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ダーカー・ザン・チョコレィト 〜魔法少女の復讐、甘い香りとともに〜  作者: 浜能来
第二章 最も別れるのが難しい相手とは、過去の自分だ
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第十六話 エスト村の一日

 濃紺色の夜空を、夏の朝日が薄紫に照らした。家畜の鶏が甲高く鳴き、人の動き出す気配。ちらほらと、粘土と材木で作られた、煤けた農家の一軒一軒から煙が上がってゆく。

 その火でもって、塩で味付けした野菜屑のスープを作り、黒パンを浸して頬張る。王都の暮らしとは比べものにならずとも、農村としては上等な食事を終えて、今日も農夫たちは畑へ向かう。


「んーーーーっ!」


 彼女は、そんなエスト村という名の生き物がのっそりと動き出すような朝が好きだった。自分の住処となって久しいギルドハウスの物見塔に立ち、思いっきり背を伸ばす。彼女の顔くらいの大きさの警鐘の吊るされた低い天井ではろくに手も伸ばせなかったが、それでも干し草を詰めただけのベッドに凝り固まっていた身体がぎゅっと引き絞られ、息を吐いて力を抜くと、途端に身体が軽くなったよう。

 寝ている間に絡まってしまった栗色の髪の毛を手櫛で簡単に整えてから、髪紐で縛る。右に左にと首を振って、緩まないことを確認した。


「よっし。今日も一日、頑張りますよ!」


 白森の近いこの村が、こんなのどかさを保てるのも、自分の警備があってこそ。彼女はその豊満な胸をそらして、決意を新たにして。

 新たにしたところでぐぅと腹の虫が泣いた。


「それはそれとして。まずはご飯を食べましょう」


 ひとりごちて、自分の大きい胸を邪魔そうにしながら、物見塔の梯子を下りる。手狭な居室の並ぶギルドハウス二階にたどり着くと、駆け足で一階の食堂へ向かった。そうして、一人で二人前の朝食をとってから白森周辺の警備に出るのが彼女の常だ。

 とはいえ、二つの元素魔法適性を持つ彼女に近づく魔獣などいないから、実のところ散歩をするだけで。主となるのは、彼女の裏の顔に用事のありそう冒険者などの排除。

 それが、クーリ・グラスであり、ジェラートである、彼女の日課だった。


 ◇◆◇


「おそいぞジェラート! 今日は剣の稽古をつけてくれるんだろ!」

「えー、そんな約束しましたっけ? あんまりはしゃいでると、またお爺ちゃんに怒られちゃいますよ」

「んなっ! お爺ちゃんはズルイだろ!」


 太陽も天頂を通り過ぎた昼下がり、腹を空かして村に帰ったジェラートを待ち構えていたのは、一人の少年だ。村のぐるりを囲む木柵の、その正門の下。

 活動の季節である夏は日が長い。農民たちは冬に向けた蓄えを作るため、朝早くから農作業をすることで午後の時間を確保して、何かしらの金策を行っていたりする季節。ちょうど、家畜の牛などを連れて帰る農夫の流れの中で少年は木の棒を振り回すので、危なっかしいことこの上ない。

 ちょうど、顔の辺りを空振られた馬がいななく。


「おう、坊主。そんなことしてると、お前んとこの雷ジジイが怒るぞ」


 ただ、小さな農村だから、誰も彼も少年を知っていて、やっかみはしない。


「な、なんでみんなじいちゃんのこと言うんだよ!」

「そりゃ、少年が一番言うことを聞いてくれる、魔法の言葉だからですよ」

「んんぅ、それはぁ……」


 それが少年の幼い自尊心と噛み合うかはさて置いて。

 ジェラートは不満を押さえつけるように両手で木の棒を握る少年に目の高さを合わせ、頭をぽんぽんと撫でてやる。機嫌の悪い猫がやるように、少年はその手を弾いた。


「ぷふっ」

「あっ、わらったな!」

「えぇ? いやぁ、笑ってませんよぉ」

「声がにやけてるじゃん!」


 顔を真っ赤にした少年が振り回す木の棒は、ジェラートの胸甲にあたってコンコンと音を立てるばかりである。

 彼女は今度こそコロコロと笑って、ギルドハウスの方へと歩き出した。井戸のある村の中央へ向かう、踏み固められた道から外れて、下草を踏んでいく。木の棒を振りかざし、追いかける少年。


