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ダーカー・ザン・チョコレィト 〜魔法少女の復讐、甘い香りとともに〜  作者: 浜能来
修道服を着ているから修道士なのではない
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第三十九話 予言

「ヌガー?!」

「どうした、ショコラ。そんなに土に汚れた服を着て、おとぎ話のまねごとをする年頃は終わったろう。それでも、おままごとがしたいなら、せめてそちらの王子様には礼を尽くしたらどうだ」

「……さすがに、空気を読んでほしいんだけど」


 ヌガーはショコラの冷ややかな目線など気にした風もなく、咥えた葉巻の煙をくゆらせた。わざわざ見せつけるようにしているのは、ショコラの後ろに倒れている、普段店の中で葉巻を吸わせないビスキュイに見せつけているのかもしれない。本当に、よくない性格をしている。

 とにも、場の雰囲気をヌガーがさらったのも確かだ。焦げたキャラメル色のスーツを着た男は、葉巻をもう一度深く吸い、ヴァンホーテンとショコラの間に立つ。近くに立たれて気づいたが、今日のヌガーのスーツは皴一つなく整えられていて、ヘアオイルもぎらつくほどじゃない。また、つややかな布でくるまれた何かを、腕にかけている。


「失礼。どちら様ですか?」

「そうだな。どちらと言われれば、あいにく住むところがなくてな、何と答えるか迷ってしまうが。俺の名前ということなら、答えられなくもない。ただ、貴族様の耳に入れるほど、大した名前ではないと、俺は思うがな」

「あぁ、その迂遠な言い回し。貴方が情報屋のヌガーですか」

「驚いた。ひどい認識のされ方だ」


 ヌガーはため息とともに、煙を吐き出す。自分に向かって吐き出されたものだから、ヴァンホーテンは煙たげに咳払いをした。


「わたしと同じ紳士が来てくれたかと思いましたが……」

「貴族の中の大貴族であるお前さんと同じ紳士だと思ってもらえたなら、それが最初の数瞬だけでもうれしいものだな。あれだろう、老婆の店を好き勝手に荒らしていくだけの、素晴らしい人間性ということだろう」

「……なるほど。わたしには貴方との会話は難しそうですね」


 二言三言、言葉を交わしただけで、ヴァンホーテンはヌガーという男の面倒くささを嫌というほど思い知ったらしかった。もう結構だとばかり、ショコラの方を手で示して、「自分はもう一言も話したくない」と態度で語っている。そんな彼に会釈をして、ヌガーがショコラへ向き直った。


「邪魔するの」

「一度やめたはずだろう、というのは、俺から言うまでもないんだろう。本当に、復讐に戻るつもりなのか」

「えぇ、戻って、果たすのよ」


 見下ろしてくるヌガーの、死んだ魚のような眼を、ショコラは真正面から睨みかえした。その、一見感情のない目に、ショコラを想いやる気持ちが隠されていることを、知らないショコラではなかったが、だからといって、彼女の復讐心は譲ってはならないものだ。


「そうか」


 ヌガーはぼそりと言って、それからその場に膝をついた。そしてショコラと目線を合わせ――るのでなく、咥えていた葉巻を床板に押し付けて、火種を消す。


「なら、今はダメだ」

「どうして?!」

「ダメだからだ。ショコラ」


 目の前のヌガーの陰からは、観客気取りでこちらを眺めているヴァンホーテンが見える。ショコラは、その高みの見物を決め込む彼と同じ高さに駆け上り、横っ面を殴りつけたいのだから。戦うのは、今この時を置いてほかに考えられない。

 刹那、魔法の使えないヌガーくらい、簡単におしのけられるだろうと考えて。沸騰した頭から熱を取り払おうとするように、ヌガーの手がショコラの頭に置かれた。


「ショコラ。なぜお前さんは、俺を相棒にしていたんだ?」


「俺の言葉は信じられないだろう」

「俺の人柄は信じられないだろう」

「性格は、悪魔の角よりねじ曲がっている」


「それでもお前さんが、俺とともにいた理由はなんだ。言ってみろ、ショコラ」


 一言一言、ヌガーが投げかけてくる言葉は、やはり迂遠なものばかりだ。自分のことを卑下する言葉を、ここまで淡々と無関心に列挙する男など、ヌガーを置いてほかにいないだろう。

