第69話 負の前兆
―――時は少し遡り学園長室
「なんだと。それはどういうことだスカーレット」
「そのまんまやで。今神魔団の関係者が捜査に出ている」
「フィーネはこのことを知っていたのか?」
「さっき聞いたばかりよ。正直私も驚いているわ」
俺はスカーレットに呼ばれ学園長室へと出向いていた。
そしてそこで彼女の口からとんでもない事を聞くことになった。
「まさかこんな早い時期に魔王が復活しそう……だなんてね」
「せや。ここ最近全世界で魔獣の群れやら魔竜やらの出現が頻繁に起きていた。ここら辺は比較的安全地帯っぽいがなぁ」
そのとんでもないこととは十数年前に俺が討伐した魔王の復活についてだった。それも今回の魔王の力は前回とは比べ物にならないほどだと言う。
「だがスカーレット。なぜそのような結論が出た? 何か根拠でもあるのか?」
「根拠はある。カシラはレザードが封印の魔剣を探してはることを存じているか?」
「ああ。前に本人から聞いた」
「その魔剣が見つかったんや。もちろん見つけたのはレザードやけどな」
封印の魔剣とは魔王を封じ込める力を持つ伝説の剣。1000年前、魔王を封印するべくかつての勇者たちが使ったとされるものだ。そして前回の魔王討伐の際もその魔剣に魔王を封じることできた。
だが肝心なのはその魔剣の在処だった。魔王を倒すと自動的に魔剣の能力が働き、封印の力が作動するということまでは調査済みだったがそれがどこにあるか神魔団の人間でさえ把握していなかったのだ。
そしてそれを長年探していたのが我が神魔団メンバーの一人、レザード・アルフォート。
彼は魔剣使いということもあってか魔剣については団の中では同じ魔剣使いの姉、セントレア同様に一番詳しかった。
そしてその長らく探していた伝説の魔剣が遂に見つかったわけだ。
「で、魔剣が見つかったとこで何で魔王復活ということになるんだ?」
「ああ。そこからが本題なんや。実はその魔剣が回収された後、こんなもんも一緒に見つかった」
そういうとスカーレットは何やら紫色に発光する石を取り出し、テーブルの上に置く。
「こ、これは……」
「魔生石……」
不気味に輝くその石ころはどこかで見覚えのあるものだった。
かつて魔族が世を牛耳っていた頃、魔王が持っていた魔道具の一つ。それが魔生石。
これを使うと一度死んだはずの魔獣を再度蘇生することができるという厄介なものだ。なので俺たち神魔団は魔生石を持つ者は積極的に討伐し、破壊するということに重点をおいて魔王軍と戦争をしていた。
だがその石がなぜか封印の魔剣の隣にあったそうなのだ。
「隠し持っていた……というのか?」
「恐らくそうやな。魔王はカシラに討伐される際にその隠し持っていた魔生石に自身のオーラを取り組み、自らを封印した。そして長い年月をかけ魔生石の中で魔力を蓄え、復活の兆しを狙っている、ということやろな」
「だが……なんで封印の魔剣の近くにあったんだ? それも奴の計算済みってことか?」
「せや、恐らくそうやろな。完全復活するには魔生石に含まれる魔力と自分の魔力だけでは不十分や。だからこその封印の魔剣。世に存在する魔剣で最も魔力を溜め込んでいるそれから力を吸収すれば復活するには事足りる。奴はそれを狙っていたのかもしれんわ」
封印の魔剣の魔力は絶大なものだ。一度力を発動させれば誰であろうと抗うことはできない。もちろんその相手が俺であってもだ。魔王はその逸脱した力を逆利用し、復活の切り札にしたということだ。
「止める方法はあるの?」
「まだ分からへん。今神魔団の連中が必死になって復活を防ぐ方法を探している。だが、見つかった時期が遅すぎたな」
「もう復活に必要な魔力が集まったってことか?」
「いや、まだ復活するには魔力が足りん。だが止める方法が見つからない限り復活も時間の問題や」
「ちっ……厄介なことになったな」
「ほんまや。それに今の神魔団は昔と比べてだいぶ質が落ちた。あんときのようにバリバリ戦うことはまず厳しいやろな」
スカーレットの言う通りだ。今の神魔団は昔に比べて機能していない。それに他の大規模ギルドや王国軍含め平和が続いていたせいか、ひと昔前よりだいぶ人の質が落ちている。いわゆる平和ボケってやつだ。
このままもし魔王がさらに力を得て復活をしてみろ。確実に世界は奴の手に渡ることになるだろう。
だが俺としてはそんなことはどうでもいいのだ。
肝心なのは……ひきこもりニート生活ができなくなる。これがどういう意味を成しえているかというと今まで必死に働いてきたことが水の泡になるということ。しのぎを削ってまで働く俺の努力が無駄になるのだ。
(それだけは……それだけは避けねばならない!)
俺は引きこもりニート生活に命を懸けていると言っても過言ではない。
なぜか? そんなの決まっている。
アーク・シュテルクストという英雄が消え十数年、俺はずっと人のすねをかじってひきこもり生活をしてきた。その時の快楽と言ったらもうとんでもないものだ。しかも当時に関しては使用人というおまけもついてきた。
毎日ゴロゴロしていても何も言われない、飯は時間になれば勝手に出てくる、働かず好き勝手し放題。
こんな生活を続けていればこの極限の快楽という呪縛に囚われ、抜け出すことは容易ではない。
高級な飯を一度食べてしまったら安い飯が食えなくなるのと同じことだ。
こんな自由奔放な生活を一度知ってしまうとそれから逃れることを身体が拒絶する。
もはや一種のいけない薬と同じような作用だ。
そして俺は今、その呪縛に縛られている。
心が楽なほうへと誘引されていくのだ。
だからこそ今回のこの一件、俺は断じて許すわけにはいかなかった。
「なぁスカーレット。その調査、俺も参加させて……」
―――バンッ!
「……!?」
俺がスカーレットに話している最中、学園長室の扉が凄まじい音を立て開いた。
そこで中へ入ってきたのは……
「れ、レーナ!」
「見つけましたよ、先生」
俺を見つめるその眼はいつものような煌めきはなく、闇に沈んだような……そんな目をしていた。