 彼は、数日前ショコラが来た時、白森に踏み入ってしまっていた少年である。

 ヌガーの毒針で昏倒した彼は、次の日にきちんと目覚めた。しかし、自分がなぜ白森の中で、ジェラートに見下ろされて目覚めたのかは思い出せず。ヌガーが説明した通りの毒の効果が現れていた。

 かいつまんで事情を説明して、彼はジェラートが一人で助けたことになった。

 その結果として、彼女は今、非常に懐かれているのだ。


 木の棒でジェラートを突き回すのにも飽きてきた少年が、ふと手を止める。悪い顔をして木の棒を突きの姿勢に構え、狙いを定める。

 その先にあるのは、ジェラートの臀部。


「うりゃーー!」


 元気な気合いをかけて走り出すも――


「おバカ」

「あでっ」


 あえなくチョップで撃沈された。

 頭を抑えてうずくまる少年の前に、ジェラートがしゃがみ込む。


「しょーうねん?」


 ぺったりと貼りついた笑顔をジェラートは少年に向ける。彼は、喉の奥で小さく悲鳴を上げた。


「焼いて、食べますよ?」

「ごめんなさいっ!」


 少年は草に顔を埋めて謝った。ジェラートは、またコロコロと笑った。


 ◇◆◇


 食事は、いい。

 たとえ保存のきくしょっぱいものか、倹約のための薄い味付けのものか、両極端であっても。暖かいものがお腹に詰まっていると、やはり幸せを感じる。


「ごめんなさいね? うちの子がいつも」

「そんな、謝らないでくださいよぉ。私も楽しいですから!」

「そう言ってくれると、助かるわぁ」


 普段はジェラートしかいない、ギルドハウスの食堂。空になったお椀やお皿の向こうには、少年の母親が立っていた。

 まだ三十くらいだったとジェラートは記憶しているが、頭巾の中にしまわれた髪は、すでに痛んでごわついているようだった。頰に添える手も、普段の水仕事や針仕事でガサついている。

 そんな手で頭を押さえつけられて、少年はぶすっとしていた。


「ほら、ちゃんとお礼言ったの?」

「ジェラートは俺の友達だから、いいんだよ」

「ばか、何言ってるの!」

「まぁまぁ。私も弟が出来たみたいで嬉しいですから」

「そうぉ? こんな弟でいいなら、今すぐ上げたいくらいだけど」

「弟じゃない!」


 少年は両手を振り上げるが、母は強し、カッとひと睨みすると、すぐにピタッと動きが止まって、大人しくなる。ジェラートは微笑ましく見つめた。


 干し肉の一つで、こんな良いものが見られるなら、安いものですよ。


 ギルドハウスに配給される食料の中には、干し肉もあった。干してあるとはいえ、農村では貴重な肉である。当然、育ち盛りの少年は欲しがって、ジェラートは素直に半分切り分けてやった。

 そのタイミングで折り悪く、母親が現れたのである。

 以前なら、「冒険者様は居るだけで良いものが食べられて羨ましい」と言われることまであったものだが。


「でもねぇ、あなたもその年で、しかも女の子で冒険者なんて、大変でしょ? 食べるものくらい、ちゃんと食べないと」

「だぁいじょぶですよ。ここに人が来ない分、人一倍の人一倍食べてますから!」


 ジェラートが自慢げに二の腕にぐっと力を込めると――服の上からなので僅かだが――力こぶができる。


「まぁ、頼もしい」


 母親が笑う。

 少年を連れ帰ったジェラートに対し、農民の接し方は暖かなものになった。彼女自身が使った大規模な魔法であったり、ぼろぼろで帰ってきたショコラだったりが彼らの不安を煽っていたから、余計にジェラートが勇者のように映ったのだろう。

