初めての戦闘/サクラの潜在能力 ②
「ふぃー……疲れたあぁぁ……」
精根を使い果たしたサクラは黒スライムが作った地面の窪みに腰を落とし、盛大に息を吐く。その足元には小さな黒い物体が真っ二つに割れて転がっている。
「これが核かぁ」
黒スライムの成れの果て。その片割れを拾い上げ、興味津々といった様子で弄りまわす。滑らかな手触りの物体は、石のような硬さも備えていた。
「サクラさぁぁぁあああん!!!」
「おぷっ!?」
まじまじとそれを眺めるサクラだったが、横からダイブしてきたエリーに押し倒される形で地面に衝突。
「ああああごめんなさいごめんなさい!?」
「おぉぅHP残り1……セーフ……」
慌てて身体を起こして平謝りするエリーに対し、サクラは寸での所で止まったHPゲージを見て安堵の息を吐く。
「ごめんエリー。疲れて動けないや」
「ですよね……ごめんなさいぃ」
「いや謝られるようなことでないけども」
「だってだって、もう少しでサクラさんを殺すところだったのに……」
「物騒な……」
実際はその通りなのだが、他に良い言い回しはなかったものか。涙目になっているエリーの気を紛らわせるような、何か話題はないかとサクラは考えた。
「ねー、これHPって回復手段はないの? 疲労とか、過労とかは休めば回復しそうな気がするんだけど」
「ぐすん。……HPは、回復魔法やアイテムが無ければすぐに回復しません。そのままの状態で休んでいれば一応回復もしますが、効果は微々たるものですし、何より時間は掛かります」
指先で涙を拭ったエリーはそう答えると、再び自責の念が襲ってきたのか目元に涙を溢れさせる。
「そっか……ちなみに、そのままってどれくらい?」
「ぐす、三十分に1だけ回復しますぅ……」
「地味に長いね。その間に襲われたら大変だぁ」
思うように動かない身体に鞭打って、サクラはどうにか上半身を起こした。
「あぁあ、もう少し休んでて下さいよぅ」
「そうしたいのも山々だけどねー。ここに居たらいつ襲われるかもわかんないし、戻ろっか」
幸いパラムの街はすぐそこである。ちょっと頑張れば何とかなるとサクラ。
「合宿中、血尿出した時に比べればこのくらいへーきへーき。歩くだけだし」
「合宿? 血尿?」
「ってごめんこっちの話だった」
エリーに肩を貸してもらい、ゆっくりと立ち上がる。
「いやぁ、それにしても黒ちゃんは強敵でしたな」
「そういえばさっきも言ってましたが、その黒ちゃんってもしかして」
「これ」
エリーの問いに、サクラは未だ持っていた黒スライムの核の欠片を見せた。
「やっぱりですか」
「黒かったからつい」
実に単純な回答に対して苦笑いを浮かべるエリー。
エリーは少しの間、何かを考え込むように唸りながらその欠片を眺める。
(本当に、何だったんでしょうか。種族はスライムで間違いないと思うんですが)
先にも言ったように、第一ステージでユニークモンスターが出現するというのは聞いた事もないし、何よりナビ役のフィリスから各ステージへ通達されるはず。直近のアプデ以前にですら、そのような話は噂だっていない。
そもそもどう考えてもサクラを始め、他の初心者プレイヤーが相対していいモンスターではなかった。この黒スライムに打ち勝ったのは奇跡に近いレベルだったんじゃないかと、エリーは内心で思う。
「今度フィリスさんに聞いてみなきゃ」
妖精フィリス。このゲームのナビ役兼マスコットキャラクターのNPC。彼女もまた、エリーと同じ自我のあるAIだった。
「ん? フィリス?」
「あぁいえ、こちらの話です」
お返しとばかりにサクラのセリフを盗むエリーは、ひとまず黒スライムに対しての思考を保留にする事にした。
「さっ、戻りましょう。宿を紹介しますので、今日はそこで休んで下さい」
「おぉ……って、私の所持金で宿に泊まれるお金、あるのかなぁ」
