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ダーカー・ザン・チョコレィト 〜魔法少女の復讐、甘い香りとともに〜  作者: 浜能来
第1章 鍛冶屋というのは、鍛治をしながらなるものだ
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第十一話 想い

 白森を黒く焼き焦がし、迫る大火球。


「――っ! タブレットッ!」


 ショコラは、その攻撃を避けることができた。元素魔法の未熟を知る彼女だ。自分の小柄な身体の活かし方はよく承知している。

 だが、できなかった。

 彼女の反射に割り込んだ理性が告げたのだ。あのサイズの火球だ、自分が避けてしまえば、ヌガーはまだしもこの少年は。


 一瞬。


 たったの一瞬の遅れをもって迫り上がる漆黒の壁は、その一瞬でもって火球を防ぎ切ることができない。


「あつっ!」


 壁の縁から蛇のように回り込んだ火の手が、ショコラを舐める。


「ショコラ!」

「うるさいわよ! ちょっと、焦げただけ」


 反射的に声を上げたヌガーを、ショコラは苛立たしげになだめた。火の燃え移った自慢のドレスを、即座に自分の魔法を浴びせて消化する。つるつると焼け固まった銀髪の一房を指で確かめ、舌打ち一つ。


「下がってなさい。私のお客様よ」

「…………あぁ、そうだな。それが、俺の役回りだ」


 火炎を受け切った土壁はぼろぼろと崩れ始めている。退がるなら、視界を遮れている今しかなかった。

 ヌガーは気づいている。ショコラが攻撃を僅かでも受けて、自分が無傷でいるのは、ショコラが優先的にこちらを守ったからだ。

 不承不承ふしょうぶしょうを噛み分けて、ヌガーは少年の肩に手を置く。


「ほら、ジェラートのやつは無事だったろう。お前さんがここにいる理由はなくなったわけだ」

「ぶ、無事っておじさん!」

「お前さんの知るクーリは、なんだ、村の英雄なんだろう。なら、無事だ」


 少年は見えもしないジェラートを壁の向こうに見ようとし、再びヌガーを見上げた。それでもヌガーは構わず少年の体をぐいと回し、畑の畦道へ押しやる。


「いたいよ! やめろよ!」

「駄々をこねるんじゃあない。そういうのは、お前さんの両親が喧嘩した時にでも取っておくん……だっ」

「うわっ、おろせっ」


 そのままヌガーは少年を担ぎ上げ、ショコラに背を向ける。その僅かの間に向けられた彼の視線を、少女はしかと受け止める。


「言われなくても、死なないわよ」

「あぁ、そうしてくれ」


 ショコラは去っていく足音を背中で聞いた。


「さて」


 土壁はいよいよ崩れ去り、森の惨状が彼女の目前に広がる。黒く虚ろに焼き抜かれた白森が、背筋の凍る音を立てて倒れ、道を作っていく。彼方、恐れをなした有翼魔獣たちが飛び去った。

 超小規模の嵐が過ぎ去ったような、ただの一人が作ったとは思えない、爪痕。しかしそれを為してしまうのが、クーリ・グラスという魔法義賊だ。

 ショコラは乾いた唇を舌で湿らす。ジェラートがちょうど、彼女の隣まで走ってきた。


「すみません! 引っ張ってきちゃいました!」


 剣こそ握ってはいても、ジェラートは両手を揃えて深々と頭を下げた。あまりに勢いよく下げるものだから、森に目を凝らしていたショコラの肩が跳ねる。それを恥じるように、咳払いを一つして。


「いいのよ、元々わたしたちが押し付けたんだし。むしろ、ごめんなさい」

「あはは、そう言ってもらえると助かります」


 ジェラートははにかみを返した。それで二人のやりとりは終わりだ。

 かたや片手剣を森へと向け、かたや魔法をいつでも撃てるよう、精神を張り巡らす。ショコラはジェラートに自分の元素魔法を隠すか迷い、すぐさま棄却した。

 目の前に標的がいるはずなのだから、関係ない。

『不可視』の持つプレッシャーの前にはそんな思考すらも邪魔だった。


「来ましたよ!」


 ジェラートの声が飛ぶ。木陰から飛び出したのは、炎の蜂だ。それも、一匹二匹ではない。

 ありもしない羽音を幻聴しかねないほどの大群が、森の中を橙色に染め上げる。


「散るわよ!」「はいっ!」


 言い切る前に二人は動いていた。数で攻めたなくるのなら、分散させるべきだという判断。

 そうして二分しても、雲霞の如き物量は変わらない。


「カレ!」


 彼女が交響曲サンフォニーを指揮するように指を振れば、その軌跡上に泥水が正方形を象って生まれていく。

 その一つ一つが、炎蜂を迎え撃ち。


 ジュウウウッ!