 母親は「あぁ、そうだったわ」と、持ってきていた包みをジェラートの前の机に置く。


「これ、少ないし、形も悪いんだけどね」


 結び目を解くと、不格好にでこぼこした芋が数個転がり出た。


「わぁ、良いんですか!」

「こんなので喜んでくれるなら、いくらでも良いわよ」


 目を輝かせるジェラートに、母親は目元のシワを深くする。


「うわぁ、これ、領主に突っつき返されたやつじゃん。ほんとに少ないし」

「良いんですよ。それでも嬉しいものは嬉しいんです」

「えぇ、なにそれ」


 机に顔を乗り出してげんなりとする少年。ジェラートはその額を指で突っついて、諭した。その後を追うように母親の平手が上から降ってきて、机と挟み撃ちにするように少年の頭を痛めつけた。

 少年は、涙目で外に出て行った。母親はすんと鼻を鳴らす。


「ほんと、いつまでも成長しない……」

「あははー。元気でいいと思いますけど」


 ジェラートとしては、母親特有らしい愚痴というものに、当たり障りのない返事をしたつもりだったのだが。


「まぁ、それは、そうね」


 一句ごとに真剣な声色になる母親に、あちゃあと心の中で後悔する。ジェラートが助けなければ、あの少年は『元気』ではないのだ。


「本当に感謝してます。あなたにも、あまり大きな声で言ってはいけないのでしょうけど、柵を作るお金をくれたクーリにも」

「……大きな声じゃなかったので、聞こえなかったことにしておきます」

「えぇ、そうね。ごめんなさい! 変な話しちゃったわ」


 湿っぽくなった空気を入れ替えるように、母親は手を振った。食器洗いましょうか、と提案されるもジェラートは断ったから。ぺこりと挨拶をして、母親は帰っていく。

 開き、閉まったギルドハウスの木戸の向こうから、少年の名を呼ぶ声が聞こえた。少年の返事が聞こえた。


「私、ちゃんと救けられてるよね」


 ジェラートは誰にともなく、頷く。自分で両の頬を張って、よし! と気合いを入れるその表情はどこか緩んでいて。彼女は鼻歌を歌いながら準備をする。

 午後は、白森に材木としてブーロゥを取りに行く農民の護衛だった。


 ◇◆◇


「いやぁ、申し訳ねぇです。朝からこの村の警備をしてもらっているっていうのに」

「良いんですよ! ほら、私も皆さんにお世話になってますから」

「そうですかい? そう言ってもらえると、嬉しいんですがね」


 ジェラートが村の正門に向かうと、すでに農夫たちが集まっていた。ブーロゥを切り倒すための斧だったり、それを切り分けるための鋸だったり、枝を払うための鉈だったり。仕事を覚えるために連れ出されたのだろう若者は、もう役割が残っていなかったのか、落ち着かなげに銅剣を握っている。

 その人だからの奥で、荷台を繋がれた牛が気怠げに鳴いた。


「もうすぐ、冒険者たちが白森へ魔獣狩りに入る季節です。ピリピリした魔獣が多い中で、ブーロゥを伐採するのは無理ですから」

「えぇ、わかってますとも。稼ぎ時ですもんね。任せてください」


 ジェラートが態度でも言葉を示すように胸をそらすと、二重の意味で「おぉ」と声が上がった。見送りに来ていた女たちの、倉庫に入り込んだネズミでも見るような目。

 ジェラートは曖昧に笑って、あえて女たちの方に声をかけた。


「それじゃあ、何かあったらギルドハウスの物見塔に登って、鐘を鳴らしてください」

「えぇ、もちろん。あなたも、うちの人が変なことしたら、森に置いてきていいからね?」

「ついでにうちのも」

「なんなら、囮にしたらいいわ」

「ひ、日も落ちちゃいけねぇし、早く行くかぁ!」


 農夫の一人が素っ頓狂な声で言う。途端に「おう!」だの「そうだそうだ!」だの、賛成の声がちらほら。言うまでもなく、さきほど置き去りの宣告をされた男たちだ。女たちの虫でも払うような手つきを背中に受けて、夜逃げするように歩き出す。


