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ダーカー・ザン・チョコレィト 〜魔法少女の復讐、甘い香りとともに〜  作者: 浜能来
第1章 鍛冶屋というのは、鍛治をしながらなるものだ
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第十五話 娘

「それで」

「それで、で意思疎通できるような、便利な魔法はないはずだが」

「ったく、一から話せってかい?」


 二人が何度も依頼書をやり取りしたテーブル。燭台の火だけが頼りなく照らす、パティスリーの裏の顔だ。地下室にこもった、鼻の奥がむず痒くなるような匂い。ビスキュイの呆れが息となって、それをかき回した。

 ビスキュイは横向きに椅子に座っており、机をコツコツと指で叩く。


「聞いたよ。お前たちが向かった村の近くで、クーリが派手に魔法を使ったってね」

「あぁ、やりあったからな」


 背を丸め、机に腕を乗せ。ふてぶてしく見返すヌガー。


「そこまではいい。門外不出のはずのバーナン家の魔法血統らしいのも、目を瞑ろうじゃないか。だけどね、ならなんで、クーリの死体が出ないんだい?」

「それは」

「なんで、対したチョコレィトの、ピエスモンテの話は流れてこないんだい?」

「そうだな……」

「言い訳を考えるんじゃないよ」


 ぴしゃりと言いつけて、ビスキュイは一度言葉を切る。


「チョコレィトは、もう死んだんだね?」

「あぁ、そうだ」

「なら、今仕事をしてるのは、ショコラなんだね?」

「そうだ」

「…………お前は本当に」


 あっさりと認めていくヌガーに、ビスキュイはこめかみを抑えた。彼女には言いたいことが山ほどあって、その全てを指先で押さえつけていたとも言える。

 ビスキュイが足を組み替え、解いた。思い出したように風の元素魔法で陰湿な空気を追い出して、ヌガーに向き直った。


「裏ギルド『パティスリー』の長として、お前に沙汰を下す」

「あぁ……」

「二度とお前に仕事は回さない。人を殺したいのなら、本物の人殺しとして人を殺すんだね」

「……」

「そう、あの子に伝えな」


 それで話は終わりと、ビスキュイは席を立つ。そういえばと、振り返らずに声をかけた。


「あの依頼は、違法貴族どものコミュニティの調査依頼は。別のやつに回すことにするよ」

「俺たちにしか、任せられないんじゃなかったのか?」

「もう俺たちじゃないんだろ。なら、他のやつのがまだ可能性があるってものじゃないか」


 ビスキュイが少し指を振るだけで、燭台の火が消えた。風にのって、燃えていたロウの残り香がヌガーの元に届く。

 光源を失い、曇りだから、締め切られた小窓から滲む光もない。急に夜の帳が降りたような部屋の中、スフレを怒鳴るビスキュイの声が聞こえる。耳を澄ませば、祭りの前に浮き足だった、王都民の賑やかさも聞こえるかもしれない。


 これがあるべき日常なのだと、ヌガーは思った。


 立ち上がり、手を伸ばして壁を探る。手狭な部屋だから、彼はすぐに見つけられた。そのまま壁を伝い、身をかがめて隠し部屋を出る。

 倉庫を出て厨房へ出たヌガーを出迎えたのは、スフレだ。


「あのっ!」


 上擦った声に、嫌味なヌガーは耳を塞いで見せた。すると、どこからともなくケーキナイフが飛んできて壁に突き立つ。ヌガーは頭の位置まで上がった腕をさらに上げて、降参のジェスチャーに変えた。

