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五.わかりやすさは重要だという話

本日の連続投稿はここまでです。

明日からは、ストックが尽きるまで毎日一話ずつ投稿します。

「うむ、問題ないようだな」


「通ってよし、次!」


 行列の先頭から、衛兵のがなり声が聞こえる。


 ここはアルバ国の北東、七百リーグ(3375km)先に連なるマリネリス山脈を越えた向こう側、サウマシア平原のど真ん中にそびえ立つ城塞都市エクス・ドルサの城門前だ。


 今回受けた依頼は、塔の上層で発見された大粒の紅石(ルビー)を、この都市の中に本部兼店舗を構える宝飾彫金組合に届けることだ。


 ん? なんでわざわざ列に並んでるのかって? そこに門があるからだよ。


 俺も最初は気付かなかったんだけど、街中に魔法で直接〝転移〟するのはどう考えても不法侵入だ。外国であれば、そこへ密入国の罪が加わる。魔法魔術学院の教授に忠告されていなかったら、知らずにやらかしていたかもしれない。


 けど、言われてみればその通りで、正規の入場手順を経ずに忍び込んだら、罪に問われるのは当然だ。


 例えば、ユニバーサルなテーマパークにスタジオ・パス無しで入場したり、高速道路でカネを払わずに料金所を突破したら犯罪だろ?


 こう言うと「たいしたことない」なんて思うかもしれない。けどな、実際には関所破りや違法な国境越えに相当する重犯罪だ。良くて投獄、最悪死刑になる可能性すらある。国にもよるが、地球世界でもそういう扱いだろう?


 ただし、前もって「この日のこの時間帯に、該当する施設へお邪魔します」って連絡を入れた上で、許可を得ておけば直接街中へ跳躍することもできる。


 アルバの首都や副都市群、大陸の中央にある魔法大国メリディアニになら、だいたいこれで大丈夫だ。そのぶん、緊急事態を除く事前連絡なしでの〝転移〟には、ものすごく厳しいんだけどな。


 あー、念のため言っておくが〝転移〟を使って日本国外へ出たことも、外国から戻ったりしたこともないぞ。もちろん、不法侵入のたぐいもな。どう考えても犯罪だし、進んで法律破りなんざやりたくない。




 ――城門での入国審査と入場手続きは、滞りなく終了した。


 これが根無し草の旅人だったりすると、持ち物検査だけでなく〝魂の水晶〟を引っ張り出しての確認が必要になるらしいが、アルバ国の運輸運搬組合と、魔法魔術組合が発行した身分証明書が実に良い仕事をしてくれた。


 それなりに高い加盟料を支払っている甲斐があるってもんだ。


 さて。そんなこんなで至極あっさりとエクス・ドルサへの入場を許された俺は、早速依頼主の宝飾彫金組合を訪問した。


「確かに受け取りました。こちらが受領証明書です」


「ありがとうございます」


 受け渡しは無事終了し、受付担当者とがっちり握手する。この段階でのトラブルは滅多にないんだが、それでも無事ひと仕事終えるとほっとするな。預かっていた品物が高額商品だったから、特に。


 ミュステリウムには〝保険〟の概念がない。だから、荷物の取り扱いには細心の注意が必要になる。運搬組合の組合員であれば、何らかの事故に遭ったときには多少の見舞金が支給されるが、せいぜいその程度だ。


 組合の方針に口出しするつもりはないが、マーベルの親父さんに相談してみるくらいなら大丈夫だろうか。


 そんなことを考えつつ受付さん相手に営業をかけていたら、外から正午を知らせる鐘の音が聞こえてきた。せっかくだから、この街で昼メシにしよう。




 地元のことは地元の住民に聞くに限る。


 宝飾彫金組合で「このあたりに美味しい食堂はありませんか」と聞き込みをした俺は、彼らが笑顔でオススメしてくれた店で食事の真っ最中である。


 エクス・ドルサの名物料理は腸詰め(ヴルスト)野菜の肉巻き煮込み(ロウルラーデン)だ。今回教えてもらった食堂は、創業百年を超える老舗で、開業当初からこれらを提供してきたそうな。というか、この店が上流下級問わず有名になり、いつのまにか都市での名物化したというほうが正しい。


