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ダーカー・ザン・チョコレィト 〜魔法少女の復讐、甘い香りとともに〜  作者: 浜能来
修道服を着ているから修道士なのではない
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第四十話 決起

「ところでお前たち、アタシのこと、忘れちゃいないだろうね」

 ジェラートがやってきて、外で待っていたスフレも気が気でない様子で飛び込んできて。倒れたままのビスキュイを放置していた――ように見られた――ヌガーが一通り責められたところで、彼らはとりあえず、ビスキュイに手当てを施した。その中で、「そう慌てなくても、この鬼女のようなマスターがこのくらいで死ぬはずもないだろう」と発言したヌガーがジェラートに後頭部をはたかれたのは言うまでもなく。冒険者仕込みの手荒い処置を施したジェラートがビスキュイに後頭部をはたかれたのは、そのとばっちりだった。

 あちこちを包帯に覆われたビスキュイは、脂汗をじっとりとにじませつつも、どうにか急場はしのいだらしい。スフレなどは、そんなわけはないとビスキュイを止めようとするのはスフレだけで、「休んでる場合じゃないだろう。ほら、さっさと状況を教えな。ヌガー」とビスキュイが言うと、ジェラートとヌガーは無事な机と椅子を、荒れた店内から探し始める。


 店内はすっかりと荒れてしまっていて、窓ガラスが全て外側に吹き飛んでいたことだけが、唯一の救いだ。店の隅にガラクタよろしく積み重なった机や椅子をジェラートとヌガーが一個ずつ検めていくが、大体は脚が折れてしまっているか、ところどころ炭化してしまっていて使い物にならない。

 ジェラートがさっさと椅子を一つ見つけて、どっかりと座り込む中、スフレは悲しそうな顔でショウケースを掃除し、ジェラートとヌガーはなんとか椅子を一卓、椅子を四脚見つけてきた。


 ビスキュイの前に机と椅子を並べ終えたヌガーが、腰をトントンと叩きながら椅子に座ろうとすると、不機嫌なビスキュイの声が飛んだ。


「ちょっと、何でお前が座ろうとしてるんだい」

「何でとは。今日のひと悶着で、ついにマトモな部分が一つ少なくなってしまったのか?」

「お前こそ、数を数えられないのかい。アタシと、ジェラートと、スフレと。あと、ショコラがいるだろう。お前の席はないよ」

「いや、ショコラはまだ来ていないじゃないか……」


 ヌガーが抗議を口にしても、ビスキュイは視線もくれやしない。彼女としては、どうあってもヌガーを座らせたくないようだった。

 ヌガーは視線で、残りの二人に助けを求めるのだが。


「いや、ヌガーさん一番疲れてないですよね」とはジェラート。

「たぶん、お義母さんは放っておかれたこと、根に持ってますよ」とはスフレ。


 味方はいなかった。

 仕方なく、ヌガーは空いた席の隣からは離れずとも、その場で腕を組んだ。


「じゃあ、まず聞くけどね」


 まるで全員が席についているかのような視線の配り方で、ビスキュイが話を始める。


「スフレ、ジェラートお前たちは大丈夫だったのかい?」

「えっと、それは」

「大丈夫じゃありませんでしたよ。クリオロが来ました」


 言葉を濁していたスフレが、すっぱりと事実を白状したものだから、あわあわとする。ただでさえ満身創痍のビスキュイに余計な心配をかけたくなかったのだろうが。


「あんだけ大騒ぎして、帰ってこなかったんだ。そりゃあそうだろうね」


 ビスキュイは言外に、気遣いは不要だとスフレに伝える。なぜかジェラートが、わかってましたよとばかりの得意げだ。ジェラートとスフレは今まで特別面識もなかったはずだが、襲撃を乗り越える中で多少打ち解けたのかと、ヌガーは眺める。