 彼の前に立つスフレの手には、店で商品を提供するのに使っている紙箱があった。両の掌で抱えるのにちょうどいい、ちょこんとしたサイズ。


「これ、ショコラさんにと思って」

「ん? あぁ」


 差し出された箱を、ヌガーはとりあえず受け取った。スフレの耳たぶは、心なしか紅い。


「チョコレート、作ったんです。お義母さんに助けてもらってですけど。是非、ショコラさんに食べて欲しくって」

「チョコレート、チョコレートか」

「どうか、しました?」

「いや、いい。ちょうどよかった。ちゃんとお前からだと言って、渡しておこう」

「えっ?! いや、別にそんな意味じゃ……」

「どんな意味だ」

「えぅ、あぅ……」


 しどろもどろとするスフレを、ヌガーは愉快そうな目の色で眺めた。遠くでケーキの仕上げを引き継いでいたビスキュイが、やれやれと首を振る。

 スフレはしばらく、銀糸を撚り合わせた髪を握るようにして手で梳いていたが。だんだんとその手が止まって、しょんぼりと肩を落とした。


「ショコラさん、大丈夫なんですか?」

「……あぁ、大丈夫だ」


 スフレがいかにしっかりしているといっても、彼はいまだ十二歳の少年だった。自分を見上げる瞳に、ヌガーは目を逸らしかけて、やめた。


 ◇◆◇


 王都は、住む人間からその居住区まで、すべて計画の上で作られた都市だ。人が集まって自然と栄えただとか、そういうことはなくて。魔法研究の機能をひとところに集約するための、都市レベルのシステムといって過言ではない。

 だから、そんな歯車の噛み合わせからこぼれ落ちた人間が集まる場所も、明確に存在していた。


 王都地下の下水道区画。水の元素魔法を扱う貴族たちによって、それこそ無限に作り出される生活用水を廃棄するための、直線直角ばかりの水路。壁にまばらに据え付けられた松明に照らされる、その周辺。

 荒く切り出された石畳の通路に、独房のような小部屋が並んでいるのだ。それぞれに取り付けられた木戸はどれも腐りきっていて、戸締りも何もあったものじゃない。

 そも、ここに住むような文無しの住処になど、木戸以上に高価なものは置いていないだろう。


 下水から漂うすえた臭いに鼻をしかめながら、ヌガーは歩いていく。人の気配はなかった。上でやっている祭りに紛れて、スリでもしに行ったのだろうと、ヌガーは王都民が天気を考えるのと同じ無関心で考える。

 そんなことより、片手に提げたスフレの菓子に臭いがうつらないかの方が気になる。少し早足に歩き始めた。


 こんな、足元をまるまるとしたネズミが通り過ぎていくような不衛生の中にも、マシな場所というのは存在するものだ。

 例えば、この下水道区画の管理する役人用のスペース。

 こんな場所に追いやられた人間の仕事はどぶさらいくらいのもので、それを監督し、報酬を与える人間が当然存在する。彼らにも一応、ここで暮らすための家が与えられるのだが。

 当然、住みたがるやつなどいない。


 チョコレィトが手に入れた家というのは、そんな家の一つを買い上げたものだった。

 並ぶ木戸の中に突然現れた鉄門扉を、背筋があわだつような軋みを上げて押し開けた。少しでも臭いを遮断するために、その先にはもう一つ扉があって、ヌガーは手前の扉をきちんと閉めてから、奥の扉を開けた。

 しんとした部屋は真っ暗で、人の気配がない。


「ヌガー……?」

「あぁ、俺だ。戻ったぞショコラ。お土産もある」

「そう」


 そんな中で、ショコラの細い声がした。闇に慣れていないヌガーの目には、彼女の姿は見えない。慣れ親しんだ部屋だから、彼女の寝るベッドの位置はわかるけれど。


「外から松明を持ってくる。いいな?」

「……いやよ」

「だがこうも暗いと、何もできないからな」


 彼がこの家を出た時には、松明の火はついていたはずだった。手探りにヌガーが松明を取ると、その先に乾いた泥がこびりついていた。ショコラが消してしまったのだ。

 ヌガーは下水道へ戻り、適当な松明と使い物にならなくなったそれを交換した。そして、再び家へ戻ると、炎に照らされてようやくその様子が目に入る。


 場所が場所とはいえ、役人の部屋だ。四角いだけの一部屋は、二人分のベッドを別々に置いて、部屋をカーテンで二つに分けた上で十分に広い。天井には通風孔が開いていて、光こそ入ってこないが、松明を燃やして燻されてしまうこともない。水瓶に水を汲んで置かなければいけないのが難点だが、ショコラがいればそう気になることでもない。

