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緑と水の森 アクアウッズ ②

 ・アクアウッズ/中盤エリア


 序盤エリアからしばらく進むと、木々の合間を縫うような小さな川が目立つようになってくる。軽く飛び越えられるような幅のものから橋の架かった渓流サイズまで、その形は様々だ。


「この辺は涼しいねぇ」

「風が気持ちいいですぅ」


 上流から降りてくる爽やかな風が二人の身体を撫でていく。

 そんな渓流の橋の袂、プレイヤー達が休憩スペースとして用いていた場所で一休みしていたサクラ達。川原にある小石は円型に避けられてあり、人ひとりが座れるサイズの切り株がいくつか用意されていた。


「結構歩いた気がするけど、今どの辺りなんだろ?」


 切り株に腰を落ち着けていた二人はそれぞれコンソールを開いており、現在地を確認すべくマップ情報を閲覧している。サクラの無計画な行動によって散々歩き回った甲斐もあり、序盤の区域はほぼ全てマッピングされていた。


「えと、この場所がちょうど真ん中辺りでしょうか」


 エリーは他のプレイヤー達から聞いていた情報の元、現在地からダンジョンの進歩具合を推察する。


「ちなみにこの地点から上流に向かって進めば、ボスの居るエリアまで直行出来るそうです」

「ほぅ」


 現在地である休憩スポットに指を当て、上部へスライドさせていく。やがて止まった指が何も映っていない箇所で止まると、そこでくるりと指を回して印す。


「ただ、見ての通りで……」


 視線を向けた先にあるのは、人が通った形跡はあるものの、ただ草や根を踏み付けられて出来ただけの険しい獣道である。他に通路らしき通路は見当たらない。

 川原に沿ってという事も考えられたが、上流に向かって大小異なる石や岩とも呼べる塊が乱雑に転がっているため、わざわざその様な足場の悪い場所を選んで進むべくもない。

 同じく視線を這わせたサクラも、その道なき道筋には苦笑いを浮かべるしかなかった。


「私はたぶん大丈夫だと思うけど、エリーにはちょっと厳しそうだねぇ」

「面目無いです……」

「あぁっ、ごめんそういう意味じゃなくてっ」

「分かってます。心配してくれてるんですよね」


 慌てて言い直すサクラを安心させるよう柔らかく微笑んでみせたエリー。それを見たサクラは少し照れながらも頬を掻きつつ続けた。


「うん。あの手の道は、草の根っことかに足引っ掛けちゃって危ないんだー。折れた木の枝とかも危ないし。それにあれだけ狭い所を二人で通る訳でしょ? モンスターが襲いに来ちゃったら大変かなって」

「……なるほど。その点は把握してませんでした」


 思いがけない観察眼にエリーは感嘆として頷く。


「……どしたの?」

「ふふっ。いえ、詳しいんだなぁって思っただけで」


 まじまじと自分の顔を見られている事にサクラが気付くや、エリーは小さく吹き出しながら答える。


「何だよもぅ……じいちゃんばあちゃん家が田舎の山際にあるんだよ。小さかった頃、泊まりに行った時に遊んでた所がそういう場所だったんだ。だからだよ」

「へぇ。今でも遊びに行ったりするんですか?」


 どことなく淡々とした物言い。ひと時の昔話に花を咲かせようと話題を続けたエリーは、一瞬だけサクラの表情が陰った事に気が付いてない。


「二人とも少し前にウイルスで死んじゃったから」

「ウイルス……? ──あっ、ご、ごめんなさい!」


 あまりにも簡素に述べられた言葉だった。不可抗力とはいえ、軽々しく話を掘り下げてしまった事に対してエリーは思わず頭を下げる。悪気が無いのは当然の事だ。知らなかったのだから。

 ただ、言葉尻に口元をかたく結んだのを見てしまった彼女は、そうせざるを得なかった。


「ううん、こちらこそ気を遣わせてごめん。その辺の話はまぁ、また今度ね」

「い、いえ。無理はしないでくださいね?」

「ありがと。ほんとに大丈夫だから」


 エリーの配慮にサクラは顔を空に向けて応え、しばらくそのままの体勢で居た。


 沈黙。

 まさか数十秒前まで、この様な空気に陥ると誰が思うだろうか。あのサクラがこれほど静かになるとは、さすがに予想も付かなかった。


(きっと、それだけお爺さんやお婆さんの事が大好きだったんでしょうね……)


 偶然知ってしまったサクラの過去に対し、自分が出来ることはきっと何もない。それは彼女自身でしか解決出来ない、それこそ気持ちの問題だと思うからだ。


(ごめんなさい。でも【死】という概念がきっと、私とサクラさんでは違うと思うんです。私にとっては……でも)


 死。仮にこのゲームの中で死亡したとしても、リスポーンされてしまえば何ら変わりのない姿で再開出来てしまう。だが彼女の世界ではそれが叶わない。


(もし、サクラさんが死んでしまったと、二度と、会えなくっ……なったら……私は……っ)


