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プロローグ ~サクラとエリー~ ②

 気付けばそこは真っ白な世界だった。いや、上下左右に黒いマス目が引かれているので正確にはまるで白くはないのだが。そんな場所に寧は立っていた。


「おぉー、浮いてるっ……ん? 立ってる?」


 足の感触は何となく伝わる。だとすれば、それは立っているという事になる。しかし四方にはマス目しかない上、足裏の下方すら途方もない空間が広がっているせいで、妙な浮遊感も感じてしまう。


「これがぶいあーる……!」


 両手両足を動かしたり飛び跳ねてみてもしっかり身体は思うがままに動く。まるで現実世界と大差の無い感覚に感動すら覚える寧。

 と、寧の眼前に壮大な音楽と共に文字が浮き出てきた。


【SecondaryWorld】


「おぉぉぉ……!」

「ようこそセカンダリーワールドの世界へ!」

「おわぁ!?」


 唐突に声が聞こえたかと思えば、浮き出た文字の下に幼児サイズ程の女の子が現れた。

 白いローブに身を包んだ女の子には羽らしきものが二枚生えており、金髪の頭部と手首には花冠と腕輪が施され、木の根っこみたいな素材のサンダルを履いている。


「初めまして! あたしはこのゲームのナビ役、兼マスコットキャラクターの妖精【フィリス】よっ。よろしくね!」


 宙に浮いたまま愛らしい仕草でもって挨拶をしてくる妖精に、寧は目を輝かせたまま抱き着こうと飛びついたが、その両腕は空振りに終わる。正しくはすり抜けた。


「ってあれ? 触れない?」

「早速だけど、あなたの名前を教えてねっ」

「えーっやだぁ可愛いー何この子ーちんまくてかわいー」

「早速だけど、あなたの名前を教えてねっ」

「何で触れないのかなぁ。せっかくのぶいあーるなのに」

「早速だけど、あなたの名前を教えてねっ」

「良いなぁ私も飛べるのかなー」

「はやくしろや」

「あっハイ。……ん?」

「早速だけど、あなたの名前を教えてねっ」


 一瞬口調の違うセリフが聞こえたような気がして思わず返事をしてしまった寧だったが、目の前を見ても可愛らしい笑みを浮かべたまま、同じセリフを反復している妖精が居るのみである。

 気付けば眼前のやや上に横長の枠が浮かんでいた。手元にはキーボードが現れており、さすがの寧でもこの仕様に気付く。


「なるほど、名前か……名前ねぇ……」


 朝倉。アサクラ。寧。ネイ。いや違うな、以前からネットで実名は不味いと母親に口酸っぱく言われている。何度もそれっぽい名前を打ち込んでは消しを繰り返す寧。


「アサクラ……あさく……サクラ──桜! いいね! これでいこう!」


 【サクラ】。そう文字を打ち込んだ寧は小気味よく実行キーを叩く。


「サクラ──良い名前っ! 次は、あなたがやりたい職業を選んでねっ!」


 枠が消えて間もなく、フィリスがサクラという名前に反応すると次いで眼前にいくつかの容姿を伴った人物が現れる。人物といってもその姿は半透明であり、はっきりと見えるのは装飾品による違いで判別出来るようなものだった。

 剣や弓、杖等を持った半透明の人物。何も持っていないのは何だろうか。と思えばそれぞれの頭頂部に単語が浮かんでいた。


「えーと、ナイトにアーチャー、シールダーにウィザード、シーフ、クレリック、グラップラー……うわぁ、まだあるの? 沢山あるなー」

「気に入った職業があったら手を触れてみて。一時的に、あなたの容姿へ反映されるよっ」

「親切!」


 ともすれば寧がさっそく触れたのはナイトである。触った瞬間、寧の全身が淡く輝き、いつの間にか剣士っぽい姿になっていた。


「ほぁぁ……すげぇ」


 腰にかけられた鞘から柄を掴み、ゆっくりと刀身を抜く。刃と鞘が擦れ合う音すら妙にリアルなもので、感動のあまりか思わず背筋がブルっと震えた。


「か、カッコいい……っと、結構重い!? こんな所までリアルっぽい!?」

「ナイトは片手剣、両手剣といった武器の扱いに長ける職業だよ!」

「すごい! カッコいい! 私ナイトが良い!」


 崩したバランスを立て直し、何度も剣を振ってみては湧き騒ぐ寧。それを実行と受け取ったフィリスは何度か頷き、指を鳴らす。

 すると眼前の職業達が消え、今度は数種類の姿が現れる。


「次は種族と性別を選んでね!」


 明らかに見覚えのない、それこそゲームの中でしか見たことの無いような姿に、寧は思わず振るっていた剣を止める。


「人間……ヒューマン、こっちはエルフ……うぉぉ、鬼っぽいのもいる。でかい! ドワーフ……ちいさっ!?」


 しばし迷ったが種族はヒューマンにした寧である。性別はもちろん女性。ちなみに数多くあった種族のうち、寧にとっての候補はヒューマンとエルフしかなかった。理由は見た目の問題。