 チョコレィトが無秩序に買い集めた、動物の置物やどこかの宗教の偶像。ヌガーの集めた書物と、様々の覚書、依頼書の山。そして、ショコラのクローゼットと、そこに引っ掛けられた香木入りの袋。


 三者三様を集めた部屋は混沌としていて、その奥のベッドでショコラは身体を起こしていた。簡素な麻の服を纏った彼女は顔の半分を包帯で覆っていて、痛々しい。ツーサイドアップにまとめていた銀髪も、その右半分は焼け焦げてしまったから、全て短く切り揃えてしまった。


「火傷した猫は、冷たい水をも恐るというがな」

「なんのことよ」

「すまん。なんのことだろうな」


 ショコラの強張った声に、珍しくヌガーが謝った。彼女は両肩を力ませて、じっと松明の炎を見ている。

 ヌガーは彼女の気を逸らすように、手に持った菓子箱を揺らした。


「ほら、スフレからの土産だ。どうもお前さんのために作ったらしいからな。きっと俺には似合わない、甘酸っぱい味がするんだろう」

「スフレが……」

「開けてみたらいい」


 ヌガーがベッドの脇まで歩み寄って、無造作に突き出す。ショコラはそれを受け取ろうと右手を伸ばしかけて、表情に痛みが走る。左手でそれを受け取って、膝の上に置いた。利き手が使えない不自由に四苦八苦しながら、紙箱を開く。


「チョコレート」

「あぁ、チョコレートだな」


 締め切られた部屋に、カカオの芳醇な香りが薄く広がった。丸く形作られた艶やかな茶色の上に、ローストしたカカオ豆を細かく砕いたものがトッピングとして散らされている。チョコレートボンボンだ。

 ショコラは苦々しく、それを見つめた。


「あなた、知ってたでしょ」

「なんのことだ? 俺は無粋ではないし、何より馬に蹴られて死にたくはないからな。中身なんて考えようともしなかった」

「あっそ、そういうことにしてあげる」


 ショコラは不満げに鼻を鳴らして、サイドテーブルへ紙箱を押しやった。今度はヌガーが苦々しくそれを見る。


「お前さん、チョコレート好きだったろう」

「えぇそうよ。でも、今は嫌い」

「チョコレィトを、思い出すからか」

「……そうよ。お父さんのことは好きだけど、嫌いだもの」

「女心か。勘弁してくれ。嫌いで、苦手なやつだ」

「心配しなくても、女性もあなたのことは嫌いよ」

「言うじゃないか。まるで、俺みたいだ」

「うるさい」


 ショコラがヌガーを攻撃する口調は普段より穏やかなのだが、その分ささくれだっていた。肩を竦めるヌガーに、鋭い視線をよこす。


「それで、どうだったの」

「何がだ?」

「とぼけるんじゃないわよ。スフレに会ったってことは、おばさんにも会ってきたんでしょ?」

「俺はお前さんがマスターに似てきて、肩身が狭い。いや、もうマスターと呼ぶのも、相応しくないのかもしれないが」

「それって、どういう」


 ヌガーは手近の椅子を引き寄せて座り込み、背もたれに身を預ける。


「もう仕事は回さない。殺したいなら、本物の殺人者になるんだな。そう、伝えるように言われたな」

「…………そう」


 ショコラは自分の包帯に巻かれた右腕をさすりながら言う。


「怒らないんだな」

「なんで怒るのよ」

「あぁ、言い換えようか。憤らないんだな」

「おんなじじゃない」

「そうかね。そうかもしれないな」


 ショコラは右半身をかばって、ぎこちなく身体を横たえる。掛け布団を引き上げて、頭の先まで隠してしまった。脚を引き寄せてまるまるのが、布団の上からヌガーにもわかった。