 長く営業を続けてこられただけあって、ここの料理が実に旨い。ボイルされた腸詰めは噛むごとに濃縮された肉汁が溢れてくるし、肉巻きのほうも、口の中でほどけて肉の旨味と野菜の甘さが混じり合うような食感がたまらない。


 付け合わせの白パンがちょっとパサついているが、それが逆に料理を引き立てているといったところか。


 と、ここまで名物料理の長所を挙げてきたが、欠点がなくもない。


 ハッキリ言おう。ビール欲しい。この料理をつまみにして、キンッキンに冷えたビールぐびぐびいきたい。というか、回りの客連中みんなそう。おのれ。


 仕事中、それも真っ昼間からビール飲むってどうなの? という日本人的な慣習というか良心に阻まれて、どうにも注文の声を上げられない。かといって、アルバならともかく、異国の地でうっかり泥酔した挙げ句〝越境〟しようものならシャレにならん訳で。


 ああ、ビール飲みたい。地球の家に帰ったら……仕事だったわ畜生!


 ……それはさておき。実のところ、俺はこれと良く似たというか、ほぼ同じものを地球で食べたことがある。ここにシュニッツェル(カツレツ)とジャガイモ料理が加わったら、完全にドイツの大衆食堂だ。あとビール。


 この店に限らず、ミュステリウム大陸のそこかしこで、時折こうした地球世界との共通点を見出すことがある。


 たとえば、楽器。


 ハープみたいな弦楽器なら、世界が違っても構造的にまだありそうだと思えるんだが、ピアノの鍵盤がまんま地球のそれと同じだったのを見た時は、さすがに俺もびっくりしたよ。


 たとえば、遊戯。


 どうしてカードゲームにトランプが、それもジャック、クイーン、キングが採用されてるんですかね。そもそもこの三種の絵柄にはモデルがいて、それぞれ実在の人物だったり、神話に登場する英雄や神様だったりするんだ。


 キングのモデルがアレキサンダー大王、ダビデ王、カール大帝、カエサルと言えば「あの有名な……」ってなるだろ。クイーンとジャックにも元ネタがある。興味があったら調べてみてくれ。


 たとえば、魔獣の名前。


 牛の頭に人の身体を持つ、ギリシャ神話の怪物ミノタウロス。


 JRPGでもお馴染みのモンスターだが、どういう訳だかこいつ、正確に言うと「ミノタウロス」と呼ばれる魔獣が塔だけでなく、世界各地にある遺跡や迷宮を徘徊していたりする。なお、見た目もイメージそのまんまである。


 牛頭人身のバケモノを「ミノタウロス」と呼ぶようになったのが誰なのか、いつからなのかわからない。調べてみたが、少なくともアルバでは追い切れなかった。ただ、建国した当時の資料にこの名が散見されることから、アルバ以外で命名された可能性が高い。


 別の名前ならともかく、よりにもよってミノタウロス。クレタ島の王ミノスの(タウロス)って意味でミノタウロスなのに、なんでそれが異世界で採用されているんですかねえ。


 これが物語やゲームなら、多少の違和感を覚えることはあっても、納得して読み進めることができるんだよ。


 RPGで遊んでてさ、建物の中に入って「ここは宿屋!」「この店は武具の店」って判断ができるのは、馴染みのある家具や、店内に飾られている武器や防具なんかが一種の記号として機能しているからだ。


 そうだなあ……ゲーム中、見たことのない「何か」に触れたら音が鳴りました。どうやら、触る場所によって音階が変わるようだ。そういった用途不明の物体が、この部屋にはたくさんある。そういうシチュエーションがあったとしよう。


 この段階で、カンのいいプレイヤーならそれが楽器だとわかるだろう。だが、疑い深かったり、鈍い人間はさらに周囲を調べないと察せない。そのせいで、うまくゲーム世界に没入できずに投げる、あるいはつまらないと判断してしまう。


 けど、普通にピアノが置いてあったら……さらに、その回りにドラムやらバイオリンなんかが椅子と一緒に並べられていたら「ああ、ここは音楽を演奏するための場所なんだ」ってすぐにわかるだろう?


