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 ぽす、ぽす。


 何かを叩く音がする。眠い……俺はまだ寝ていたいんだ。


 ぽすっ、ちりん。ぽすっ、ちりん。


 あー……グリグリのごはん……やらなきゃ……ねむ……。


 ……。


 ちり、ちり、ちり、ちり……。


 ……。


 …………。


「みゃあ!」


「ごはあッ!」


 突然腹を襲った衝撃に、身もだえする。


 悪かった、朝メシ遅れまくったのは俺がいけない、だがグリグリよ。梁の上から布団にダイブするのはやめてくれませんかねえ!


 ――昨日、というか地球時間ではついさっきなんだが。


 悪ガキどもを追い返した後、安倍川の勧めで最寄りの交番に顔を出すことになった。別に何か取られた訳じゃないが、相手の拳が俺の頬をかすめたのは事実だし、あの連中が他でも似たようなことをしていないとは限らないから、と指摘されてな。


 彼の予想は大当たり。ここ半月ほどで、何件か被害が出ていたみたいでな。カネをむしり取られただけでなく、怪我人もいるらしい。そうとわかっていれば逃がしたりしなかったんだが、失敗した。酔って判断力が低下していたようだ。


 ん? 俺はあのガキどもに「見逃してやってもいい」とは言ったが「見逃す」とも「被害届を出さない」なんて約束もした覚えはない。連中のやったことは立派な傷害・恐喝だ。他でも色々やらかしていたようだし、全員捕まって檻の中へぶち込まれればいいと思う。


 それで、詳しい事情徴収ついでにスマホの録音データを提出したりなんだりで、結構な時間を取られちまった。


 結果、就寝時間が遅れて久しぶりの寝不足モードに突入した挙げ句、グリグリにボディアタックをかまされる羽目になった訳だ。


 おかげで我が家の看板猫はご機嫌斜めである。こいつを放っておくと、家具やら壁なんかに甚大な被害が出かねない。


 俺は一つため息をつくと、グリグリの餌を用意するために台所へ向かった。俺の分? もちろん後回しだよ。




 いつもより少し遅めの朝食を摂った後、自家製のオモチャを駆使してグリグリのご機嫌とりをしていると、カラン、カランとドアベルが鳴って来客を告げた。


 たとえ寝不足気味であろうと、営業開始時刻は普段通りです。


「こんにちは、カトゥさんはいらっしゃいますか?」


 店に来たのは探索者助成組合(サーチャーズ・ギルド)の職員だった。革のベストに白いシャツ、グレーのスラックスを身に付けている。これは、アルバ国で事務系職に就いている者たちが好んでする服装だ。


「いらっしゃいませ……お、エストじゃないか。ウチに来るのは久しぶりだな」


「あはは。そういえばそうですね」


 エストは魔法魔術学院時代、共に学んだ二つ年下の後輩で、組合の中堅職員だ。以前は魔術師として職業探索者をしていたが、家庭を持ったことで引退し、今は事務方として働いている。


 組合本部の建物がウチから見て一本隣の通り沿いにあるから、若い職員が仕事の依頼に駆け込んで来るのはそんなに珍しいことじゃない。


 ただ、探索者助成組合において、そういった若手職員の統括をするような立場にいるエストが、わざわざ店まで足を運んだということは、だ。


『面倒ごとの気配を察知』


『さすがカトゥさん、話が早くて助かります』


 苦笑しながら〝念話〟(テレパシー)を飛ばしてみると、エストも同じように〝念話〟で返してきた。口頭ではなく、わざわざこんな回りくどい真似をするのは何故か。


「まだ時間をとられるのか? もう昼を過ぎてしまっているんだが……」


 それは、面倒の体現者たちが同行しているからだ。




 真新しい金属鎧にサーコートを(まと)う五人の少年たちが探索者助成組合の受付カウンターに現れたのは、今から二時間ほど前のことだった。


「塔内探索の許可証が欲しい。それと、運び屋の手配を」


 受付担当者は、この言葉で彼らが職業探索者ではないことと、塔への立ち入りが初めてであることを察した。


 通常、塔に立ち入る――第二階層までだけであれば、塔の入り口にある名簿に名前を記載するだけでよい。ただし、三層以上に挑戦……探索を行うためには探索者組合に所属するか、塔内探索許可証を所持していなければならない。


 そして組合(ギルド)に所属している場合でも、許可証を得るためには、塔の探索をする前に一定期間の講習を受ける必要がある。もちろん、これは探索を行う全員が受講しなければいけない。


 その許可証を欲しているにもかかわらず、運び屋――戦利品の運搬請負人を雇いたいなどと申し出てくるということは、彼らは講習のことを知らないのだ。


 組合は塔の探索を進められる人材を欲しているのであって、生け贄を求めている訳ではないから、初心者(他国での冒険・探索活動経験者含む)に対し、塔を探索する上で最低限必要な情報と、注意事項を伝えているのである。