 ヌガーは膝に肘をついて、手を組む。


「もう、いいのよ」


 くぐもった声がする。


「だって私、今じゃ松明だって怖いのよ。戦うなんて、無理よ」

「随分と、物わかりが良くなったな」

「なんだかね、わからないの。わたし別に、お父さんを殺した人を殺したいとも思わない」

「そうか」


 今度は、鼻を啜る音がした。ショコラの感情は見えない。

 悔しさなのか、情けなさなのか、鬱屈なのか、憤りなのか、悲しみなのか、不義理なのか、自責なのか。

 ヌガーにはわからない。ショコラにもわからない。

 それら全てないまぜにした、困惑という言葉が、ふさわしいとも言える。


「お前のお父さんはな」


 ヌガーが慎重に口を開く。


「ある組織の調査依頼の中で死んだ。お前さんには隠していたがな。違法貴族の持つ情報や技術の流通経路を確保しているとされる、いわゆるところの諸悪の根源というやつだ」


 返事はなかった。


「組織の名前は、コンディトライと言う。俺はきちんと仕事をこなして、チョコレィトにその拠点と思しき場所を伝えた。チョコレィトは任せとけと息巻いて、一人で乗り込んでいった。当然でかい仕事だから、これさえ終えれば、足を洗って真っ当にお前を育てられると、息巻いて」


 ヌガーが堪えるように頭を垂れ、言葉を切った。


「そして次の日、あのバカ野郎の死体が届いた」

「ほんとに、バカね」

「やめてやれ。お前さんにそう言われたら、あいつは報われない」

「知らないわよ」


 にべもない返答にヌガーは口をつぐんだ。部屋には重い沈黙が垂れ込めて、二人を焦がすように、松明がじりじりと。

 ショコラが布団から少しだけ顔を覗かせて――といっても、結局包帯に覆われていたが――ヌガーに聞く。


「なんで、そんな話をするの?」

「聞いてみたかったんだ。この話を聞いて、つまりは、お前さんが今まで探してきた情報というやつをつかんで。今お前さんは、どんな気持ちなのか、とな」

「どんな気持ち」


 ヌガーが顔を上げて、ショコラを見据える。今の状態ではお世辞にも「お人形のような」とは言えないし、これからももうずっと言えないだろう、可愛いショコラの顔を。

 目を瞑り、たっぷり考えたショコラが、口を開く。


「特に、なんとも」

「そうか。そうか。それなら、いいんだ」


 ため息混じりにそういったヌガーは、両手で自分のオールバックをほぐした。ぎらつくほどの整髪油で固められた髪型は簡単には崩れなくて、それを落とそうとヌガーは仕切られたカーテンの向こう、自分のスペースは消えていく。

 カーテンとはいっても、大した厚みはない。透けて見えるシルエットを、ショコラはぼんやり眺めた。


「心配かけてたのよね」


 そして今度は、サイドテーブルに押しやっていた紙箱を、布団から手を伸ばして引き寄せる。スフレが作ったと言うが、チョコレートを作る上で元素魔法を動力とする魔導機械の力は欠かせない。

 つまりこれは、スフレとビスキュイからの贈り物だ。


「今度ちゃんと、お礼を言いに行かなきゃ」


 中に入っているチョコレートボンボンを一つ摘み出して、頬張る。

 トッピングの香ばしい感触に歯を立てると、コクのあるチョコレートが割れて、中からじゃわりとフルーツソースが染み出してくる。ベリー系の酸味が、こびりつくような甘みを爽やかに引き締めてくれた。

 久しぶりに食べる大好物に、ショコラのほおが緩む。


「あぁ、そうだショコラ」

「ふぁあに?」


 ショコラがもう一個に手を伸ばそうとした時、ヌガーの声。


「寝ながら食べると、太るぞ」

「……あなた、本当に女心を知らないのね」

「あぁ、そうなんだ」


 じとりと目を細めて言うショコラに、ヌガーはどこか嬉しそうに返した。

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