「情けねぇオヤジ」


 どうやら、銅剣をぶら下げていた若者の父親もその中にいたらしかった。わざとらしく呆れ顔を作りながら、その後に続く。

 しかし彼も彼で、ジェラートから顔は背けつつも、目でチラチラと盗み見ていた一人である。ジェラートはクスリと笑った。

 彼女はその存在を確かめるように、腰にはいた片手剣の鞘を握ると、牛車のもとへ向かった。村人の命を除いて、村一番の財産といえば家畜だった。

 御者台の横に立ち、手綱を握る農夫に挨拶をする。


「こんにちは! 今日もよろしくお願いしますね」

「ん、あぁ……。こちらこそですよ」


 彼は、ショコラとヌガーをこの村へと連れてきた人物だった。あの日以来気落ちしてしまったと村の人々に言われる彼は、手綱をおざなりに振った。牛もおざなりに答えて、のっそりと歩き出す。

 ジェラートはこの農夫と話すのが気まずかった。

 誰も彼も、彼は馬車を馬ごと失ってしまったから意気消沈しているのだと言うが、ジェラートにはそうは思えない。

 牛の歩みに合わせて、ジェラートも歩き出す。行手には、遺骨立ち並ぶ墓所(ラ・トンク・ドス)と名高い白森の樹冠。

 ここ数日、彼とこの道のりを共にしている間、何か言いたげに目で機会を窺っているらしいのが、何よりの証拠だろう。


「あの……」


 そして今日、彼はついに意を決したらしい。

 ジェラートはなるべく察しの悪いふりをして、にこやかに答えた。


「どうか、しましたか?」

「えぇと、あの二人は無事なんでしょうか。確か、そう。ショコラちゃんとヌガーさんです」

「あぁ、なるほど……」


 農夫は周りに聞かれるのが怖いのか、きょろきょろとしながらジェラートに尋ねた。

 ジェラートが勇者の如くもてはやされた代わり、彼ら二人は余計なことをしてクーリを怒らせた厄介者として認識されている。なんなら、少年の行方不明を彼らのせいにする老人もいた。

 それもそのはず、まともに彼らと交流を持ったのなど、この農夫くらいのものなのだから。


「私も、あの二人とは初対面なので、連絡が来たりするわけじゃないんですけれど」

「まぁ、そうですよね」

「気になりますか? そんなに」


 ジェラートが素直な興味を口に出すと、農夫は思い出すように空を仰いだ。ジェラートもつられて空を見るが、気ままに流れていく雲しかなく、掴みどころのない青空だ。

 夏の照りつける日差し、額に滲む汗。ぴしゃりと手綱が鳴る。


「そりゃあ、もちろん。依頼主と冒険者という関係でがないですが、それでもうまい飯を食べさせてもらいましたしね」

「うまい飯ですか。ショコラが作ったんですか?」

「いや、ヌガーさんが」

「えっ、あの人、あんななりで料理なんてできるんですか?」

「私も、整髪油の匂いうつるんじゃなんて思ったんですけどね」


 農夫の冗談に、ジェラートが吹き出す。彼女からすれば、気に食わない奴を馬鹿にして笑ったようなものなのだが、農夫はてっきり共感を得られたのだと勘違いした。


「正直言うと、私はクーリに感謝こそしていますが、信用はしていないんです」

「え……?」

「村では口が裂けても言いやしませんけどね。所詮あれも、人殺しでしょう」


 ジェラートの、クーリの足が無意識に止まった。


「ん? どうかしましたか?」

「いっ、いえ! なんでも!」


 急いで彼女は表情を作り直した。作り直さなきゃいけないくらい、顔に出てしまっていたのが彼女にもわかった。駆け足に農夫の横に並ぶ。


「あの日、スティンの悲鳴を聞いて、ショコラちゃんは報酬なんていらないと言って助けに向かってくれたんです。私なんて、思わず馬車を止めていたのにですよ。そんな私を認めて、叱咤して」


