した母親は、その日の家事を早々に終わらせて自室へと戻った。部屋の中には彼女が寧に送った箱と同じ物があり、既にベッドには同様のデバイスが置いてある。


「さて、と。ゲームなんて何時ぶりだったかしら」


 念の為、今日も帰るのが遅くなるであろう旦那へ向けてメモ書きを残し、デバイスを装着した母親はベッドに横になったのだった。



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