第91話 警告、そして魔技祭へ
「ハイアット……ハイアットなのか?」
「おぉ……よう分かったの。如何にもこのワシはハイアット・マーキス・イル・グランデじゃ」
俺の目の間にいる神聖なオーラを放つこの老人。正体は元神魔団所属のナンバー6。錬金術師の祖であり伝説の錬金術師として称えられた神人、ヘルメスの意志を継ぐもので錬金術の名手だ。その技巧と生成知識は知識の王、大賢者カールスさえも凌ぐと言われている人であって人でない老錬金術師だ。
神の意志を継ぐ錬金術師というのは単なる肩書ではなく、まさに彼の錬金術は神業とも言えるほどのものだった。例えばとある物質さえあれば無限にエリクサーを生成できる無限エリクサーという技術や最高位の魔鉄獣やゴーレム、疑似的にだが生きているものならなんでも錬成できるという生体錬金などがある。
もちろんその他の錬金術師とは比較対象には到底ならない。もう錬金術師という枠組みを超越したとんでもない老人、としか表現のしようがないのだ。
かつて我々神魔団が魔王軍と対立していた時、彼の圧倒的で度を超えた凄まじい技量と知識によって魔族たちの間で飛び交ったのは『ヘルメスの再来』『悪魔大錬金師』などの異名だった。
神魔団って頂点を飾っていた俺からしても絶対に敵にはまわしたくない存在だ。
「……で、ハイアットよこれは一体何の真似だ? おかけで俺の身内はラブレターだとか言って騒ぎ立てているんだが」
「その手紙のことか?」
「そうだ。これはハイアットがオレ宛てに送った手紙なのだろ?」
「ああ、そうじゃ。娘が生粋の文通好きでの、ワシも彼女に見習ってやってみようかと思ったんじゃが何か間違っていたかの?」
そういうことか。となればその娘が書いていた文通をそのまま真似て書いたという可能性が高いな。
それにしても、それを見てラブレターだと気付かないということはこの老体が俺になにしでかしたということも自覚ということか……まぁ俺も人のことは言えないが。
神魔団の連中に欠けている唯一の共通点は一般常識のなさだ。
皆、今まで人生をまともに歩んでいないがために常識という柱がガタガタなのだ。であるがゆえに知っていて当然ということを知らない。
俺だって多少の自覚はある。
でも……
(いちいち学ぶのが面倒なんだよな……)
一方その頃……
「あれは……誰でしょう」
「まさか先生のことが好きな人って……」
「あのご老人のことでしょうか……?」
「そんなまさか。レイナードにそんな趣味があるわけ……」
二人が話しているすぐ背後、展望デッキの入り口付近に身を隠すレーナたち一行は困惑していた。
手紙の相手が女性……でもなく若い男……でもなく推定年齢70歳越えの老人だったということにだ。
「いやでもレーナ先生、これもこれであり得るかもしれませんよ? 今は年の差婚が流行ってるって聞きますし、それがおっさんとおじいちゃんであっても愛があれば……」
「その通りですよレーナさん! 愛は性別や年をも越えるというではありませんか!」
「え、えぇぇ……」
何勝手な事言ってるんだあいつらは……
もちろんレーナたちの姿ここに来る前から尾行されていることに気付いていた。
まぁ案の定来たなという感じだ。
「はぁ……」
「かっかっか! 元気なお仲間たちだなレイナードよ。お前さんみたいなひねくれ者がよう先生なんぞやるもんだわい」
「ほっとけ。で、こんな世間話をしにこんな所まで来たわけじゃないだろ。早く本題を話してくれ」
突如吹き荒れる風。そして黒く怪しげな雲が空全体少しずつ覆っていく。
「……レイナードよ、場所を変えようぞ」
「ああ、そうだな」
「場所は……そうだな、あの平原辺りがよいじゃろう。ついてくるのだ」
俺とハイアットは転移魔術を展開する。
「「高速転移!」」
通常転移とは違い、即座な転移が可能なこの魔術は移動には最適だ。
「き、消えた!?」
「バレちゃいましたかねぇ……」
端から見れば消えたようにしか見えないのもこの魔術の利点でもある。
大雑把に説明すれば念じるだけで転移できるというテレポーテーションに近い性質を持つ。
そして……
「……ここなら大丈夫じゃろう」
「ああ、密談をするにはもってこいだな」
転移してきた先は王都近くにあるハーバー高原。学園御用達の第二の演習場として当たり前のように使っている場所だ。
「それで、改めて聞くが話とは?」
こう問うと、ハイアットは口元を手で触りながら話し始める。
「話は一言だけ、ヤツがとうとう復活した……という話じゃ」
「ヤツ? 魔王イルバーンのことか?」
「うむ、ただ完全復活したわけじゃない。復元できたのは自らの身と邪心だけ。肝心の力はまだ完全に戻りきってはいないみたいじゃ」
「力が戻っていないだと? 今奴はどこにいるんだ?」
「恐らく辺境の地ボルグタンク。まだ調査団を派遣したばかりで明確なことは分からんが……」
そうか、とうとう奴が生き返ったか。スカーレットの言っていたことはデマではなかったようだな。
だが別に脅威ではない。また十数年前と同じようにぶっ倒せばいい話。そして今度は二度と復活できないよう封印の魔剣ごと消し去ればいいことだ。
なぁに簡単じゃないか、と思っていたらハイアットは、
「簡単じゃないか、と思っとるじゃろ?」
「なっ!? なぜ分かった!」
「顔でバレバレじゃ。ホント相変わらず分かりやすい奴じゃのぉ」
分かりやすいだと? 学園内ではポーカーフェイスとして名の知れたこの俺がか?
