第27話 尊敬する先生
「これからよろしくお願いしますね、レーナ先生、勇者様」
「なぜこうなる……」
こんなことがあるだろうか。一つのクラスに三人の講師。
正直、助手は二人もいらない。
俺はあの後、講師統括のエルナーに理由を聞いた。
エルナーによれば彼女自身が希望したと言う。
ハルカはまだ研修生という身であるのだが、俺の助手として学ぶ期間を研修期間としたいとの申し出によって今回のようなことになったそうだ。
いいよな、研修期間があって。
俺なんかいきなり担任持たされたんだぞ。
自分と彼女の待遇の差に不満を感じる。
というかなぜハルカは俺が魔術講師だと知っているのか。
そこが一番気になる所である。
「な、なぁハルカ。よくオレが魔術講師だと分かったな」
「え、ああ。それはですね……」
どうやら彼女はあの事件の後、去った俺たちを探すべく王都内を捜索していたという。
そこでちょうど三日前あたりに学園前で俺を見つけ悟ったと言う。
「お、おい。それストーカーじゃないか?」
「ち、違いますよ! 私はもっと勇者様のことが知りたいと思っただけです!」
と、ここでレーナが、
「あの……さっきからレイナードのことを『勇者様』と呼んでいるようですけどそれはどういう……」
「ああ、オレもそれには疑問だ。正直に言えばやめていただきたい」
ハルカは首を傾ける。
「えっ……勇者様は勇者様ですよ。私はとても感銘を受けたんです。あなたの強さに」
「強さ……?」
「はい。あのローブの男たちは研究員なのですが元々はルミリエの凄腕魔術師。体術強化だけで葬り去ることができる相手ではありません。特にあの先頭に立っていた男はルミリエの中でも指折りの魔術師でした」
「ほー」
(指折りと言ってもあの程度なのか。まぁ所詮は中堅魔術師のコミュニティだな)
「私も数々の魔術師を見てきましたが、あなたは例外だとすぐ思いました」
「だから俺を勇者と?」
ハルカは縦に頷く。
だが俺は、
「ハルカ、悪いがその呼び名はやめてくれ」
「で、ですが……」
「普通に接してくれるとオレも助かる。オレもお前のことをまだよく知らないからな」
「で、では……なんとお呼びすれば」
「レイナードでいい」
「レイナード……先生」
彼女はうんと頷く。
俺たちはクラスの方へと足を運ぶ。
「ここだ」
―――ガラガラ。
「おい、お前ら席につけ」
この一言で生徒たちは即座に着席する。
数か月前よりもよっぽど講師らしいことをしている。
何せ今度は教える立場になるのだから。
生徒たちはすぐに異変に気付く。
「―――あの黒髪美人は今朝正門にいた……」
「―――ああ、間違いない!」
「―――もしかして転校生!?」
「―――いや、でも制服を着ていないぞ」
それぞれの思惑がクラス内で飛び交う。
「おいお前ら、静かにしろ」
クラスは一気に静寂の空間へと変わる。
「よし、今日はお前たちに新しい先生を紹介する」
「―――先生?」
「―――まさか……レーナ先生もいるのに」
ざわつき始める。
俺はもう一度黙るよう注意をする。
「先生といっても副担任だ。このクラスは三人の講師で面倒をみることになった。ハルカ、一応自己紹介をしておけ」
「は、はい!」
ハルカは教壇の前に立ち、深く深呼吸をする。
「あ、あの! 本日をもって1年A組のクラスの副担任となりました、ハルカ・スメラギです。皆さんと一日でも早く仲良くなれるよう頑張りたいと思います。よろしくお願いします」
自己紹介が終わるとクラスは歓喜に包まれた。
「―――うおー! あの黒髪美人が担任講師だぁぁぁ!」
「―――美人の先生二人に教えてもらえるなんて……」
まぁ、歓喜に湧いていたのは特に男子だったが。
「ちっ……くだらねぇ」
ただガルシアだけは他の男子とは少し反応が違った。
「と、いうわけで、これから一緒に学園生活を送ってもらう。彼女はまだ研修という身だ。学園のことなどで分からないことがあれば教えてやれ」
「―――もちろんですよ!」
「―――ハルカせんせー、学園内で分からないことがあったらいつでも僕の所へ!」
「―――いや、オレの方が詳しいので自分の所へ!」
「―――いや、そこはオイラの所へお願いしますっ!」
「あはは……」
「全くバカどもが」
クラスがテンションMAXになったところでいつも通り授業を始める。
生徒たちはナチュラルに教科書などを開き、黙々と学習を始める。
そして俺は教壇の前の椅子に座り、いつも通りアイマスクをして寝る準備をする。
一応、質問対応のため隣にレーナがスタンバイする。
これが俺のいつもの授業形態である。
無言で授業が進んでいき、ハルカが俺に質問をする。
「あ、あの……レイナード先生? 授業はいつやるんですか?」
「んー? 授業も何もこれが授業なんだが」
「えっ……でもこれ自習じゃ……」
俺は何も言うこともなく睡眠へと入る。
困った顔をするハルカにレーナが、
「これが先生のやり方なんですよ。私も最初は驚きましたが」
「え、これで授業として成立するんですか?」
「そ、そうですね。成立しているみたいです」
「で、でもさすがにこれは生徒たちに申し訳ないのでは……」
「いえ、私たちはレイナード先生の授業に納得していますよ」
クラスの代表格であるフィオナが口を出す。
「納得……ですか」
あまり信用のないハルカにフィオナは、
「レイナード先生は確かに怠惰な方ですが、魔術師としての能力や知識は学ぶべき点がたくさんあると感じました。とても尊敬しています」
「おい、なに無駄話をしている」
「れ、レイナード先生、起きていたんですか!?」
「さすがに目の前でごちゃごちゃやられたら寝れんわ」
フィオナはカーッと赤くなる。
「あの、さっきの話聞いていましたか?」
「は? 何のことだ」
この反応にふぅっと安心するフィオナ。
「ったく、くだらないことをするな。話していいのは質問があるときだけだ」
「は、はい。すみませんでした」
そんなやり取りを横目にハルカは、
「尊敬されているんですね……」
「ま、まぁ確かに魔術師としてはすごいものを持っているから……生徒たちは憧れがあるのだと思います」
(やはり……私の目に狂いはありませんでした)
彼女は俺に優しく微笑むが、アイマスクをつけていたため気づくことはなかった。