「最後に。あなたの分身になる、アバターの見た目だよっ」


 フィリスがそう言うと、今度は目の前に一人の女性と、様々なコマンドが浮き上がる。


「んまっ! 下着姿だなんてはしたない!」


 無地の下着を身に付けた女性は微動だにせず、ただそこに両腕を開いて立っていた。


「……ふぅむ、カラーねぇ。体系まで決められるのか……ぼんっきゅっぼん……いや……うん」



 ──しばらくお待ちください──



◇◇◇◇



 果たしてどれほどの時間が経っただろうか。


「あっはっはっは! なぁにこの姿ーおかしー!」


 寧は当初の目的を忘れかけ、分身となる素体を着せ替え人形の如く弄りまわし遊び呆けていた。


「ええと、次はどんな姿に──」

「ええいまどろっこしい!」

「はえ?」

「あたしだって暇じゃないんだからねっ!」

「おう?」

「あんたなんか、そのひんそーな姿のまま行っちゃえ!」

「だ、だだ誰がひんにゅーだ! A+はあるわ!」

「うっさい! はいレッツゴー!」


 唐突に人が変わったフィリスにむなしい突っ込みを入れる寧だったが、その彼女の反応に疑問を覚えた寸での合間に、寧の視界は唐突に暗くなった。



◇◇◇◇



■第一ステージ【アリステオ】──始まりの街【パラム】──



「いたい! ……あれ? 痛くない?」


 衝撃により臀部から伝わったのは、微弱な振動のみ。尻もちを着く形で寧──サクラはその場所に転移された。


「何だよもー。せっかく人が楽しく……わぁっ」


 尻の汚れを払いながら不満げにサクラが立ち上がると、そこには現実世界では決して見ることが叶わないような景色が広がっていた。歴史の授業やドラマの中でしか見たことのない、中世時代にありそうな西洋風の建物がずらりと並ぶ。様々な種族の人物が一人、あるいは仲間らしき人達と共に目の前を通過していく。お祭り時によく見るような露店も壁際に並んでいて、これも多様な種族が店主を務めて商売をしている。


「すご……これ、本当にゲームの中なの?」


 現実の世界の街中と同じくらい、いや、それよりも活気があるかもしれない。何より、全員の表情が見て分かるほどに楽しそうだ。


 サクラが転移されたのは【SecondaryWorld】で一番最初に訪れる、【パラム】という始まりの街であった。すぐ近くには大きな噴水付きの広場があり、その周囲では色んな人物が淡い光と共に現れている。彼ら、あるいは彼女達はそこに出現するとサクラと同じように、この世界の様に驚いたり感動を覚えた面持ちで立っていた。それらを見る限り、プレイ開始時のログイン先がこの噴水の地点だと判断できる。


「──おおっとぉ!?」

「っと、あぶねぇぞ女ぁ! ボーっと突っ立ってんじゃねぇ!」


 呆けていたサクラに何者かが衝突する。深緑のフード付きマントに身を隠した男性らしき人物は、再び尻もちを着いてしまった彼女に悪態を吐く。


「ぶつかってきたのはそっち──」

「待てこらああああ!!」


 一方的な物言いに頭に来たサクラが口を返そうとした矢先、後方から数人の足音と共に怒声が飛び込んでくる。


「チッもう来やがった。じゃあなルーキー! ボケっとしてんじゃねぇぞ!」


 追手に気付いたマントの男はすぐさま振り返って地を駆ける。一瞬だけフードの隙間から見えたのは、流れるように綺麗な銀色の髪だった。

 そんな彼の後に続くように、サクラの真横を罵声の入り混じった勇ましい声が流れていく。見た目からしてヒューマンだろう。彼らの腕に何か腕章のような物が付いていた。


「何だよもうっ。気分悪いなぁっ」


 突然の出来事に、さしものサクラも怒りや困惑を隠せない様子である。そんな彼女の元へ、また一人の人物が近付いてきた。


「あの」

「大体ぶつかってきたのは向こうなのに謝りもしないでさー」

「あのぅ」

「まったく義務教育がなっとらんよまったくぅ!」

「あの!」


 その場であぐらをかいて腕を組み、ぷりぷりと怒るサクラの傍で声を掛け続ける女性。

 見た目は可愛らしい少女である。サクラと同じくらいの年代で背丈も同程度だろうか。肩にかかるほどのセミロングは金色。耳にかける動作から流れる金糸がとても美しい。


「というか、追っかけてった人達もそうだよ。か弱い女の子が尻もちを着いてるのにさ、だーれも手を伸ばしてくんないの。紳士じゃあないねっ」

「あのぉ!」

「んえっ?」


 ようやく声に気付いたサクラが首を向けると、いかにも町娘といった感じの装いをした少女がこちらに手を差し出していた。片膝に手を置き、中腰の体勢でこちらを見るその表情は、どうにも戸惑いやら居心地の悪さやらの混じった複雑なものだった。


「うわわ、気付かなくてごめんね! ありがとう!」

「い、いえ。あの……お怪我はありませんか?」

「大丈夫! 私って結構頑丈だからっ」


 少女の手を取ったサクラは礼を言いながら立ち上がり、彼女の心配に対して胸を張って答える。しかし眼前にそびえた双丘を見るや、露骨に顔をしかめる。


「……むぅ。君、そのおっぱいは何だね?」

「何ですか突然!?」


 でかい。さらに整った形なのは服の上からでも見て取れる。予想外の反応に頬を染め、慌てた様子で胸を隠す少女。腕によって押し潰された胸は余計にサイズ感を強調された形になってしまい、それを見たサクラは謎の敗北感に喉を唸らせた。


「そっかぁ、君も現実では悩んでいたんだね……わかるよ……わかる……」

「な、何を言っているのか分かりませんが、私は生まれてからずっとこうなんです!」

「ハハハ、赤ん坊からそんなサイズじゃさぞかし生活に困ったことだろうネ」


 もはや何を言ってもコンプレックスの琴線に触れかねないサクラ。自ら地雷原に突っ込んでいくスタイルであった。


「NPCですから、初めからこうなんです!」

「そりゃあアバターを決める時に選んでれ……ば? んん? えぬぴーしー?」


 なにそれ、と続けたサクラに対し、少女は若干の間を置き少し呼吸を整えてから答えた。


「──私は【エリー】。()()()()()()()()()【NPC】なんです! 【AI】なんですよぅ!──」



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