三.超反則的スキルアップ術 ~向き不向きを添えて~
「加藤部長、今回のバージョンから発生した例の不具合についてなのですが、まだ日本の開発者フォーラムには同じ症例が上がってきておりません。それで……」
年若い部下が、すがるような目を向けてくる。思わず苦笑しながら、俺は相手が期待しているであろう回答ではなく、微妙にズレた返答をした。
「わかった、海外のフォーラムチェックとWS本社への問い合わせはこっちでしておく。少し時間をくれ」
「え、あ、ですが……」
「俺が調査して修正かけてもいいんだが、それじゃ君のスキルが伸びないだろ? それでもいいならこっちで引き受けるぞ」
「あ、いえ、申し訳ありません。ご提案いただいたように、フォーラムの確認と、問い合わせでお願いします」
「よろしい。それらしいトピックを見つけたらURL教えるから、自分で解読するように。どうしてもわからなければ手助けするから」
「は、はい! ありがとうございます」
「もしも問い合わせ案件だった場合は、向こうとの時差があるから……そうだな、返答は早くても明日の夕方以降になるだろう。その間は、他の優先度高いタスクから片付けておいてくれ」
「わかりました」
露骨なまでに「安心しました」ってな顔をして自席へ戻る部下。うん、君の気持ちはわかるよ。英文の解読はともかく、外国の会社に問い合わせなんかしたくないよな。メールだけならまだしも、状況次第じゃ電話でのやりとりになるし。俺も十年前までは、全世界が日本語を共通言語にすればいいのにって思ってた。
とりあえず、関連する米国と欧州の開発者フォーラムを一通りチェックしたが、残念ながら欲しい情報はなかった。それから俺は、近くに誰もいないことを確認すると、右手に嵌めた銀の指輪をひと撫でした後、ぼそりと呟く。
「〝他言語記述・改〟」
カタカタという打ち込み音と共に打ち込まれていく、流暢な英文。いやあ、魔法ってほんと便利。頭の中で考えてる文章は日本語なのに、手が勝手に英語に翻訳してくれるんだからな。
おまけに、書きながらその英文を己のものとして理解できていく。いい加減慣れたけど、ぶっちゃけこわい。
魔法魔術学院で学生をやっている時に知ったこの魔法、当初はミュステリウムでしか使えないものとばかり思っていたんだが、英語のプログラミングマニュアルでどうしてもわからない箇所があって、駄目元で〝他言語解読〟を試してみたら、あっさり成功。逆の呪文〝他言語記述〟も同様に。
いや、これにはビビった。こっちの世界で、初めて〝浮遊〟で宙に浮いた時よりも驚いた。今では洋書や英字新聞も読み放題。その気になれば、ドイツ語、フランス語をはじめとした他言語もいける。なんなら、通常のプログラミング言語どころか機械語すら、ひと目で内容がわかっちまう。
しかも、読めば読むだけ、書けば書くだけ理解度が上がる。ほんとこわい。
言語チートにも程があるだろう、これ。
もちろん、英検、TOEICともに再受験しましたとも。魔法の習得前とは比べものにならない程スコアが上がりました。取得した資格のお陰でお給料もアップ。そのせいで海外出張も増えたが、それはそれで異文化に触れられる良い機会だ。
……魔法で反則をしている自覚はあるよ。だから、できるだけ自分だけじゃなく他人にも何らかの恩恵があるように行動している。さっき、若手にスキルアップを促しつつ作業を手伝う発言をしたのもその一環だ。
別に法に触れるようなことはしてないが、というかそもそも魔法を使っちゃいけませんなんて法律はないし、魔法で悪い事をしてる訳じゃないんだが、良心が咎めるというか微妙に気まずくて……な。
ちなみに、今使ってる〝他言語記述〟に〝改〟がついているのは、ペンだけでなくキーボードやタッチパネルを介しての記述に対応できるよう、俺が魔術式の一部を改造したからだ。法則さえ理解できれば、簡単な機能追加くらいならスクリプトをいじる程度の感覚でやれたりする。
しかし、なんなんだろうなこの魔法。魔術式の構成からして、何らかの情報集積体に接続しているのは間違いないんだが……まさか、地球とミュステリウムはアカシックレコードを介して繋がってるとか言わないよな?
