9-6話 これは嘘? それとも本当? という話
木村恵子さんはムキになって藤堂明音さんに反論する。
「そんなことないよ。わたしだってリアルと物語の区別ぐらいつきますって。ほら、あの青い空と白い雲、群れ飛ぶかもめ、このわたし。リアル以外の何ものでもないやん」
立花備が口をはさむ。
「そして、恵子さんの隣の、リアルでは見たことがないピンクの髪の妹キャラ、そしてどう見ても美人の、あなたの正面にいるお嬢さまキャラ、どこがリアルなんですか、この世界?」
「え…だって、浜辺で遊んでる人たちの中にピンクの髪の人普通にいるよ?」
確かにいる。
と、そこで備が歌い出す。これはクイーン「ボヘミアン・ラプソディ」の曲に適当に詩をつけたものだな。
「これはうそー」
テーブルの反対側の端で市川醍醐くんも歌う。
「それともほんとうー」
海に背中を向けた4人、つまり年野夜見先輩と藤堂がコーラスに参加する。
「ぼくらわかんないー」
「つぎはきくな、こづくえはさっかー、かんたんさ、かんたんね…。ほら、これでどうですか。つまり、おれたちが歌うとバックになぜか音楽が流れる。そんなリアルあり得ますか」
相変わらず恵子さんは首をかしげている。
「え…だって、わたしたちおしゃべりしてるときでも音楽流れてなくない?」
確かに、これはテキストだから今まで気がつかなかったよ。アニメとかゲームでありがちな、何もしていない登場人物たちが会話しているときに流れてそうな、チャラい劇伴だな。
「わかりました。それじゃ…ミュージック、ストップ」
劇伴が止まって、波と風の音だけになり、備は言う。
「ほら、これがリアルです。音楽なんて流れてない」
机を叩いた恵子さんは、気がつくとビールの大ジョッキの2杯めを半分飲んでいる。昼間なのに。
「…ざけんなってんだよ。この音のどこがリアルだ。自然音っぽい合成やん。あ、もう音楽流していいから。こうやって、目をつぶってさ、それがリアルとか言っても、それは目が不自由な人のリアルだろ。しらふの人に酒飲ませて、世界がぐるぐる回ってたら、それがリアルか、え?」
よくない酒だねどうも。語り口が三笑亭可楽みたいになってる。
恵子さんは残りを一気飲みする。
「もう一杯もらおう。あー、世界が回っててたのしーなー。酔ってるって? 酔っちゃいませんよ、っつーの」
そういう人はたいてい酔ってる。
備もさすがに心配する。
「あ、あの、恵子さん、もうそのくらいにしておいたほうが…」
「大丈夫だ。いいか、神の実在性ってのは、神の非在性の証明で検証できるかというと、そういうもんじゃないだろ」
とりあえず、恵子さんの相手は備にまかして、わたしは席を立つ。
「あ、ごめん、ちょっとお手洗い」
お手洗いに行ったのは、別グループの紺野陽ちゃんがアイコンタクトをしたからで、たいていの物語ではお手洗いは女子同士・男子同士の秘密の話し合いの場所になっていて、手を洗いながら情報交換をする。
わたしは、海の家の外にある、夏以外でも使われていそうな、この手の施設にしては比較的ましなお手洗いの洗面所で鏡を見る。
「ったくもう、このわたしのどこがリアルじゃないってんだよ」
しばらく待ってると、金髪ツインテールできつねの、どう考えてもリアルじゃない陽ちゃんがやってきて言う。
「あの、樋浦ちゃんの隣に座ってたの、ヒトじゃなくて霊獣の類だね。木村恵子さんって言うの? しかしまあ、うまく化けたもんだなあ。万一のために、しばらく僕の懐剣は藤堂さんに預かってもらいたいんだけど」




