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ダーカー・ザン・チョコレィト 〜魔法少女の復讐、甘い香りとともに〜  作者: 浜能来
第二章 最も別れるのが難しい相手とは、過去の自分だ
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第二十一話 享楽

 鼻歌まじりのフォラステロを後ろからクーリが案内しながら。彼らはようやく取引の場所にたどり着いた。時刻はすでに昼頃だろうが、いつもまにか重く垂れ込めた曇り空が太陽を隠してしまっている。


「ひゅう、すげぇなこりゃ」


 フォラステロの下手な口笛。

 白森の最奥、濃密に魔力を吸い上げるその地点には幾本ものブーロゥが密集し、絡み合い、一つの大樹となっていた。邪神がその触腕を這い回したようで不気味だと言う人もいれば、そのパールのように輝く純白の樹皮は神の奇跡にも感じられると言う人もいる。誰にも共通の認識として存在するのは、この大樹を切り倒すには千年あっても足りないだろうという一事のみ。

 フォラステロは顎髭を擦りながら、明らかな顔で値踏みを始めた。彼は後者であったようだ。


「さぁ、行くぞ。もうパンデピス卿は来ている」


 姿を隠したクーリは風を吹かせて注意を誘う。フォラステロと同じように大樹を見上げる、太った人影がある。パンデピス卿だ。

 でっぷり丸々としたその太鼓腹は、違法貴族としての隠遁生活を感じさせるものではない。この大樹を美として鑑賞するにあたり、腕組みをするだけの余裕があるところから、美術品に対しても舌が肥えているのだろう。真っ当な貴族としても、かなり高い地位を得ていた証拠。

 彼は土を蹴り散らすように歩いてくるフォラステロに気付くと――もちろん、クーリには気付かずに――尊大に宣った。


「ふん、貴様か? 我が至高の魔導兵器を買いたいというのは」

「おぉ、その通りだ。お目が高いだろ? 何せ、『貴』い俺『様』だからな」

「何が言いたいのかよくわからんが、やはり、肌の黒い人間は脳も黒いようだ」


 パンデピスは脂肪だらけの身体をぷるりと身震いさせると、後ろに控えていた侍従たちをアゴで使う。

 侍従は足元に置いていた一抱えほどはある鉄色の箱を、どすんと二人の間に置く。フォラステロはその箱を右から左から、しげしげと眺めて聞いた。


「なぁ、この箱がなんだってんだ? 俺が聞いてたのとは、随分違うんだが」

「当たり前だろう。私の傑作を、裸で運ぶと思うか?」

「にしたってよぉ、継ぎ目がないぜ、これ」

「低能め。下がって見ているがいい」


 言われるまま、彼は数歩下がった。パンデピスはその様を鼻で笑い、大仰に両手をかざす。


「はぁっ!」


 爆音。

 あまりの大音声にクーリが耳を塞ぐ。もちろん、そんなものは後の祭りで、うわんうわんと耳鳴りが残った。

 そして箱を見やると、鉄箱の蓋だけがなくなっていた。うぉん、うぉんと風切音。フォラステロの横に凹んだ金属板が突き立った。彼はそれを拳で叩いて、硬さを確かめる。


「危なっかしい花火だなぁ、またよ」

「貴族というのは、常に趣向をからすものなのだよ」

「はぁ、そうですかい」


 フォラステロの嫌味な口調に気づかないのか、パンデピスは得意げ。べらべらと今の仕組みについて語り出す。聞きたくもない話に付き合わされるフォラステロに、クーリはざまぁみろと笑った。