ふむ、そのうち魔法魔術組合に研究テーマとして投げてみるかね。
◇
――ええと、どこまで話したっけ。ああ、塔の仕事を紹介されたところか。
俺は転送・移動系の魔法が使える、得意だって説明は前にしたと思うが、この頃はまだ役所が紹介してくれた魔法塾に通い始めたばかりでな。
魔法塾ってのは、地球で例えるなら職業訓練所みたいな場所だ。アルバ国のそこそこ大きな街なら、たいていある施設らしい。
生徒の年代はさまざまで、小学校低学年くらいの子供や、俺みたいな青年層(当時は二十六歳だからまだ若かったんだよ!)歳取ってから魔法の素養に目覚めた婆ちゃんまで、自由に学べる。しかも無料とくれば、これは通うしかないだろ。
一応、ある程度年齢による区分けはあったけど、それでも中学生くらいの子供たちと二十代の社会人が机を並べて一緒に勉強するってのは、なかなかに得難い体験だったな。
そんな塾で学んだ結果、俺は数日で〝念力〟と〝浮遊〟っていう初級の移動魔法を身に付けることができた。
まずは〝念力〟。こいつは、一番最初に教わる、基礎中の基礎魔法だ。文字通り念じることで力を加えることができる。触れずに対象物を動かせるのが面白い。
〝浮遊〟は、一定の時間モノを宙に浮かせる魔法だ。単に浮かべることができるだけで、別の場所へ動かすためには手で押すとか、他の力が必要だけどな。
もっとも、この時はまだ覚えたてだったから、せいぜい中サイズのダンボール一箱程度の荷物に働きかけるのがせいぜいだったが。
……いやまあ、地球の常識で考えたらとんでもないことしてる訳なんだけども、そいつは今は横に置いといてくれ。
んで、自由にできるカネが欲しかった俺は、次の日から早速働き始めた訳だが。そこでちょっとした思いつきから荷物運びが楽になる提案をして、何人かが半信半疑でそいつに乗ってくれた結果、大きな成果を上げることができた。
まず、俺が〝浮遊〟で荷物を浮かせる。
そいつを、同じく荷運び仕事に雇われた連中が手で押したり、ロープでくくって集積所まで引っ張っていく。以下、繰り返し。
〝浮遊〟のおかげで「持ち上げる」力が必要ないぶん、全員の運搬速度が大幅アップした。途中から、俺たちの様子を見ていた他の作業員たちも参加してくれたおかげで、本来一日がかりの仕事が三時間足らずで終わったんだ。
依頼主は予定よりも大幅に早く荷物を受け取れて満足、短い拘束時間で一日分の給料がもらえて仕事仲間たちも満足、重い荷物を運んで腰を痛めずに済んだ俺も満足、全員が大満足で、解散後に揃ってメシ食いにいく位に打ち解けられたのは嬉しかったな。こっちでの顔見知りなんて、役所の担当者さんくらいだったからさ。
で、急遽始まった食事会で聞いたところによると、当時の俺みたいな、ごく簡単(ミュステリウム基準)な魔法が使える運搬作業員ってのは、まずいないらしい。難易度の高い魔法の使い手であれば、なおさら。
基本的に、魔法が使えるような連中は、荷物運びみたいな単純作業よりも金払いのいい仕事に就くのが普通だし、ごくまれに俺みたいな物好きがいたとしても、最終的には探索者たちにスカウトされて出て行ってしまうんだそうな。
そうこうしているうちに、作業員たちの取りまとめをしていた親方が、俺に話しかけてきた。真っ赤な髪が特徴の、なかなかの偉丈夫だ。
「なぁ、カトゥさん」
「カ・ト・ウ、です」
「カ・ツゥン?」
「カ・ト・ウ」
「クァ・ト・ル?」
「……カトゥでいいです。何でしょう?」
「あんた、役所から〝遭難保護者〟って聞いてるんだが、間違いないか?」
「はい、この身一つでアルバに流れ着きまして……今は担当者さんの紹介で、塾で基礎魔法の勉強をしているところです」
一応、嘘は言ってない。
「てことは、まだ仕事は決まってねぇんだな?」
「ええ。今回は、せめて身に付けるものくらい自分で稼いだお金で買いたかったのと、あ~、一度でいいから塔の中に入ってみたかったので」
「ハハハッ、正直だな!」
「いやー、こんなことで嘘ついても仕方ありませんからね」
そう告げると、親方だけでなく周りにいた作業員連中も大笑いしていたっけ。