 けれど、それがヌガーだ。

 しばらく彼と仕事をしないうち、彼の言葉を聞き逃すようになってしまったのだと、ショコラは自分を恥じた。


「それはもちろん、便利だからよ。一緒にいるだけでイライラするあなたと一緒にやってきた理由なんて、それだけよ」

「あぁ、そうだろう。俺の言葉は、常にお前さんのためになる」

「悔しいけどね」


 言葉に合わせて、こつんとヌガーの脛を蹴る。すると、珍しくヌガーは少し笑って、腕に抱えていた何かしらを放ってよこした。あまりに雑に放られたものだから、顔面で受け取る羽目になってしまい、ショコラは不機嫌になる。


「何よこれ」

「いや、まだ包みは空けるな、覗くだけにしておけ」


 埃がつくともったいないからな。そう付け足されると、中にどれだけ貴重なものが入っているのか、気になるショコラだ。どうも、感触からして服か何かなのだろうが。

 ちらりと、包みの布持ち上げて見て。ショコラの心臓は高鳴った。


「どうだ、戦いの前に、お色直しの時間がいるだろう」

「えぇ。えぇ! そうね!」


 ヌガーの言葉に、ショコラは強くうなずいた。

 なぜ、彼がこんなものを用意していたのかはわからない。復讐をやめるはずだったわたしに、なぜこんなものを用意していたのかは、わからないけれど。

 ここまでしてくれる彼が「今じゃない」というのなら、それは、今ではないのだ。


「ヴァンホーテン!」

「あぁ、なんですか。そろそろ、わたしは帰っても?」

「えぇ。首を洗って待ってなさい。次は絶対に殺すから!」

「では、ほどほどに楽しみにしておきましょう」


 そして、ショコラは厨房に消え、二階へと上がっていってしまった。


 ◇◆◇


 そして、一階には大人だけが残される。


「いいんでしょうか。わたしが帰らなければとかは、考えないの

 でしょうか」


 最後まで自分の都合で、嵐のように過ぎ去っていたショコラに、ヴァンホーテンは呆れとも簡単ともつかない、呆けた表情を見せている。


「帰らないのか? 帰らないにしても、そこで潰れている菓子を皿に寄せて出してやるくらいしか、もてなすこともできないが」

「いえ、帰りますよ。試したい魔法は、もう試しましたし――」


 対して、慣れた様子のヌガーが出口を手で示すと、ヴァンホーテンは素直にそれに従った。もっとも、示されずとも足先は出口へ向いていたのだが。そのわずかな道のりの時間つぶしとばかり、ヴァンホーテンは御託を並べるのだが。


「お前さんが手を下さずとも、俺たちを殺すことはできるから。そうだろう?」

「……ほう?」


 ヌガーの言葉に足を止めた。


「どういう意図での言葉か、聞いてみても?」

「お前さんがパティスリーを潰したのは、当然コンディトライが動きやすくするためだろう。ただそのついでとして、ついに大手を振ってできるようになったことがある。それがあるから、お前さんはわざわざ俺たちを殺すことに執着しない。そうだろう?」

「やはり、曖昧にしか答えなのですね。貴方は」

「当り前だろう。推測というのは、曖昧だから推測にとどまっているんだ」


 落胆するヴァンホーテンは、つまりヌガーの返答に期待をしていたのだろう。その様を、ヌガーは片目を眇めてみている。何を期待していて、何に落胆したのかを確かめる視線だ。

 期待に沿わない、的外れの答えに落胆しているのか、期待に沿っているのに、答え合わせをさせてくれないことに落胆しているのか。今まで数々の舌戦を重ねてきたヌガーに、その判別はたやすい。


「すまない。推測は今、推測じゃあなくなった」

「では、答えを聞いても?」

「あぁ」


 促され、ヌガーは心底嫌そうに答えを述べる。


「お前さん、ショコラを表のギルドで、指名手配するつもりだろう」

「……大正解です。素晴らしい!」


 ヴァンホーテンは、答えを聞くなり、心の底から楽しそうに称賛を送った。ヌガーは、それを何の感情もなく受け取る。それはそうだ。彼としては、九割九分九厘確実な推測の、最後の一厘を埋めたに過ぎないのだから。