 しかし、とビスキュイは首をかしげる。


「よくわからないね。逃げ道まで塞いでおいて、結局殺し切らずに帰るなら、あの男はわざわざ何しに来たんだい」

「単なる嫌がらせとか、ですかね」

「さぁ、あの人が何の意図もなしに動くとは思えないんですが」


 その疑問には、直接ヴァンホーテンに拾われた経験のあるジェラートにもわからないらしい。


「なんだ」


 ヌガーがつまらなさそうに口を開く。


「本人が言っていただろう。あれは、ただ自分の魔法を試す機会がありそうだから、子供のような無邪気さで楽しみに来た。ただ、それだけだろう」


 実際、彼は試したい魔法も試したからとヌガーに言って、帰ろうとしていたのだ。ヌガーの意識からは外れていたが、おそらくビスキュイも聞いていただろう。というより、ヌガーがビスキュイを無視して話をしていたのを承知していて、話の内容だけ承知していないというのはさすがに虫のいい話だろうと、ヌガーは思っている。


「「……は?」」


 ヌガーしか思っていなかった。


「そんなわけないだろう。ばかばかしい」

「そうですよ。ヌガーさんは私が、そんな頭の弱い人の下でずっと働いていたんだろうとか、そういう皮肉を言いたいだけでしょう」

「あぁ、いいこと言うねジェラート。きっとそれだよ」


 どうも今日は、いつにも増して自分が敵視される日らしいと、ヌガーは理解した。スフレだけは、「まぁ、そういうこともあるかもですよね!」とフォローを入れてくれるが、火に油だ。ヌガーはすっかり表情を落として、女性二人が満足いくのを待ち。


「まぁ、理由は置いておこう。問題は、今後どうするかだよ」

「そうですね。ヌガーさん、それはもう、ヌガーさんの中で決まっているんですよね。教えてください」

「……なぁ、スフレ。俺は多分、巷で言われているよりよっぽど紳士的な男なんじゃないかと思う。少なくとも、あのヴァンホーテンよりは、紳士的なのかもわからない」

「ええ。そう、ですね」


 別に気にするヌガーではないのだが、会話の主導権を一方的にもっていかれるのはストレスしかない。一切の加害者意識のない女性陣を見やって、まぁ、どうでもいいかと考え直す。


「俺たちの今後は、単純だ。明日ヴァンホーテンを討って、それで終わりだ」

「明日って、本気で言ってるんですか?」

「本気で言ってるんだよ」


 ヌガーの突飛な発言に不信感をあらわにするジェラートと、話の続きを待つビスキュイ。二人の反応の差は、ひとえに付き合いの長さの差だ。

 ビスキュイが頬杖をついて、先を促す。


「ほら、早くしゃべりな。お前、今日はどこに行ってたんだい」

「いや、それだけは言えない」

「は?」

「確かに、情報は共有するべきだろう。隠しておいて、あとでネタを披露して、観客を驚かせるなんて言うのは、それこそ舞台での未通用する夢見話だ。しかしそれより、俺は自分の命が惜しい」

「何ぐるぐる言ってるんですか。言わないなら言わないで、このビスキュイさんに殺されますよ。きっと」

「いや、お前にはわからないだろうが、俺はどうせ言っても殺される」

「お、お義母さんを何だと思ってるんですか?!」

「今の場面は、俺よりジェラートの方が失礼だったと、俺は思うがね」

「え、あれ……?」


 真面目な話になったからと、口をつぐんでいたスフレが、たまらず口を出した途端、ヌガーに唆されて勢いを失う。彼は、戸惑ってヌガーとジェラートを見比べるのだが、当のビスキュイ自身は気にした様子もない。むしろ、何かを察して顔を覆う。