 なので、受付は許可証の発行に関する必要事項を彼らに説明したのだが……。


「大丈夫だ、我々は魔獣討伐戦の経験がある!」


「戦い慣れていない一般人と一緒にしないでいただきたい!」


 そう言い出した。こういった難癖をつけてくる者たちは一定数いるので、受付も慣れたもの。とにかく講習を受けるようにと繰り返し、柳に風とばかりに流していたのだが、そうこうするうち少年たちの表情に焦りの色が浮かんできた。


「どうするんだよ! 〝試練の塔〟での稼ぎを見込んでたんだぜ」


「そんなこと俺に言われても」


「もう、今日の宿代だってギリギリだぞ!?」


「せっかくの卒業旅行なのに……」


 詳しく事情を聞いた受付職員は頭を抱えた。


 少年たちは、アルバの南方に位置するエリダニア皇国から訪れた旅行者だった。彼らは士官学校を卒業したばかりの十七歳。配属が決まり、ばらばらに別れてしまう前に、仲の良い友人同士で思い出づくりをしようと、資金を貯めて〝試練の塔〟へ挑みに来たのだという。


 アルバでは単に〝塔〟と呼ばれているが、他国においては〝天空への塔〟〝太陽の槍〟〝賢者の(やぐら)〟などという別称がある。少年たちが挙げた〝試練の塔〟という名もそのひとつだ。未だ一人として最上階に到達したことのない、大陸中最高難易度の迷宮として名高い塔には、時折このような挑戦者たちが現れる。


 エリダニア皇国は優秀な将兵を多く輩出することで有名な国であり、彼らはそんな国の士官学校で、しかるべき実践教育を受けた士官候補生たちであるからして、いきなり塔の上層へ挑むなどと言い出す程愚かではなかった。


 準備を整え、第一階層から順を追って挑戦するつもりで塔へ赴いたものの、第三階層入り口で門前払いされてしまい……正規の入場手続きをするべく、組合を訪れたのだ。講習自体も、所持金に余裕があれば喜んで受講したいくらいだが、本当にぎりぎりなので困り果てているのだという。


 そんな彼らのやりとりをカウンター奥のデスクで聞いていたエストは、頭を抱える部下と少年たちに〝抜け道〟を提案したのである。


『で、俺んとこに持ってきたと』


『ええ、カトゥさんなら上層までの探索許可証と中層指導員免状をお持ちですし、万が一のときにも安心ですからね』


 そう。抜け道とは、俺のような探索許可証を持った誰かに引率してもらいつつ、実地講習を受けることだ。転送屋の仕事関連で塔へ立ち入ることの多い俺は、職業探索者にこそなれなかったものの、通行に必要な許可証を取得している。


『なるほどね。()()の保全とお持ち帰りを期待していると』


『その通りです。もしものことがあって、エリダニア皇国と事を構えることになっては面倒ですから』


『なら、最初から追い返せばいいだろうが』


『おやおや、カトゥさんはこういう話が好きだったと記憶しているのですが?』


『まあな』


 行きの旅費だけ貯めて、帰りのぶんは自分たちの腕で稼ごうとか、すごくいいじゃないか。大学卒業後に海外で予算ギリギリ貧乏ヒッチハイク旅行とか、憧れつつも実現できなかった俺としては羨ましいし、背中を押してやりたくもなる。若いうちしかできないからな、こういうことは。


『ところで、請求書はどっちに回せばいいんだ?』


『私宛にお願いします。最終的に、彼らと折半することになりますから』


 交渉成立。俺はパチンと指を鳴らした。


「話はわかりました。それじゃあ、皆さんを塔へお届けしましょう」


 そう告げた俺が、シャツとデニムジーンズなんてラフな服装から、いきなり背負い鞄(バックパック)装備の探索用ローブと胸部革鎧(ハーフレザー)なんて姿に変わったもんで驚いたんだろう、若者たちは一瞬ビクっとした。


 いいねえ、こういう素直な反応をしてくれると、こっちとしても楽しい。


 あ、これか? 〝交換転移(ポジション・チェンジ)〟を応用した早着替えだよ。変身ヒーローみたいでちょっとカッコいいだろ?


「改めまして、私の名はモトム・カトゥ。運輸総合組合トランスポーターズ・ギルド公認の転送屋、魔法魔術組合(マジシャンズ・ギルド)認定上級魔術師、探索者助成組合では中層域嘱託巡回員を務めております。カトゥとお呼び下さい」


 名乗りを上げて、一礼。


 気取り過ぎ? 俺もそう思うんだが、こういう場面では最初にしっかりと身分を示しておかないといけないんだよ。変に侮られると、無用なトラブルの引き金になるからな。よほどの馬鹿でもない限り、上級魔術師に手を出す奴はいない。


 威圧(マウンティング)? そうとも言う。


「なに、心配はご無用。今から出れば、夕飯どきには探索を終えて、街へ戻ってこられるでしょう」


「にゃあ」


 こうして、俺は看板猫グリグリの声援(?)を背に、外国の士官候補生たちを引き連れて塔へと向かうのであった。


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