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ダーカー・ザン・チョコレィト 〜魔法少女の復讐、甘い香りとともに〜  作者: 浜能来
第1章 鍛冶屋というのは、鍛治をしながらなるものだ
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第十話 ラ・トンク・ドス

 遺骨立ち並ぶ墓所(ラ・トンク・ドス)


 白い樹皮を持つ広葉樹、ブーロゥは、本来は広大な森の中、空白のように一本だけ生えていたりする、動物でいうところのアルビノ種のような存在だ。それが、群生している。

 まだ若い一本は水すら弾きそうなほど滑らかな表面を持つけれど、歳経たおおよそというのは、龍の鱗か干上がった大地か、がさついてひび割れている。

 見た人は思うだろう。


 なんだ。この木は葉を付けたたまま、立ち枯れしているのか。


 死を想起させる、磨いた骨の白色。

 それはまさに、白森の異名を作り出したものの一つだが。


 それならば、遺骨林などと呼ばれたのだろう。

 墓所とまで呼ばれるからには、それだけの理由があった。


 単純、ここでは人が多く死ぬのである。

 ブーロゥは、樹木が異常に魔力を吸収し、その在り方にまで影響してしまった結果だ。そのひび割れからは熟成された魔力が垂れ流され、魔獣にとってそれは上質のアーモンドクリームクレーム・ド・アマンドに等しい。

 上質の魔力で育った魔獣どもは当然の如く強大に育つ。村に降りれば虐殺の限りを尽くし、討伐に来たのが生半な冒険者であったなら、その血を母たる森への供物と捧ぐ。


 故に、遺骨立ち並ぶ墓所(ラ・トンク・ドス)


 そして今日もまた、供物が一つ。


「はあっ、はぁっ……助け、てっ……!」


 その少年は、一種の怖いもの見たさに、森のぐるりを歩いていただけだった。

 村の老人に口を酸っぱくして、森には近づくなと言われたことを、忘れたわけではない。母が寝物語に語った、白森の恐ろしさを忘れたわけではない。

 忘れてはなかったからこそ、彼は井戸の奥に水の精霊を探すような心地で、白森の周囲を歩いていた。


 惜しむらくは彼が、『樹を突いて蛇を出す』と言うことわざを知らなかったこと。


 ブーロゥの群生する白森にあって、樹に絡みつく蔦までもが、白い。そして、白森にはそれを利用して擬態する、白い蛇がいた。

 樹木蛇。ブーロゥに纏わりつき、愚者を待つ、魔獣をも喰らうもの。


 力自慢の農夫の腕より太い、その身体をうねらせて。森の中へと逃げ込んでしまった少年を追い回す。


 彼は振り返り、喉の奥で悲鳴を上げる。

 噛まれれば終わりだった。あの蛇の持つ毒は、大人の冒険者すら一瞬で麻痺させてしまうと聞く。

 だから彼は、懸命に足を動かした。梢枝が頬を引っ掻き、一筋の熱い感覚。


 ここはどこで、いつ足を止められる?


「たす、け……」


 すでに、助けを求めるための空気すらもったいない。

 見渡す限り白い森は、果てしなく先の見えない霧のよう。無限にも思える道のりは、少年の精神をすり減らした。

 でも、振り返ればそこに、チロチロと舌を覗かせる大蛇がいるから。

 少年は荒れる息を飲み込んで走った。縺れる脚で、それでも前に、前に。


 自分の心臓の音に支配された彼の鼓膜に、その時、がさりという音が届いた。


 振り返る。果たしてそこで、蛇は助けを求めるように首を天に伸ばしていた。反撃に頭を後方へ回し、その顎を開こうとしたが。

 その前に、ぐしゃりと叩き潰す拳。


「う、わぁ……」


 ついに、少年の足は限界を迎え。振り返るまま、無様に尻餅をつく。

 彼の前に現れたのは、魔猿。

 純黒のまだらを散らした毬栗いがぐり色の毛並み。それが『魔』と呼ばれる所以は、地についた二手二足のほかに、肩から生える二つの腕だ。

 魔猿は、首にキラキラと光る金属板をかけている。


「来るな、来るなよぉ」


 冒険者がよく身につけている、ネームタグだ。少年は悟る。この獣には、武装した大人ですら勝てないのだ。

 彼に逃げる気力はなく、ただ泣いた。下半身はじんとして重く、生暖かい液体が伝う感触だけがリアル。


 あぁ、久々のデザートだ。


 魔猿がその猿面を嫌らしく歪め。

 そのまま、肩から生える腕の一つが斬り飛ばされた。


「まったくもう! いっつもお爺ちゃんに言われてるじゃないですか、森に入っちゃいかんって」


 ◇◆◇


 剣閃。爪。尾。返しの一斬。

 ジェラートの剣術は、お世辞にも熟達の域にはない。防御の合間に攻撃こそ返せてはいるが、必殺リーサルをかけられない。

 対して、魔猿の攻撃は全てが必殺だ。樹木蛇の頭は、その足元でストロベリーソースを溢したみたいに飛び散って。ジェラートの頭が一撃を食らえばやはりそうなるのだろうと、想像するのは難しくない。