 急速に蒸発。水蒸気の嵐がショコラの髪をなびかせる。


「大きいのでダメなら、数ってわけ」


 忌々しげに吐き捨てて、ショコラは手を動かし続けた。なにも、炎蜂の突撃は一度で終わりとならない。

 ショコラの目線の高さに展開()()()()()カレの下を潜り、殺到する第二波の気配。熱気。


「ほんと、性格が悪いったら!」


 かざした手を振り下ろす。泥水が激流となり降り注ぐ。

 それに流されたカレが堆積し、彼女の足元を堤防と囲む。

 再びの蒸発。蒸気がカーテンとなり立ち上る。それは炎まで構築される蜂にとって、最大の障害となり。


「フェール・フォンドル――」


 ならば、次はショコラの番だった。

 足元ですっかり焼き固まった泥のカケラを、新たに湧き上がる漆黒が飲み込み、取り込み、形を為す。


「ロッシェ!」


 白い気体の壁を蹴散らして飛ぶのは、ごつごつと突起を持った漆黒の球体。投石機から打ち出された岩石の如き、鈍い風切り音。

 けれど敵は炎の蜂だ。怯え竦む様子など見せず、整然と回避行動を取る。

 ショコラのはなった一撃必殺は、そうしてできた穴を通り過ぎるかに見えた。


 ショコラはふふんと得意げに笑う。


「さぁ、爆ぜなさい!」


 彼女がぐっと手を握り込むと同時、漆黒の巨岩は言葉通りに爆ぜた。飛散する、焼き固められた泥のカケラ。それらが縦横無尽のかまいたちとして、炎の蜂を切り裂き尽くす。

 ぽっかりと球状の空白が、ショコラの前に作られる。


「うひゃあ、おっかない……」


 離れていて良かったと冷や汗を拭うのは、ジェラートだ。

 片手剣のみの彼女は逃げに徹し、樹木へ衝突させることで少しずつ数を減らしていたようだが。今の一発で、炎蜂のほとんどがショコラへと標的を変えた。


「ふぅ、あっちも大丈夫そうね」


 ショコラもまた、遠目にジェラートの様子を確認していた。最初の攻撃がジェラートを狙っていなかったからもしや、とも思ったが、二手に分かれてショコラだけが狙われるというわけにもいかなかったらしい。