「大丈夫ですよ。パラムには、初心者さん向けに無料で提供している宿がありますので」
「まじか。どうやって生計を立ててるんだろう」
ゲーム内のご都合主義にもついリアルな事を考えてしまうサクラであった。
と、その時。手に持っていた核の欠片が消えていくのに気が付く。地面を見れば片割れも同じように消え出していた。
「そういえば、まだ完全に消滅しきっていませんでしたね」
「てことは黒ちゃんはまだ生きてるってこと?」
「どうでしょう? 弱点の核……スライムにとっての心臓を切った訳ですし、単に消滅するまでのタイムラグがあるだけかもしれません」
間もなく、二つの欠片は宙に溶け出すように消えていった。
「ふぅむ。あぁっ、消えちゃった」
どことなく感慨深げに、欠片の感触が残った手の平を見つめるサクラ。
「さらば黒ちゃん……」
「あっ、サクラさん見て下さい。宝箱が出ましたよっ」
「……エリーさんや。もうちょっとこう、雰囲気をですね」
「モンスター相手に何を言ってるんですか。それよりも開けてみましょうっ」
予想以上にドライな返し方をされてしまったサクラはエリーに連れられるまま、窪みに出現した金色の宝箱に手を触れる。その仕草がトリガーとなって、宝箱はゆっくりと口を開いた。
『【▼色ノΕ□猗彙ぬ\】』
「なんて読むのこれ」
「……分かりません」
モザイクの掛かった、謎の物体だった。表示された文字は見事に文字化けしており、もはや何の用途があるアイテムですら判別出来ない。
『【名剣/イスケンデルベイ】』
「こっちは読めるね。いすけんでるべい。剣? これが?」
「どうみても柄だけですね……剣身が無いようですが……」
こちらは柄のみの物である。二人ともその名に聞き覚えは無いらしく、これには首を傾げるばかり。
「まぁ、せっかくだし両方貰っておこうっと」
コンソールを呼び出し空中で指でなぞると、道具袋のようなアイコンの中に二つのアイテムが吸い込まれていく。
「イスケンデルベイ……はともかく、もう一つの方は拾っちゃって大丈夫なんでしょうか? 見るからに表示がおかしくなっていましたが」
「さぁ? でも【】が付いてたってことは、ゆにーくってやつなんでしょ?」
「あ、はい。ユニークアイテムに分類されますね。貴重な品ですよ」
道具袋の中に示された品名を嬉しそうに眺めるサクラは、心配そうにこちらを見るエリーに爽やかな笑顔を返してみせた。
「だとしたらラッキーだよっ。初めての戦闘がこんな楽しいものになるとは思ってもみなかったし、記念記念!」
初っ端から想定外の出来事に遭遇しておきながらも、彼女はたった一つの単語に感想を集約してしまう。
「そ、そう思うのはサクラさんだからです……」
何とも複雑な表情で、それに答えたエリーであった。
◇◇◇◇
・パラム 噴水広場にある宿
「おぉ、ホテルみたい」
夕暮れ時。エリーに案内された宿の一室は、狭いながらもベッドがきちんと備わっており、単に寝泊まりするには必要十分なものだった。こんな所がレベルが5を超えるまで無償で泊まれるのだから、得心のいかないプレイヤー達にとっては至れり尽くせりな場所である。
「ほんとにタダなの? 私騙されてない? あとで怖いスーツ姿のおじさんとか出て来ない?」
「大丈夫ですってば」
途中で買い足していた麻袋をテーブルに置いて開く。中身はただのパンと水といった簡素な食料品であり、これらはサクラが最初から持っていた僅かな所持金から買い付けたものだ。
「本当にそれだけで良かったんですか? 私が払っても良かったのに」
味気の無いパンをもそもそと口の中で咀嚼していたサクラは、エリーの気遣いにやんわりと首を振る。
「最初っから、甘えっぱなしなのは、良くないなぁって、思う訳よ」
何度か喉を鳴らしつつ、水を含んで口の中に残ったパンを流し込む。