『見た目はカッコイイんだけどクソゲー』

『やり込むと面白いんだけど、とっつきにくい』


 なんて評価されるゲームは、だいたい前者だ。見てくれや独特の世界観を表現することにこだわりすぎて、使う(遊ぶ)人間のことをちっとも考えていない。


 こうした記号は、わかりやすさを向上するために採用されているんだ。そういう意味では、ミノタウロスという名称自体も記号と捉えることができる。


 ギリシャ神話の詳細は知らなくても、ミノタウロスって言われたら牛頭の怪人ってイメージがポンと浮かぶ程度には有名だからな。わざわざ「牛のような頭を持つ筋肉隆々の怪人云々」なんて説明するよりも「ミノタウロスが出た!」のほうが、作り手が伝えたい内容をより早く理解・共有してもらえる。


 ただし、それはあくまでゲームや物語の中での話だ。ミュステリウムは現実で、RPGやライトノベルみたいに、記号としての名称を用いる理由がない。じゃあ、どうしてこんなことになっているのか。


 一番ありえそうなのが〝越境者〟の影響なんだが、それにしては範囲が広過ぎるんだよな。どうしてそう思うのかって? 聞き覚えのある地名が、大陸のあちこちで使われているからだよ。


 俺が気付いたのは「アマゾン」「ガンジス」「コロンビア」「スカンジナビア」「ユートピア」。世界地図でもあればもっと詳しく調べられるんだろうが、残念ながら地図は軍事機密扱いらしく、そう簡単には閲覧できない。


 これらの名称から、俺の中では平行世界説も浮上してきている。


 平行世界(パラレルワールド)ってのは、これまた「SFあるある」の一つで、


『もしもの世界』


 ってヤツだ。


 そうだな、この場合は「科学の代わりに魔法が発展した地球」かね。それなら、日本で俺の魔法が発動する理由としても納得できるし。


 アルバの首都が、フランスの港湾都市マルセイユを彷彿とさせるって話をしたことがあると思うんだが、このエクス・ドルサはどこかドイツの城塞都市ネルトリンゲンと似通ったところがあるんだ。


 こうもあちこちに地球世界の面影を見出してしまうと、俄然平行世界説が現実味を帯びてくる。


 と、料理がなくなっちまった。


「すみません、腸詰め追加お願いします!」


 くそう。ビールが飲めないぶん、たくさん食ってやる!




 ――日本、夜二十三時過ぎ。


「問題解決お疲れ様でした」


「あれを解決と言っていいのか微妙だけどな」


「予算と納期が組み直されただけでも御の字ですよ」


「安倍川は優しいなあ」


「加藤君もね」


 例の営業部暴走案件の落としどころが決まった。それをダシにして、安倍川室長とドイツ風居酒屋で飲んできた。駅から結構離れたところにある店だが、わざわざ足を伸ばした甲斐はあったとだけ言っておこう。


 エクス・ドルサの仇を日本で討つ! ソーセージとビールの組み合わせを発明した先達には、心からの敬意を表したい。


 真中くんも誘ったんだが、残念ながら別の予定が入っているからと丁重にお断りされてしまった。もっとも、俺の眼鏡に仕込んである〝虚偽探知〟(ディテクト・ライズ)に反応があったから、嘘ついてるのがバレバレだった訳だが。


 けど、よく考えたら俺と安倍川の(おご)りとはいえ、上司二人に挟まれての飲み会とか嫌だよな。俺も若い頃はそうだったし。逆に悪いことしちまったかもしれん。


 ところで俺が安倍川呼びしているのは、俺と安倍川が同い年だからだ。彼が君付けしているのは性格によるものだと思う。社外では加藤でいいって何度か言ってるんだが、本人が落ち着かないらしい。


 俺だけじゃなくて他の同僚にもそう答えているし、眼鏡も無反応だから、掛け値なしの本音なんだとわかる。


 同業の同い年、おまけに社内での立ち位置も似通っているだけあって、安倍川ととはそこそこ仲がいい。こうして時々飲みに行く程度には。


 旨いメシを食って、仲のいい同僚とダベりながら駅へと向かう。ほろ酔いでいい気分のまま帰れる、はずだったんだがなあ……。


「ねえねえおじさん達、ちょっといいかな」


 いまどきの わかものたちが あらわれた!