 そも、大前提として。ヴァンホーテンがショコラを殺さないことは理屈に合わない。

 なぜって、実際に刺客を送り込んでいたのだから。わざわざ部下に指示を出し殺そうとしていた相手が、殺せる状態で目の前にいて、殺さないのは道理に合わない。

 それでも殺そうとしないのなら、それは殺さずとも殺せるからだろう。


 ならば、どうするというのか。

 殺させるのだ。

 それも一度失敗している、刺客を送り込むという手段以外を用いるはず。ならば、パティスリーを潰した今、その最後の掃除として、パティスリーの依頼をこなしていた無法者たちを一斉に指名手配するという手段を用いるだろうと。


 ヌガーはこのパティスリーの惨状と、明らかに一度襲撃を受けているショコラと。その二つを見た時点で、ヌガーにはそこまでの推測がついていた。


「それをわかった上で、わたしを見逃させたのですね。面白い。実に面白い」


 ヴァンホーテンは、のどの奥でくつくつと笑っている。


「えぇ、貴方の推測――いや、それはもはや予言だ。貴方の予言通り、この街のだれもが、もはや信用ならないようになる。貴方たちの賞金は特別高く出すつもりでしたから、居場所を教えてくれたものと賞金を山分けすると言って、情報を集める冒険者も出て来るでしょう。そうすれば、貴方たちは人間の目という目を避けるしかない」


 ヴァンホーテンが楽し気に語り並べる言葉に、ヌガーは特別言葉を返さない。まったく同じ未来予想図を、ヌガーは頭に描いているからだ。


「その状況で、貴族であるわたしに復讐をする? 今日、わざわざわたし自身が目の前に出向いたこの好機を逃して? いったい、何を考えているんですか? まさか、あの恋する乙女のような顔でわたしに殺害予告をした少女を、うまいこと言いくるめて逃亡するつもりでもないんでしょう?」

「あぁ、もちろんだ。何があっても、ショコラがお前さんを殺しに行く」

「そうですか。それは。面白い」



 ヌガーの淡々とした物言いに、ヴァンホーテンは満足げだ。

 笑いの残り香を、そのまま少し楽しんだ後。彼は大きく息をついた。


「今日はいい日でした。きっと、わたしが彼女と再会する日も、良い日になるのでしょう」

「さぁ、どうだろうな」

「謙遜は結構ですよ。きっと、わたしが知らないだけで、わたしを殺すにたる魔法も、ある。のでしょうから」


 ヴァンホーテンがヌガーにウインクを送る。期待していますよという、言外のアピールだった。ヌガーはそれをやはり受け流し、ヴァンホーテンは苦笑する。


「では」


 そして、今度こそパティスリーの出口をくぐった。開きっぱなしだったドアがようやく閉じられて、小さなベルがからんころんと鳴る。せわしなく揺れるベルが落ち着くまで、ヌガーはぼーっとそれを眺めていて。


「そんな魔法があれば、いいんだが」


 誰にともなくつぶやいた。

 魔法の扱えないヌガーには、ヴァンホーテンとショコラの実力差など、実際に目の前で戦てもらわなければわからない。ただ、ショコラが無敵でないことは知っていて、ジェラートがヴァンホーテンの実力を非常に高く評価しているのも知っていて。

 けれども仕方ない。ショコラは多分、実力が劣っていても挑もうとするし、実力が劣っているからこそ挑むのだろうから。

 ヌガーにできることは、せめてその挑戦を、可能な限りフェアに行わせてやることのはずだった。


 彼がもう一本、葉巻を吸おうとしたところで。

 先ほど閉まったばかりのドアが、再び勢いよく開かれた。


「大丈夫ですか!? ……ってヌガーさん?」


 仕込み剣を構えて飛び込んできて、それどころかヌガーに仕込み剣を反射的に突き付けて叫んだのは、他でもないジェラートだった。ヌガーは、つい取り落とした葉巻を拾いながら、けだるげに答える。


「あぁ、俺だ。ちょうどさっき、大丈夫になったところだ。まったくもって大丈夫ではないんだが」

「そんなの、見てわかりますよ! 誰です、こっちには誰が!」

「まぁ待て。そんな様子じゃショコラと変わらない」

「えっ、ショコラちゃん? まさか、ショコラちゃんも襲われて?」

「女も三人寄れば姦しいというが、三人寄らなくても十分姦しいのじゃないかと、俺は常々思うがね」


 状況が全く飲み込めていない様子で、しきりに説明を求めるジェラートにヌガーは一つため息をこぼし。最も大事なことだけを、端的に伝えた。


「明日、ヴァンホーテンを討つ。そういうことになった」

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