第58.5話 例の秘薬(後)
前々回の57.5話の続きになります。
俺、レイナード・アーバンクルスは焦りを見せていた。
「くそっ、イラーハは一体何処にいる?」
「おかしいですね……移動教室でしょうか?」
俺、いや今は私というべきか? まぁそんなことはどうでもいい。
改めて俺、レイナード・アーバンクルスは女体化してしまった。理由はだいぶ前にラルゴから疲労回復によく効くということで貰った秘薬を投与したことにより、こんな無様な姿になってしまったわけだ。
その時、たまたま講師室にやってきたラルゴの話によるとこの秘薬を作ったのはかつて自分が不在時にA組の臨時担任をしていたイラーハだと言う。
そこで俺は元の姿に戻してもらうべく学園を駆け回っているのだが……
「いない! どこにいるんだ?」
どこにも見当たらない。
ラルゴは錬金術生のいる別棟にいると言っていたが、そこに彼女の姿はなかった。
「おいラルゴ、話が違う」
「うーん……普段はいるんですけどねぇ私の観察によると」
「お前、観察って……」
別のことにツッコミたくなるが今はそれどころではない。
こんなところ誰かに見られでもしたら一巻の終わりだ。
生憎、授業中であったため誰とも会わずに移動ができた。
とりあえず、面倒なことになる前に元に戻してもらわねば。
「おいラルゴ、他に彼女が行きそうな場所とかはあるか?」
「んーそうですね。後は治療室くらいですかね。イラーハ先生は講師という傍ら女医という顔を持っていますから」
「講師であり医者でもありその上研究者でもあるのか。とてつもない経歴だな」
「彼女は国王陛下にも太鼓判を押された若き天才ですからね。昔はかの有名な天才魔術師集団、神聖魔術団の医者として働いていたという説もあります」
なんだと?
俺が知る限りではイラーハという名前に心当たりはない。
神聖魔術団では基本的にケガを負うような人物がいなかったため、医者は数名程度しかいなかった。
しかし俺の中ではあくまでそれは噂にすぎず、実際神魔団で医者を見たことは一度もない。
「なら早急に治療室に行くぞ。もうすぐ授業が終わってしまう」
「そうですね。行ってみましょう」
俺たちはすぐさま治療室へと向かう。
近かったためかすぐ目的地に着き、勢いよく扉を開ける。
―――バタン!
「イラーハ先生はいるか!?」
「えっ……?」
「ゲッ……!」
勢いよく入室したのはいいものの目の前にいたのはレーナだった。
「れ、レーナ……」
「えっと……どちら様ですか?」
気づいていないだと? 目があった瞬間、終わりを悟ったが表情から察するにバレてはいないようだった。
「えー、この方はですね……」
「お、おおおい!」
すぐさまラルゴの手を引っ張り、ベッドのカーテン裏へと引きずり込む。
「おい、何やってんだお前」
「えっ……でももうバレているのでは?」
「見るからにそういう風には見えんだろ。とりあえず好都合だ。絶対に言うんじゃないぞ……」
精神魔術で脅しをかける。
「分かりました、分かりましたから故意的な精神魔術はやめてください!」
「よし、頼むぞ」
「はぁ……相変わらず強引な人ですねぇ」
「あ、あの……イラーハ先生ならここにいらっしゃいますよ」
カーテン越しからレーナの声が聞こえた。
「ん? それは本当か?」
「あ、はい……」
「あらどうかしたの?」
奥の方からもう一人の女性の声が聞こえる。
間違いない。この聞き覚えのある声はイラーハだ。
俺たちはカーテンを開き、その姿を見せる。
「お疲れ様です。イラーハ先生」
「あらラルゴじゃないの……で、そちらにいる方は……」
「ああ、コホン。えっと私は王宮に仕えている身でありましてイラーハ嬢に伝言を届けに来た所存です」
咄嗟にフィクションストーリーを構築する。
まずは二人きりの空間を作らなければならない。
我ながら良い判断だと自分でも思った。
「王宮からわざわざですか? ご苦労様です」
「いえ、お安い御用です。それでですが……」
「分かっています。関係者だけでお話ししたいとのことですよね?」
おお、流石国王が認めた女だ。
状況把握がよくできる。
「あ、はい。申し訳ございません」
「いえいえ。レーナ、ラルゴ、申し訳ないけど一旦外へ出てもらえるかしら?」