 彼らは大学生くらいの年齢だ。未成年か、ぎりぎり成人ってところか。眼鏡の〝悪意探知〟(ディテクト・イービル)が仕事をしている。もしかして、オヤジ狩りってやつだろうか。うわ面倒くせえ……。


 とはいえ、ここは法治国家日本。何の証拠もなく、いきなり悪者認定する訳にもいかなければ、こっちから攻撃を仕掛けるのもダメだ。


「どこかの客引き(キャッチ)かい? 悪いけど、僕たちはもう帰るところだから」


 安倍川がのんびりとした口調で確認している。危機感が……というよりも、彼の反応のほうが普通なんだよな。実際、キャッチの可能性が無きにしもあらずだし。ただ、その場合は明らかにボッタくられるだろうが。


「ううん、違う。キャッチとかじゃないよ」


「え? それなら何だい? 何か困ったことでも?」


 その問いに、へらりと(わら)うガキども。


「あー、うん。困ってる、かな」


「俺たち、小遣いに不満ありありでさあ」


「ちょーっと、寄付して欲しいんだよね!」


 やっぱりオヤジ狩りかー!


 安倍川の手を引いて、一歩下がる。よりにもよって、日本でこんなレアイベントと遭遇(エンカウント)したくなかった! 駅から離れた店を選んだのが失敗だったか。


「逃げられないよ~」


「素直にさ、小遣いくれよ。痛い目に遭いたくないでしょ?」


 じりじりと近寄ってくるガキどもを前にして、安倍川は完全に硬直してしまっている。彼をかばうように前へ出ると、リーダーらしき悪ガキが俺の顔面に拳を突き出してきた。


 どうやら本気で当てる気はなかったようで、その一撃は僅かに頬をかするだけに留まったんだが……。


「早くしろよ。俺ら、暇じゃないんだよね」


 ……ふむ。


「これは正当防衛だよな」


「は?」


 俺に拳を突き出したままでいたガキの手を取り、軽く引いた。それから足を掛けてやると、ぐらりと、面白いほど簡単に体勢を崩した。こりゃ群れてイキっているだけで、格闘技どころかケンカ慣れもしてないな。


 怪我をさせると後が面倒なので、こっそり〝軽量〟(ライティング)の魔法で調整しつつ、未だ体勢を整えられない相手の腕を掴み直し、後ろ手に関節を()めてやった。


「いででででで! ちょ、離せ! 離せよォ!」


「まだ余裕あるな、もう少し強く絞めてもいいか?」


「ダメに決まってるだろ! だ! いだ! いだだだだ! やめて! 離して!」


 わめくリーダー(?)の姿を見たガキどもは、明らかに狼狽えている。うん、今までこんなふうに反撃されたことがなかったんだろうなあ……。


「どうする? 大人しく引き下がるなら見逃してやってもいいが、まだこんな真似するようなら、このままこいつの腕……ボキッといっちまうぞ」


 そう低い声で脅してやったら、捕まった仲間を置いたまま、全員が堰を切ったように逃げ出した。


「……」


 何だか可哀想になってきたんで、取り残された悪ガキの腕を放し、ぽんと背中を押してやると、これまた転げるように逃げていった。万が一に備えて、スマホでこっそり録音だけはしておいたが……。


「面倒がらないで、警察に突き出したほうが良かったかね」


 思わず漏れ出た呟きに、安倍川が反応した。


「か、加藤君、何か格闘技でもやってたのかい?」


「いやあ、ハハハ……」


 塔に出る小鬼(ゴブリン)のほうが強いぞ。なんて、口に出す訳にはいかないよなあ。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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