二.最初からガイドが務まる訳じゃない
――塔、第一階層。
入り口の大扉をくぐると、そこは緑あふれる田園地帯だった。
「さっき来たときも見たけどさ、なんで畑!?」
「奥に果樹園っぽいものもあるよな」
「塔の中で、空が見えるのはなんでなんだ」
「どういうことなの……」
混乱している士官学校なかよし組の少年たち。まあ、気持ちはわかる。俺も初めてこの光景を見たときは驚いたからな。
「この第一階層と第二階層は、探索者助成組合と魔法魔術組合が共同開発を行い、現在ではご覧のような薬草園となっております」
言いながら俺が指差した先では、昼休憩が終わったのであろう作業員たちが薬草の手入れや採取をしていた。箱詰めされた収穫物は運搬組合の男たちが、えいほ、えいほと掛け声を上げながら運び出している。なんとものどかな光景だ。
さらに、天井を見上げながら説明を続ける。塔内にいるはずなのに、澄んだ青空が広がっているのは異様な光景だろうし。
「薬草園に魔獣が発生しないよう、独自の結界魔法が張られています。天井がないように見えるのも結界の効果のひとつで、外の時間と連動して空模様が変わるようになっているんですよ」
少年たちから、ほうという感心の声が上がった。
「開発したということは、本来は今のように開けた場所ではなかったのかな?」
質問をしてきたのは、少年たちのリーダーを勤めるゲオルグだ。ダークブラウンの撫で付け髪を揺らしながら、俺の後についてきている。
「ええ。五十年ほど前までは自然型の階層で、そこかしこに小型の魔獣……通常であれば山中に潜んでいるようなモノたちが多く生息していたそうです」
不思議なことに、塔の内部は全てが人工的な空間じゃない。森林のようになっていたり、崖地や川、湖なんかがある〝自然型〟と呼ばれる階層が存在する。
逆に、壁一面にいにしえの時代を彷彿とさせる壁画が描かれていたり、階層全てが巨大図書館だったり、石造りの家が建ち並ぶ〝都市型〟なんて場所もあるんだ。さらに一定期間ごとに通路や壁の配列が変わる〝迷宮型〟階層もあり、これら雑多な空間のせいで、塔内の探索に途方も無い時間がかかっているという訳だ。
ほんとにどうなってるんだろうな、この塔。
「第二階層までしか結界が張られていないのは何故かな?」
「単純に、維持費の問題みたいですね。この階層だけでも小さな農村ひとつぶんくらいの広さがありますから、消費する触媒の量が半端ないそうで」
「なるほど」
「そこまでして、わざわざ塔の中に薬草園を作ったのはどうしてだい?」
「この階層でしか採取できない薬草があるのと、塔の外と比べて魔素が濃いため、強い魔力を蓄えた果実を人工的に栽培できるからです。あとは、天候をある程度操れるのも、高い触媒を利用してまで結界を維持している理由でしょう」
「ほほう」
これらは国内であれば一般に広く知られたことなので、正直に話しておく。どこかの酒場でくだを巻いてる連中に麦酒の一杯も奢れば、あっさりと聞き出せる程度の情報だしな。
それから、入り口右手奥にある集積所を指差す。箱と鞄の看板が目印だ。俺の最初の職場でもある。
「薬草園で収穫されたものだけでなく、上級探索者同盟などが上層から転送してきた荷物なども、あそこへ集められます。各層の安全地帯に常駐している運搬係に所定の料金を支払えば、集積所まで運んでくれるので、滞在中にどうしても荷運びのサポーターが確保できない場合は、彼らに依頼するとよいでしょう」
「ありがとう、参考になります」
そう言って微笑んだのは、サブリーダーのトーマスだ。こちらは濃褐色の短髪に銀縁眼鏡の一見すると学者のような雰囲気の穏やかな顔立ちで、彼らパーティの中では参謀的を務めているんだそうな。
「左手側に見えます、杖とポーションの看板が掲げられているテントは、救護室兼救助要請所、いわゆる安全地帯と呼ばれる場所です。第一階層と第二階層はテントですが、他の階層にも同様の施設が設置されている場合がございますので、あの絵柄を目印として必ず覚えておいて下さい」
「了解した」
なんだか観光案内してるみたいだが、これは〝抜け道〟利用者が絶対に避けて通れない通過儀礼。簡素化してこそいるものの、これは実地研修であり、仮免試験でもあるのだ。そして俺がエストにご指名を受けた、もうひとつの理由でもある。
実はいないんだよ、こういう案内しながらの講師役をやれる人材って。
旅行会社のガイドさんたちもそうだが、彼女たちは最初からあんなふうに観光名所を紹介できる訳じゃない。あれは事前の研修と訓練あってこそだ。俺の場合は、学生時代に地元の科学博物館で、展示物の解説や化学実験アシスタントのバイトをした経験が生かされてるだけだがね。
ミュステリウムには観光案内どころか、旅行会社という概念がないから、初めてこのやり方を披露したときは驚かれたな。ま、そこそこ良い稼ぎになるんで、たまにこうして講師兼案内役を引き受けている。
「他にお聞きになりたいことはありますか? 内容によってはお答えできないこともありますが、可能な限り回答しますので遠慮なくどうぞ」
即座にハイハイと手が上がる。端から見たら、研修じゃなくて遠足のノリだな、これ。それも、なかよし男子高校生がわちゃわちゃしてるやつ。学生服じゃなくて鎧マント姿だが。
「獲物の持ち帰りは、どのくらいの量まで自由なのかな?」