 そんなクーリの背後に、人影。


「よくやった」

「……いきなり背後に立たないでください。不快です」


 声を潜めて返事をする。

 パンデピス卿の護衛をしていたというクリオロだった。相変わらず黒いローブに黒い髪、黒い布で顔を隠す、ひっそりとした男。


「冒険者などに見られてはいないな?」

「えぇ、一人もいませんでした」

「そうか」

「これで、後は送り返せば終わりでいいんですね」

「そうだ」


 なら、何事もなく終わりそうですね。

 終わりが見えたことに、クーリは息をつく。


「報酬の話は、後だ」

「はいはい、完全後払いなんですよね」


 事務的な話だけ終えて、クリオロはパンデピスの隣へ戻っていく。そのまま彼が何か耳打ちすると、パンデピスは慌てたように話を切り上げた。

 そして、ずろろと箱の中身を取り出す。


「風式魔導外骨格、エールム・エグゾスキュレ。わざわざ貴様ら庶民の貧相な体格に合わせてやったのだ。ありがたく思うといい」


 パンデピスがいばると、同時に腹がぽよんと揺れた。

 それは、金属で作った首なし骸骨のような見た目をしている。その前腕部や背部、胸部、あるいは大腿部には、場所によって大小様々な円筒形が取り付けられていた。どうも、全身に沿わせて装着するらしい。


「おぉ! なぁ、つけてみてもいいか!」

「……まぁ、好きにするがよい」


 全身ではしゃぐフォラステロに心底嫌そうにパンデピスは返事をするのだが、それならそもそも売らなければいいのにと思うクーリだ。

 フォラステロは二人の部下を呼び寄せて、手伝わせる。貫頭衣を着るように胴体部分を装着すると、腕や足に革帯でもって縛りつける。身体の上に他人の骨を貼り付けたようなその出立は、なんとも言えずシュール。


「そのジェットの中で、風を起こすのだ。あとはエールム・エグゾスキュレが、それを推進力に変える。多少制御に難があるが、使いこなせば空も飛べよう」

「ジェットって、この筒みたいなやつか?」

「察しがいいではないか」


 フォラステロが前腕についた円筒形をぽんぽんとはたきながら言うと、パンデピスは鷹揚に頷く。意気込んでフォラステロが言われた通りにすると、見えない力に引っ張られたように彼の腕が前方へすっ飛び、つんのめって倒れた。


「ふはは。やはり、私の傑作は肌の黒い人間には扱えないようだ」

「いんや。今ので大体分かった。いや確かに、こいつは傑作だぜ」


 土を払いつつ立ち上がって、満足げにフォラステロは言う。今度は彼が部下を顎で使って、運ばせてきた袋を前に置く。パンデピスの侍従がさっとやってきて、中身を検め始めた。

 金のインゴットの重い金属音。途切れてしまった会話は再開しそうにない。急かされている心地になったのか、侍従の動きが忙しなくなる。

 彼が二つめの袋に手をかけ始めた頃。


「なぁ。パンデピスさん、だったか? あんた、知ってるか。うちの国の状況」

「馬鹿にしているのか? そんなものは常識だ。我々の技術を使って、小競り合いに勝ち続けているのだろう」

「おぉ、お見それしちまった。全くその通りでよ、石を投げてくる子供に弓を射掛けるようなもんなんだ」

「それが、どうしたと言うのだ」

「いやぁ、それが、どうかしちまったんだよなぁ」


 フォラステロは頭を掻く。正確には、頭にきつく巻いた布に爪を立てるだけだが。


「うちの教皇サマは、どうやら自分の国が自分の力で勝っているんだと勘違いしたらしくてよ。調子に乗っちまったんだ。その調子に乗っためでたい頭で何を考えているかっていうとな」


 ついに苛立ちが限界を迎えたらしく、フォラステロが頭の布を外した。


「戦争を仕掛けようとしてるんだよ。この、天下の魔導王国エウロパにな」


 一刀。

 汗臭さとともにばらりと広がるフォラステロの髪に目を奪われていたパンデピスの首を、彼の剣が一薙ぎにした。風の刃は何よりも鋭く脛骨を断ち、ごろりとパンデピスの頭部が転がり落ちる。


