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ハーゲンダッツ2
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って、事で数日後。田辺に頼んだ甲斐あって、なんとか面接にこぎつけた。自転車の前かごには、履歴書の入った鞄。
田辺のバイト先は、近くもなく遠くもなく程良い場所に在った。タバコ屋の角を曲がり、高架下をくぐり抜け、見知らぬ商店街に足を踏み入れる。面接までは余裕綽々あと五分。
その商店街を一言で表せば混沌。猥雑さと情緒を同時に併せ持ち、可もなく不可もない店舗が無秩序に立ち並んでいた。同じ町内に存在するにもかかわらず、今の今まで気にも掛けたこともなかった魔境である。そこそこの広さを有し、道は細く入り組んで、まるで迷宮みたいに広がっている。迷宮……迷うに宮と書く。そう、つまり現在の状況をシンプルに説明するのであれば、僕は道に迷ったのであった。
約束の時間から十五分、迷いに迷った僕は、やっとのことで目的地であるリサイクルショップを見つける。古ぼけた看板には『山田 サイクル』と書かれている。一見自転車屋かと思われるその看板。『リ』の文字が長い年月により、消えてしまったであろうことが伺える。危ない! ここがパチンコ店じゃないのが不幸中の幸いだ。
妙に立て付けが悪いガラス戸を開けると、来客を知らせる鈴が鳴る。豪と地を這うようなオンボロエアコンの駆動音と、乾燥した独特の匂いが店内を充満していた。空調の効き過ぎた店内を見渡せば、家具家電楽器にOA機器と多種多様な中古品が、所狭しと並べられている。レジ前に行っても誰もいなくて、困った僕はレジの後ろのバックヤードに向けて「すいませ~ん。遅くなりました~。今日面接の者です~」と、大きな声で呼びかける。
返事はない。……でも、ぶっちゃけ言うと磨りガラスの窓から、思いっきり人影が見えている。無視をしているのだ。無視を。仕方ないので僕はずかずか勝手にバックヤードに入る。中は事務所兼作業場と言ったところか、あちらこちらにガラクタのような中古品が転がっていた。ここで買い取る家電やパソコンなどの動作チェックや、ちょっとした修理なんかをするのであろう。きっと。
しゃきっ。しゃきっ。
磨りガラスから見えた件の人物と目が合う。右手に握られる銀色のスプーンがきらり光る。テーブルには皿に盛られたスイカ。
「なんだお前?」
少し鼻に掛かる変声期前の少年のような声。赤茶色の髪の毛に、日に焼けた肌、小さな体躯。女の子である。そして多分ヤンキーである。なんだじゃねぇよ。面接に来たんだよ!
「面接に来ました」
「ああ、そう言えば、店長が言ってたなぁ。まあ、取り敢えず適当に座れよ」
しゃきっ。しゃきっ。僕を座らせると、再びスイカを食べ出すヤンキーのお姉さん。
「いや、だから面接」
「うるせぇ。あたしは今休憩中! 面接は後からにしろ」
そう言って「ぷっ」っと、口から初対面の僕の額にスイカの種を飛ばしてくる。きったねぇなぁ。
「って言うか、て言うか、お姉さんが僕の面接するんですか?」
「おう。あたしは正社員だからな。……そんなにじろじろ見るなよ。気が散るだろ。ちっ、仕方ねぇなぁ」
ちょっと待ってろ。と、お姉さんは立ち上がり従業員用の冷凍庫から、何かを取り出し「んっ」と、無愛想なそぶりで僕に投げ渡す。それはスイカの形をしたアイスバーであった。
「まだ部外者のお前にスイカはやれねぇけど、それぐらいなら食っていいぞ」
しゃきっ。しゃきっ。年代物のエアコンの轟音。加えて僕が食べるアイスの音と、初対面のお姉さんが食べるスイカの音。トリオが奏でる気まずい三重奏。無言のバックヤード。「スイカのアイスバーは、種がチョコレートで美味しい。実は本物のスイカよりも好きだ。本物は口の周りが痒くなる」だとか、どうでも良いことばかりを考えていたら、不意にお姉さんがこちらに手を差し出すので、持ってきた履歴書を渡す。僕の渡した履歴書を雑に広げて、彼女はさっとそれに目を通す。
「ふーん。神田川マコト十六歳か。あたしの四つ下だな」
「お姉さんも正社員にしては若いんですねぇ」
「あたしは中卒だからな。あとお姉さんは辞めろ。あたしは猫橋。猫橋アケミだ」
「田辺の紹介で来ました」
「ああメガネから聞いてる。しかしお前今日遅刻してきただろ」
「道に迷いまして」
「初回だから大目にみてやる。次からはぶん殴るからな」
鉄拳制裁とか、さすがはヤンキー。精々気をつけねば。……ところで次からってことは、採用ってことなのであろうか。
「採用だよ。はい、面接終わり」
正直スイカのアイスバーを食べただけである。まあいいか。