 だがまぁ、なんとかなっているようだった。

 ショコラは自分の足元をざっざっと蹴りつける。相手のこの攻撃は時間稼ぎのようにもおもえたが、ショコラにとっても()()の時間が作れる分、都合が良い。


 ショコラは使い慣れたパレの砲門を背後に展開。渦潮状の泥水から放たれる礫で炎の蜂を牽制しつつ、森に向けて声を上げる。


「ねぇ、近くにいるんでしょ? あなたが素直にお話ししてくれるなら、私も無理に戦う必要はないんだけれど!」


 ショコラの大声が森に響く。返事はない。


「これだけの数を、的確に操るなんて、目で直に見ていなけりゃ無理だもの。返事をしなくても、いるのはわかってるのよ?!」


 数を減らしつつも確実に近づいてくる炎の大群に、ショコラは苛立たしげに地団駄を踏む。彼女の背後の砲門は数を増し、ついには十二を数えた。


「……ねぇ、本当に強情ね、あなた。自分だけ姿を隠して一方的に話すなんて、対等じゃないわ? すごく、腹立たしいわ?」


 ただ、彼女の苛立ちは確実に、『対等じゃない』というその一事に由来していた。

 額に青筋浮かべ、さくらんぼ色にぷるんとした唇の端をひくつかせる。炎蜂の攻撃がやけに単調になってきたのも、まるで片手間に扱われているようで、むしろ腹立たしい。

 彼女は自分の銀髪を掻きむしり、「あぁ、もう!」と叫んで顔を上げた。


「なら、言ってあげるわよ! わたしは、あなたの尊敬するチョコレィトの、実の娘よ! どう、話したくなったでしょ?!」


 ショコラは一息に言い切って、ふんと腕を組んだ。ヌガーに「なるべく情報は隠すものだ」と言われていたが、知ったことじゃない。

 返事こそなかったが、彼女に向かっていた炎の蜂がぴたりと動きを止める。

 それはつまり、会話の意思を多少なりとも見せたということで、ショコラはすっかり気を良くした。


「ほら、どうするの? わたしは、攻撃をやめてあげるわ」


 大袈裟に腕を広げ、彼女は背後の砲門を解いた。ただの泥水の塊になったそれらは空中に留まらず、ばしゃりと落ちる。

 ショコラもその武装解除が危険であることは承知していたが、先に相手が攻撃を止めて見せたのだ、自分はそれに応じないなどと、彼女の主義が許さない。


 ショコラの真正面からの視線を、揺らめく炎の蜂が受け止める。ひゅうと通り過ぎた風が、ショコラのほおを伝う汗の跡を撫ぜた。


「わかった。だが、魔法はこのままだ」


 相変わらずの揺らめく声は、出所も素性も掴ませない。

 それでもショコラは、会話を引き出せたことにまずは心の中で快哉を叫んだ。次いで、相手の要求に要求を重ねる。


「わかったわ。でも、せめて姿は見せなさい」

「……いいだろう」


 間を置いた了承とともに、炎の蜂が動き始める。

 ショコラに向かってくるその様子に、彼女は当然身構えるが、鉢の群れは彼女を回り込むように背後に集まった。

 ショコラが振り返ると、そこには炎の人型があった。


「これが、最大限」

「ふぅん、ま、いいでしょ」


 なにせ、魔法を見ただけの冒険者すら焼き殺す用心のしようだ。会話の席に着かせただけで、ショコラは満足している。


「それで、お前がチョコレィトの娘というのは」

「本当よ。わたしの魔法を見ればわかるでしょ」

「……比べて、ずいぶん未熟なようだが」

「う、うるさいわね! これからよ、これから」


 彼女に対する揶揄というのもやはり、会話が成立している証拠とはいえるのだが。さすがにそれをも喜べるわけではないショコラだ。いつもの癖で相手の脛を蹴り上げそうになるのを、そういえば相手は炎だったと止める。

 炎の人影、つまりはクーリの口元が風に揺れた。どうも、今までどこからか聞こえているのか判断のつかなかった声が、ショコラにはその人型から発せられているように感じられる。

 なるほど、風の元素魔法の応用だったのか。彼女は内心で納得した。


「……だが確かに、泥水の魔法は他に聞いたことがない」

「そうでしょ。だから、認めなさい」

「あぁ、いいだろう」


 渋々といった様子だが、クーリはうなずいた。そして、ならばと質問を投げる。


「ではなぜ、娘のお前が来る。チョコレィトは、私の記憶どおりなら娘を戦場に出す男ではない」

「わたし、あなたのいう『記憶』って言うのが何なのかの方が気になるんだけど、まぁ、いいわ。まずは私のほうから教えてあげる」


 彼女は言外に、次はわたしの質問に答えてもらうと伝えつつ、言葉をためた。この事実への反応で、クーリとチョコレィトの関係がはっきり見えるはずだから。


「チョコレィトなら、お父さんなら、死んだわ」

「……そんな、チョコレィトさんが、本当に」


 炎が、その戸惑いを映したように、大きく揺れた。


「へぇ、あなた素ではチョコレィトさんって呼ぶのね、お父さんのこと」

「うるさい」

「隠そうとしなくていいじゃない。あなたが隠れたがりなのは、十分知ってるけれど」


 ショコラとしては緊張をほぐそうとしての冗句だったのだが。むしろ神経を逆なでしたらしく、その火勢がごうと強くなる。声には珍しく、勢いがあった。その反応に、ショコラはヌガーのセンスがうつってしまったかしらと内省。

 しかし、これはあくまで会話の小休止であって。


「それで、『本当に』って、どういうことかしら」

「……」


 クーリはすぐに返答を返さない。表情を読もうとショコラが炎の人型に目を凝らしたところで、先ほどのような大きい変化でもなければ理解はできなかった。


「お前は、復讐をしたいのか?」


 やがて返ってきたのは、そんな質問だった。すっかりと平静を取り戻した、不可思議な声色で、ショコラの意思を問う。


「あら、そうだとして。あなたに何か関係があるのかしら」

「ある。わたしも復讐をしたい。いつかあの人にもう一度会えたら。そう思って、生きてきたから」

「もう一度会えたらって。あなた、まさか愛人だったりするの?」

「いや、そうではないが……」


 怪訝なショコラにクーリは言葉を切る。その思い出を語るべきか否か、判断つけかねているのだろうと、ショコラはじっと待った。

 結果、彼女は否と判断したらしい。


「とにかく、だ。お前に情報を渡すのは、リスクが大きい」

「それは、そうでしょうね。私は裏ギルドの人間だもの」


 裏ギルドの人間であるチョコレィトを殺した人間なのだ。それは、裏ギルドと因縁のある人間なのだろうし、クーリがその何某かの情報を流したと知れれば、無駄に注意を引いてしまう。

 いくらショコラが尊敬する人物の娘だからと、その人間性、能力に無条件の信頼を置いてしまうほど、クーリは甘い人間ではないらしかった。


「だから、条件は一つだ」


 威圧するようにクーリはその炎の体を膨らませ、告げる。


「私の仲間になれ。一緒に復讐をしよう。敵は、私より強大だ」

「あら、そんなこと」


 対するショコラは、まるで物怖じをしない。彼女はあくまで忠実に、自分の道を歩むのみだからだ。

 足元を確かめるように地面をつま先でたたき、満足げに頷く。ショコラはその小さな胸に抱き続ける想いを、言葉にするだけでよかった。


「お断りよ、共闘なんて。わたし一人で、お父さんを殺した相手にたどり着く。それ以外に、意味はないもの」


 毅然と彼女は言い放つ。鼻白んだかのように一歩下がるクーリに、彼女は人差し指を突きつけ。


「だからわたし、あなたをふんじばることにしたわ」


 ずずっ……と地下からにじみ出る大魔力。ショコラの仕込み続けた魔法が、発動しようとしていた。

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