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 少年よ。きみにハーゲンダッツはまだ早い。




 ――初夏。

 あっちぃあっちぃと、扇風機の頭の向きを足の裏で操作する僕は、現在の状況を端的に述べると、畳の上でゴロゴロしていた。口の中には水色のアイスキャンディー。その商品名からは察するに、ガリガリすることを推奨されるそれを、丹念に丹念にぺーろぺろぺろと舐めている。実に卑猥で淫靡な表現ではあるが、そのじつ身も心もカラカラであった。ちゃぶ台をひっくり返すくらいに野球狂の父の影響から、小、中、と野球部に所属していたが、高校は坊主頭が嫌で、今では帰宅部のエースに甘んじている。こうなりゃ彼女の一人でも作ってみようかと切に思うものの、いかんせん先立つものが無いのである。健全なる僕たち私たち高校生が、一ヶ月生きていくのに、小遣いの五千円だけではとてもやり繰りできないのだ。

「バイトでも始めよっかな」

 と、老化の予兆とも言うべき独り言と同時に、僕のスマホが、てぃんこーんとラインの通知をお知らせする。中学時代のクラスメイト、田辺からである。

『おい、マコト。映画観に行く約束覚えてるか?』

 覚えてる覚えてる。ちゃんと覚えてる。支度が面倒でゴロゴロしていただけである。約束って苦手だ。計画というのは立てるまでが楽しい。しかし計画の日が近づく度にその計画を遂行するのが億劫になっていくのだ。僕には行き当たりばったりなのが、性に合っている。されどもこんな性格ゆえ、ただでさえ少ない友人を減らすのも面白くないと、ようやく僕はその重たい腰を上げる。田辺には横ピースのウザいラインスタンプ一つで雑に返信。急いで着替えなくてはいけない。僕史上、最もお気に入りで、ヘヴィーローテーションの殿堂入りを果たしたティーシャツを着てキャップを被る。SNSに投稿した写真なんかを見返すと、大概これを着ているのが恥ずかしい。ちゃんと他の服は持っているんだ。ただここぞという時はこればっか着てしまうんだな。

 待ち合わせ時間を十五分過ぎたところで、僕はスニーカーを履いて家を出た。ほんのり時間にルーズではあるが、完璧なのは可愛くないでしょ、ちひっ。と言えば大概は許されるものだと思いたい。

 夏は日が長くて、外は夕方五時半を回っているのに未だ明るい。蝉たちのオーケストラと茹だるような暑さに辟易しながらも、待ち合わせの駅を目指す。大地を蹴るお気に入りのコンバースは、アスファルトを跳ねぐんぐん僕の体を目的地へと運ぶ。途中ご近所に住むお婆ちゃんに軽く挨拶と敬礼、先を急ぐ。

 辿り着いた駅前は、テレビの取材陣たちでごった返していた。まさに阿鼻叫喚。先日あった外国人留学生殺害事件の事件現場である。犯人は未だ逃走中。誰が置いたのか花束がいくつも置かれている。取材陣や野次馬、仕事帰りのサラリーマンたちに揉みくちゃにされ、僕の足は遅くなる。自宅から徒歩十分。累計にして二十五分の遅刻。果たして親友田辺は、こんな僕を許してくれるであろうか。甘やかしてくれるであろうか。

「おっせぇよ、マコト。お前ほんっと、やれやれだな」

 駅に着いてぼけっとしていた僕。唐突に視界に飛び込んできたのは、プンスカと怒る田辺。眼鏡にポロシャツ、肩掛け鞄にニキビ面。暑苦しくて、いかにもモテなそうである。本日は、こんな暑苦しい野郎と二人きりでの映画である。そりゃ、気合も入るはずもなかろうて。遅刻するのも無理はない。

 中学の同級生では、唯一定期的に連絡を取り合う田辺。そんな彼に映画に誘われて、隣町までのぶらり二人旅。幸いにして満員とまではいかない電車に揺られ、停車したあとは駆け足で向かう。足にはちょいと自信がある僕と、息も絶え絶え着いてくるのがやっとの田辺。結局、上映ぎりぎり滑り込みで間に合う。

 実写化の大半は駄作! 例に漏れることなく、人気コミックを実写化したその映画は、愛おしくて、狂おしくて、張り裂けそうなほどのダメ映画であった。エンドロールが流れたところで「金返せ!」の罵声とキャラメルポップコーンが館内を飛び交う。高校一年の夏休み、男女二人が恋に落ちる物語。かくいう僕は「そんなもの幻想だよ。なぜなら高校生にはデートする金も無いのだから」と飲んでいたRサイズコーラをワイングラスに見立てて、傾けたものである。

 さて虚しい一日だった。つまらぬことに時間とお金を浪費してしまった。そう僕が悔いていたところで、「帰りにスタバでも寄っちゃう?」と田辺。寄っちゃう? じゃ、ねーよ。こいつは僕が世間さまにひた隠しにしたいような、野郎二人の不毛なお忍びデートをまだ続ける気である。狂気の沙汰だ。

「無理。もう金ないもん」

「奢ってやるって」

 僕と似たり寄ったりの生活をしているはずの田辺。一体どこに他人に施すほどの余裕があるのか。すると田辺は遥か上空、天上界からこんな言葉を僕に投げかける。

「俺、バイト始めたんだよね」

 バ、イ、ト! そのカタカナ三文字に、僕の興味がそそられる。夏休みをエンジョイしたい僕ではあるが、兎にも角にも金欠なのだ。

「その話を詳しく聞けるのであれば、奢られるのも、やぶさかではない」

「お前、奢ってもらうのに、なんでそんなに偉そうなんだよ。まあいいや。今、人足んないから、やりたきゃ紹介してやるよ」








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