4-3話 未来から来た少年少女の物語について
「ええと、ぼくが未来から来た、という話を作るんですね」と、市川醍醐は言った。
「別に本当のことでもいいぞ」と、おれは言った。
「実は、ぼくはとんでもない疫病が蔓延した未来から来ました。そこでは世界の3分の1がひどい死にかたをしましたが、その疫病の治癒研究グループに年野夜見さんが重要な役を果たしました。なんか未来の話を過去形で言うってのも変ですね、ところが、どうも多くの未来の中で、年野さんが医療関係の道を進まない世界もあるってことがわかって」
「だからって、過去を改変しなくてもいいだろ。そういうのが許される未来なのか。許される物語なのか、これは」
「いくつかの世界では、鳴海和可子さんは死にました」
「あ、あの、ちょっといいかな」と、樋浦清は言った。
「わたしの未来では、そういう疫病なんて全然なくて、政治的にいろいろ揉めて、核戦争になりそうになったんだよね。で、それをなんとかしたのが、日本の総理大臣だった、って、やはり過去形で言うのは変だな、藤堂明音さん」
「ええっ、清さんも未来人という設定なんですか?」と、これは醍醐も驚いたような声で言った。
「何だよ設定って…まあいいや。で、あのクマを未来から持って来たのは…誰だっけ?」と、清は、眉間のしわをつまんで考えながら言った。
「ああもう、今回は無駄に説明が多いな。芝生で輪になって話そう。ついでに、隠れて見ていた藤堂さんと年野夜見さん、それにワカクマさんも出てくれ」
ということで、ふたりと謎の生命体ひとつが話に加わった。年野夜見はワカクマを抱えていた。
「年野先輩、本当に医学部とかに行けるんですか、頭悪いのに」と、清は失礼なことを言った。
「いや確かに夜見はバカだが、あたし、というかこのクマがみっちり物語部で課外授業をすることになっている。詰め将棋の時間を学習時間にするだけだ」
年野夜見はうなずいた。
「なるほど、法学部から高級官僚、さらに政治家、という道も悪くないな」と、藤堂明音は言った。
「だけど、言っておくけど、この高校を選んだのは、清が過去を改変したからじゃない。女子校があまりにもくだらなくて、退屈で、1年も通ったら飽きてしまったからだ。ほんと、あいつら、おしゃれとスイーツと男の話しかしねぇんだよ。親戚の紹介で、それなりの家柄と金のある男と結婚して、結婚したらおしゃれとスイーツと旦那と子供の話をするんだよな」
藤堂は、そばに立っていた樹を拳で殴った。
「あのさあ、中学2年のときから、清はバカだから学習塾とかに行ってたろ」
「バカじゃなくて真面目だったの。だって、おねーちゃんと同じ高校に行きたかったんだよね」
「ちなみに私の中学時代の成績は、前代未聞レベルでトップだった。家庭教師を5人もつけてもらってさ、そのひとりが許嫁ということになっていたんだが…その話はまた長くなるな。で、夏期講習のとき、清が塾から出てくるのを待ってたんだよ。一時間も近くの公園でな」
「あーっ、だんだん思い出してきた。あれ、たまたま塾を出たら出くわしたんじゃなくて、藤堂さんってわたしを待ってのか。ちっとも知らなかったよ。で、どこの高校を目指してるの、って聞かれて」
「どんなに遅くなっても7時帰宅ルールのところを8時過ぎに帰ったので父には少し怒られた。お互いに連絡先のメモをやり取りしたんだよな。それがこれ」
藤堂は、少し色あせた小さい紙を見せた。その紙には樋浦清の名前と連絡先が書いてあった。
「うわーっ、だいたい思い出したよ。でも、そんなメモ、わたしのほうはどっかやっちゃったし、藤堂さんのほうから何も連絡くれたことなかったよね?」
「ごめん、ちょっと涙拭いてもいいかな」と、おれは言った。
「そんなに藤堂さんが清のことを好きだったなんて…」
「べっ、別に私が好きなのは、清じゃなくって、清が作る話のほうだから。勘違いしないでよ」
「確かに、くだらない話を考えることに関しては、ぼくと清さんとはいい勝負です」と、市川は言った。
「しかし、この物語、ぼくたちが出ている物語は、別にSFでもミステリーでもないので、謎とその合理的な解決なんかはどうでもいいのです」
「じゃ、未来人とか違う未来とか、全部嘘なのかよ?」と、藤堂さんは驚いた。
「ああ、でも藤堂さんが清にメモを渡したんだったら、藤堂さんの筆跡を真似て、宅配便に連絡先とか、清には書けるな」
「つまり、このワカクマを藤堂さんに届けた人間は、清か、そのメモを何らかの方法で入手した市川か、未来の藤堂さん本人か、だ」




