第63話 女同士の戦い
俺は人気のない市場の裏路地までレーナを連れていく。
確かに感じた。誰かに追いかけられているという感覚が。
だが一つ疑問に思うことがあり、邪悪な気配というにはほど遠い感覚だったのだ。
(よし、ここまで来ればいいだろう)
俺は足を止め、後ろを振り向く。
「あ~あ、気づいちまったか」
暗闇から突如、小太りなオヤジが姿を現す。
「お前か? 俺たちをつけていたのは」
「ああ、そうだ。お二人にちと用があってな」
お二人? 用?
俺は何か怪しい気配を感じた。だがこの男に邪悪な気配もなければ殺意もない。
(こいつ、もしかしたら……)
「用って私たちに何の用があると言うんですか? 内容によっては今ここであなたを……」
レーナはそのオヤジ相手に魔術詠唱の準備を始める。
「いや待てレーナ。落ち着くんだ」
「でもレイナード!」
「いいからその手を下ろせ」
「わ、分かりました……」
なんとかレーナを宥めることができた。
そして俺はそいつの方へ身体を向ける。
「おい、そろそろその姿は苦しいんじゃないか? 趣味が悪いぞ」
「えっ? レイナード何を?」
するとその小太りなオヤジはふふふと笑みを浮かべ始める。
「さすがですね。全てお見通しってことですか」
「ど、どういう?」
レーナはまだ気づいていないようだった。
するといきなりオヤジから閃光が放たれ、別の男の姿が現れる。
「ら、ラルゴ先生!?」
「ごきげんようレーナ先生。今日もいい天気ですね」
その男とはもはやもう説明不要。
アロナード総合魔術学園、魔術専攻の1年B組担任、ラルゴ・ノートリウムだった。
まだ暑さが続くこの時期にこういうテンションのおかしい奴と会うとさらに暑くなる。
せめて休日はこいつとはあまり会いたくはなかった。
「お前、休暇日でもその格好なんだな」
「もちろんです! これが私の正装ですから! ちなみにこの制服は屋敷のクローゼットにあと50着はありますよ」
(こいつマジか……)
正直その格好で現れるのはやめてほしい。見ているだけで暑くなってくる。
「それで? こんな休日に変装魔術まで施して一体何の用なんだ?」
「それはですね……すこーし話が長くなるのですが……」
「ああ、もうじれったいなぁ~前置きが長すぎるのよラルゴ先生は!」
「ん?」
どこからかもう一人の声が聞こえる。聞いたことがある声だ。
そしていつの間にかラルゴの隣に私服姿のハルカが現れていた。
「ハルカ先生、迷彩魔術を解いてもよろしいのですか?」
「いや、先生の正体がバレた時点でもうゲームオーバーよ。もう……せっかくいい感じで見張れていたのに!」
「無理言わないでください。私も最善を尽くしたのですから」
(な、なんなんだこいつら。休日から騒がしい奴らだ)
「お前の仕業かハルカ」
「あ、はい……いきなりすみません。たまたまラルゴ先生と会って王都を散策していたら偶然二人が目に入ったもので……」
ラルゴと二人でってこいつらそんなに仲が良かったか?
意外なコンビだ。この二人に接点があったなんて。
「いや、ハルカ先生が私を誘ったではあり……」
「う、うるさいです! 少し黙っていていただけませんか?」
「……! ……!」
ラルゴが何やらハルカに口を塞がれている。
何をやっているんだあのバカコンビは。
「ぜぇ……ぜぇ……ハルカ先生、私死ぬところでしたよ」
「もう一度されたくなければ少し黙っていてください」
「わ、分かりました」
すごい。何やらあのラルゴを手懐けているような感じがする。
あんな一緒にいるだけで疲れる奴、関わるだけでも疲労がたまっていくのにハルカにそんな気配はない。
頑固なスメラギのオヤジの娘というのは伊達じゃないな。
「それで……ハルカとラルゴ先生は私たちに何の用があるというんですか?」
「何って……決まっています。レーナさん、私と勝負してください!」
「えっ?」「は?」「ん?」
(いや、お前も分かってないのか!)
俺たちだけじゃなくラルゴまで疑問の表情を浮かべる。
「勝負ってなんのですか?」
「どちらがレイナード先生のお相手に相応しいかです!」
「ハルカ、お前何を……」
「知っていますよ。レーナ先生と一夜を共にしたんですよね?」
「お、お前それ……」
「やはり本当のようですね。実にうらやま……不純です!」
なんか今心の声が漏れかけたような気がしたが、指摘すると面倒なのでスルーしておくことにする。
とりあえずざっと経緯を説明すると、どうやらハルカは昨晩レーナが俺を担いで学園を出た所をたまたま見ていたらしい。
それで後をつけて監視をしていた所、中々レーナが出てこなかったことからそのような結論に至ったという。
まぁ完全に犯罪的行為である。
「お前……」
呆れてものが言えなくなる。
そしてハルカは弾丸のように次から次へと話し続ける。
「とにかくレイナード先生の助手としてどちらが相応しいか勝負です。レーナ先生!」
「助手として……ですか。それなら負けるわけにはいきませんね」
「お、おいレーナ」
「ご安心をレイナード。私の方が助手歴は先輩なのですからしっかりそのことを彼女に教えてきます」
「いや、別にオレは……」
「決まりですね。それじゃあ会場にいきましょうか」
「お、おい……」
もはや二人の間に介入できるスペースはなかった。
それにレーナも結構やる気なようで静かなる闘志を感じた。
「こりゃ……止められないな」
「そうですねぇ。一度ついた炎を消すのは中々大変なものです。特にレディーのはね」
「鬱陶しい表現をするな……」
俺は汗でぬれた額を手で抑えながら深くため息をする。
そして誰が得をするのか全く分からない勝負が今、ここに始まろうとしているのだった。