「うわっ?!」


 唸りを上げる豪腕が、彼女の盛り上がった胸甲を掠める。

 ジェラートは後退あとじさり、手先で持って胸甲の具合を確かめる。まだ耐えてくれそうだと片手剣を握り直す彼女は、頬に張り付いた栗色の髪を整えようと思う余裕すらない。

 対する魔猿は、森の豊潤な魔力を胸一杯に吸うたび、斬られた腕の断面がうじゅうじゅと蠢く。もうしばらく経てば、再生するだろう。


 再び始まるこぶしの暴風雨を、ジェラートは剣に沿わせて流し、かわし、合間に剣を挟み込む。

 顔の真横を通り過ぎた拳が樹木を抉るのを見て。


「あちゃあ……」


 ジェラートは苦笑いを溢した。


「ジェラートは、大丈夫なの……?」

「まぁ、真っ先に駆け出したくらいだ。自分の身は自分で守ってくれるだろう」


 少年はどうも、そんなジェラートと顔見知りであったらしい。彼を抱えようとして、その湿った感触にすぐに下ろしてしまったヌガーに問いかける。

 彼は少年を立たせてやりながら、心底どうでもよさそうに答えていた。


「ねぇ、本当にわたし、助けに行かなくていいのかしら」

「そうは言うがな、ショコラ。()()()()()()()()使()()()()お前さんに、何ができるっていうんだ」

「それはそう、だけど。さすがにただ人が死ぬのを見てるのは、後味悪いのよ」


 ショコラは、革紐で脇に吊ったナイフの位置が落ち着かないのか、指であっちそっちといじりながら言った。


 設定では、彼女は土の元素魔法しか使えない、ということになっている。ジェラートには、そう伝わっている。

 『泥水』と『土』の違いは単純にその速度で、最重の元素である土では自分の周囲はまだしも、他者の周囲など囲めず、遠距離攻撃は攻撃といえるほどの速度を得ない。

 だから、二人で魔猿を相手取るより、一人が時間を稼いで、その間にもう一人が子供を逃そう。

 そんな言い訳をして、ショコラ、というよりヌガーは、ジェラートに戦闘を押し付けたのだった。


 それもこれも、クーリ・グラスの正体がわかっていれば苦労しないのに。


 ショコラはジェラートの苦戦を眺めながら、胸の内でぼやいた。

 まずはクーリの正体を暴く。その容姿から性別までわからない以上、まずは全てを疑うべきだ。あの後、ヌガーがショコラにそう説いた。そして、ショコラもそれに同意した。

 しかし、『全て』を同時に疑うことはできなくて、必ず順番をつけなくてはならない。ろくに情報もない中で二人の頭に浮かんだのが、ジェラート。

 実際、身近な彼女に欺かれていてはたまらないし、特に冒険者というのは、必要に迫られれば王都に入ることもでき、自分の魔法技術を他国に売りたい犯罪貴族と通ずるのも容易い。

 やはりまずはジェラートを疑おうとなるのは、当然の帰結だ。


「なら、一人で戦わせればいいじゃない」


 整髪油で髪を撫でつけるヌガーに、ショコラはそう言った。


「別に、悪いとは言わないがな。ジェラートが魔法を使ったって、おかしくはない。見たところ、クーリはビスキュイと同じで、火と風の元素を扱うんだろう。お前さんもできるように、火だけ見せられたらどうすればいい」