 概念が違うはずなのに、()()を考えるだけで何故こうも胸が締め付けられるのだろうか。鼻の奥がツンと刺激され、唇が勝手にわなないてしまう。


「んん!!」


 そんなエリーの状態に気付いていない様子のサクラが、突然自らの頬を両手で叩き込んでいた。乾いた音が鳴り響き、その刺激でもって自分を叱咤する。


「ごめんエリー! ちょっと思い出しちゃ──ってえええええ!?」


 騒がしさを取り戻したサクラが見たのは、膝の上に置いた手の甲を大粒の涙で濡らしていたエリーの姿だった。サクラの反応に気が付いたエリーは驚きの表情を隠せずに慌てる彼女を見るや、唇を震わせながらゆっくりと開く。


「ひぐっ、ざっざぐらざぁぁぁんっ」

「どしたのエリー!? お腹痛いの!?」


 真っ赤にさせた目の端から溢れる涙を拭うこともせず、エリーは幼子のように泣きじゃくる。エリーが考えていた事もつゆ知らず、サクラは全くもって見当違いの解答をしてのけた。


「せっかくの可愛い顔が台無しだよもうっ。ほんとごめんねっ私が変に気を遣わせちゃったからだよねっ」

「ちがくてっ! わたっ、私、サクラさんと、二度と会えないかもって考えたらっ、な、涙が勝手にいぃぃ!」

「なにゆえ!?」


 慌てふためくサクラの言葉を聞くや否や、今度は赤子の如き泣き声を発し始めたエリーであった。


 およそ十分後。


「……すみません。取り乱しました……」

「いやぁ、私こそ……何かごめん……」

「いえいえ、私の方こそ……」


 休憩をしていたはずなのに、やけに疲れ果てた様子の二人が切り株の上に座り込んでいた。先ほどとは異なる妙な空気感の元、先に動きを見せたのはサクラの方だった。


「よ、よぉーしっ! そろそろ先に進もっか! バリバリモンスター倒しちゃうんだから!」


 恐らく自分を元気付けようとしてくれているのだろう。大袈裟に立ち振る舞うサクラを見て、エリーはようやく表情を綻ばせた。


「そうですねっ頼りにしてます」

「まっかせて!」


 次いで立ち上がったエリーの様子はいつも通り。でもなく、サクラにこれ以上気を煩わせる事はしたくなかったため、いつも通りの様相を取り戻すよう内心で自分に言い聞かせていた。


「──大丈夫だよエリー」

「……えっ?」


 身支度を整えていると、サクラがこちらに背中を向けたまま声を上げた。


「私は居なくならないから」

「~~っ!!」


 無意識にその背中へと両手を添え、体重を預けているエリーの姿があった。

 彼女と出会ってから、自分の涙腺がこれほど緩くなるとは思ってもみなかった。自分と同じくらいの広さしかないのに、この背中は何と頼もしく、大きく見えるんだろうか。


「はいっ。お願いしますね」

「だって、死んでもすぐ会えるんでしょ? まだゲームの中で死んだ事ないから分かんないけど」

「……はい?」


 途端に空気が凍り付く。しかしサクラはそれに気付かない。


「いやーボスが強くて死んじゃったらどうなっちゃうんだろ? やっぱ振動が凄いのかなぁ?」

「……さっ」

「ん? どしたの?」

「サクラさんのぉ──」


 背に触れていた両手を頭上へと上げて二つの握りこぶしを作ったエリーは、今まで記憶している中で最も強い力を込めて、目の前の背に叩き下ろした。


「──ばかぁぁぁあっ!!!」

「ぐほぉっ!?」


 本日一番の大声に、周囲に留まっていた鳥達が驚き飛び立っていった。



◇◇◇◇



「……ね、ねぇ? エリー?」

「何ですか?」


 休憩ポイントから出発して間もなく。

 まさかの先を行くエリーの後ろ姿に、サクラはおずおずと声を掛ける。それに対し振り返ることもせず淡白に答えたエリーは、大層ご立腹な様子。


「……やっぱり攻撃した方が良いんじゃない? いけるよ? たぶん」


 どこまでも空気の読めない性格は、場のムードメーカーとして必要な才覚ではある。が、デメリットにしかなり得ない時もある訳で。


「うふふ、面白いことを言いますねぇ?」


 ようやくサクラへと向き直るエリーの表情は、ヒヤリと寒気を催す、能面でも貼り付けたかのような笑顔だった。


「面白かったのでもう一度お願いしますぅ」

「イエ、ナンデモナイデス」

「んん? どうしました? 何をそんなに怯えてるんですか?」

「イエ、スミマセンっシタ!」


 有無を言わせない不気味な形相に思わず体育会系のノリを思い出し、背筋を伸ばしてから腰を折るサクラであった。



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