「気に入った! なあ、カトゥさんよ。これから一ヶ月、うんにゃ半月でもいい。今日みたいに魔法で仕事を手伝っちゃくれねえか? もちろん、給料は役所で紹介されたのと同額払うからよ」
「それはありがたいお申し出ですが、いいんですか?」
「もちろんだ。あんたの魔法で作業時間を減らせたぶんだけ、別の仕事を引き受けられる。俺としちゃ損はねえよ」
「他の皆さんは?」
「ああ、そっちも問題ねぇよ。うちの仕事は、一つの作業ごとに支払う額が決まってるからな」
「なるほど、日割りじゃないんですね」
「おう。だから、塔の荷運びが終わったらそこで家に帰って休んでもいいし、別の仕事してさらに稼いでもいい。つまり、こいつらにとっても悪い話じゃねえんだ。そうだろ?」
親方の言葉に、俺を除く全員が頷いた。
……てな訳で。次の日から三ヶ月の間、毎日塔の低層で親方――マーベルさんの元、荷運びの仕事に従事した。長くても三時間程度だからバイト感覚でやれるし、空いた時間はこの世界の勉強に充てることができる。
この判断は間違ってなかった。役所や塾では聞くことのできなかった、ものすごく重要な情報を得ることができたからな。
それは、
『〝魂の水晶〟に触れるのは、年一回でなくともいい』
というものだ。
基本的に〝魂の水晶〟に触れるのは無料。ただし、それは年一回定められた定期登録に限られたもので、日時なんかも役所から手紙で通知が来るらしい。
とはいえ、各役所に備え付けられた〝魂の水晶〟の数は限られているし、年一回の更新があるから、毎日それなりに混雑している。
あんた、運転免許持ってるか? だったら、免許センターの混雑を思い浮かべて欲しい。平日でも大行列、休日なら下手すりゃスシ詰めのぎゅうぎゅうだろう? モロにあんな感じなんだよ、通常の更新所を利用するとさ。
ただでさえそんな状況なのに、誰でも自由に触れるようにしたらどうなるか。まず間違いなく、担当部署は人の波に呑まれるだろうな。
なので、定期更新以外で〝魂の水晶〟に触れたい場合、別途利用料金がかかる。こいつを頻繁に利用するのが、塔に挑み続ける探索者たちだ。
ごく普通に暮らしている一般市民と違って、彼らは……特に中層以上の階層に挑むような連中は、常に死と隣り合わせだ。塔の中に生息している魔獣や、誰が仕掛けたのかわからない罠の数々、その他諸々の危機を乗り越えるためには、身体能力が高いほうがいいに決まってる。
だから、探索者たちの多くが塔から出た翌日には役所へ向かい〝魂の水晶〟で肉体の最適化を図っているって寸法だ。
つまり、カネさえ払えば一年待たずにできることが増える。こんな説明、役所や塾じゃ受けてないから本気で驚いた。一年って区切りがあるのは、身体の負担があるとか、そういう理由だとばかり思ってたからな。
教えてくれた探索者曰く、
「アルバの民なら、ごく当たり前の常識として理解してることだからなあ。説明し忘れてたんじゃないか?」
だそうだ。
更新料は、マーベルさんのところで貰える第一階層の荷運び作業三週間分。結構な金額ではあるが、その価値はあると信じて俺は再び(内心ビクつきながらも)〝魂の水晶〟に触れた。
今でも、あの時勇気を出して本当に良かったと思ってる。なんせ、ミュステリムに来てから半年分の〝経験〟が上乗せされた俺は、新しい魔法への入り口に手をかけることができたんだからな。
能力が強化されるごとに仕事を増やしていき(マーベルさん大喜びしてたな、そういえば)稼ぎのほとんどを〝魂の水晶〟につぎ込んだ俺は、普通なら最低三年間は受けることすらできない魔法塾の卒業試験を半年で受験、突破に成功して、国立上級魔法魔術学院への進学を熱心に勧められるほどの使い手になれた。
その理由として特に大きかったのが〝初級転移〟を成功させたことだろう。
効果の対象者は自分一人に限定されるが、最大で七百フィートほどの距離を一瞬で移動することができる。その一方で、隣の部屋に、なんて短距離を選ぶことも可能な、応用次第で面白い使い方のできる魔法だ。
ただし、重い荷物を抱えてたりすると跳べなくなるのが残念。具体的には、呪文を唱えても何も起きずに失敗する。
実はこの転移系の魔法、成功させるのがとにかく難しい魔法なのだ。