「そういうことじゃなくて。明らかに一人で戦うのにはオーバーな相手をぶつけるのよ」

「ほう?」


 普段はショコラのことを小馬鹿にするばかりのヌガーが、手を止めてショコラを見る。それに、ショコラは腰掛けるベッドの上で胸を逸らした。


「彼女、自分のことペーペーだって言ったじゃない。ぺーぺーじゃ倒せないような敵をけしかけて、倒せたなら。少なくとも、彼女は嘘つきよ?」

「……そうか」


 ヌガーの目が、一瞬で白けたものになる。


「ショコラ、謙遜って言葉を知ってるか?」

「知ってるわよ。この世で最も要らないものだわ」

「はぁ、そうだな」

「ちょっと、ヌガー?」


 ヌガーは話は終わりだとばかり、整髪油の瓶をしっかりと締め、雑嚢の中に大事にしまう。その淡白さに不満げなショコラをそっちのけに、ヌガーは雑嚢をかき回す。やがて、一つうなずいて彼が取り出したのは一振りのナイフ。

 その刃を持ってショコラに手渡しながら。


「まぁ、その粗雑さが、まわりまわってくることもあるかもしれないな」


 そんな経緯で、事ここに至るわけだが。


「良かったじゃないか。こんなに都合の良い状況、なかなか狙って引き当てられるものじゃあない」

「……そうね。悪運が強いって、こういうことを言うのかしら」

「いいや、誤用だな。お前さんより小さな子に、嘘を吹き込むだなんて。恐ろしい子に育ったな、ショコラ」

「だ、か、ら! 一言多いのよ!」


 げしげしとしつつ、ショコラとヌガー、ついでに少年は着実に戦闘から離れていった。不安げに後ろを窺う少年を、ヌガーが知ったことかと引っ張っていく。


 さっきまで死にかけていたのは自分なのに、優しい子だ。ショコラは思う。

 付け加えるなら、ジェラートも優しいのだろう。万が一ショコラたちを欺いていたとして、森に入る足跡を最初に見つけたのも、それを見て最初に駆け出したのも、ジェラートだ。

 翻って、それらはまた、ショコラが悪い子であるという再確認。


 それがどうした。わたしは、わたしのために動く。


「ほら、行くわよ。あなたが森から早く出れば、お姉さんが助けに戻れるんだから」


 ショコラはたったかとヌガーを回り込み、少年の空いた手を取った。ぽかんと見返す幼い瞳に、微笑みを返す。

 すると、少年はきゅっと口を引き結び、うなずき。彼は二人の手をしっかと握り直し、むしろ付いてこいとばかりに歩き始めた。

 散歩を嫌う大型犬のように引っ張られるヌガーが言う。


「あぁ、焚きつけるのはやめてくれないかお姉さん。俺は歳なんだ。あんまり早く歩くと、転んでしまう。なぁ、お姉さんよ」


 ショコラが歯を剥いて返す。


「口の中で舌を七回回さなきゃ喋れないような弟なんていらないわよ!」


 そう、当意即妙に返されると、ヌガーとしても黙るほかにない。なにせ、そういったことわざの類をショコラに吹き込んだのは、誰あろうヌガーに他ならない。

 彼らは、見渡す限りの白の中に唯一残された地面を踏んで、一歩一歩進む。一歩一歩、ジェラートを置き去りにする。


 そして、少年が最後に振り返った時。すでにジェラートは木々の奥深くに消え去っていた。


 ◇◆◇


 魔猿は勝利を確信していた。目の前の冒険者を確実に追い剥ぐことができるだろう。

 それは何も慢心ではなかった。彼の胸に躍る鉄の一片はその証明。

 彼は樹上で人の動きを見て、真似び、二倍の腕で実行するからこそ強いのだ。森の魔獣の何よりも人の肉弾戦を観察する彼の確信は、分析と呼んだ方がふさわしい。


 ついに拳は目の前の人間を捉えた。

 ぼきりと骨を折り砕く感覚と、苦痛にゆがむ、自分によく似た顔。左腕にしか当たらなかったのは残念だが、もうすぐ殺せる。背にはもう、四本目の腕が生え戻っていた。


「いや、困っちゃいました……。こんなはずじゃあなかったのに」


 何事か鳴いてみせる人間からは、汗と血の入り混じった、死に体のにおいがする。魔猿は声も高らかに勝利の咆哮を上げて。


 ◇◆◇


 ショコラとヌガーは、ちょうど森の終わりまでたどり着いていた。行く手には、不自然なくらいに規則的な緑が頭を並べている。遥かに、王冠のように木の柵。つまりは村も見えた。


「た、助かった……!」


 緊張の糸が解けたのか、少年はその場にへたり込んでしまう。また漏らすなよとヌガーがからかえば、きゃんきゃんと吠え返す。その合間に、恥ずかしそうに横目でショコラの様子を窺うくらいには余裕ができたらしかった。