「あ、はい。分かりました」
「承知いたしました」
そういうと二人は治療室から出て行った。
「さて、お話しをしましょう」
「あ、あの……」
「はい?」
「先ほどの女性はここで何をされてたんです?」
気になったので聞いてみる。
授業後からレーナの姿が見られなかったので少し気にかけていたのだ。
「ああ、治療をしていたんですよ。本の切れ端で手を切ってしまったようなので……」
「そ、そうですか」
何事かと思ったらそんなことか。
軽傷ならそれでよかった。
俺は少しだけホットする。
「それにしてもきれいになりましたね。レイナード先生」
「……!?」
こいつ今なんて……? いや違う。
こいつは今確かに俺の姿を見てレイナードと言った。
「イラーハ先生、まさか……」
「ええ。分かっていますよ」
「ま、マジですか……」
いつも一緒にいるレーナですら気づかなかった。
しかしこの人は一度俺の姿を見ただけだったのにすぐに気が付いたのだ。
「ということは全部分かっていたんですね」
「はい。それに原因も……例の薬ですよね?」
「そうです。前にラルゴから貰ったものです」
「はい、分かっています。私もあの後すぐに欠陥に気づいたんですよ。研究用としてラルゴが持って行ったので大丈夫かなと思っていたのですが……」
「そんなことが……」
(くっそあいつ……研究用のものを俺に渡したってことか?)
俺はイラーハに戻し方を尋ねるとこの薬は時間制らしく飲用してから3時間ほどで元に戻るとのことだ。
3時間……飲用したのは2時間前だからあと1時間か。
「本当に戻るのですね?」
「はい、それだけは保証します。すみませんご迷惑を」
「いえ、あの”バカ”の責任なので大丈夫です」
(後でさらに強い精神魔術で天罰を下してやるわ……覚悟しろラルゴ)
とりあえず、今はここの治療室で隠れることにした。
下手に出歩くとどうなるか分かったもんじゃない。
「はぁ……まったく」
俺は深いため息を漏らし、近くの椅子に腰をかける。
「それにしてもあなたは変わりましたね」
「えっ、それはどういう?」
なんだか昔の俺を知っているかのような口ぶりだった。
いや、もしかすると俺も本当は知っているのかもしれない。
記憶には鮮明にないだけで俺は一度この人と会っている、そんな気がした。
するとイラーハは、
「忘れてしまったんですか? 英雄アーク・シュテルクスト様」
「なぜその名を……!?」
やはりこの人は俺のことを知っている。
でもどこで……?
俺は記憶を掘り起こそうとするも見つからない。
「私は昔、神聖魔術団で女医をしていたんですよ。アーク様とは直接的にお会いしたことはないですが、遠くから姿を見ておりました」
「そ、そうか……だから俺の記憶にはないのか」
「そうかもしれませんね。多分魔王討伐の際のセレモニーで一瞬だけ目があっただけですので」
なるほど……そういうことか。
確かにあの時、一瞬誰かと目が合ったのを覚えている。
それが彼女だったというわけだ。
「よくわかりましたね。あれから随分と変わり果てたというのに」
「そうですね。初めてお会いした時はまさかなとは思いましたが、英雄時代に感じたオーラとそっくりな雰囲気であったので」
オーラか。当時の俺をよく知るものであればすぐ気づくのかもな。
世間に身バレだけは防がないとな。
「ところでイラーハ先生。自分のことをしっているということでお願いが……」
「あ、その件なら大丈夫ですよ。誰にも言わないし私も昔のことは隠しているので」
「ああ、ならよかった。でもラルゴはあなたのことを存じ上げていたようですが?」
「彼は特別ですよ。ラルゴは私の命の恩人なので……」
「恩人? あんな奴がですか?」
「ええ、”あんな奴”だからいいんですよ」
ふふふと笑いイラーハは立ち上がる。
「そろそろ私は仕事に戻りますね。今回の件はまたお詫びさせていただきますね」
「あ、はぁ……」
そういうとイラーハはタッタと歩いて行ってしまった。
「「あなたは変わりましたね」……か。実感はないが、確かに変わったのかもな……」
そしてその後、無事に薬の効果が切れた。
そして何事もなかったかのように事態は終結したのだった。