「あぁ、そういうことかい。よく渡りがついたもんだ」

「そこで渡りがつかないのなら、俺に他に何ができるんだろうな。人を不快にさせることしか思いつかない」

「確かにそうだね。そして、本当にあの戦時中の遺物みたいな堅物を後ろ盾につけられたのなら、ヴァンホーテンと戦うには十分だ」

「そうだろう。あの男を殺しさえすれば、その後始末は付けてくれるそうだ」

「そうか。それは……」

「それ、別に後ろ盾でも何でもないですよ?!」


 ヴァンホーテンを殺すこと自体が難しいのに、殺した前提の協力など協力ではないと、ジェラートは言いたいのだろう。けれども。


「ヴァンホーテンは違法貴族でもなければ、ましてや庶民でもない。貴族の中でも、たった五つの名門に数えられる家系であり、もっと言えばそこのトップだ。それを殺して、不問で済むというのなら。それはこれ以上ない協力だと、俺は思うがね」


 たとえ裏で違法貴族と結びついていたとしても、彼の一般的な認識は、魔導王国フランツの魔導技術を支える、最強の五大老だ。それを殺した名もない少女の正当性が認められることなど、およそないだろう。まして、彼女が表のギルドで指名手配を受けるようになってしまえば。

 ジェラートは不承不承な様子ではあるが、乗り出しかけた体を椅子に沈めなおした。


「それで。じゃあ、どうするんですか。これから指名手配される予定の私たちが、独力であの人を殺す手段を、教えてくれませんか」

「だから言ってるだろう。明日、殺しに行くんだ」

「だーかーら! それが無理でしょうって言ってるんです!」

「待ちな。こいつ相手にイラついたら負けさ」

「そうだ。何をイラついているんだ、ジェラート」


 噛みつきかけたジェラートを、スフレが身振り手振りでなだめて、何とか話が進む。


「明日殺しに行く理由は二つある。一つは、指名手配。一つは、機会の話だ」

「指名手配は、なんとなくわかりますけど」

「ならおそらく、思っている通りだ。ヴァンホーテン単体の動きは早くても、貴族自体は村内素早く動く生き物ではない。明日ならまだ、俺たちを犯罪者として手配することはできない」


 当り前のことだが、金さえ積めば手配書を出せるわけではないのだ。犯罪者であると、手配する相手が認められねばならず、貴族社会であるフランツにおいて、その認定を下す機関もまた貴族が運営している。彼らは、そう勤勉なわけではない。


「明日なら、まだ自由に動ける。これだけで、俺たちはこそこそと移動する必要もないし、俺たちの体面も保たれる」

「……それで、二つ目は?」

「ヴァンホーテンは明日、ヴァンホーテン家の務めとして、時針塔に登って五大元素魔球の調整を行う。国の防護のかなめだからな。誰にもけして技術を盗ませないために、屋上にはヴァンホーテンが一人だ」