「こういうのはね、雰囲気が大事なのだよ。いつかこの思い出を振り返ってあの時に比べればぁぁぁってなる時がきっとあるよ。うん」
来るかどうかも分からない未来に目を輝かせ、サクラは両手を合わせる。
「ご馳走さまでしたー。でも今度買う時は、せめて味のある食べ物にしようとは思ったっ」
「ふふ。サクラさんなら直ぐ、もっと美味しい食べ物が買えるようになりますよ」
「そぉ? だったら良いなぁ」
互いに小さく笑みを溢し、束の間の休憩をのんびりと過ごす。
ベッドの上で横になったサクラはコンソールを開き、何やら手あたり次第といった様子でタップを繰り返している。一方エリーはテーブルの近くに備え付けてある椅子に座り、その様子をどことなく眺めていた。
「……あ、そうだサクラさん」
「なにー?」
コンソールによって映し出された映像を見て何か思い出したのか、エリーがベッドの脇に寄って来た。
「さっきの戦闘で経験値とか入ってたりしませんか? 丁度そのステータス画面の……そう、そこです……あれ?」
「経験値……ゼロ、だねぇ。あれー?」
黒スライムを倒したにも関わらず、取得した経験値は未だゼロである。ただスキルの熟練度はしっかりと上がっており、剣術スキルのレベルは2になっていた。
「おかしいですね……ユニークモンスターの経験値倍率って、普通なら通常のそれより十倍からはあるはずなんですが」
始まりの草原で遭遇するモンスターであれば、レベル1のプレイヤーなら一度倒せばレベル2に上がる程の経験値が取得される。それがユニークモンスターなら手に入る経験値量は言わずもがなである。
しかしどう見てもサクラのレベルは1のまま。これにはエリーならずともサクラの首を傾げるには十分なものだった。
「世の中そんなに甘くないってことかー」
「いやぁ……そういう問題でもないと思いますが」
明らかにバグだと考えられども、何故かそれを口に出して言えないエリー。
(アイテムまでドロップしてる訳ですし……今回の件は、謎が多過ぎますね……やはりフィリスさんに伝えなきゃ)
せめてあの柄だけの武器、イスケンデルベイも表示がバグっていたなら考える余地も無くそう言い切れたとエリーは思っていた。
(黒ちゃ──もとい、あのユニークモンスターもそうですが、アレを初見で倒してしまったサクラさんも、何か普通のプレイヤーさんとは違う気がします)
弱点をアドバイスをした身がこう言うのも何だが、やはりあのモンスターをレベル1のプレイヤーが倒してしまったのはイレギュラーな事態だったように考えられる。上級者、あるいは中級者以降の熟練プレイヤーであれば対抗出来たとは思うが、そのような強さになって未だ始まりの草原にたむろするような物好きは少ないだろう。
恐らく本人も気付いていないが、黒スライムを倒し得た、あの剣技もユニークスキルである。しかも本来であれば、一定のスキルレベルに達しないと習得する事の出来ない上級スキルだ。それをたったレベル1や2程度で使えてしまったサクラは一体何なのか。
(見た目は私と同じくらいの女の子なのになぁ)
どこにそんなスキルを放つステータスを隠し持っているのだろう。もっとも、コンソールから読み取れるステータスにそのような仕様も無いのだが。はたまた、実は彼女自身のゲーム内での存在自体が──
「──バグ。なんて事はないですよね……サクラさん……」
眼下を覗けば、いつの間にかコンソールを閉じたサクラが眠りに落ちていた。女の子らしからぬ体勢で、大口を開いて眠りこける彼女を見て微笑むエリーは、それまで考え込んでしまった思考を一旦閉ざす。
「……初日から大変でしたね。お疲れ様でした、良い夢を──」
ベッドの端から毛布を手に取り、ゆっくりと身体にかけていく。
そしてしばらく、その寝顔を静かに見守るエリーだった。