「私はその時、火柱が上がるのを見て、クーリが来たことを悟りました。でも、彼らには言えませんでした。あとが、村のやつらからの批判が怖かったんです」


「そのくせ、私はクーリにスティンが殺されるのではないかとも思いました。何か、口封じとか、何かで。だから、黙ってそのまま馬車を走らせたんです」


「そしたらですよ、あんなちっちゃい女の子が、クーリに立ち向かうじゃないですか。俺はもう、あの子の言葉に従うしかできなかった」


 べらべらと喋り終えて、農夫は照れ臭そうに頭をかいた。ジェラートは上辺で返事を返した。

 彼女の胸甲は、ショコラの起こした地面の陥没に巻き込まれてから、土埃の臭いがする。それが、鼻につく。


「でも、クーリに任せても結果は変わらなかったんじゃないですか」


 強い語調でジェラートが言う。


「むしろ、そっちなら、馬車も無くならなかったんじゃないですか?」

「はは、そうかもしれませんが」


 農夫は常日頃の胸の内を溢すように、自然に言葉を継いだ。


「やつは、護衛の冒険者を殺してるんです。そんな得体の知れない人殺しが、そのあとのスティンの警護までしてくれるか、私にはわかりませんよ」

「そう、ですね」


 そのニヒルな口調は、ただの逆張り精神として片付けることもできただろう。だが少なくとも、ジェラートにはできなかった。

 あの決戦の日からジェラートの頭にこびりついた、ヌガーの言葉が原因だった。人を救けると言うくせに、人を殺すのかと。迂遠ながらも、クーリという存在を責め立てる会話。

 ジェラートが俯いて口をつぐむ。すると御者台に座る農夫には、彼女の表情も何も見えなかった。


「まぁ、要するにですね」


 自分の話ばかり長くしすぎたと、彼は慌ててまとめに入った。


「あの強い女の子は私の恩人なんです。それが、あんなひどい怪我をして消えてしまったから、心配なんですよ」

「……なら、何か連絡があれば、お伝えします」

「いやぁ、助かります」


 ジェラートの返事に農夫は会釈をして、それで話は終わる。

 彼は、ジェラートに打ち明けることができたからか、どこかさっぱりとした面持ちだった。ジェラートにはそれが羨ましかった。


 ◇◆◇


 夕暮れ、汗ばんだ身体に吹き付ける風が涼しい時分。

 牛車をぎしぎしと軋ませて、農夫たちはエスト村へ帰りついた。三々五々、彼らは散っていき、牛車に満載のブーロゥの白い材木は共同倉庫にゴロゴロと積み下ろされた。あと二、三日はこうして集め回り、冒険者が白森に入り出す時期を見て、加工するのだという。

 積み下ろしを手伝えば、もう仕事も残っていないので。ぐぅとなる腹を抱えて、ジェラートもギルドハウスへと歩き出した。だが、このまま夕食を食べてしまえば、その分ぐっすりと寝てしまって明日に障る。

 少し剣の素振りなどして、もしあの少年が遊びに来ていれば戯れてやって。今日も早めに寝ることにしよう。

 そんなことを考えつつ、ジェラートは石造りのギルドハウスの扉を開けた。夕焼けの赤い影が伸びる、見慣れた食堂の風景に、ふぅと一息。


「久しいな、クーリ・グラス」

「っ! 誰だ!」


 ただ、そこには先客がいた。クーリが咄嗟に自分の周囲に炎を巡らし、薄暗い室内に橙色の光が走る。

 まさに『人影』とでも呼ぶべき、黒いローブを纏った人物が、食堂の隅の席に座っていた。クーリの魔法の気配に怯みもせず、ゆらりと立ち上がる。

 長身の彼がクーリの前に立つと、ちょうど頭ひとつ分の身長差を見下ろす形になる。


「俺だ」

「俺だって……あぁ、クリオロさんですか」

「そうだ」


 その男は顔まで黒い布で巻いて覆っているから、黒い前髪の隙間から覗く黄色い瞳を見て、またぼそぼそとした声色を聞いて、ようやくクーリから敵意が消えた。

 ヌガーとは違う意味で、無愛想な男だった。クーリは後ろ手に扉を閉め、背筋を正して尋ねる。


「あなたが来たということは、そういうことなんですね」

「そうだ」


 クリオロの頷きに、ジェラートは唾を飲む。


「仕事だ。コンディトライの一員として、『あの方』の役に立て」

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