「――何をっ!」


 遅れてクーリの魔法が発動した。フォラステロの足元に陽炎が立つが。


「いよっと」


 その姿が滑るように高速移動する。虚しく立ち上がる炎柱。

 思わずクーリは息を呑んだ。


「はっはぁ! こりゃいいや!」


 エールム・エグゾスキュレが風を吐き出し駆動する。金切り声を上げるジェットがフォラステロの身体を強引に加速。彼はその勢いを制動しきってみせた。

 あまつさえ、回転までも加え。


「そらっ、二人目」


 切り裂いた、胴体を真っ二つ。鉄臭い赤が散る。

 黒い人影は、クリオロは。あっさりと殺されてしまった。

 大振りの攻撃に見切りをつけたクーリが炎球を放つが、フォラステロの剣が迎えうつ。風の刃が急ごしらえの火勢を吹き払ってしまう。


「なんだ。同僚が死んだってのに、随分冷静な攻撃だな」

「……何を考えている」

「何って? そんなの決まってる。トンズラさ」


 クーリの視界の端で、二人の男たちがインゴットの詰まった袋を持ち上げようとする。彼女がそちらに意識を向け――らことが許されない。

 割り込むように突進してきたフォラステロが、袈裟に振り下ろさんと掲げる剣。逡巡。無視して魔法を打てるような状況ではなかった。

 クーリの片手剣が鞘走る。


 剣戟音のない衝突。


「やっぱり持ってたかよ。ただ、甘めぇなぁ!」


 不可視であったはずのそれさえも、フォラステロは織り込み済みだった。

 彼の仕込み剣から全開の風刃。それがクーリの片手剣を回り込み、クーリの頬や腕を裂く。


「つうっ!」


 たまらずクーリが、自分に風魔法を放って後ろに飛び退る。本来想定されている切断距離よりも長く刃を伸ばしたからだろう。胸甲を裂くことができなかったのが、救いだった。

 後ろに下がることで広がった視界を見渡して、クーリは舌打ちをする。彼の部下二人には、まんまと逃げられてしまった。


「なぁんだ、でかい乳してんなぁ! 嬢ちゃんよぉ!」


 そして、彼の風魔法はクーリの迷彩魔法すら切り裂いてしまっていた。フォラステロの下卑た目線から自分の身体を隠すように、クーリは半身をとる。


「なんなんですか、本当に」

「あぁ? 何がよ」

「何がって全てがですよ。意味がわかりません。教皇とやらのお達しですか?」


 時間が必要だ。

 クーリは想定外のイレギュラーに混乱していた。戦士階級の彼だ。非公式とはいえ、国の金を預かって来ていたことは察せられる。パンデピスとの会話からも、アガペル聖火教国はこの国から買った魔導兵器を増産して軍に配備していることは疑いようがない。

 なら、このような裏切りをはたらく理由は?


 戦争前だとしても、ここで意味もなくことを荒立てる必要はない。


 金品を持って『とんずら』したいなら、クーリに出会う前から逃げ出してしまえばいい。


 どうであれ、コンディトライの用意した取引を台無しにされた以上、組織の人間としてクーリは彼を処罰しなければいけないのだが。


「そんなわけねぇだろ。むしろ、それが嫌だからこうしてる」


 フォラステロは解き放ってそのままだった長髪を一つにまとめ、頭に巻いていた布を噛み裂いて、縛った。


「俺は楽しい戦いがしたい。見え見えの負け戦に向かわされるくらいなら、金持って逃げ出したいのさ」

「なら、この場所まで来なければよかったじゃないですか」

「はっ、悲しいこと言うねぇ。俺が何しにここへ来たのか、本当はわかってるんだろ?」

「さぁ、わかりません」

「嘘つけやい」


 会話を続けつつ、クーリもまた栗色のポニーテールを縛りなおした。

 そして、突然の出来事に縮こまった身体を揺すり、筋肉を程よくゆるませる。あの速度相手に肉弾戦を避けるのは難しいだろうという判断をしていた。

 一度体勢を立て直すための会話。


「それとも、本当にわかんねぇってんならよ。無理やりわからせるしかないよな」


 クーリは、万全の状態で敵を討つため。


 フォラステロは、万全の敵を討つため。


「夜の方も歴戦だと言っていましたが、童貞みたいな強引さですね。軽蔑します」


 使命のため。愉悦のため。


 クーリが片手剣を正中に構え、フォラステロは仕込み剣を背に隠すように振りかぶる。


 射掛ける直前の弓弦のよう。張り詰める緊張感。


 フォラステロの魔導外骨格を魔力が伝う。


「さあ! 殺し合おうぜ(たのしもうぜ)、クーリ・グラス!」


 急加速するフォラステロに、クーリの爆炎が喰らいかかった。

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