「そんな、都合よく」


 呆れかえるジェラート。


「それでも、塔の途中には警備が控えているはずだろ。どうすんだい」

「それも、問題ない。ジェラートはもともと、集団を相手にする方が得意だろう。ジェラートが道を開いて、ショコラが仕留める。それだけだ」

「それだけって」


 そして、ヌガーの策を聞いて、今度は憮然とした。


「私は前座ってことですか? 私だって、ヴァンホーテンに言いたいことがあるんですけど」

「譲ってくれ。というか、譲らないのなら、お前さんはこの後ショコラに喧嘩を吹っ掛けられるぞ」

「じゃあ、それは後で喧嘩して決めますけど。もう一つ、クリオロはどうするんですか」

「それは……俺がなんとかする」

「……魔法の使えない、ヌガーさんが」

「そうだ。魔法が使えなくても、もう使えるコマが俺しかいない。不安になるのもわかるが、俺にだって頭が使える」

「クリオロに人質が効くんですか?」

「何も、人質だけが頭の使い方じゃない」


 睨み合いだ。

 ジェラートがヌガーを睨みつけ、ヌガーはそれを見つめ返す。彼女の言い分もわかるが、ヌガーの用意できる最善がこれだ。この追い込まれた状況で、細く残った逆転の道。

 互いに譲ることなく、視線だけがぶつかり合う時間が流れる。


「そもそも」


 先に視線を外したのはジェラートだ。二階を見上げて、僅かにためらったのちに言葉にした。


「ショコラちゃんは、本当に戦えるんですか?」

「あぁ、それは……」


 その言葉にはっと二階を見上げたのはスフレだった。スフレとジェラートだけは、まだ帰ってきたショコラを見ていない。

 なんと答えたものか、ヌガーが返答に窮していると。


「なら、本人に直接聞いてみたらどうだい」


 すっかり口を閉ざしていたビスキュイが口を開いた。言われてみると、階段を降りてくる足音。もうすぐ厨房まで降りてきて、そこから姿を現すだろう。

 スフレとジェラートの視線は自然、そちらへ向かい。ととととん、と軽い足音が近づいてくる。

 階段を降り、厨房を抜けて。


 ホイップクリームのようなフリルに縁取られた、エスプレッソ色のドレスが覗いた。


「待たせたわね。流石ヌガー、サイズもぴったりじゃない」


 くるりとその場で回ってみせるショコラは、かつて彼女のトレードマークだったドレスを着ている。あの頃と違い短くなった銀髪も、ふんわりと広がってまた異なる可憐さを演出していた。

 右頬に残る火傷跡を気にする様子もない立ち振る舞い。ただその一事が、彼女がかつての自分を取り戻したことを示す。


「あら、スフレに、ジェラートじゃない。帰ってたのね」

「えぇ、ショコラさんこそ。それより、そのドレス……」

「これ? いいでしょ? ヌガーが用意しておいてくれたのよ!」


 そう言って笑うショコラの、屈託のない笑顔に、スフレは胸を撫で下ろした。


「ショコラちゃん」


 つられた表情を和らげそうになっていたジェラートが、今度はショコラの隣に立って問いかけた。


「ショコラちゃんは本当に、こっち側に戻って来れるんですか」

「何よ急に。怖い顔で」

「どうなの?」


 茶化そうとしたショコラは、けれど厳しい顔つきを崩さないジェラートに、表情を切り替えた。

 子供らしい愛嬌を切り捨てた冷たい表情。


「そうよね。あなたは疑いたくなっても仕方ないわよね」


 言うなり、ショコラは前触れなくジェラートの内股を払った。不意打ちに彼女はバランスを崩し、その場に片膝をつく。結果、僅かにショコラの視点がジェラートより高くなる。


「別にいいわよ。ここでわたしの魔法を、披露してあげても」


 血赤のルビーの瞳に見つめられて、ジェラートの喉が鳴った。無意識だったのだろう、ジェラートはそれを自分の喉に触れて確かめ、そして、くすりと笑った。


「ごめんなさい、失礼でしたね」

「そんなことないわよ。わたしも迷惑かけたもの。こちらこそごめんなさい」


 合わせて、ショコラも表情を緩めた。


「なら、これで痛みわけね」

「えぇ、そうしましょ」


 ジェラートが差し出した手を、ショコラが取る。握り合い、しっかりとお互いを確かめ合う。


「ヌガーさん!」


 そのままで、ジェラートはヌガーに呼びかける。


「なんだ」

「いいですよ。ヌガーさんの無謀な策、乗ってあげます」

「えっ、なに? どういうこと?」

「手柄はショコラちゃんに譲ってあげます。そう言ったんです」

「うん? あぁ、そういうこと……」


 遅れてやってきたショコラは、少ない情報から朧げに状況を理解したらしい。その確認のため、ヌガーの隣まで歩いてきて、空いていた最後の席にどっかりと座った。


「さぁ、ヌガー」

「なんだ、ショコラ」


 何も躊躇わず座ったショコラに、その席が俺の席だとは思わなかったのかとか、随分と呑気に着替えていたもんだとか、持ち前の嫌味はいくらでも思いついたが。ショコラという少女は、これでこそだとヌガーは思う。

 だから、そんな彼女が本心から望むというのなら。


「明日、ヴァンホーテンを殺すわよ。何をしたらいいのか、教えなさい」


 地獄までの道行くらいは、共にしてやろう。それがヌガーの覚悟だった。

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