「持てる分だけどうぞ。ただし、万が一にも無限大に詰め込み可能な魔法鞄をお持ちの場合は、別途ご報告をお願いします」
「ないない!」
「そんなの持ってる訳ないじゃないですか!」
俺の冗談に笑う少年たちの声が、塔内に木霊する。
「素材の買い取りは、探索者の組合でやってくれるのかな?」
「手慣れた探索者や冒険者ですと素材ごとに持ち込み先を変えていますが、皆さんはアルバに来たばかりですから、それがいちばん無難でしょう」
「つまり、他にも買い取ってくれるところがあるんだね」
そう確認してきたのは槍使いのドミニクだ。くるくる巻き毛のブルネットに碧眼の彼は、士官候補生五人の中でいちばんガタイが良い。この質問を受けたことで、彼らにそれなりの実戦経験があることを再認識させられた。
「ええ。そうですね……たとえば第三階層に出るキラー・ビーの針は、状態さえ良ければ武器職人組合、罠職人組合などに高い需要がありますよ。買い取り価格も、探索者組合よりずっと高額ですし。ただし、初見の客お断りですが」
「ああ、そうか! 武器や罠を買う客として馴染みになってからじゃないと買い取りまではしてくれないんだな?」
「だから探索者組合が無難なのか……」
「そういうことです。なお、食用になる魔獣の肉や、各種薬草・果実については、先ほどご紹介した集積所でも探索者組合と同額での買い取りを行っていますので、探索継続のために身軽になりたい場合はそちらの利用をお勧めします」
「ふうん、そういうやり方もあるのか」
「塔への出入り可能な時間帯は?」
「基本的に一日中可能ですが、宵鐘八ノ刻からは入り口前で手続きが必要です」
メモ用の羊皮紙片手に問いかけてきたのは、ドミニクとは逆に全員の中で最も小柄なアイザックだ。肩下まで伸ばしたウェーブのかかった金髪を、紐で乱暴にくくっている。そんな彼の獲物はマスケット銃。なんと、このミュステリウムには魔法だけでなく、銃もあるのだ。
〝越境者〟が持ち込んだんじゃなければいいんだけどな……。
「こっそり入る人とかいそうだけど」
「あー、いますね。やらかすのはほぼ余所から来た冒険者ですが」
「外国人でも罰則とかあるの?」
「罰則といいますか、そういう真似をしでかした連中はまず還ってこられません。だって、侵入者や盗人が救援要請なんて出せないでしょう?」
あえて不敵な笑みを見せつけてやると、アイザックの顔が引きつった。不法侵入者が救援要請できないのは嘘じゃないぞ、だって、そこにいないはずの人間が助けを求めてくるなんて、おかしなことだろう?
「階層を行き来できる転送の魔法陣があるという噂を聞いたのだが、誰でも利用できるものなのか?」
最後の一人、五人の中で唯一の魔術師であるトビアスが投げかけてきたのがこの質問である。結界の話に最も食いついてきたのも彼で、好奇心旺盛なところが魔術師らしくて実に結構。強い魔力が宿るという赤毛に鳶色の瞳が特徴的な少年だ。
ところで、魔法に関する素養は髪や瞳の色である程度分類できる。赤い髪や瞳の持ち主は火や熱源、燃焼に関する事象の発生・検知に強く、逆に水や結合なんかの術を苦手とする傾向があるんだそうな。
ちなみに、黒は大地と無。無って何ぞやと思ったら、空間とか見えない力を意味するとのこと。黒髪+黒目、転移系得意の俺としては納得するしかなかった。
大地というと基本は茶髪の領域なんだが、黒の場合は、これが重力操作になる。昨日使った〝軽量〟が、まさにそうだ。
……閑話休題。
「残念ながら、転送の魔法陣には利用制限があります。少なくとも、現在の仮免状態ではまず条件を満たせない、とだけはお教えしておきましょう」
「絶対に無理という訳ではない、ということかね?」
「ええ。皆さんに相応の実力があり、かつ、運に恵まれれば可能でしょう。もしも実現できれば、仮免ではなく正式な探索許可証も同時に発行されるはずです」
「その謎を解き明かすのも試練だと」
「そういうことです」
全員の目がキラキラしてきた。だよな、いかにも冒険! ってシチュエーションだもの、気分的に盛り上がるよな。
「実現できれば五層までしか行けない仮免じゃなくなるってことは……」
「そこまでに制限解除するための何かがあるってことだ!」
「うわ、燃えてきた!」
「俺たちで絶対解こうぜ!」
ちなみに嘘はついていない。エスト曰く、エリダニア皇国の士官学校を卒業しているのであれば、最低限下層で戦える程度の戦闘訓練は積んでいるはずなので、巡り合わせが良ければ、条件達成のための戦いが起きるだろう。
とはいえ、平地での戦いが基本である軍とは違い、ここは探索者たちのホームグラウンドである塔。単純な戦闘力だけでは切り抜けられない場所だ。まあ、そのために俺がついての実地研修をしている訳だが。
質問に答えながら歩を進めながら上の層への階段を登り、第二階層に到達する。ここは第一とほぼ同じ構成なので、改めて説明することはほとんど無い。
と、いうわけで。
「このまま最短距離で第三階層まで向かいましょう。皆さん、戦いの準備はよろしいですか?」
訊いた途端、少年たちの顔が引き締まった。さすが軍人、切り替えがすごいね。もしかすると彼らのうちの誰か、あるいはここにいる全員が、数十年後に皇国を代表する将軍になるのかもしれないな。
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