ミュステリウムでは、全ての魔法が等級別に管理・分類されている。
この等級は全部で十二段階。〝念力〟を始めとした基礎魔法が等級零、そこから等級一、等級二、等級三……と上がっていって、一般的に一人では成功が難しいものを等級外として扱う。集団でやる儀式魔法とか、そういうやつだな。
たまに、一人で等級外をやらかす天才もいるみたいだが、それはともかく。
等級二までの魔法を習得、扱える魔術師を初級魔術師、等級三から五までが中級魔術師、等級六から八まで行けるのが上級魔術師、等級九で魔導師、等級十まで操る者には大魔導師という称号が与えられる。
そんな区分けの中で〝初級転移〟は等級五。中級の上位にある魔法だ。
なんで初心者がそんなモンに手を出していたのかというと……例の〝魂の水晶〟に現れた素質・素養が関係してくる。
実のところ、上級魔術師だからといって等級八までの魔法全部を使いこなせる訳じゃない。素養がない、つまり向いていない系統の魔法は扱えないことのほうが多いんだ。転移や治癒系の魔法なんかがその典型らしい。
何年も座学で理論を勉強した努力家、または生まれつき素質ありと判定された人材が高名な転移系魔術師に弟子入りをして、何度も〝転移系魔法〟を体感する必要があるんだそうな。そのせいで、使い手自体がとんでもなく貴重なんだとさ。
ごくごく稀に、それこそ数万人に一人の確率で、キャラバンで移動する商人や船乗りなんかに転移系の素養が現れるみたいだが……残念ながら、法則の詳細はまだ不明らしい。
旅をしている、長い距離を移動する、ってあたりがキーだと考えられてるみたいだけど、それだけならもっと転移系に目覚める人材が出てくるはずだし、他にもいろいろ条件があるんだろう。
そう。経験と体験、反復練習が何よりも大切なこの世界では、転移の実体験そのものを魂に刻み込む必要があるんだ。
そこへいくとほら、俺は〝越境者〟だろう? 世界を超えるなんて経験、普通じゃできない。他からすれば、とてつもないアドバンテージだろう。そもそも俺は、寝るだけで〝反復練習〟できるんだし。
最初から水晶のお陰で転移系に素養があるのはわかってたから、塾の教師からも学習を勧められたし、俺自身是非とも覚えたい魔法だったから、呪文だけは知っていた。けど、実際に魔法を行使できるだけの〝魔力〟がないからどうしてもうまくいかなかったんだよ。
その〝魔力〟が、ひたすら魔法の練習という名の荷運び労働と、こまめな更新を積み重ねることで強化され、最終的に成功へと結びついたって訳だ。
わかりやすく、竜を探す某国民的RPG風に表現するならアレだ。
*「コドモデビルは ダイバクハツのじゅもんをとなえた!
しかし MPがたりない!
んー、ちょっと違うか?
それと、等級はあくまで習得への難易度を示す目安であって、絶対じゃないってこと。特定の素質が極めて高ければ、初級魔術師でも等級七の魔法を習得できたりするし、魔導師なのに一部の中級魔法が習得できなかったりな。
ちなみに、転移系魔法を覚える手段はもう一つある。それは、塔の中層以降に仕掛けられている〝転移の罠〟にわざと引っかかり続けることだ。命の危険があり過ぎるせいで(空に放り出されたり、最悪地の底に埋まったり)普通の神経じゃやれない方法だが、切羽詰まったヤツが時折無謀なチャレンジを敢行するんだそうな。
だが、少なくとも俺がミュステリウムで生活を始めてから十年間、この方法で実際に習得できた、素養が開花したって話はほとんど聞いたことがない。
つまりは、そういうことだ。
その後、役所の担当者さんに「上級魔術習得の可能性がある人材には奨学金が出るから、是非進学を!」と、推しに推された俺は、マーベルさんに頭を下げて勤務する時間帯を変えてもらい、アルバ国立上級魔法魔術学院に通うことになった。
俺は勉強が好きとは間違っても言えないが、未知を学ぶのは楽しい。それが魔法なんていう子供の頃に夢見た奇跡であれば、なおさらだ。こっちで仕事しながら、思うこともあったし。
――そうして、学院でがっつりと魔法を学び、さらに転移系魔法をいくつか習得したところで、俺はこの世界で足下を固めるための行動を開始したんだ。