やはりこの爺さん、只者じゃない。
「話を戻すぞよ。で、ここからが大事な所なんじゃ」
「どういうことだ?」
「実は最近妙な連中が我々神魔団を嗅ぎつけ回っているみたいでの。とある街にある神魔団の支部が襲撃されたとのことじゃ」
「なに、神魔団の支部が? 場所はどこだ?」
「ここから北部40度、城塞都市インダストリーのさらに北にある小都市レイブンだ」
「レイブン? あそこはちょうどお前管轄地帯だろ? あの支部にはお前の作りだした創兵が常時目を光らせて駐在しているはずじゃ?」
「うむ……」
ハイアットは難しい表情しながら顎を手で擦る。
そのレイブンという街にある支部は彼、ハイアットが管理を任されている。
そこにはハイアットによって作られた幾万もの創兵が護衛をしており、支部の中では圧倒的な防御網が敷かれている所だった。
だが……
「突如、謎の十人の聖剣使いに襲撃されたらしくてな。レイブンにいる団関係者によると手も足もでなかったらしいのじゃ」
「ハイアット製のポーンをそんなに易々と? そんなバカな」
「だが事実には変わりない。それにその後の動向で奴らがボルグタンクに入って行くのをみたという目撃者がいてな。もしかするとじゃが……」
「魔王と繋がっている可能性がある……と?」
コクリと頷くハイアット。だが一番驚いたのは魔王の復活やその聖剣使いたちの出現ではなく、そいつらが万単位のハイアットポーンを軽々と殲滅できたことだ。
ポーンとはいえハイアットが作るものは他の錬金術師とは比べ物にならないくらいの性能差がある。
下手すれば数千のポーンだけで世界征服すら軽々と成し遂げてしまうほどの戦闘力と知恵と組織力を持つ。
だがその聖剣使いたちは万単位のハイアットポーン相手に十人で戦いぬくことができた。
俺は今まで神魔団以外の人間を高く評価したことはないが、今回に限っては違う。
「……どうやら、本部にも危機感を持たせないといけないみたいだな」
今の神魔団は控えめに言っても前と比べてだいぶ質が落ちている。蓋を開ければ結構、警備も人員の戦闘力もピンキリでガバガバだ。
そんな最中に攻め込まれてみろ、王国騎士団だがいう連中ですら満足に追い返せないぞ。
俺はハイアットの目を見る。
「……分かった。わざわざ来てくれて感謝する、ハイアット」
頭を下げ、一言礼を告げるとハイアットはニヤリと笑い、
「ああ。でも明日はお前さんがお楽しみにしていたお祭りがあるんじゃろ? 今はそっちに専念するがよい」
「言われなくとも明日から魔技祭最終日まではそうさせてもらう。何かあってもオレは関与するつもりはないからな。こちとら生活がかかっているんでね」
「問題ない。フィーネ嬢ちゃんから全部聞いとる。堕落生活を取り戻しとるんじゃろ?」
くそ、フィーネの奴関係のない奴にベラベラと余計な事を……
だがまぁ、誰に知られた所で俺の方針は決して変わらない。
俺は魔技祭に優勝し、一攫千金を手にする。
そしてこの手中に収めるのだ、我が愛しのヘブンズライフを!
俺はギュッと拳を強く握りしめ、そう誓う。
「では頭に入れておくようにじゃ。また会おうぞ、民の英雄よ」
「あ、ああ……」
俺が振り向いた時にはもう彼の姿は跡形もなかった。