 しかし、それもつかの間。彼ははっとして、ヌガーに縋りつく。


「おじさん、おじさんも冒険者なんだろ。ジェラートが、し、死んじゃう……!」

「その、おじさんと呼ばれるのは気持ちよくはないが」


 鼻水や涙を衣服にこすりつけんばかりの少年にヌガーは辟易しながら、ついでに彼の頭をひねって森を向かせた。正確には、森の上にかかる空を。

 そこには、一本の炎柱がそびえたつ。


「……え? あれってもしかして、クーリ」

「聞いたかショコラ。こんな子供にまで知られているなんて、依頼が終われば俺たちは、どうも悪役になりそうだ」

「いいわよ別に。褒められたくてやってるんじゃないもの。それより……」


 いいわよと言う割には、ショコラの声は沈んでいる。


「今気づいたんだけど、私たちが現場を見ていなかったら、あれがジェラートのやったことかどうか、わからなくないかしら?」

「なんだ、今気づいたのか?」

「今気づいたのかって……あなたね!」


 ショコラはそれこそぷんすかと怒るが、今回ばかりは自分の発案だから、そう強くも出れない。出れば、じわじわと傷口に染み込むような揶揄が待っているだけだ。

 そんなショコラの頭に、ヌガーは大丈夫だと手を置いてやる。


「わからないのは、今この瞬間だけだ」

「え?」

「クーリは、冒険者を助けない。ジェラートがクーリでないのなら、今の炎で一緒に焼け死んだだろう。だから、これでジェラートが帰ってきたら、間抜けが一人釣れたことになる」

「確かに、そうだけど」


 じゃあ、クーリが現れなくても死ぬし、現れても死ぬし、彼女がクーリなら、倒す。

 つまり、ヌガーはどう転んでもジェラートを切り捨てるつもりだった。ショコラはそのえげつなさに苦笑すら出ない。するりとヌガーの手の下から抜け出したショコラに、少年が問いかける。


「ジェラート、大丈夫かな」

「そうね、彼女が村の一員と認められてたら、大丈夫なんじゃない?」

「じゃないって……」


 もう、炎柱も消えた。残されたのは、不安にさいなまれる少年と、やるせなさを抱えたショコラと、自然体のヌガーだ。

 この辺りを縄張りとしていた樹木蛇も、もう死んでしまったから。太陽が高く上るこの時間にも限らず、魔獣の一匹も見当たらない。まさに墓所といった静けさ。


 そうして、ショコラが幾度目かに汗をぬぐった時。


「ジェラート?!」


 少年が目を見張り、声を張り上げた。


「え、本当?!」

「ほう。まさか本当に、間抜けが釣れたのか?」


 ヌガーとショコラも各々に反応し、少年の指さす先に目を凝らす。

 確かに、人影だった。すわ、魔猿かとも考えたが、それにしては腕が足りない。ほかの冒険者だとしても、自分の拠点へと走るはずで、こちらに来る道理はない。

 やがて、木の陰からはっきりと表れた姿。走るに合わせて広がる栗色のショートカット。膨らんだ胸甲。


「ほら、やっぱりジェラートだ! 生きてたんだ!」


 少年は跳ねて喜んだ。冒険者としてのジェラートは彼のあこがれであり、隣人としてのジェラートは年の差を感じさせないお姉ちゃんだったのだから、当然の反応だった。

 けれど、二人は違う。特に、ショコラは眉を寄せた。


「ねぇ、なんで走ってるのかしら」

「さぁな。あいつは食いしん坊だったから、腹でもすいてるのかもしれないが」


 息せき切って走ってくる彼女は、命からがら助かったという風情からは程遠い。走り出さんばかりにはしゃいでいる本人はそうは思わないし、認めないだろうが。それはちょうど、少年が樹木蛇から逃げていた時に似ていて。


「あれは、どちらかと言えばそう。店主から逃げる食い逃げだ」


 ヌガーがたとえを口にすると、ちょうどジェラートが三人を、ショコラを視界に認めた。

 認めるなり、彼女は鬼気迫る顔で叫ぶ。


「ショコラちゃん、避けて!」

「避けてって……うそでしょ!」


 立ち並ぶ木々を、焼き焦がし、穿ち抜き、突き進む。

 森の奥から、ジェラートすら追い越して。太陽のごとき業火がショコラを襲う。

ヌガーさんに言わせれば、ジェラートがいなくなれば村唯一の冒険者として村人の協力を引きずり出せるだろうとか、なんとか


ショコラさんは、ジェラートが来なければちゃんと助けに行くつもりだったし、クーリが助けてくれたら、ジェラートは助かるとか考えてました。甘ちゃん

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